0x0105 日常生活でのバグ修正
ラルカンは現状を知っておく必要があると思ったから、ガシュヌアの話をした。
「えっ、それってやっぱ、ガシュヌアとマルティナが引っ付くかもって言ってる?」
ラルカンの絶望に満ちた声を僕は忘れないだろう。声が震えていたもの。
僕はラルカンの様子を見ながら喋った。
言葉を選ばないといけない。何だかコイツ壊れそう。綱が切れかかってる吊り橋を渡っているような気分。
「可能性はあるかもな。ドラカンの言うことが本当なら、未練あるんじゃねえかな。ガシュヌアって、仕事の話しかしねえから、本当の所わからないけどさ」
「何だよ、それ。聞いてねえよ」
「いや、僕も正直驚いた」
当然、彼らが悪魔であることは伏せておく。もし、喋ったりした日には、口を百針ほど縫われるに違いない。
「ガシュヌアが
がっくりと顎を下げるラルカン。それを見てると可哀想に思えてきた。
こういう弱った所を見せられたら、ラルカンを応援したくなる。
ジネヴラ達はファンバーを支持してるってのは知ってる。だけど、そういうのとは別に……
暗い顔してるラルカンとか、ラルカンらしくないって思った。
「ラルカン、僕さ。思うんだ。自分に負けた時が負けなんだ」
「何だ、ユウヤ。それってどういう意味なんだ?」
「精一杯やって駄目だったら、未来には笑い話になるよ。でも、中途半場だったら、残るのは後悔だけだ。全然、笑えねえ」
「そうか。でも、ちょっと一人にしてくれ」
「……わかった」
マルティナはかなり美人。ラルカンは付きまとっているが、そこは見上げた根性だと思う。
僕からすると美人すぎて気後れしてしまう。よくやるなあと思う。
そんなことを考えながら、僕はDHAの玄関を出た。
ここまでは、要素的に何も問題ないハズなんだけど。
微妙に化学反応起こしてたんだね。
そんなことは置いておいて、ラルカンから転送してもらった、メールを見てみよう。
ガシュヌアから言われている要件で、残っているものと言えば、施設早期撤収、プロジェクト隠蔽化。
施設はブラック・バレーにあるらしく、他の研究施設は既に廃棄されているらしい。施設の撤収は僕の保有スキルで何とかできるものじゃない。
そりゃ、データをぶっ壊せとか言われたらできるけどさ。
物理的に何とかできるわけねーじゃん。
ブラック・バレーが何処にあるのかもわからない。情報収集するのは、ラルカンから貰ったメールを元にして、更なる情報収集ぐらいしかハッカーにできないし……
無理だ。
もう無理。
破壊活動とか超無理。隠蔽化とか殺人しなきゃいけないっぽいんで、関わりたくない。
僕は特殊工作員でもない。
特殊工作員って響きは琴線に触れるものがあるけど、そもそも、適性ってものがある。
格闘技の動画を見て、テンション上がって、ディスプレイの前で格闘技ごっこをすることあるけど、実技なんて絶対に無理。
メールで、今後の行動プランをどうするのか、ガシュヌアに尋ねるフリを装って、丸投げしてしてしまおう。
さて、返信が帰ってくるまで、どうしたもんだろう。
フィモール街も近いし、昨晩何があったのか、セルジアの事務所を訪問してみようかな。
昨晩合ったトラブルの原因が把握できていないと、屋敷に帰りにくい。
セルジアの事務所って、フィモール街の奥にある。
だから、昼をちょっと回っただけなのに、影がかかってちょっと暗い。
ここの家屋は立派で、歴史を感じさせる建物が多い。
グリーン・ヒルの行政区は元々ここで、人数が増えるに従って、今の行政地区に移ったのかもしれない。
で、彼女の事務所前に来たのだけれど、どういう展開になるのかサッパリ読めない。
何度か深呼吸をしてから、ドアをノックする。
返事がありませんでした。ちょっとだけホッとした。
この前のセルジアは尋常ではない気配だった。
エンカウントしてしまうより、帰った方がいいかもしれない。
でも、帰っても、誰も口を聞いてくれないのは、ちょっと寂しい。
仕方ない。僕は覚悟を決めて、もう一度ノックする。
反応がない。一応、合図はしたし、中へと入ってみよう。
無意識的に居ないことを祈っていたのは秘密だ。
だけど、セルジアが事務所のカウンターに腕を組んで座っていた。
目元は暗くて淀んだ空気が溜まっていた。僕が縮まりそうな重圧感。
気圧で言えば150
セルジア、地獄の門番みたい。
ノック・ノックジョークも言えさなそうな雰囲気。
でも、勇気を出して挨拶をしよう。
「やあ、セルジア。元気してる?」
「これが元気に見えるのかしら?」
うっっわ!
