ダンジョンへの侵入者 その二

 長耳のゴブリンが残りのゴブリンを連れて戻って来ると、イシロンテは丘の中腹部の洞窟を指差して言った。


「逃げたやつはあの洞窟に入った可能性が高い。あそこを拠点にしているならば、ダンジョンクリスタルがあるはず。大量の魔素、お宝を貯め込んでいるかもしれん」


 ゴブリンたちは顔を見合わせ、互いにハイタッチをして喜ぶ。大量の魔素と聞いて興奮を抑えきれないようだ。


「万全を期して一度アジトに戻って準備を整えるのもありだが……」


 イシロンテはゴブリンたちを見渡す。ゴブリンたちが一様に目を輝かせているのを見てイシロンテは高笑いする。


「だよなぁ。お前らもわくわくするよなぁ。よし、ここは逃げたやつに時間を与えないよう、速攻だ!」


 ゴブリンたちは飛び跳ね回り、イシロンテの判断を賛美した。



 洞窟の入り口まで来たイシロンテは立ち止まり、付近を慎重に調べ始めた。一見するとゴツゴツした岩が転がっているだけ、ごく自然な洞窟の入り口だ。イシロンテは入り口の地面に注目してフンと鼻先で笑う。


「この足跡を見ろ、まだ新しいぞ。間違いない、

 

 肩を震わせ喜ぶゴブリンたち。彼らは武器を振り回しながら意気揚々と洞窟に入っていった。


 奥に進むにつれだんだんと狭くなってくる通路。彼らは先頭に長耳、その後ろに残りのゴブリン四匹が続き、最後がイシロンテという縦長の陣形をとって進んでいく。


「暗くなってきたな……おい、灯りを」


 二匹のゴブリンが鞄からランプを取り出し、火を灯した。洞窟の中の見通しが一気に良くなる。そこらにある自然の洞窟と何ら変わらない様子にイシロンテたちは余裕の表情を見せた。


 しかし、入り口から十五分ほど進んだあたりで周りの様子が一変した。地面、壁、天井が自然の岩肌から人工物である石のブロックに変わったのである。さらに今まで一本道であった通路が奥の方で分岐していた。それを見たイシロンテが目を細める。


「待て。ここからは二手に別れて進むぞ。長耳、左の通路は任せた」


 長耳はイシロンテの指示に頷いた後に「ギギ、ギグギ」と言うと、ランプを持った一匹ともう一匹を連れ、左の通路に消えていった。イシロンテと残った二匹はそれを見届けた後、右の通路に入る。


 通路はかなり狭く、人が一人やっと通れるほどだ。イシロンテは先頭にランプ持ちを歩かせ、その後ろにもう一匹のゴブリンを付いて行かせた。


「お前ら、気をつけろよ。この先何かありそうだ……」


 イシロンテはゴブリンたちの数歩後ろから声をかける。ゴブリンたちは声を揃えて「ギギィ」と言い、ゆっくりと狭い石畳の通路を進んでいく。


 突然、先頭を歩いていたランプ持ちのゴブリンが転倒した。ランプがガランガランと音を立てて通路の奥の方へに転がっていき、視界が途端に悪くなる。


「グギィィイイイイ!」


 転倒したゴブリンから悲鳴のような声が上がった。彼の下半身には棘のあるつるが巻きついていた。さらに蔓は全身を呑み込もうと触手のような動きで絡んでいく。もう一匹のゴブリンが蔓で石畳にはりつけになったゴブリンを飛び越え、ランプを拾い上げようと通路を走る。


「待て、それ以上進むのは危険だ!」


 イシロンテの声虚しく、通路を走ったゴブリンはその場にバタンと倒れピクリとも動かなくなった。


「──ったい、何が起こってるんだ!」


 イシロンテは目の前で石畳に磔になっているゴブリンに近づく。ゴブリンにはすでに全身が見えなくなるほどの蔓が絡まっており、大量の血が石畳に流れ出していた。

 イシロンテは「くっ」と歯を食いしばり、通ってきた通路を後ずさりながら撤退するのであった。



            ▫️



 ──一方、左の通路を進むゴブリン三匹。


 三匹はそれぞれが役割をしっかりと担いながら歩調を合わせて進んでいた。

 先頭のランプ持ちが通路の行く先を照らす、耳長がそのすぐ後ろでランプ持ちを警護、残りの一匹が後方警戒という役割分担だ。彼らは普段から行動を共にしているので、息の合った連携行動はお手の物である。


