#4-2


 元彼との思い出品を大きなバッグへ詰め、遂に整理は完了した。


 璃子曰く、どうせ捨てるなら二度と行かないような質屋に売りさばいた方がいい、との事らしい。


「ネックレスとか高そうなのもあったし、結構いい値がつくんじゃない?」

「どうでしょうね、あまり期待はしてませんけど」


 笑いながらバッグを閉めると、その手に璃子が触れてきた。


「ところでさ、マジな話、香奈美さんはそいつらをどう思ってるの?」

「どうって……」

「自分を捨てた人間と、大切な彼を奪った人間よ? 許せないとは思わないの?」

「思いますけど、復讐とかそういうことは考えていません。理由はどうあれ、他人の幸せを壊す訳にはいきませんし……既に過去の事と思って諦めます」


「ダメよそんなのっ!」


 突然腕を掴まれ大きな声を出されてしまい、香奈美はビックリする。


「璃、璃子さん…?」


「香奈美さんよく聞いてね? 『他人の幸せ』って言ったけど、その幸せはどこから手に入れた物なのかよく思い出してみて」


 無論、香奈美を犠牲にして成り立っている幸せである。


「確かに過去の事にすれば思い出として残るけど、その度少なからず嫌な思いするのは香奈美さんよ? むしろ思い出してスッとしなきゃ、自分が損するだけなのよ?」


「でも……こればっかりはどうしようも……」

「うん、そこでね」


 今度は香奈美の両手を握り、真顔で詰め寄る。


「あたし、副業で仕置き人みたいなことしてるんだ。もし香奈美さんさえ良ければ、そいつらに一泡ふかしてやることが出来るってわけ」


「し、仕置き人、ですか?」


 香奈美の頭の中に、大昔あった時代劇のラッパの音色が流れた。


「高い値段で売れたらでいいからさ、私に預けてみない? これは香奈美さん次第だし強要はしないけれど、あたしどうしても香奈美さんの力になりたいの」


 両手を握られたまま可愛い顔で詰め寄られ、同じ女である香奈美ですら思わず顔を赤らめてしまう。


「でもそれ復讐、ですよね。復讐は何も生まないって……。それにもし何かあったら私…………。私、璃子さんに危ないことして貰いたくないです」


 本心だった。折角仲良くなれた友達を危険な目に遭わせたくはない。


「心配してくれてありがと。でも大丈夫、罪に問われない程度の事だし」

「それでも……」

「香奈美さんはもう少し自分を大切にした方がいいと思うわ」

「……」

「ね?」


 そう言われ、いつか鏡で見た自分のやつれ顔を思い出す。璃子はいつの間にか自分同様ベッドに腰掛け隣にいた。優しく肩に手を置かれ、微動だにしなかった心が大きく揺らぐ。


「…わかりました。でも本当に危険なことはしないで下さいね」

「大丈夫よ、まかせて。香奈美さんにも迷惑は掛けないわ」


 そう言われ香奈美は安心し、璃子がこの上なく頼もしい存在に思えてきた。


「ところで高い値段って、いくらくらいのことですか?」

「んー……、香奈美さんはいくらで売れると思う? オープン・ザ・プライス!」

「えっえと、高くても五万円くらいじゃないかと……」

「五万円ね、それじゃあ鑑定結果を見に行きましょー」

「ふふっ、何それっ」


 しんみりしていた顔に笑みが戻るのであった。

 


 二人は街の商店街へとやって来た。質屋は高い建物に挟まれた目立たない場所にあり、やっているのかすら怪しい雰囲気をかもし出している。


「質屋さんって、大手以外はここくらいしかないですよね」

「なんか陰気な店ね。でもこういう店の方が高く買ってくれそうじゃない?」


 高価買取と擦れた文字が見える看板を横目に、小さな店の引き戸を開けた。


(うわぁ……)


