0x0106 法の猟犬の法律事務所

 セルジアの事務所は狭くはないものの書類が多い。

 僕の世界の法律事務所って、クライアントの書類の機密を保持するために、通常は金庫室、書庫室なるものがあって、その部屋にあるキャビネットに保管されている。

 でも、セルジアの事務所はそこまで広くはないらしく、棚にズラリとまとめられている。セルジアは整理上手らしく、自作であろう書類箱にキチンとまとめられていた。

 そして、空いたスペースには、兎や猫のぬいぐるみが置かれている。日常生活ではわからないセルジアの一面が見えて、微笑ましかった。


 タフな女弁護士ってイメージが強かったけど、案外と女の子っぽい所があるんだな、って思った。


「でさ、ユーヤ、DOGの所に行ってきて、どんな仕事を依頼されてるの?」

「一応、機密になってるんだけどね」

「あのね、ユーヤ。もう一度言うけど、あなたは甘過ぎ。DOGはあなたの労務指揮権は持っているけど、何でも命令を聞かないといけないって意味じゃないのよ」

「それはそうだけど。うーん、ちょっと待ってね、色々あって、少し整理させてもらえるかな?」

 セルジア、相変わらず、切り替え早いな。

 仕事モードになってるよ。

「わかった。待つけど、ちゃんと話してもらうからね」

 セルジアは両手を組んだまま、黙ってくれた。


 さて、僕の状況を整理しよう。

 DOGの二人とは悪魔繋がりなんだよね。

 DOGの目的がどうなっているのか僕はわからない。


 確かにガシュヌアはこう言った。”諜報機関の目的は国家安全保障”だと。

 また、どこまで信じていいのかわからないけど、DOGは”世界征服などは考えてはおらず、見通しがよい場所を確保する”とまで言ってる。

 さすがに悪魔と知ってから嘘をついていると思いたくない。

 これ以上に騙されると、少なくとも人間不信ならぬ、悪魔不信にはなるだろう。

 角とか尻尾とか付けてくれたら判りやすいんだけど、なまじ、人間と同じ姿してるから、わからねえんだよな。


 加えて、今回の任務はセル民族自治連盟の隠蔽化。理由としては、セル民族自治区で治安が悪化するのを防ぐ為で、セル民族解放戦線SLOにアングル王国が裏から手を回して、紛争化するのを避けたいと発言してる。


 DOGが何を目指しているのかわからない。

 諜報機関として、人間社会のルールにのっとって活動をしているのは間違いない。

 人間ホモ・サピエンスとも、エルフホモ・サンクトゥスとも違う存在が、どういう理由があって、人間に関わろうとしているのだろう?

 ドラカンは悪魔には悪魔社会があって、悪魔に対する偏見が多い、と言っていたし。


 うーん、何かややこしいことになっているなあ。

 僕の場合、ガシュヌア、ドラカンとは出自が異なっている。僕は人間出身、二人は自然発生してるっぽい。

 根本的に価値観が異なりすぎて、理解できないよ。


 何かさ、悪魔教の流布でもすりゃいいの?

 町中で悪魔書持って、信仰を呼びかけたらいいの?

「すいません。悪魔教なんですけど、人生にお悩みだったりしませんか?」

 だとか、

「このツボ買ったら、悪魔的に運気が上昇しますよ?」

 だとか、

「今月は悪魔的なキャンペーンです。今ならあなたの魂二割増しで買い取らせて頂きます」

 とかやらなきゃいけないのかな。

 それはそれで、嫌だよね。ネットワークビジネスみたいなことやらされそう。

 洗剤やら、ツボとか売りたくない。


 そんなことを考えてると、セルジアが僕の肩を揺さぶった。

 何か、セルジアって力強いんだよね。肩が脱臼するかと思ったよ。

「もう、いい加減にしなさい! いくら何でも考えすぎでしょ? 何かDOGから言われてるとこでもあるわけ?」

 僕とDOGは悪魔繋がりなんで、悪魔的なワーク・ライフ・バランス考えてたんだよね。

 とか言える訳もない。


 セルジアとのコミュニケーションはいつだって、一方通行。

 その昔、漏斗ろうとから水を絶え間なく口に流し込む刑罰があったらしい。

 セルジアとのコミュニケーションは、言葉が絶え間なく耳に流し込まれる刑罰だ。

 僕の意識が抹消され、セルジア色に塗り替えられる。

 言わば一種の洗脳brain wash

 洗濯板のギザギザで、僕の脳にある柔らかい何かが、削ぎ落とされてゆく。柔軟剤とかないから、洗濯が終わってしまったら、僕は僕でない僕になる。

(ちなみに洗濯板の発明は1797年)


