第21話 牢獄からの脱出(1)

 ツバサが魔法遮断結界w張られた牢獄に収監されて、既に三日が経っていた。

 彼を囚えているのはミストガル最異教の種族である龍神族ではあるが、彼は黙って龍神族に従う気はなかった。


「脱獄してやる」


 その日、ツバサは脱獄することを決心した。

 しかし、物理防御も兼ねている結界を破るのは、いかに戦闘レベルの高いツバサにとっても容易なことではない。


「魔法が発動できないならば、腕力勝負だ!」


 その日の夕食後から拳で壁を殴りつけるという地味な作業を続けた。

 だが、その作業は意外なほど早く終了した。

 二時間ほどで結界の力が及ばない深さまで壁を抉ることに成功したのだ。

 そして穴の最深部にグラン邸の扉を出現させる。魔力遮断結界さえなければ扉を岩の中で出現させることは可能だ。なぜなら、グラン邸が存在するのは異次元なのだから。


「さすがに疲れるな〜」


 ツバサは扉を内側に押し開けて中に入った。


「キャーッ! お兄ちゃーん!」


「ツバサさま!」


 フェルとクラウが突撃してきたので、ツバサは転倒しそうになった。


「二人とも元気そうだな!」


「でも、退屈で死にそうだったわ」


「ははは、結界に穴を開けるのに手間取ったからな」


「ツバサさま、これからどうなさいますか?」


「あいつらは結界が破られたことに気がついていないから、俺が居なくなったことを知るのは明日の朝だろう」


「龍神族は大変な騒ぎになるでしょうね」


 クラウが何故か嬉しそうにツバサを見つめる。

 フェルに至っては目を輝かせているのが判る。


(二人とも嬉しそうだな……)


「当然俺を探しに行くだろう。そうしたら、この辺りの警備が疎かになる」


「そこをどうどうと出て行くのですね?」


「ああ、何か問題があるか?」


「龍神族の国自体に結界が張られていたらどうしますか?」


「それはあるな。絶対あるな。どうしてここは結界だらけなんだろう?」


 ツバサは流刑者の谷から結界だらけでうんざりしていた。

 もし、結界が張られていたら、瞬間移動で脱出することは不可能になる。

 龍神族の結界は、おそらく魔獣が侵入することを防ぐためにあるのだろう。それならば、内側から外に出るのは容易かもしれない。


「やってみるしかないね」


「そうだな。でたとこ勝負というやつだ」


 こんな状況に陥っても、ツバサは彼女たちと一緒に笑っていた。そして、楽しんでいる自分がいることに気がついていた。


(なんか……、楽しいい……)


「とりあえず、風呂に入って寝るぞ!」


「は~い!」


「ご一緒させて頂きます」




    ◇ ◇ ◇




 翌日の朝、ツバサが予想していたとおり、龍神族の看守たちが大騒ぎをはじめた。

 誰にも破られたことがない牢獄から、戦闘レベル18の人間が消えたのだ。ただ事ではない。

 看守の一人が、上官を呼び、その上官がさらに上層部に報告する――


 その報せが戦姫のもとへ齎されるのに一時間ほど用した。


「シャルロットさま、申し訳ありません。囚人を逃してしまいました」


 龍神王の娘であるシャルロットは先日着ていた白いドレスではなく、真紅の軽鎧を身にまとっていた。まさに、戦姫という出で立ちである。


「オリヴィエは謝る必要ないわ。この牢獄が破られるなんて誰も予測してなかったもの」


 シャルロットはツバサが収監されていた牢獄の中を見て、直径が一メートルほど穴が空いている事に気がついた。


「あの穴は何? 妙ね……。看守、結界を解いてちょうだい」


「かしこまりました。今すぐに」


 看守の一人が牢獄の横の壁にある赤い魔法陣に魔力を注入すると、その魔法陣は蒼く変化した。

 オリヴィエはすぐに牢屋の扉を開くと、戦姫とオリヴィエ、そして看守が中に入った。


「奥行きは二メートルくらいありそうね? でも、そこから先は行き止まりね。オリヴィエ、中に入って一番奥を調べてみて」


 オリヴィエは狭い穴に潜り込むと、最深部の岩を素手で触ったり、タガーで突いたりしたが、何の変化も起こらなかった。


「妙ね……、とっても妙だわ。あれをやってみようかしら。二人とも、後ろに下がって」


 シャルロットは二人を自分の後ろに下がらせて、看守が魔法防壁を張るのを見極めてから、両手を前に出した。


龍神火炎弾ドラゴニア・ファイアーボム!」


 彼女が叫ぶと大爆発が起こった。

 岩の破片が熱風を伴いながら激しく魔法障壁に衝突する。

 そして、小さな穴があった壁には、代りに大きな穴が空いていた。


「シャルロットさま、何もありません」


 その穴は熱を帯びて真っ赤になっているので、すぐに調べることができない。

 しかし、これだけの大爆発で何も出てこないとなれば、脱出路が塞がれていたという線もなさそうである。


「これはフェイクかもね……」


「しかし、ここには誰も隠れることはできません。脱獄したのではないでしょうか?」


 オリヴィエは自分が言ったことに自信がなさそうだ。


「看守! すぐに警戒態勢、脱獄犯を捜索して!」


「シャルロットさま、すでに捜索は開始されています」


 オリヴィエが看守のかわりに返答した。


「そう、なかなか手際がいいわね。脱獄されなかったらもっと良かったのに」


「はい、申し訳ないです」


「だから、あなたの所為ではないのよ」


 シャルロットはこの牢獄から囚人が脱獄したことが信じられないらしく、さらに内側の壁を調べてみたが、当然何も出てこない。


「戦闘レベル18の人間が……、どんな手品を使ったのかしら? まさか彼のステータスはフェイク?」


 もし、脱獄犯のステータスがフェイクだったとしても、やはり脱獄は不可能に思える。やはり、彼女の結論は一つしかなかった。


「二人とも、引上げるわよ!」


「「はっ!」」


 シャルロットは牢獄を見て一瞬だけニヤリと笑った――


【あとがき】

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