 中は外からの見た目通り、狭くて人が十人も入れないような場所だった。そこへ所狭しと様々な骨董品などが置かれているのだ。普段はこんな場所へ足を踏み入れない香奈美は、思わず辺りへと目移りしだす。一方の璃子は、ショウケースを机代わりに書き物している店主へと言葉を掛けた。

 店主は白髪で眼鏡をかけた老婆だった。客が入ってきたにも拘らず、いらっしゃいも言わず記帳に没頭している。その姿がどこか気難しげにも見えた。


「おばあちゃんお客さんですよー? 高価買取お願いできますー?」

「……」


 老婆は璃子の言葉に耳を貸すどころか、目もくれない。


「あのさ、そういう態度とっていいのかな? こっちは客なんだけど?」

「……」


──トントンッ


「っ!!」


 その時、老婆はショウケースを指で小突いたのだ。思わず下を覗き込んだ璃子は、何かを見つけ後ずさりした。


「……ごめん、ちょっと具合悪いから外にいるね」

「え、璃子さん? 大丈夫ですか!?」

「終わったら来て」


 言い残し出て行くすれ違い様、璃子の顔が凄い形相に見え、香奈美は思わずギョッとした。急にどうしたというのだろうか?

 璃子の具合も気になるが、一体何が見えたというのだろう? 不思議に思いショウケースを覗いた香奈美は驚いた。


(わっ何これ!? 大昔の剣?)


 それはとても巨大な古いなただった。その気になれば、人の首など簡単に刎ねてしまえるくらいの代物である。質屋というのはこんな物まで取り扱っているものなのか?

 興味津々でガラスの向こうを覗いていた香奈美。それに老婆の店主はようやく気付いたようで、眼鏡を傾けて声を掛けてきた。


「お客さんかい?」

「えっ! あ、はい。買取をお願いしたくて…」

「どれ、見せてごらん」


 老婆は帳面を片付けると、そこへ布を敷き持っている物を見せるよう促す。


「……ふーむ」

「あまり高い値段じゃなくていいんです。引き取って貰えれば……」


 できるだけガラクタでない物を選び持ってきたつもりでも、何と言われるかわからない。正直いくらで引き取られても構わないと考えていた香奈美でも、真剣な表情で品定めする店主に思わず緊張が走った。見れば写真立てのような詰まらないものでも、難しい面持ちで手袋をはめ、じっくりと眺めているのだ。


「おや、金じゃないか。これは色を付けようかね」

「あ、はぁ」


 そう言えばネックレスを買って貰った時、結構いい値段がしたと彼が言っていた。裏切られた後は安物だったと思っていただけに、意外である。


「全部でこんなもんかね。ネックレス以外は二束三文だったよ」


 そう言って電卓を叩き見せられた金額に、思わず香奈実は目を丸くした。予想していたよりもずっと高い額だったのだ。


「じゃあこれでお願いします。それとあの……」

「まだ何かあるのかい?」


「璃子さんとはどういったご関係ですか?」


「りこさん? 誰だいそりゃ?」

「先程出て行った女の人です」


 入って早々、璃子が親しげに話し掛けているのを見て、てっきり知り合いか何かかと思っていた。しかし老婆は眼鏡を傾け、書いて置けと用紙を置くと店の奥へ入って行ってしまった。

 言われた通り買取用紙へ記入していると、再び老婆が現金を持って現れる。


「はい、これね。……余計なお節介かもしれないけどね、これも持っておいで」


 現金と共に渡されたのは、難しい字の書かれた紙だった。よく神社に貼られている護符や、昔見た中国のホラー映画に登場するお札にもよく似ている。


「これ、何ですか?」


「その『りこ』とかいうのに会ったらこれを突き出しておやり。そいつともう二度と付き合わない方がいいよ」


「……っ!」


 知り合いかと思ったら全くの他人。それどころか、仲のいい友人を疫病神か何かに扱われてしまい、流石の香奈美も腹が立った。礼も言わずに現金を受け取り、乱暴に戸を閉めて出て行くのだった。