「契約書に書いてあったでしょ? ちゃんと読んでるよね? 規定で”命令が合理的でない、もしくは法的に抵触する可能性がある場合は、Emmaのジネヴラ、デアドラ。Emmaの顧問弁護士セルジアの少なくとも二名には報告、了承が必要がある”って書いてたでしょ?」

 実のことを言うと、僕は契約書のことを完全に忘れていた。

 だって、利用規約とか読まないタイプだし……


 そして、ハッカーの僕からすれば、違法行為をしているという意識が余りない。

 ハッキング行為の違法性の考え方はハッカーの世代によっても違う。

 僕の場合はネットで色々するんだったら、ちゃんと自衛をしておけよ、と思ってる。ネットでビジネスするんだったらハッキングで被害あっても自己責任だろ、というのが僕の見解。

 スラム街を観光気取りで丸腰で歩いてるのと同じだ。

 被害に遭ったと言われても、ネットってそういう場所だって知っとけよ、としか言い様がない。


「契約書ね。うん。言われてみれば、そんなことも書いてあったかな。でも、機密でしょ? 話すのマズくない?」

「また、それなの? DOGに懐柔かいじゅうされたんじゃないでしょうね?」

 セルジアは不信な顔をしている。ダーク・ブロンドの髪が払って、僕の瞳を凝視してきた。


「まさか。そんなことはないけど」

「本当に? ちょっと挙動がオカシクなってるっぽいけど」

 セルジアの追求は止まらない。僕の瞳が握りつぶされるかもしれない。カウンターに置かれた彼女の拳が握られていた。


「そうかな? まあ、ガシュヌアとは東洋人って共通点はあるけどさ。懐柔されたりはしないよ」

 ぶっちゃけ、僕は悪魔でーす♪

 とか言えねーもん。そんなの言ったら絶対に十字架にかけられるよね?

 言えるものだったら言いたいよ。

 良識のある悪魔だっているんだよ。

 まあ、がそうなのかもしれないけどさ。


 セルジアは手遅れ患者を見る目つきで、僕をしげしげと眺めたかと思うと、両手を組んで、かぶりを振ってる。

 その後、大きな溜息をついて、僕を睨んだ。


「DOGとEmmaは協力体制だけど、裏切られる可能性だったあるの。わかってんの? 書類上、”業務命令が合理的でない、法的に抵触する可能性がある場合”は、細かく取り決めされてないでしょ。だから、機密であっても、ユーヤが問題があると感じたってことにしちゃえば、報告しても問題ないわよ」

「えー、何それ。全部喋れって言ってる?」

 僕は大きく口を開いてしまった。どうもセルジアはやたらと攻撃的だ。

 間に挟まれる僕のことなどお構いなし。


「ユーヤがわかってみないだから言っとくね。少なくとも二名に報告、承認を入れたのは意味があるの。DOGの意思決定に介入できる状況を作る為に入れてるのよ。こうすることで、EmmaはDOGの手綱たづなを取ることができるでしょ?」


 セ ル ジ ア w

 この女とんでもねー。

 ガシュヌアとドラカンも、大変だよな。たまったもんじゃねえ。(※4)


「セルジア、弁護士って番犬ってイメージあったけど、君の場合は猟犬だよね」

「あなたはEmmaの一員でしょ? ちゃんと自覚して欲しいわね。ジニーが言ったのよ。ユーヤの安全を確保しなくちゃならないって。本来の目的はそこよ」

「でも、少なくとも二名って何なの? 三人にしなかったのが意味がわからないかも」


「DOGがデアドラと関係した仕事を依頼する場合があるでしょう? 政治的側面が強い場合は、ジニー抜きで判断する必要があると判断したの。彼女は人が良すぎるし、政治のことは専門外だから。デアドラの発案なのよ」


