0x0017 Emmaという名の魔法ギルド

 現在のOMGの接続は以下のようになっている。

 僕→ゾンビ→OMG(ファイアーウォール→DMZ→ルーター→ギルド員PC)。

 DMZは非武装地帯の略名で直接アクセスするゾーン。ここにDNSサーバー、メールサーバー、根源サーバーが置かれている。

 OMZギルド員PCは、ルーターを通じ、有線接続で魔法網ネットと通信している。


 ラルカンからDMZにあるいくつかのサーバーのアカウント情報をもらっているけれど、バックドアは作成されておらず、管理者rootのパスワードとIPだけしかない。また、パスワードはセキュリティを意識しているなら変更されている可能性が高い。

 

 このミッションは”あるプロジェクト”に関わる物証を見つけ出すこと。

 アプローチ方法としては、最近使ったファイルを探す。メールを抜き取る。等が考えられる選択肢。

 さて、どこから手を付けたものか。


 メールクライアントにOutlookを使用していた場合、OSTファイルに保存されている。

 セキュリティを意識しているならS/MIMEを使って暗号化している可能性もある。

 AESをはじめとする共通鍵暗号では事前に鍵を共有しなくてならない。S/MIMEはその欠点を克服するために開発された公開鍵暗号と呼ばれる方式。秘密鍵で暗号化し、公開鍵でもって複合化、という方法が取られる。

 Outlookに保存されたメールの復号化を力業で行うのは時間がかかりすぎるので、秘密鍵の取得が現実的。

 ただ、秘密鍵にアクセスするのは困難だ。秘密鍵は”エキスポート不可”とされているので、管理者Administrator権限を持ってしてもアクセスできない。

 なので、メモリ上に展開されている「エクスポート不可」ビットを「エクスポート可」に切り替え、秘密鍵証明書をダンプしてローカルファイルに取り出すことになる。


 接続時に実行されるスクリプトにより、OMGギルド員PCに送ったjpgファイルなどに分散して暗号化をしたMimikatzは実行済み。吐き出された結果を取得する。

 Mimikatzはユーザ名、パスワードを取得する為のツールだが、OutlookのS/MIMEの秘密鍵証明書を取得することもできる。


 それにしても、ラルカンから教えてもらった踏み台ゾンビのログとシェル履歴は消しておかなきゃ。

 シェル履歴とは、過去に実行したコマンドの履歴で、何回も同じコマンドを入力する手間を省くというためにある。この機能は矢印キーを押すことで、以前に実行されたコマンドが表示し、再入力の手間を省く為の仕組み。

 ハッキング手口も残ってしまうから、普通はシェル履歴を止めてからハッキングを開始する。


 こういう痕跡残して何がハッカーなんだか、ラルカン。

 あいつ、一回シメる必要があるよな。

 Perlもパス割りだけのスクリプトだし、コードもイケてねえ。

 ただ、コマンド入力してハッキングした可能性もあるから、シェル履歴とログは僕のPCに転送しておこう。


 そんなことしてたら、僕の後ろから声がかかった。

「ユーヤ、ちょっといい?」

 セルジア?

 振り返ると、書斎のドアは開かれ彼女の手に書類らしきものがあった。

 応接室でジネヴラ、デアドラと話してたはずだけど。

「どうしたの?」

「DOGに渡す契約書。それと、EmmaとDOGの関係についての書類。明日、私とデアドラが交渉に行くから目を通しておいて」

 セルジアはそう言って近くにあった椅子を引き寄せてチョコンと座った。ダーク・ブロンドが明かりを帯びていて、涼しげな心持ちにはなったんだど……


 不安要素が多すぎる。

 僕との契約書から始まり、DHAへの訴状。脱税スキームを作っていたという事実。

 知っている限り、彼女が作成している書類で悪質でなかったものは全くない。

 濃縮還元、悪の要素は200%。

 轢き逃げした揚げ句に、更にバックで轢き殺すのも辞さない構え。

「何、その不審そうな顔?」

「内容を確かめたいんだけど、見ていいかな?」

「どうぞ」

 『照明』の下で開けられる封書。恐怖心で指先が震えていた。今度は何を書いたのか不安で仕方ない。

 乾いた紙がカサカサと音をたてて、書状は開かれた。


 やっぱりか!

