Episode9 追憶

「クラスの人気者になれ」

 お父様が、唐突に、高らかに告げた、わたしへの指令。思春期まっさかりで、これよりいざハイスクール、という夏の時期であった。

 瀟洒なインテリアに囲まれた食堂で、わたしとお父様、二人きりでの夕食。メニューは豪勢であれど、なんだか寂しい。部屋が無駄に広いのもあるが、二人だけというのは大きな要因だろう。どちらかが声を発さない限り、無機的な食器の音だけが響く。

 ここにお母さまが並ぶ日は、もう一生来ることはない。

「どうして? そんなことをしてる暇があるの?」

 この頃、わたしの将来は既定路線化しつつあった。表向きは、ユニバーシティ卒業後に父の運営する会社へ就職。その実態は、家に代々伝わる裏稼業への従事。

 これ以上子をもうける気がない父は、一人娘のわたしをしかと育て、果てには組織の跡取り候補にも入れる方針を取っていた。

「どうしてだと思う?」

「どうしたもこうしたもなくない? 同年代とわちゃわちゃ遊んで仲良くなんて、豚とたわむれてる方がまだマシな時間になるってものよ」

 父の仕事柄、大人との付き合いは同年代よりも多分にある。知性ある大人たちとのふれあいは、周囲一帯に対し、灰色の感情を抱かせた。周りの人間は、本質を見ることもできないモブキャラの集まりだ。

「お前は大人たちとの付き合いにそこそこ慣れてきている。とても良い傾向だ。だが、上ばかり見ていては立ち行かんのが世界というもの。同年代や、さらに下との接点を持つこと、そして評価を獲得するスキルから目を背けてはならん。好き嫌いは食べものだけにしておきなさい」

 そう言って、父は皿の上のにんじんをフォークでどけた。にんじんくらい食えよとも思うが、わたしもきゅうりが無理なので人のことは言えない。

「……わかったわ。やってみるー」

 雑な返答は、乗り気でない証。やらないこともないが、正直面倒くさかった。

「いい返事だ。だが、これを安請け合いだと思わぬことだ。学校におけるカーストというやつは中々に厳しい。特に、リサの生きるこの時代ではな。ナメていると、足元をすくわれるぞ」

「はーい」

「ふん、我が娘ながらかわいく育ってくれたものだ。父さん嬉しいよ」

 皮肉なんだか本音なんだかわからない父の言葉。家族同士での会話でくらい、もっと素の態度であってほしいものだ。父の笑顔の仮面は、少し厚すぎる。

「それからもう一つ。友情は大事だが、あまり深入りしすぎるなよ」

「人気者になれって言ったのはそっちじゃない。矛盾してる」

「それもそうだが。つまりな、私はお前に、トカゲのアイドルになってみろと言っているのだ」

 なに言ってんだお前と言いたくなる――が、少し考えれば、すぐに答えが出て来た。トカゲは自分の尻尾の自切が可能な生き物だ。裏をかえせば、尻尾以外は切り取れない。

「わかったかな」

「まあ、うん。でも、女の子に向かってトカゲ?」

「それしか例えが見つからなかった。それに、トカゲだってかわいいだろう」

 それに関しては、さすがに共感しかねる。


 なにはともあれ、わたしのハイスクールライフは始まった。クラスの人気者になれ。まあやるに越したことはないミッションなので、それなりに頑張ってみようと思う。

 そんな決意を知ってか知らずか。わたしは入学早々、いわゆる上位カーストに食い込むことに難なく成功した。理由は単純、家が金持ちだから。

 スクールカーストを分析していくと、至極単純な構造で組みあがっていることがわかってくる。上位に立つのは、コミュニケーション能力の高い人間が多い。人と多く接し、それゆえに大衆文化にも通じ、戯れることに慣れた人間。容姿や人生経験などにも左右される。ついでに言うと、スポーツをやっていることも上位の条件として数えられる。定番人気のチアはなんとなく嫌だったので、わたしはテニスをやっていた。

 だが、介入までなら誰でもできる。問題は、その上部。カリスマ的存在に立つ方法。

 カリスマ的存在とは、言い換えればリーダーのこと。集団の上に立つ指導者だ。父は、わたしにそこに立ってみろと言っているわけだ。

 面白そうだった。人の上に立つということは、父のような大マフィアになりたいという進路とも重なる。少々次元は違ってくるものの、必要なスキルは重なるものがあるはずだ。

 カリスマであるためには、まず人と違うところを持たねばならない。特質なくして人は平凡を抜け出せない。考えたわたしは、金持ちで、人より多くあるユニークな経験を活かすことにした。