 うーん、どうしたもんだろう。

 Emmaの一員であることは間違いなくて、報告の義務はある。

 でも、何でもかんでも喋る訳にもいかない。

 ただ、僕はこの世界に来て間もない。なので、位置関係が全くわからないんだよね。

 セルジアの言う通り、”業務命令が合理的でない、法的に抵触する可能性がある場合”を利用して、ある程度喋るのはいいだろうけど……


 部分的に話して納得してもらうしかない。

「僕が依頼されている任務は、セル民族自治連盟の解体と隠蔽化。セル民族自治連盟は魔法統制庁の外郭団体で、魔法統制庁、OMGが関わっている。先の議会で魔法統制庁長官のドナルが解任されちゃったでしょ? それに関係ある事案なんだよ」

「そういえば、デアドラが言ってたわね。人道的にもとることが行われたって内部告発があったみたいって聞いたけど。詳細については、私知らないのよね」

 セルジアが腕組みをした。弁護士と言えど全てを知っている訳じゃない。


「その内部告発が、この前報告したブラックな仕事内容だよ。OMGにハッキングするって奴。この件の詳細についてはデアドラに口止めされてるんだけど」(※5)

「そういうことなんだ。薄々関係はあるんだろうなと思ってたけど、話が繋がったわ。違法ハッキングについては、デアドラから懇願されてやむなく了承したけど。その後の特別王令に繋がるのね。で、魔法統制庁長官の問責決議になるのか」(※6)

 彼女の中で話のピントが合ったようだ。

 外野に居ると、この前にあったドタバタの詳細までは理解できない。そりゃそうか。


「そうそう、ここでの王の権力ってどういうものかわからないけど、王による直接解任ではなくて、議会を通したってことに意味があるんだよね?」

「特別王令と言っても議会を飛び越えることはできないのよ。だから王による直接解任は法律上できないの。前にも言ったと思うけど、最終的には議会を通さなくちゃならないの。今回の議会招集は中立議員を親ヴィオラ派にするのを狙ってたみたいだし。反ヴィオラ派の議員は少なくなったもの。ただ、シベリウスはまだ法務大臣のままだし。検察庁にも反ヴィオラ派勢力が残ってるのよね」(※7)

「そっか。どうしたもんだろう。デアドラから口止めされてるんだけど。これは言わない方がいいんだと思う。デアドラ同席の上だったら喋ってもいいけど」

「特別王令はそれに関係するんだよね?」

「そう。だから余計に言うべきじゃないと思うんだ」


「うん。でも次の仕事ってやっぱり違法な仕事の依頼されてるんでしょ?」

 セルジアは納得いってないらしく、眉間にしわを寄せていた。

 ねえ、あんまり眉間にしわ寄せるの止めたほうがいいよ。そのシワ残っちゃうよ。


「今回は僕はまだ何もしてないよ。セル民族自治連盟の解体と隠蔽化は命じられたけど。まだ、何もやってない。てか、話する雰囲気じゃなかったし。それにしてもセル民族自治連盟って何なの? 僕もこっち来てよくわかってはいないんだけど?」

「さすがにそのセル民族自治連盟の詳細までは知らないわよ。法律には詳しいけど団体が何してるかって聞かれてもわからないわよ」

「そうしたら、セル民族ってどういう位置づけなの? ラルカンはイングランド人よりはマシって、聞いたけど。異種族は異種族なんだよね?」

 確かセルジアは”貴族、平民、異種族には差がある”言っていた。

 僕は誤解して、KKKを作ろうとか思っちゃったけど……


「私もセル民族ってどういう人なのか知らないわよ。彼らはThey自治区に住んでいるんだもの。ただ、カヴァン王国内で紛争を起こそうとしてる連中って、認識しかないから、厄介な種族なんだろうなとは思っているけど」

「イングランド人と比べるとどうなの? 彼らはアングル王国の人達なんだよね?」

「そうね。アングル王国の殆どがイングランド人よ。でも、ユウヤは簡単に比較って言ってるけど、表現するのが難しいわね。イングランド人は敵対関係だから敵って認識だけど、セル民族は違うもんね。そもそも異種族だし、コミュニケーション取れるのかって、そういう感覚」

