第14話

 偉大秘蹟。

 グレート・ワンダー。

 その説明を行うのに、すでに掲げられている名前以上に説明はいらない。


 読んで字の如く、偉大グレート秘蹟ワンダー


 あえて付け足すなら、①多人数でなければ行えないほどの規模のもの、②使われている技術のレベルが一定の水準のもの、③秘められた魔力量が莫大なもの、とこれらのもののうち一つでも当てはまれば、魔導機関が『偉大秘蹟』と認定する。

 一つの機関によって勝手に決められているものだが、過去に他の組織から「偉大秘蹟」と認定された不思議の中から、反対されるーー、所謂「もの言い」が付いたものは一つとしてない。

 それは、もちろん他の組織がそこまでヒマではないということもあるが、それらの不思議がどれも強大であることが疑いようのない不思議だからである。


 そんな不思議を目の前の男は……、


「要らない? この奇跡を?」

「あぁ、悪いがその通りだ」


「なら、言い方を変えましょうか。『何のためにこんな巫山戯たことをするのですか?』」

「そうだな、一言で言うならば、俺の強さを証明する為」

「はい?」

 想像していたのとはかなり違う答えが返ってきた。

「最初に魔導に触れてから十数年。その研鑽を重ねた魔法が、価値があったものと証明するためだ」

「つまりーー、この街を攻略することで自分の魔法じつりょくを知りたいってことなのかい?」

 素直に言葉にすると、想像よりもチープに聞こえたのか、一瞬だが古川はたじろいだが、すぐに顔を引き締め、「そうだ」と強く肯定した。

 少年漫画のライバルキャラみたいな行動理由に頭を抱えそうになる。

 そんな理由で襲われた泰生はあまりの理不尽に頭を抱える。

「ホントに子供みたいな行動理由ですね。あなた幾つなんですか?」

「今年でハタチだ」

 自分よりも年上だったことに納得半分、驚き半分。


「くだらない」


 トコシエは忌々しげに舌打ちをした。

 いつもの彼女とは違う荒んだ姿。泰生は声をかけることはできなかった。

 その中にあるのは純粋な怒り。自身が囚われの身になっていることすら忘れ、怒りを隠そうとせずに鬼気に等しいほどの殺気を周囲に撒き散らす。


「そんなものに何の価値があるんですか!」


 空気が割れんばかりに叫び、ポケットから取り出したのは『賢者の小石』。

 それを右手で強く握りこみながら、正拳突きを抉りこむように強く撃った。

「ーー無駄だよ」

 握り込まれた賢者の石で行ったのは、「強化」か「変換」か。

 どちらにせよ放たれた衝撃は空気を震わすものであったが、それでも彼女の周りに張られた「陣」を破るほどではなかった。

 食い破らんとばかりに噛み締めた唇からは僅かではあるが、血が一筋流れている。


「おお怖い」


 おどけるようにそう言うと、短刀を抜き、構える。

 口ぶりとは裏腹にその構えには一分の隙はなかった。

「だから、悪いがすぐに終わらせるぞ、魔法使い。

 アンタの存在はどうも軽く見ていいようなモンじゃないらしい」

 その言葉の中の本気に泰生は戦慄した。

 まさかーー。

「まさか、本当に殺すつもりじゃないだろうな?」

 恐れるようにそう言うと、おいおい、と言いたげに露骨にため息をつく。

「殺すさ。殺すに決まっているだろう。少なくとも俺の見立てじゃ、それくらいはしないといけない敵だろうよ」

「なっーー」

 動揺する泰生を尻目に、トコシエは依然として怒りに満ちているものの、半径二メートルの檻の中からでも全く怯んだ様子はない。

「おそらくそいつは底を見せてない。この囚われの身でもまだ逆転できる」

 そう言われても納得できる自分がいた。

 だが、そんな問題ではない。


 目の前で人を殺すと言われて、

 目の前で人が死ぬと言われて、


 あまつさえ、

 それが出会って数日ばかりでも、

 それが顔なじみだと言う事実を、


「そんなこと、認められるわけないだろう」

 右手の甲に意識を向ける。


 ーー数日前を思い出せ。

 塗られた異様な色と臭いの軟膏。

 ーー思い出せ。

 白髪の少女に握られた右手の柔らかさと温かさ。

 ーー思い出せ。

 あの時の右手に疾った温度を。


 そして、それはあっさりと完成した。

「できた」

 何のことかを敢えて言うこともない。

 昨日学んだにしては、質・量ともに及第点に至る「発」であることは間違いない。


 しかし、それはあくまでも「昨日学んだにしては」の話。

「本当に杜撰だな。その魔力。お前の師匠は何をしていた?」

 一般的な魔法使いからすれば、拙さが目に余るレベルである。

「魔法の基礎すら覚束ない、魔力の量も質も人並み以下。そんな奴にこの街の大結界を譲るなんて正気じゃない」


 心なしか口調は嘲りを滲ませていた。

「前の管理者は『長老』なんて言われていたはずだが弟子の教育は行き届いてなかったのか、それとも弟子は想定を超えた無能だったのか」

 師匠ーーここでは祖母の侮辱。

 沸騰しそうになる頭を落ち着かせる。

「……」

「言い返せないか……、まぁ、いいさ」

 そこで見切りをつけたかのように、視線を切ってトコシエを見た。


「待たせたな」

「いいえ。もう少しゆっくりしていても構いませんよ」

 そんな皮肉には反応せずに話を進める。

「俺が何をするか、分かってるだろうな」

「その短刀で私の心臓を突き刺す、と言ったところでしょうか?」

「心臓がお望みのようだな」

 どうでも良さげに話を流す。

 そして再び泰生に向き直り、「そこの素人」と投げかける。

 そこには、ゾッとするほどの酷薄な笑みを浮かべていた。


「何もできないお前はそこで見てろ」


 そして、なんの前触れもなく、その短刀の鋒がトコシエの心臓に突き刺さる。

 泰生はまたしても何もできなかった。

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