「ねえみんな。あのアパレル会社あるよね? わたし、あそこの社長さんとお友達なの」

 周りのみんなが興味関心を持ちそうな事柄。その延長上にある話題。そうすると、意外と人は振り向くものである。

 体験談を語る。人間を語る。時々自慢話チックになっていたと思うが、わたしの話はクラスの人たちを魅了した。トークスキルもそれなりに練習していたゆえ、功を奏していた。

 しかし、そこで慢心しかける。わたしのトークは魅力的だったが、皆の共感はあまり得られなかったのだ。これは失敗。ナメてかかっては、たしかに上手くいかなかった。

「ねえ、今度有名俳優とかも来るパーティがあるんだけど……来てみる?」

 わたしの特異性が大衆に示された大きなきっかけは、このセリフから始まる出来事だったように思う。極め付けに、このセリフをおまけで。

「ホントはダメだけど、みんなだから特別だよ」

「マジでマジで!」「すごいよクラリッサ!」「あなたが友達でよかった!」

 賞賛らしき言葉が浴びせられる。勝った。そう確信した。

 共感されないなら、共感させてしまえばいいのだ。父は、家の権力を使ってはならないとは一言も言ってなかった。使えるものは使って、上に駆け上がれと言われているのと同じ。ならば、利用しなくてはもったいない。



 ローレル・ファミリーには、女幹部がいる。マリーという、妙齢の女性である。ザ・姉御肌という雰囲気をまとっており、セミロングの金髪が綺麗。ビジネス面に関してはやや疎いため、仕事量と地位が比例していないとか言われがち。でも、わたしは好き。

 マリーは、よく話し相手になってくれる。わたしが十歳のころから組織に居て、様々な局面でオスカーと代わるがわる面倒を見てくれるのだ。今も、登下校の送り迎えはマリーの担当である。

 ある意味で、わたしと一番親しい人間は彼女かもしれない。

 その日も、マリーは漆黒の乗用車で迎えに来た。この車が、わたしにとっての世界の境界線。ティーンの世界から、元居たディープな世界へひとっ走り。

「お疲れ様。今日は楽しかった?」

 はつらつとした声がわたしに問いかける。ピシっとしたスーツに身を包む長身のマリーは、憧れの容姿を持っていた。黒光りする車の傍らに立つ姿は、下校する生徒たちの目を嫌でも引いてしまう。

「今が一番楽しいかな」

 そう言うと、微妙に影が浮かぶ彼女の面持ち。ほんのわずかな変化だけれど、わたしは気付けてしまう。それが少しだけ、悲しい。それを見ているのが嫌で、駆け寄ってハグした。母のぬくもりを忘れたわたしにとって、一番安らげるぬくもり。

 彼女の運転は少々荒いが、慣れればどうってことはない。いつも通り後部座席に乗っかると、車は強気なエンジン音をふかして、走り出した。

「そのスタンス、いいと思う。でもさ、疲れない?」

 運転席の彼女が問いかけてくる。後部座席のわたしには、バックミラーに映る彼女の爽やかな笑顔が目に入った。

 ハイスクールでの振る舞いを聞いたマリーが、心配してくれたのだ。彼女は荒事に長けているらしく、父のボディガードも務めることがある。そういう気質もあって、わたしを気にかけてくれるのだろうか。

「でも、それが指令だから」

「指令、ねえ。まだそういうお年頃でもないだろうに」

 マリーの生き方は、現代の理想的マフィア像とは少しズレている、と父は言っていた。だからこそ、昔かたぎの父には気に入られている。

「心配してくれるのは嬉しいけど、父様の御威光に反するんじゃない?」

「なーに言ってんの。あたしはリサを心配してる。そこにお父様は関係ない」

 バックミラーに映るマリーと目が合う。なぜだか顔が熱くなって、目を逸らしてしまった。でも、嬉しい。わたしのことをこんなにもまっすぐ見てくれるのは、マリーだけだ。次点でお父様か、オスカーか。

「ちゃんと楽しみなよ。楽しめる青春は、楽しまないと後悔する。誰にだってやってくるものじゃあない」

 長く生きて来た者の助言――それとも注意勧告。一瞬だけ、マリーの目に羨望がチラついたように見えて、なにかを察した。彼女の人生を深く知っているわけではないが、詮索は避けるべきと考える。