地響きが聞こえてきそう。目の錯覚だろうか?
彼女からスモークが出てきている。
スゲーヤバそう。
ダモクレスの剣どころではない、ダモクレスのクラスター爆弾って感じ。
絹糸一本でぶら下げられた大量殺人兵器。糸が切れて爆発されたら、フィモール街に住んでいる民間人を無差別に殺戮することだろう。
「ちょっと、ユーヤ、ここに来て座りなさい」
「えっ、何? 何で僕が命令口調で言われなきゃなの?」
僕は、セルジアが言った、”ユーヤと私はこういう関係なの”がどういう話なのか、尋ねにきたつもりだった。
セルジア怒ってるみたいだけど、僕の方が怒りたいんだけど――
そうか。僕はひらめいた。
以前の彼女が披露した、セルジア・メソッドを応用してみよう。
セルジア・メソッドとは、DOGと協力関係になる前に、彼女が生み出した解決方法。
僕はセルジアと友好関係で居たい。だけど、現状だと僕が一方的に理不尽を背負わされている。対等な関係に持ち込む為には、僕は明確な意思表示をする必要があるのだろう。
僕は怒っているという意思表示をしないといけない。
これまでの理不尽さを思い出さねば。
出会い頭に手刀で顎下を強打されたり、悪意のある契約書を書いたりだとか、
おお、何か無性に腹が立ってきた。胸中のウィスリング・ケトルが汽笛を鳴らしている。いい感じに沸点は越えた。
僕の尊厳と品格の問題だ。ここは断固たる態度で臨まなくてはならない!
言うべき時にはガツンと言わなくちゃ!
「僕は立腹しています」
「私は座れといったのよ」
聞いてねえ。
僕の話、聞いてねえ。
会話ってキャッチボールなんだよ?
君の場合、いつだってボール投げるばっかだよね?
でも、諦めてはならない。それじゃ世界は変わらないんだ。
「僕は立腹しています」
「ああん?」
僕はセルジアの言う通り、席に着くことにした。
しかし、着席したが、相変わらずにセルジアの機嫌が悪い。
ホント、何があったの?
わかりやすく説明して下さい。
雰囲気で怒ってるのはわかる。
けど、
何かさ、セルジアもジネヴラもさ。僕が知らない所で、色々と気遣ってくれて、僕がその頑張りに応えきれてないってことは、何となくわかる。
でもさ、何とかしたいと思っても、拒絶されると、どうしていいのかわからなくて本当に困るんだ。
アイス・ブレーキングが必要みたい。
まず、この重い雰囲気をどうにかしないと、呼吸するのすら苦しい。
何かカードがないものか?
そう言えばセルジアは恋バナが好きだった――
「ガシュヌアの前カノの話があるんだけど」
「えっ、何々ぃー、何の話ー」
いつの間にか顔がニヤけているよ。
「いや、この前ドラカンから聞いたんだけどさ」
「うんうん」
「ガシュヌアって前カノの話なんだけど。それが実はマルティナに似てるらしくってさ」
「えー、何それ。ちょっとちょっと。お茶を入れるから待っててね」
スゲーな。恋バナ。
お茶を入れに事務所奥へと向かうセルジアの後ろ姿を見て、呆気にとられた。
こんなに効果があるとは思わなかったよ。
マリアナ海溝最深部の水圧さえ余裕で上回る圧力は、ものの見事に
差しだされたお茶。セルジアの恋バナに対する期待度は高い。
もう、アレだよね。悪魔ってことを黙っておいて、ドラカンの話を適当に編集して話した方がいいよね。
「それで、それで。ガシュヌアの元カノってどんな人なの?」
セルジア、態度変わりすぎだろ?
