第3話

 祖母ーー藤吉セツと藤吉泰生に血の繋がりはない。


 親に棄てられ、施設で育てられた彼の前に何の前触れもなく現れた。

 暑い夏の日にかっちりとつむぎを着て優雅にタクシーを降りた老女は、服装や仕草も相まってか非常に落ち着いた老女のように見えた。

しかし、そのしっかりした足取りから、心の中に強い芯を持っているのも感じられた。


だが、最初はそんなことは我関せず。

その時は、外から見ず知らずの客が自分の元に来るなどとは思っていなかったから当然で、はっきりと言えば、その時は遊戯室に置いてあった数冊の絵本の方が興味深かった。


 園長先生に案内されてひと通り施設を見学したその老女が部屋の隅でひっそりと本を読んでいた泰生に近づいてきたときは驚いたことを覚えている。


「アンタ、ウチの子になりなさいな」

 まだ、小学生の頃の話。

 その見慣れぬ老女は、床に膝をついて目線を合わせてーー、いや、目と目を近づけてそう言った。

 今まで面談も交流もなく、まるで飼うペットを決めるような気軽さ。

ただし、その目だけは真剣で、ふざけているわけではないことがわかる。


 しかし、その時はあまりにもタイミングは良くなかった。

「……」

 予想と違っていたのか何の反応も見せない泰生に「おや」と不思議そうに首を傾げる。

 そして、泰生が読むために開いていた絵本の表紙を目で見て、本の表紙に書かれたタイトルを確認する。

「なになに……、『ヘンゼルとグレーテル』ねぇ。はぁ、なるほど、タイミングが良くないねぇ」

 あまりに似ている状況の皮肉がおかしかったのかカラカラと笑う。

「心配なさんな。そこに出てくる魔女みたいに取って喰いやしないわよ」

 そう言って右手を差し出し握手を求める。

「私の名前は藤吉セツ。アンタは?」

 今思えば、そんなことも知らずに引き取ろうとした破天荒さに閉口するが、当時の泰生は素直にその握手を交わしながら、自分の名前を告げた。

「タイセイ。ーーやすらかに生きる、か。いい名前だねぇ。付けた人の"願い"が良く分かる」

 そう言ってガシガシと強めに頭を撫でる。

 そうして、その日から二人は家族の契約を交わした。


 ※


「で、知ってっか? またでたらしいぜ、『切り裂き魔』が」


 ありきたりでつまらない終業式が無事終わったいつもの下校風景。

 藤吉邸と如月高校をつなぐ道中は田んぼの隙間を縫うような道が多い。陽光を遮るものもないため、直射日光が凄いことになっているが、代わりに風を遮るものもないので田園を抜ける風は心地よい。

 そんな中で瑞池が口にしたのは、その爽やかさと真逆で、どうも物騒な話だった。


「お前、好きだねぇ。あんな都市伝説みたいな話」

「話だけで言えば、如月高校の千年桜の下で告白すると成功するってのと同じくらい胡散臭いがな」

 熱弁する瑞池とは裏腹に、その話を聞いた二人の反応はと言えば、醒めたものだった。


 それは、ここ数ヶ月の間に如月市でまことしやかに語られる不思議な話。

 町に点在する物が大きくエグられるように切り裂かれているという事件が頻発していた。


 その対象になっているのは街路樹、電柱、郵便ポストと様々で、物によっては完全に切り倒されてきたこともあったらしい。


 不思議なのは犯人や目的はもちろん、どのようにして切ったのかすら判明していないところにある。


「いや、方法が分からないってどういう事だよ?」

 ミズチの話の粗を探すための言葉であることが見え見えの言葉に、瑞池は多少ムキになって抗弁した。


「いやだってさ。バーナーのようなもので焼き切ったなら、 切り口に熱を加えられたような跡が残るだろ? チェンソーみたいな機械だったら、とんでもねー騒音で周りの住民が気づかないはずがないじゃん」

「つまり、犯人どころか手口も分からないって言いたいのか?」

 その泰生の言葉を待っていたかのように、「そうだぜ!」と指を突きつける。


 今のところ人的被害は全く出ていないが、警察も動き出してワリと大事になりつつある、とは瑞池の談。

「まぁ、ミズチ好みのミステリーだと思うけど……まさか犯人探そうとか言わないよな」

 順平がジトっとした視線を向けると、瑞池は「流石にそんな危険なことはしないって」と手を振って否定する。

 順平の言葉は今ひとつ信用できない時があるが、さほど動揺が見られないところを見れば、そのつもりは本当になく、ただ面白がっているだけらしい。

 ーー十分不謹慎であるが。


「と言うか、よくそんな物騒な中で野宿しようとか言えたな」

呆れたような言葉だが、多少は感心している。

「でも、それならこの町から離れれば安全じゃね?」

 悪びれもせずにそう言うのを聞くと、呆れしか出て来ない。

「で、結局するのか旅は?」

 そう聞くと「ま、出来るだけやってやるさ」と彼らしいヤル気を見せる。

 底なしの好奇心と行動力はこう言ったときに底なしに羨ましい、と二人は思う。


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