第38話

「この事件は、凛様の1つの願望から始まります」


「願望?」


「叶えたい夢と言っても構いません。智樹様、あなただったら『自分が幸せになりたい』時、何が起こったら一番いいと思いますか?」


「えっと……お金がたくさんあるとか……やりたいことができる……とか?」


「その通りですが、凛様は既にその状況を満たしておられます」


 確かに、凛の家は金持ちだし、凛には小説を書くという生きがいが存在する。


「じゃあ、彼女は何を願ったのですか?」


「もう1つ幸せに感じるものがあります。幸せの要素として最も単純で、それでもって最も難しいもの……『愛』 です」


「愛?」


「彼女は『世界中の人から愛されたい』と願ったはずです」


「ちょっと! さっきから勝手に議論してるけど、私にはそんな恥ずかしい願望ないから!」

 今まで大人しく聞いていた凛が異議を申し立てる。


「もちろん、無意識に願ったのでしょう。納得できないと思いますが、きっとそれが事実です」


 凛はまだ、不満そうな顔をしているが、ここでなだめていると話がまったく進みそうにないので、取りあえずほっとく。それより、


「なんでその願いと、今回の事件……『あらゆる人間の記憶から凛が消える』のと関係あるんだ? 関係ないように思えるんですが」


「まだ気が付いていないのですか……。今回の事件を通して凛様は願いを叶えられております。それも完璧に」


「??? どういうことだ?」


「『世界中の人から愛される』方法は主に2つ存在します。1つ目は文字通り、世界中……つまりこの世界の約75億人の人々に愛されることです。そしてもう1つは、凛様の世界から『自分を愛してくれていない人』を消すことです」


「人を消す?」


「まぁ、いいかえると記憶から消すということでしょう。そうすれば、自動的に凛様の世界では100%凛を愛していることになります」


「んん? まったくわからないのだが……」


「凛様の記憶がある人は、今のところ誰だか覚えていますか?」


「えーと、俺とカオリさんと博隆……これだけか」


「はい。その3人の共通点は『凛を愛している』ことです」


「あ! そういうことか……。なんとなくわかった。ということはこの事件は凛が勝手に起こしてしまったってこと?」


 もしかして俺のせいではない!?


「いえ、そんなことはありません。いくら彼女が『異常に運がいい力』を持っていたとしても、そこまでの事はできません」


「え、じゃあ……もしかして……」



「この事件は凛様と智樹様が出会ったことが原因です」

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