目が輝きすぎだよ。
「うん、驚いたことに、ガシュヌアの元カノを、ガシュヌアとドラカンが取り合いしてたらしい」
その対立が内戦規模にまで発展したというのは黙っておこう。
しかし、セルジアにとってはツボだったらしい。
「嘘っ! DOGの二人が? 一人の女性を取り合ったの? もっと詳しく教えなさいよ!」
「痛っ! 腕を掴むのやめてよ、セルジア。握力強すぎ! 僕の手首が潰れちゃう! いや、ガシュヌアとドラカンが出会ったばかりの時らしいんだけどさ」
「えー! 何、そのドラマみたいな展開。続き、続き」
「細かくは聞けてないけど、二人はかなり激しくやりあったみたい」
「いいわねえ、それ。で、その女の人ってどうなったの?」
「うーん、ハッキリとは聞いてないけど、亡くなったんだと思う。ドラカンはその人について、まだ心の整理ができてないらしいよ。そんなこと言ってた」
「へえ、ドラカンってあの盲目の人よね?」
「そうそう」
「当時は目が見えてたのかしら?」
「だろうね。髪の色と瞳の色に惹かれたって言ってたし。その当時は見えてたんじゃないかな」
ごめん、セルジア。
僕は嘘をつきました。
あいつ、本当は目が見えてるよ。
とは言えない。
「そっかー。また、二人でマルティナを取り合ったりしないのかしら? 何かスゴいスケールになりそう」
そだね。
あいつら、内戦起こしたレベルだもんね。
セルジアが思っている以上に、スゴいスケールになると思うよ。
「どうだろう。ドラカンはそういう気がないみたいだったけど。セルジアは知らないだろうけど、ドラカンって結構、手が早そうだよ。陸軍省のアステアって言ってた人の使用人に手を出してるっぽいし」
「あっ、それは聞いたことある。ドラカンとアステアとは仲が良いのか悪いのかわからないとか、ジニーが言ってた。ガシュヌアとアステアは、いいコンビだったらしいけど」
「いや、男性視点から言わせてもらうとドラカンとアステアは仲がいいと思うよ」
あれ?
そうするとアステアって、DOGの正体知ってるのか?
結構、付き合い長そうだし。陸軍省とDOGの発言力は増しているわけだし。
あいつも悪魔なの?
「ん? ユーヤ、どうしたの?」
「いや、何でもない。ドラカンとアステアはどう説明したらいいかな。腐れ縁って奴じゃないかな。女の子同士ではないかもだけど。口では悪口言い合ってるけど、実は仲がいいみたいな関係だよ」
「それは女同士でもあるよ。でも、ドラカンとアステアもそういう関係なんだ。いきなりアステアがケンカ腰だったらしいじゃない」
「じゃれ合いじゃないのかな。
「そっか」
さっきまでセルジアは、はしゃいでた。けれど、僕の言葉で思い当たる節があるのだろう。
彼女はちょっと顔を俯けた。
強調する為にワザとアクセント付けたからね。
ジネヴラとセルジアがケンカしたのには訳がある。僕はそう思ったからだ。
「で、ドラカンが言うのは、ガシュヌアもマルティナを見て複雑な気持ちなのかもって言っていた。一人で考え事する時間が増えたって。でも、ガシュヌアは仕事の話しかしないしさ。ドラカンもどうしたいのかわからないって言ってた」
「……」
ドラカンが”どうしていいかわからない”とは言ってない。
だが、僕は昨晩のことを話す
ハッカーってコミュ障みたいな、イメージ強いみたい。
それはメディアが馬鹿げたレッテリングしているだけだ。
普通にコミュ力あるよ。
でなきゃ、ソーシャルハックなんてできねえじゃん。
沈黙の間を埋めるべく、セルジアの心の扉にノックをしてみよう。
今度は答えてくれるだろうか?
