第27話

 俺の妹、由衣は一応、俺の話をすべて聞いてくれた。


 終始、軽蔑するような眼で俺を見てくるのは気に食わなかったが。


「…というわけで、彼女がその松田凛だ」


 俺はこんな修羅場の中でも、小説を書き続ける凛を指さす。


 なぜ、話に参加してくれないのだろうか…。


「ふーん、お兄ちゃんはその話を由衣に信じろっていうんだ?」


「そうだ。彼女は小学生に見えるが、実は俺より年上の高校生だ。ほら、その証拠に高校の制服を着ているし」


「あ、本当だ。あれ宇田川うたがわ女学院の制服じゃん」


「知ってるの?」


「有名だよ。ここらへんで随一のお嬢様学校だからね」


 さすが妹、物知りである。


「それで、信じてくれるのか?」


 俺はダメだろうなと薄々感じながら由衣に聞いてみる。こんな異常な話をサラッと受け入れる人の方が異常な気がするからだ。


「…うーん…。やっぱり本人に聞いてみないと…」


 そう言って由衣はのそのそと凛に近づく。


「あの、凛さん。お兄ちゃんの言っていた話って全部本当なんですか?」


 小説を書いていた凛はさすがに一回手を止め、由衣の顔を見ながら頷く。


「えぇ、本当よ。あなたとも一回会ってるんだけど、覚えていない?」


 そう。彼女たちは3日前にファミレスで一緒にご飯を食べ、会話もしている。普通だったら覚えているはずだ。


 だけど、由衣は、


「まったく覚えてないです」


 きっぱりと否定した。


「そう……」


 凛は一瞬悲しそうな顔を見せたが、すぐにいつもの顔に戻る。


「妹さんだからもしかしたら、覚えているかもしれないと思ったけど、やっぱり忘れているようね。血のつながりは関係ないのかしら」


 なるほど、その考えはなかった。


 確かに、俺と由衣は血のつながった兄弟であるが、究極に運の悪い俺に対して、妹はいたって普通だ。むしろ運がいいぐらい。


 つまり、俺の運が悪い力と血のつながりは無関係ということだ。


「なぁ、由衣」


「ん?」


「信じられない気持ちは分かるが、凛は泊るところがないんだ。うちにいさせてあげられないかな?」


「由衣的にはいいけど、お兄ちゃんを誘拐犯にするのは妹としてどうかと思うし…」


「まだ、思っていたのか…」


 俺が眉を顰めると、由衣は真面目の表情と打って変わって、ニコッと笑った。


「冗談に決まっているでしょ! そもそもお兄ちゃんが誘拐をする勇気なんてあるわけないし、こうやって凛さんが困っている以上、助けるのが当たり前でしょ!」


 えぇ……。冗談を言ってもいい時と言ったらダメな時があるだろ…。


 だけど、妹の輝くような笑顔から出たその言葉は、確実にこの場の雰囲気を明るくした。


 凛もその言葉を聞いてどこか嬉しそうな表情で、執筆を再開していた。


「そうだ! 凛さん。私の服貸してあげる! ちょっと大きいかもしれないけど、制服のままよりましでしょ?」


 そう言って凛は自分の部屋に服を取りに、階段を下りていった。


 おれはそんな、どこか嬉しそうな妹を横目で見送りながら凛に話しかける。


「よかったな。凛」


「そうね。妹さんが兄思いでよかったわ」


「ああ。俺もそう思うよ」


「修羅場イベントが一件落着ってとこかしら」


「何だそりゃ」


 さっきの重たい空気が嘘だったかのように、今はすっきりとした空気が俺と凛の間を取り巻いていた。




 ピンポーン



 その矢先、家のチャイムが鳴る。誰だろうか。俺は玄関に急ぐ。


 ドアを開けると、辺りはすっかり暗くなっていた。


 その暗闇の中で、凛々しくたっている人物がいる。


 小百合先輩だった。


「君が学校を休むなんて初めてだから、心配になって見に来たんだ。昨日の事もあるしな」



 どうやら、新たな修羅場が始まりそうだ。

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