 通路には三匹の歩く単調な音だけが響いていた。しかし、そんな音を一気にかき消すかのような悲鳴が通路に響き渡ったのである。三匹はおのおの武器を握りしめ周囲を警戒する。耳長だけは右の通路の方で何か悪いことがあったことを悟ったのか、額から大量の汗を流している。


「ギ、ギギ……?」


 三匹はしばらくその場にとどまっていたが、耳長が「ギィ」と小さく呟くと、またそろそろと歩み出した。


 悲鳴の後は耳が痛くなるほどの静けさが空間を支配していた。


 カラン──


 耳長の後方で何かが落ちたような乾いた音が響いた。耳長が振り返ると、そこには後ろを警戒していたはずのゴブリンの姿がなく、彼が持っていたボーンナイフだけがぽつんと転がっていた。


 ガラン、カラン──


 また耳長の後方で物が落ちた音がした。ゆっくりと振り返る耳長。そこには先頭にいたゴブリンが持っていたランプとボーンナイフが落ちていた。耳長は事態が飲み込めず恐怖に凍りつく。


 そんな耳長の引きつった頰にぽたっ、ぽたっと生暖かくねっとりとした雫が落ちてくる。恐る恐る暗い天井を見上げた耳長は、やっと自分が置かれた状況を理解する。


 そこで耳長の意識はぷつんと途絶えた。



            ▫️



 ──イシロンテは【黒炎ナイフ】で暗闇を照らし、耳長たちの通路に向かっていた。


「くそ! 何だってこんな……」


 ひとり毒づきながら通路を進んでいたイシロンテは、通路の先にぼんやりとした灯が見えたことに安堵したのか、自然と足取りが早くなる。


「おい、お前ら、大丈──」


 通路を曲がった先にいたのはゴブリンたちではなく、女だった。その女が持つ巨大な三叉槍さんさそうの先には、団子のように串刺しになった三匹のゴブリンの無残な姿があった。


 その女はイシロンテに気づき、異様な動きで闇にするりと消えた。イシロンテは低い姿勢で【黒炎ナイフ】を構え、周囲を警戒する。この視界が悪く狭い通路では、彼の得意な素早い身のこのなしが制限される。最小限の動きで対応せざるを得ないのだ。

 

 石畳に落ちていたランプの灯火が次第に小さくなっていく。


 突如、イシロンテの後ろの石壁が大きな音を立てて崩れ落ちた。彼は闇の中で空気が裂ける流れを敏感に感じ取り、。直撃すれば顔面が潰れていたであろう攻撃を紙一重でかわしたのである。

 

 イシロンテはすぐに立ち上がり、【黒炎ナイフ】をゆっくりと左右に動かしながら気配をうかがう。彼は五感を研ぎ澄まして空気の細かな流れを読み取とろうとしていた。


 実はイシロンテには奥の手があった。【圧搾の指輪】だ。ゴブリンたちが死亡した今、【圧搾の指輪】の効果を発動すれば、彼らの魔素を搾り取ることができる。魔素はほのかに光るので、見えない敵の位置を特定することができるという算段だ。場所さえわかればそこに【黒炎ナイフ】を投げればよい。しかし、彼はのだ。神に授かった『仲間』たちへの冒涜を。


 また闇の中で空気が微かに揺れる。イシロンテは右へ飛び、すんでのところで見えない攻撃をかわした。通路に轟音が鳴り響き、爆風が吹き抜ける。その爆風でイシロンテの足元にごろごろと丸い物体が転がってきた。イシロンテはそれを見て驚愕する。


 転がってきたのは長耳の頭。大きく見開いた目がイシロンテを恨めしそうに見つめていた。


 イシロンテはすかさず左後方を見やる。そこには巨大な三叉槍が壁に大きな穴を開け、突き刺さっていた。三叉槍に串刺しになっていたゴブリンたちが、今の攻撃でバラバラになり吹き飛んできたのだ。


 無慈悲な攻撃に一瞬の隙を見せたイシロンテ。しかし彼が気づいた時はもう遅かった。彼の体には冷たい光を放つ女のが巻き付いていたのだ。


 女の正体は上半身が人間の女性、下半身が蛇の尾の魔物──蛇女ラミアであった。


「ふふふふ……このダンジョンに入るなんて不運だったわねぇ、坊や」


 蛇女はイシロンテの目を見つめながら、しなやかな蛇の胴体で彼の体をゆっくりと締め上げていく。イシロンテの全身の骨がミシミシと音をたてる。とぐろの間から出ていたイシロンテの右手がちぎれ飛び、【黒炎ナイフ】を持ったまま通路を転がっていく。


 イシロンテは全身の骨という骨を粉々に砕かれ、口から内臓と大量の血を吐き出して絶命した。


 


 

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