 セルジアはいつだって悪い意味での期待を裏切らない。

「私文書偽造罪、共謀罪に魔法使用詐欺罪。DOGを刑事告訴するの? この告訴状って脅迫じゃん!」

 デアドラ・セルジア連合はいつだってそうだ。ホウレンソウなど知ったこっちゃねーみたいな、組織内独立愚連隊。


「ねえ、これってジネヴラにちゃんと報告してる?」

「ジニーに頼まれて作成したのよ。ジニーも確認してオッケーだったし」

「そうなの? それ本当なの?」

「ユーヤの話聞いてたけど、メールとExcelの内容はDOGが書いてたんでしょ?」

「それはそうだけど。だからと言ってDOGと敵対関係になるのってマズいでしょ?」

「あのね、ユーヤ。自分の立場わかってる? あなたが手を染めてるのは違法行為。バレた時、DOGがあなたを切り捨てないって保証はどこにもないのよ? 口頭でDOGはユーヤの保護者になるって言ったみたいだけど、それが法的に有効である保証はないの。世の中はそんなに甘くないからね」


 あっ、何か刺さった。

 僕の胸に刺さったよ。お子様すぎるって言われてるような。

 

「でも、これ見せたらDOGとギクシャクする気が、仕事やりにくくなるっていうか……」

「この告訴状は交渉の道具。ユーヤの違法行為がバレたら、お前も巻き込まれるって意思表示をすることが重要なの。告訴するんじゃなくて準備があるって見せる必要があるでしょ」

「えー、本当に? 契約書に書かれてる僕の作業金額が法外になっている気がするんだけど。これってDOGが定めた金額じゃなかったっけ?」

「法的にグレーな作業とガシュヌアは発言してるけど、ユーヤの作業はグレーどころかブラックよ。揉める原因を作ったのはDOGじゃない」

「これってDOGにケンカふっかけてるよね? 間に挟まる僕が居場所なくなるじゃん」

「そういうレベルの話をしてるんじゃないの。契約はお互いが合意に達して結ばれるものでしょ。合意を探る為には交渉が必要じゃない。EmmaとDOGは友好関係でいたい。けど、現状だとこちらが全リスクをしょっている状態。対等な関係に持ち込む必要があるのよ」


 うっわー。言い返せねえ。

 セルジアと言い争いして勝てる自信がない。弁護士だもんなあ。

 ハッカーはシステムのコードの知識はあるけど、定められた法典codeについては専門外。


「うーん」

「自分の身は自分で守らなくちゃいけないでしょ? 前にも言ったとおり、提示された契約は契約書を持ってこいと言った時点で契約未成立状態というスタンスでいくから。まずいと思ったら自分で変えなきゃ。今のユーヤの状態ってかなり危ないのよ? ジニーがどれだけ心配してるのかわからないの?」

 セルジアの方が年下だろうに、何も言い返せねえ。


 でも、ジネヴラが晩餐会の時にガシュヌアと舌戦を繰り広げていたのを思い出した。

 あの時、彼女は心配そうに僕の顔を見て、果敢に口論を繰り広げてた。マルティナの想い人であるにも関わらず。

 ジネヴラが僕を心配してくれて、やってくれてることなんだろうな、と思い至った。


「ごめん、そして、ありがとう」

 セルジアは僕が素直に謝ったのを見て、驚いたようだった。彼女は僕の素直な態度に照れたらしく、目をそらした。

「べ、別にあんたの為にやったんじゃないんだからね。ジネヴラの為にやったんだから、勘違いしないでよね」

 

 おや?

 ツンデレですか、セルジアさん?

 ちょっと面白いものを発見した気分。 


 でも、自分の立っている場所が確認できて良かった気がする。


「ねえ、話は変わるけど、Emmaって何の略?」

「人名よ。孤児院でジネヴラとマルティナの面倒を見てくれた女教師らしいの。学生時代、彼女達の思い出話にはしょっちゅう登場してたわね。二人にとって大切な存在なんでしょうね」