「香奈美さん、どうだった?」


 店を出ると路地の隅で璃子が立っていた。


「璃子さん! 具合は大丈夫なんですか?」

「うん、少し休んだら平気。何ともないわ」

「よかったぁ。急に出て行くんだもの、驚きましたよー」


 そして思いのほか高値で売れたことを報告し、現金を見せる。それを璃子は勝手にひったくり、枚数を数え始めた。


「ほーら言ったじゃない、もっと上だって。でもそうね、香奈美さんはもうお友達だし、今回は特別中の特別で七万円でしてあげる」


(え? それでも結構高くないっ!?)


 一瞬ドキリとしたが、お友達という言葉に気分を良くする。それにこのまま現金も璃子へ預けた方がいいのかも知れないと考え始めた。

 所詮は別れた元彼から貰って得た金だ。何を買うにしてもそれが付き纏い、気持ちが悪いと考えたからだ。


 そして、先程質屋の店主から言われたことを思い出した。酷い人間も居るものだ。しかしどうしよう、この事を璃子へ話しておくべきか。悩んだ末に、先程の札だけを見せることにした。


「あの、これ……」


 丁度紙幣を数え終わり、お釣りを渡してきた璃子に札を見せる。


 札を見せられた途端、璃子の表情が明らかに変わり、たじろいだのだ。



「……どこで手に入れた?」


「さっきの質屋の人が、璃子さんにって」


「チッ、あいつ……!」



 眉間に皺寄せ爪を噛む璃子。その声色は明らかに変わっており、怒りを示しているようだ。どうしようかと香奈美が困惑していると、璃子は突然大きな溜息をつく。


「ここまでみたいね。残念だわ、いいお友達になれると思ってたのに」

「えっ?」

「でもお金は受け取ったし、やることだけはやっとくわ。バイバイ」

「璃子さんっ!?」


 赤信号の横断歩道を璃子は躊躇いもせず渡って行ってしまった。信号が青に変わり香奈美が急いで追い掛けるも、どこにも姿は見えなかった。


(璃子さん……)


 何がいけなかったのか、彼女を怒らせてしまったようだ。胸にぽっかり穴を空け、香奈美は一人来た道を引き返すのであった。



 後日、香奈美は寝室で珍しく早起きをした。辺りを見回すと、部屋は以前と比べてどこかすっきりとしている。おかげで幾分か気分もいい。


(これも璃子さんのおかげ、かな……)


 もしどこかで出会う事があったらお礼を言いたい。そして怒りの原因について聞き、こちらに非があるならちゃんと詫びようと考える。寝間着姿のまま外に出ると、まだ六時前だというのに日差しが強く感じられた。今日も一日暑くなりそうだ。


 自分の部屋の郵便受けを見ると、大きな封筒が入っていた。


(これはお母さんからだわ。……やだもう!)


 この間、実家へ戻る話を仄めかしたからだろうか。中には手紙が入っていて内容はお見合いの話だった。同封されていた写真に相手と思われる男性が写っている。

 お世辞にもイケメンとは言えないその男性、プロフィールを見ると小さな町工場で働いているのだという。年齢は香奈美よりも三つほど年下だった。

 元彼と比べ、インテリとかそういう言葉には縁遠いが、それでも話してみれば優しかったりもするのだろうか。自分を大切に思ってくれるのだろうか……。


 密かな淡い期待を仕舞い、TVを付けると洗面所へと向かった。



『次のニュースです。昨夜未明、T県烏頭目宮市内にある大手企業の社宅から火出、全焼し、焼け跡から同会社員の男性の遺体が発見されました。調べによりますと昨日、この男性は同じ会社の婚約者と部屋にいた可能性があり、その女性が昨夜から姿が見えないことから、警察は何らかの事情を知っているものと見て現在行方を追っています。尚、出火原因ですが、外壁が激しく燃えていることから外部からの……』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る