「例えばセル民族がグリーン・ヒルで何か犯罪犯したりすると、法律的にはカヴァン国法が適応されるんだよね?」

「基本的にはそう。ただ、民族紛争は専門じゃないからわからないけど、いくつかの判例を見る限り、特別な扱いを受けているのは間違いないわね」

 セルジアの表情を見る限り、セル民族は良くない状況だと察することができた。


「それって、悪い意味で?」

「そうね。セル民族自治区がでイザコザが絶えないっていうのは知ってるんだよね?」

「それは聞いたかも。キナ臭いとか言われてる地区というのは知ってる」

「そういうのもあって、悪いイメージはあるわね。その内、何かやらかすんじゃないかって。でもまあ、直近の問題はアングル王国だし」

「ふーん。もしさ、ここにセル民族の人が居たとしたら、第三人称単数はheとかsheになるの?」

「そりゃそうでしょ。異種族と言っても、動物とは思ってないから」

「そうかあ。まだ、知らないことだらけだよね。ところでブラック・バレーってどんな場所?」

「ちょっと、何する気?」


 セルジアが身を乗り出す。僕はセルジアの気迫に驚き、後ろに下がった。

 そんなに危険な場所なのか?

 そういや、名前からして物騒だ。民族紛争とかろくな思い出がないから、正直関わりを持ちたくない。

「いや、セル民族自治連盟の解体と隠蔽化は手を付けてないよ。DOGに丸投げしてるから、何する訳でもなんだけど。どういう場所なのかは知っておきたくて」

「うーん、ブラック・バレーってセル民族自治区の行政庁舎がある所ね。誘拐事件があったとか聞いたことあるけど」

「えー。そんな所に僕は行きたくないなあ」

「ユーヤ、一言言っておくけど、何か行動するんだったら、連絡ちゃんとよこしなさい。メールがあるでしょう。施設の破壊や、殺人だとか絶対にやっちゃ駄目よ」

 そんなの僕だってやだよ。やりたくねーよ。

 セルジアがカウンターに手をついて、しっかりと目を見てきた。

「当然だろ! そんなのやりたくないから、DOGに丸投げしたんだって!」


 ん?

 何か通知があるみたい。

「ちょっと待って、セルジア。何かメール来たみたい」

「ええ? 読んだ後に、内容を教えなさいよ」

「わかったよ。だから、僕のシャツを引っ張らないでよ」


 意識をメールへと移す。

 差出人はガシュヌア。件名が僕のメールの返信になってる。

 本文はDOGの執務室に早く来い。大至急だ。


 えー、何か怒ってるっぽい。

 文面の短さが、嫌な予感がかもし出している。


「セルジア、何かガシュヌアから早く来いとか言われてるんだけど」

「えー、何よ、それ? どういう件で呼び出されるわけ?」

「本文が”DOGの執務室に早く来い。大至急だ”になってる。あれえ、何か怒ってっぽい気がする」


<Addtional Message>

※4 以下はコンテスト用に短縮されており、後に追記します。

  0x001A:変更後:冒頭にあるデアドラとセルジアの交渉についての説明が長くなります。


※5 以下はコンテスト用に短縮されており、後に追記します。

  0x001C:変更後:Emma全員とセルジアに内部告発メールついて報告しているシーンが追加されます。ユウヤはデアドラに他メンバーにセル民族問題については言及しないように言われます。


※6 以下はコンテスト用に短縮されており、後に追記します。

  0x001C:変更後:特別王令の位置づけの説明が入ります。法的根拠はカヴァン王国憲法で、現代社会に当てはめると大統領令に近い位置づけです。


※7 以下はコンテスト用に簡略化しており、後に修正、追加します。

  0x001A:変更後:ガシュヌアの発言で、検察庁を指揮監督するはずの法務省として、”検察庁はどうあるべきか、”となっていますが修正されます。検察庁が法務省や議会を振り回しており、ユウヤがこの発言について疑問に思うシーンが追加されます。


</Addtional Message>


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る