「へえ、そうなんだ。エマっていう人は今はどこに居るの?」

 この質問は良くなかったらしい。

 いつも活気に満ちているセルジアの表情から輝きが消えた。

「不幸な事故にあって亡くなったらしいわ」

「……ごめん。知らなくて」


 暗くなった雰囲気を振り払う為か、セルジアは話題を切り替えた。


「話変わるけどさ。DOGってどんな感じ? この前の監獄に来た時に東洋人が居たじゃない。ガシュヌアってそいつよね? 間違いないよね?」

「そいつで間違いないよ。耳が聞こえないとか言ってるけど、聞こえてると思う」

「胡散臭そうな奴よね」

「セルジアもそう思うんだ。うん。僕も正直に言うと胡散臭いと思う」

「どこが良かったのかなあ。ジニーとは親しいけど、マルティナは突っ込んだ話できるほど、仲良くないんだよねえ。ジニーの話とかで盛り上がることはあるんだけど。マルティナってほら、キレイ過ぎて近づきがたいみたいなオーラがあるんだよね」

「女子でもキレイ過ぎて近づきづらいとかあるんだ。ちょっと意外」

「全然あるよ。それにしてもガシュヌアのどこがよかったとか聞いてない?」

「ああ。ガシュヌアってかなり無表情じゃない。マルティナ見て、目の色を変えるとか無かったし。そういう所が良かったみたいだよ」

「うーん、それだけかな。言われてみれば、ミステリアスな感じはするよね」


 セルジアって、仕事キッチリの反面、こういう女子の面もあるんだよね。

 何か可愛い。


「でもさあ。イケメンだからって言われても、頼まれた仕事がこれだろ?」

「それよねえ。ガシュヌアって人、今回のことを聞いて幻滅したかも。マルティナ大丈夫かな。遊ばれそうな気がしてるんだけど」

「そういう雰囲気あるよ。この前もマルティナをどう思ってるんだって聞いたら、頭を仕事に切り替えろってはぐらかされたし。ちょっとぐらい反応しめせよって思った」

「えー、なになに。その時のガシュヌアの表情ってどんな感じだった?」

「もうね。超無表情。超無反応。それはねえだろって感じだったよ。マルティナが心配になったかも」


 そこまで話をしていたら、セルジアがぷっと吹き出した。

 笑うのを止めようとしても、止まらないらしい。最後にはお腹を抱えていた。

 でも、面白いこと言ったかな?


「機密任務の話をしてたんでしょ? そんな中、いったい何の話してんの?」

「でもさ、マルティナ真剣なんだよ?」

「そうだけど。かなり仕事中にそんな話するとか。笑える」

「言われてみりゃそうかも」

「ま、でも見直したかな、ユーヤのこと」

「そうなの?」

「でも違法行為に精通してる危険人物だとは思ってるけどね」

「そりゃそうか」


 前にいた世界での仕事。

 それは言うべきじゃないだろう。

 フリーでハッカーしてて、中国のパイプライン事件を起こすまでの期間でしていた仕事……


 だんまりを決め込んだ僕を見とがめて、セルジアが僕の肩を軽く叩いた。

「過ぎたことを考えても仕方がないよ。元気出して。生きるってのは戦いなんだから」

「たくましいね」

「女になったら、よくわかるよ。ユーヤも女だったらよかったのにね」


 僕は椅子をセルジアの方に向けた。


「何かあったら相談するよ。相談料とか、どうなるのかな?」

「案件によるかもね。でも、ユーヤがスキルがあるのはわかったし、こちらの案件にも協力してくれるなら、無料でもいいかも」

「アレか、ペーパーカンパニー」

「正式にはシェルフカンパニー。放置されていた法人使って、って感じだし」

「シェルフカンパニー? 何それ?」

「活動してない法人を買い取ってさ。それで節税に協力させてるわけ。登記されてる役員は国外だから、何かあっても追訴されることないでしょ」


 うっわー。考えてたよりもセルジア悪質じゃん。

 この手の仕事って覚えがあるからいいけども……

 セルジア、ドヤ顔してるけど、威張れることじゃないからね。


「わかった。僕の専門は魔法開発だから、専門内なら相談してくれていいよ」

「なら、同盟だね」

「そうしよう」

 僕は拳を突き出した。セルジアは僕の行為を困惑しているようだった。

「何、それ?」

「ああ、僕の世界にあった習慣。フィスト・バンプって言って、合意した時なんかに拳と拳を合わせるんだ」

「フィスト・バンプねえ。ちょっと面白そう」


朝日が入ってきた書庫の中で、小さな同盟は結ばれた。

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