宝石のないペンダント

朝凪 凜

第1話

 少女はおもちゃの指輪を手に、眺めていた。

 右手に填めたり、太陽に向けてみたり。しばらく弄んでいたら手を滑らせて庭先に転がってしまった。

 そこに洗濯を干し終えた少女のお婆さんが軒先に戻ってくる。

「あらあら、指輪が落ちてるわよ」

「落ちちゃった。幼稚園で友達が『あげる!』って言ったからもらったの」

「そう。それじゃあ大事にしなきゃね。大事にしないとくし物がくし物を呼んでしまってとても困るわよ」

「どういうこと?」

 少女が意味分かんない、と言いながら指輪を見つめてる。

「昔のね、お爺さんの話よ。私がお爺さんと会ってしまったのが生まれてからただ一つの大失敗だったわ」

 そう言って誰に言うでもなく干した洗濯物を眺めながら話し始めた。


 *  *  *


 学生を卒業してすぐの頃。お爺さんにプロポーズをされて、結婚をすることになった。

 当然お爺さんも学生を卒業したばかりだったので、お金は持っていないから安物のペンダントをくれた。安物と云っても学生に毛が生えた程度で買うにはかなり苦労をしたのだろうということはすぐに分かった。私の誕生石であるペリドットを模した緑色をした宝石のペンダントだった。

 その一生懸命に稼いだお金を私の為に使ってくれたということに欣喜雀躍きんきじゃくやくし、二つ返事で了承した。これは私とお爺さんの宝物なのだ。


 それからもそのペンダントはどこに行くにも肌身離さず身につけていた。

 ある日、外出から家に帰ってくると、朝身につけていたネックレスが無くなっていた。

 思い返すと、唯一心当たりがあった。

 道を歩いていると女学生くらいのお嬢さんが傍目にも困っていたので、声をかけた。道が分からないから教えてほしいと乞われ、特に今日は予定が無かったので、途中まで道案内をしたのだ。

 その時に、なぜか脚がもつれて体勢を崩してしまい、女学生に支えてもらった。

 多分その時だろうと思い家に戻ったものの、取るものも取りあえず来た道を戻って探した。

 しかし、その通りにはなく、警察にも落とし物として届けられていなかった。お爺さんから貰った大事なものだから無くしてしまっては会わせる顔が無い。それから周辺や通ってきた道を隈無く探すもネックレスどころかその欠片も見つからなかった。

 そうして帰っている道中の川縁に巧まずして光るものを見つけた。近寄って拾い上げてみるとあのペンダントだった。喜びも束の間、先端の宝石部分が無くなっており、周囲を見回してもどこにも無かった。

 きっと誰かが拾って、本物の宝石と間違えて持って行ってしまったのだろう。


 お爺さんが帰ってきてから、今日のいきさつを逐一話した。ごめんなさい、ごめんなさい。と泣きながら謝る私に、お爺さんは

「また買えば良いさ。今度は本当の宝石のペンダントをプレゼントする」

 そう諫めてくれたのだけれど

「そうじゃないの。あなたがあの時くれたペンダントが良いの」

 戻ってこないと思いながらもそう言ってしまったのだ。

 その翌日から宝石のないペンダントは引き出しの奥に仕舞っていた。そのペンダントを見るとお爺さんの気落ちした表情を見てしまうからだ。そんな表情を見たくない私は身に着けるのをやめてしまう方が良かった。


 それから数ヶ月後、いつもより帰りが遅いと思っていたところ、手を包帯で丸めながら帰ってきた。

「一体どうしたの!?」

 何も聞かずについ詰め寄ってしまったことに反省して事情を聞くことにした。

 聞いた話はこうだった。

 ペンダントが無くなってからお爺さんの方で必死に探していたということ。なんとか見つかった情報が、ヤクザの手に渡っていたということ。

 そして今日、その事務所へ足を運んで、なんとか返して貰おうと交渉していたということ。

「この通り、ちゃんと返して貰ったぞ。これでまたペンダントを身に着けてくれるか」

 そうにっこりと笑って、疲れたといって床に入ってしまった。

 手の怪我は、ヤクザから偽物の宝石であること、自分のものであることということの証に小指と薬指を落としたという。


 * * *


「それでも三十年くらい前にお爺さんは旅立ってしまったの。正直は一生の宝だけれど、その宝をわたしは失ってしまってしばらくは泣いていたわ。それでもお爺さんと離れていてもまだあの宝物ペンダントがあると思って今までやってこれたわ。お爺さんと出会わなければこんなことも無かったでしょうに」

 そう言って少女に向かってゆっくり笑った。

「ふーん」

 少女にはまだ分からないのだろう。ただ聞いていた。

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宝石のないペンダント 朝凪 凜 @rin7n

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