「……善処します」

「善処って。やれませんって言ってるようなもんじゃんか。お姉さん心配だよ~」

「じゃあ、マリーなりにもうちょっとアドバイスを頂戴よ」

「アドバイス、ねえ。なに言ってあげれば喜ぶ?」

「わかんない。マリーがいいと思うこと、教えて」

 笑みを絶やさず、うーんと唸る。マリーと話すことは楽しいけれど、学校に関するアドバイスが欲しいわけではない。特に、期待はしていなかった。

「学校でさ、興味深い人っている?」 

 返答代わりに、首を横に振った。

「あたしは学校じゃないけど、いた。リサのお父さん。だからこそ、あたしはこの身を捧げて働いてるってわけ。ま、ボスからしたら、あたしなんて部下の一人とかそんなんだろうけどさ」

 実の娘であるわたしからすれば、それほどの印象を父に抱くことはない。だが、遠くにいるからこそ、見えてくるものがあるのかもしれない。マリーは、父に心酔していた。

「探してみな、興味深い人。それが、リサのベストフレンドになるかもしれない。延いては人生のパートナー……恋人になるかも、なんて」

 わたしはマリーのこと、もう少し知りたい。行動には起こさないまでも、彼女のことは――マリー風に言えば――興味深いと、思っている。



 冬休みが終わるころには、カースト上位陣の心は掴んだ。が、そこではたと気付く。

 父はあくまでもクラスの人気者になれと言った。だが、スクールカーストの頂点=クラスの人気者と言っていいものか。

 答えは、否。カースト下位の者は、上位の者を嫌う傾向にある。ここもすくい取ってこそ、真の人気者と言えるのではなかろうか。

 しかし、父の現状を鑑みると、簡単には判断しかねる。なぜなら、裏社会で人気者の父にだって、多くの敵がいる。公共の敵であるため、国家から狙われる。それに、同業者からも狙われる。その他にも、数えきれないほどの敵が父には存在するのだ。

 自分で悩んでもいいのだが、ここはあえて、父に直接聞いてみることにした。

 食事時。美味しいスパゲッティに手をつけつつ、父に聞いた。

「ねえ、カースト下層の人気は必要?」

「……質問が直球すぎる。自分では考えたか?」

「一応考えたけど。お父様にだって敵はいるでしょう? そう考えると、全ての人の人気者になることは不可能だと思ったの。アイドルだってアンチがいる」

「ほう、その結論に辿り着いたか。なら、もう合格かもしれんな」

「やった……のかな」

 嬉しいような、嬉しくないような。マリーに言われた言葉が、少しだけ心に響く。思い返してみると、築いて来た関係は、あまりにも薄っぺらい。

「素直に喜べ。報酬として、お前の質問に答えよう」

 薄っぺらの報酬は、父からの講義。これも、喜んでいいのかわかりづらい。

「お前の通うレベルのハイスクールだと、カースト下位もそこそこ頭のキレるヤツは多い。いずれ、我々のビジネスにも関わって来る人材がいるかもしれん。そこを考慮すると、嫌われないことで損をすることもない」

「じゃあ好かれろってこと?」

「いや、そうじゃない。下層のヤツらはたいてい、ズブズブの沼みたいな関係を好む。前に行ったこと、覚えているか?」

「……深入りしすぎるな?」

 ワインに口をつけた後、父は満足げな表情と共に大きく頷いた。

「我が娘は優秀で助かる。さて、これ以上教えることはないな。あとは自己判断で、ハイスクールライフを楽しむことだ」

「楽しめって言われても……。ここまで損得勘定で付き合ってきたようなもんなのに」

「そこをどう楽しむかに、お前の生き方が現れるのだ」

 フォークの先をこちらに向けながら、それっぽいセリフ。厳格な父っぽく見せたいのだろうが、これでも長年の付き合い。厳格さは感じない。

「それっぽいこと言っちゃって。そういうの放任主義って言うんだよ」

「最後の最後まで面倒見てほしいのか?」

「……やりたいようにやらせていただきますよ」

 こんな父だが、わたしの前と仕事時ではかなり態度が違う。今はへにゃっとした面を見せているが、仕事のときには厳格になるのだ。同じ笑顔でも、笑顔の意味が違う。


 結局、わたしは安定志向を取ることにした。誰にも嫌われず、上手いこと共感力を使ったり共感させたり。いわゆるカースト下層とも微妙に絡みを入れつつ、波風立たないような世渡りライフ。

 目指した通りに、わたしの日々は安定を始めた。だが、そんな日々の中で、父の言葉が脳裏をよぎる。

『あとは自己判断で、ハイスクールライフを楽しむことだ』

 やりたいようにやった結果、楽しい日々は来なかった。というか、逆に疲れ始めている。人付き合いとはこういうものだけれど、ハイスクールで味わうような感覚ではない気がした。それとも、みんなはこの辛さを噛みしめながら生きているのか?