「ねえ、セルジア。昨晩、ジネヴラと何があったか教えてくれるかな?」
思った通り。
ジネヴラという単語を聞いた時、セルジアはピクリと身体を動かした。
ノンバーバールランゲージ。もしくは微表情と呼ばれるもの。
それはセルジアが明らかに、ジネヴラのことを考えていたことを表現していた。
「ん、ちょっと……」
「僕はね。Emmaの皆やセルジアのことが好きだよ。だから、仲良くして欲しい」
「……」
僕は黙ることにした。これ以上の言葉は却って反発を買ってしまう。
セルジアは話そうか、話すまいか迷っている。
迷いを急がせ、答えを求めると、出てくるのは短慮な言葉しか出てこない。
しばらくして、セルジアが口を開いた。
「随分と前になるんだけど、ジニーとは魔法ギルドの名前ぶつかっちゃってて。モヤモヤがあったのよ。ほら、Emmaの名前で魔法ギルドの名前を登録するでしょう。私は反対で、それから、ちょっとギクシャクしてる所はあったんだよね」(※3)
「確か、
セルジアは顔を上げて、僕の顔を見た。怖いぐらいに真剣だった。息苦しいほどに切実だった。短剣の剣先を向けられたかのよう。
「これから話すことは、心して聞いてね。エマは一般的には孤児院で使い込みをして、監獄に入れられ、自殺をしたことになっているの」
「えっ。どういうこと?」
「ジニーとマルティナは、デアドラの奨学金で学校に通っていたから、詳細については何もわからないの。ただ、ジネヴラとマルティナはその話を信じていない。エマがそんなことをするのは絶対にありえないって」
「何があったの?」
「エマの裁判記録を見る限り、彼女は弁護士を雇うこともできず、検察側から提出された証拠を見ても、状況証拠ばかりで物証は偽造できるものばかりだったの。拘置所では入所して一週間後自殺していて、面会人の記録はなく、衣服を破いて首を吊ったと記録書にはあったわ」
「それって、本当に自殺なの?」
えん罪で追い詰めて、自殺を装わせる。あり得ないことでもない。
どうにも後味が悪い。
「わからないの。私が知り得る事実はこれだけ。最初に私が弁護士になって調べたんだけど、調査してわかったのこれぐらい。報告した時、ジニーとマルティナが、少女のように泣き出したのは今でも覚えている。二人とも人前で泣いたりしないから、どうしていいのか分からなくて、私はオロオロしちゃったね」
僕の問いにセルジアは
「そうなんだ。僕はそんな話を聞いたこともなかったな」
「そりゃそうよ。世間的にはエマが使い込みをして、罪に後悔して自殺したってことになっているんだから。私も最初はジニーとマルティナの先生だったとは知らなかったから。二人に頼まれるまで、そんな事件もあったな、ぐらいにしか思ってなかったんだったもの」
「そうか。ジネヴラとマルティナはエマの無実を信じているんだね。でも、他の人はそうは思っていない。それを敢えてギルド名にするのか。ちょっとリスクが高いね」
「そうよ。ジニーとマルティナの心は理解できる。けど、本心ではあまり賛成できない。ユーヤも、そう思うよね」
「うん。ジネヴラとマルティナ。二人とも困難な道ばかりを選ぶことが多そうだね」
「私は法的な手伝いはできる。だけど、魔法の開発とか私はよくわからないから、ユーヤ、彼女達を助けてやってね」
「うん、できるだけのことはやるよ」
僕とセルジアはお互いを見つめ合って微笑んだ。
雰囲気的にはいい感じ。
ドア開いた時に感じた圧力は取り払われた。暗い話をした後に残る、嫌な感じも残ってない。
「よかった。じゃあ、この話は終わりね。私も仕事しなくっちゃ。私も忙しいから、ユーヤはもう帰って」
「ちょっと待って! ”ユーヤと私はこういう関係なの”の説明がまだなんだけど!」
「えー、もういいじゃなーい。ソレはソレ、コレはコレ」
「いやいやいや。僕の立場がないんだけど。てか、今日も出かける時に、ジネヴラに”セルジアの所に行きたいんでしょ?”とか言われたんだよ。どーするの、コレ? 何があったの?」
いやあ、とばかりに頬を掻くセルジア。
あっ、これ何かやらかした顔だなと、直感で感じた。
「ジニーがユーヤをどう想ってるのか訊いたら、微妙な返事しか返ってこなかったから。お前それでも女か!って、勢いでついつい」
「……ついつい、何?」
「あることないこと喋っちゃいました」
「セルジア。可愛く笑って見せても、誤魔化されないからね。えへへ、じゃないよ。ちょっとー。何なんだよー。もー勘弁してよー」
「最初はね。ジニーをけしかけるつもりで、ユーヤ貰っちゃおっかなあ、って言ったのよ。そしたら、予想以上に激怒されちゃって。以前に、Emmaの話でぶつかってたから、ここでカチンときちゃったのね」
「それで、セルジアと僕が付き合ってるって話しちゃったの?」
「そうだね。いやあ。私としたことが大人げなかったなあ。話したらスッキリしちゃった。朝、起きてから、ズッとモヤモヤしてたんだよね。ユーヤ、話したんだから、解決はお願いね」
「えー、何それー」
セルジアの爆弾処理はできたみたいだが、爆発された方は大変だ。
スッキリ顔してるセルジア。どういう訳か、肌までツヤツヤしている。
何かオカシくね?
<Addtional Message>
※3 以下はコンテスト用に短縮されており、後に追記します。
0x0017:変更後:セルジアはEmmaの名前について、余り快く思っていないシーンが追加されます。
文字数制限で余分なエビソード入れると回収できなくなるので削除しています。
</Addtional Message>
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