『興味深い人、いる?』

 マリーの言葉。探そうとはしてみたけれど、見つかりそうになかった。

 思い返せば、わたしにはベストフレンドと呼ばれる存在がいなかった。エレメンタリースクールまでは長い付き合いの友人もいたが、それ以降の級に上がったりなんやかんやしている内に縁が切れた。それ以来、深い付き合いの友人というのは作ってこなかった。そして、ハイスクールに上がった途端に、父からあの指令である。

 ズブズブの友達が欲しいとは思わない。でも、今の人生の大半を埋めているスクールライフが面白くない。どうすればいいのだろう。もう、春休みが近くなっていた。



 マリーが死んだ。

 父はマフィアの大ボスゆえ、常に狙われている。ゆえに、なにか兆候を見つけると、殺し屋を早々に派遣して事を荒立てないように努めている。だが、毎度毎度対策を講じられるほど、この世界は甘くなかった。

 商談で移動の最中。車を降りたところを、チンピラ集団に襲撃された。これをマリーら護衛は迎撃。優秀な彼女らゆえ、難なく撃滅に成功する。

 だが、その隙を、スナイパーが狙っていた。父を助けるべく率先して守りに動いたマリー。そのとき、父を狙った狙撃が、彼女の胴を貫いたという。

 父が迅速な行動に出て、殺し屋と雇い主はすぐに判明。撃滅のために人を雇い、状況開始。その末、ローレル・ファミリーはたった三日で幹部の復讐を成功させた。

 葬式の日は、雨だった。墓石の前を取り囲む、傘をさした人々。降り続く雨は地面に染み込み、真っ白な墓石を濡らしていく。映画で見たようなシチュエーションに、わたしが取り込まれる日が来るとは。

 だが、ここにマリーのことを心から想っている人間など存在するのだろうか。少なくとも、わたしと父以外には、簡単に見つかりそうにない。

 空気がジメジメして、とても居心地が悪かった。降り注いだ雨が水蒸気と化して、重苦しい大気を生み出しているのだ。でも、地面に染み込む水滴には、わたしの涙も含まれていた。

 一つの儀式を終えて、ローレルという組織はアップデートする。幹部を一人失ってもやっていける形へと変わるのだ。それが退化であるか進化なのかは、一人一人が決めること。

 だけど、わたしの人生は。マリーを失ったことで、確実に退化した。



 ハイスクールの送り迎え役がいなくなった。順当に、マリーが仕事でいないときの代役ドライバーが後任を務めることに。

 しかし、送り迎えが絶対に必要な距離でもない。父に話をつけ、これからは徒歩と公共交通機関で登下校することに決めた。

 携帯にイヤホンをつないで、音楽と共に道を行く。ぼんやり歩いていると、色々と考える時間が出来た。思索にふける、というやつだ。

 人は簡単にいなくなってしまう。マリーだけではない。母も、わたしの知らない場所でいなくなった。別れの言葉を交わす暇もなかった。

「……はぁー」

 漏れるため息。陽気な音楽を聴きながら、考えるようなことでもない。


 春休み前の最終日。薄っぺらい関係の友人たちと休み中の約束をいくつか取り付け、そそくさと学校を離れた。別に長く居ようとも思わない。はやく家に帰りたいという想いしかない。

 その日はイヤホンを忘れたので、風の音や車の駆ける音を聞きながら帰った。そこそこ長い春休み。新しいことでも始めてみるか、とか考えながら。

 だが、新しい刺激は、期せずしてわたしの後ろから現れた。

 下り坂を少し進んで、足を止める。そこはもう、知らない道だった。いつもの通学路だと、父の手の者が時々見張っていたりする。邪魔されるのを、避けたかった。

「……誰?」

 わたしの後ろを、ずっと歩いてきている人がいた。ストーカーではないように思えてしまうのは、堂々と隠れることなくついてきているから。そして、学校からずっと一緒だから。

 振り向いて、見上げた。

 デニムパンツに包まれた、長い脚が見えた。上半身にまとうのは、あったかそうなモッズコート。三月のまだ冷たい風に、くすんだブロンドがなびく。吸い込まれそうな瞳は、藍色をしていた。

 なんて、綺麗なんだ。だが、ただ綺麗なだけじゃない。彼女の頬には、絆創膏が貼られている。怪我でもしたのだろうか。それもあって――元々の雰囲気もあるが――彼女の魅力は、傷一つない綺麗さとは一線を画している。

「……誰なの?」

 知らない人だった。どこかで見た覚えがあるような、ないような。

「あんたは、いつも大変そうだ」

「はあ。えっと、同じ学校の人よね?」

 こくりと頷く。見立ては合っていたらしい。なら、どこかで会っているはず。

 彼女は、そのへんの人たちとは何かが違っていた。漠然とした何かが。それを、知りたい。

「あんたは、一人でも生きていける。なのに、無理して味方をたくさん作ろうとしてる。いつも不思議だった」

「どうしてついてきたの?」

「どうしてって……なんでだろ。あんたのこと、妙に気になったんだ」

 その時、電流が駆け抜けた。思い出したのだ、彼女のことを。

「あなた、もしかしてライリー・マクスウェル」

「そうだよ。酷いなあ。あたしはあんたのこと、ちゃんと覚えてるのに。クラリッサ・ローレルさん」

 ライリー・マクスウェルは、不良な優等生であった。たしか、そのはず。

 とにかく影が薄く、授業にはあまり顔を出さない。そのクセ、出席しなければならない日数はちゃんと来ている。成績も優秀で、運動能力はピカイチ。運動部から勧誘の声がいくつもかかったが、全てが無下に扱われたんだとか。

 わたしとは、なにかの授業で一緒だったはず。友人をいっさい作らず、一人でストイックに生きている人。個人的イメージも混ざっているが、おそらくそんな感じの生徒。

 その子が、わざわざ近づいて来た。

 これは、興味深い。

「どうして学校に来ないの?」

「無駄な時間を過ごすのは無駄だよ。ってか、あんたこそ。どうして無駄なことしてるの? あんた、スクールのヤツらとは明らかに違う世界見てる」

「わたしのこと、そんなに見てくれてたんだ。いつのまに」

 あっ、と声を漏らし、ライリーは目を逸らした。最近会話に役立つ行動心理学をかじり始めたので、彼女がなにか動揺を示したのがこれでわかる。逸らした方向別に心理も読み解けるのだが、残念なことに思い出せなかった。

「あんたは目立つ人だ。ちょっと見りゃわかる」

 冬の風は、身を切るような寒さを運んできて、わたしたちの間を吹き抜けていく。季節が終わりに近づいて、最後のあがきを見せているのだ。身体がぶるりと震えた。

 それでもこの心は、熱を持ちつつあった。この出会いを祝福するかのように、空が明るい。時刻は正午くらい。太陽は、天頂で世界を照らしている。

 マリー。わたし、見つけたよ。知りたい人。

「ねえ、わたしと友達にならない?」

 ライリーはその言葉に、目を丸くした。驚いてる証拠。隠すように、プイッと横を向いた。

「友達なんて、薄っぺらい関係。好きじゃない」

 どんな言葉なら、彼女は振り向いてくれる? 彼女はわたしとつながろうとしてくれている。わたしも彼女とつながりたい。わたしはただのお金持ちじゃない。彼女はただの不登校じゃない。お互いに、それをわかっているから。

 突拍子もない言葉で、振り向かせてやれ。

「じゃあ、恋人」

「……ぷっ、なにそれ。ウケる」

「クラリッサ・ローレル。リサって呼んでよ」

 名乗ると、彼女の瞳がこちらを見据える。やっぱり綺麗な瞳だった。

「……ライリー・マクスウェル。レイで」

「ライじゃないの?」

 笑みを浮かべながら、レイが近づいて来る。わたしと彼女を隔てる大気が、後ろへ流れていく。

「うん。だって、ライみたいでしょ?」

 おもむろに、手が突き出される。お世辞にも綺麗な手とは呼べない程度には、荒れていた。でも、それがレイなのだと、甘んじて受け入れられる。交わした握手で、わたしたちは、初めてつながった。

 つながりを持たなかった一人の少女が、他とは一線を画す興味の対象を見つけた。

 他を見下していた一人の少女は、自分の本質を見つけてくれた少女に興味を持った。

 春が、訪れようとしていた。

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