第19問 国語はやっても意味がない?



 中学2年、3学期。

 最後の期末テスト。


 5教科合計435点、学年12位。


 二度目の「10位以内チャレンジ」はまたも失敗に終わったが、また1つ順位を上げることができた。


 でも、また武蔵に負けたぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 ああ、悔しい! なんなんだよ、あいつ! 完全に逆恨みだけど!


 因みに武蔵は学年11位だったらしい。


「大体いつもこのくらいだよ」


 試合後のヒーローインタビューで武蔵はそう振り返っていた。


 もう11位じゃ喜ばないのか、特に嬉しがった様子もない。

 勝者の余裕ってやつか……くそ、むかつくけど、なんも言えねぇ。


 てか、武蔵勉強できるんだろうなぁ、とは思ってたけど、まさか学年10位目前の実力だとは思わなかった。

 余裕で勝てるとか思っててすいません。マジ舐めてましたすいません。


 今回のテストで、僕は再び社会でクラス1位&学年1位を取り戻すことができた。結局この1年間はクラス1位4回、学年1位3回、あとは全部2位。得意科目としてその地位を確立できたと思う。


 しかし……。


 はぁ……。


 あぁ、この話したくないな~。


 そう、僕はまたも国語で70点台を取ってしまった。


 多分、今までのテストで1番勉強したと思う。

 テントリでの授業、学校での授業、そのどちらにも集中して、先生の話をよく聞いて、ちゃんとメモして……。

 だけど、結果から言えば、前のテストから3点しか上積みがなかった。


「じゃあ、今度の国語のテストで80点以上取れなかったら、もう国語はやらなくていい」


 今回の期末テストから2ヶ月くらい前に、勇気先生から言われた言葉だ。


 思えば、冬期講習からやる気出してやってきたんだよなぁ……。


 僕が少年漫画の主人公だったら2ヶ月、いや数時間もあれば読者をあっと言わせる大活躍をしてたんだろうなぁ……。


「でも、これで諦めがついたじゃん。すっぱりとさ」


 心の中にいる否定的なもう1人の僕がそう言った。いやいないけどさ、もう1人の僕。


 もう国語はやらなくてもいいんだ。

 国語の分まで他の教科を頑張って、完璧に仕上げて、4教科とおまけの国語で周りを蹴散らせばそれでいい。それでいいんだ。


 それでいいのか?


 数ヶ月前。

 冬期講習を受ける前の僕ならそう思ったかもしれない。


 でもあれから時が経ったせいか、僕は変わっていた。

 いや僕自身は何も変わってないかもしれない。


 僕は、ただ、純粋に、悔しいんだ……。


 悔しい。悔しくてたまらない。


 頑張って、頑張って、頑張るって言葉が軽くなるくらい頑張って……ちょっと自分でも意味分からないけど。


 とにかく。


 この期末テストで、国語でいい点を取るために、やれることはやってきた……そのはずなんだ。


 だけど全然ダメだった。


 勉強したのに成績が上がらないのって、こんなに悔しいものなのか。


 そんなこと知らなかった。 


 だから今はこう思う。


 国語を続けたい。

 どの教科が苦手だとか、得意科目を伸ばした方がいいとか、そんなことはもうどうでもいい。


 国語でいい点を取りたい。

 社会や数学に負けないくらい!


 国語の大敗を経て。

 そうシンプルな思いが、僕の中に芽生えてきた。



     * * *



 中学2年、3学期。

 担任の真武先生と二者面談の日。


 僕は野球部の練習を途中で抜けて、教室にやってきた。


「失礼します」

「うわ~、すごいね! 膝のところ!」


 ユニフォーム姿の僕を見るなり、真武先生は僕の膝に注目して感嘆の声を上げる。ユニフォームのちょうど膝のあたりには、幾度も縫われた痕が。


 スライディングや打球に飛び込んだりする内に、ユニフォームの主に膝の所が破れてしまった故だ。


 僕や野球部の皆は見慣れているけど、それ以外の人が見たらびっくりするのも頷ける。まあ、普通は穴が開いた服は捨てるからな。


 僕も最初はそう思ってた。


 新品のユニフォームに身を包んで練習に参加した初日。

 スライディングが下手な僕はいきなり膝の所に穴を開けてしまった。

 最初はまた買い直さないといけないのかと焦ったけど、先輩に「一々そんなことしてたら金がいくらあっても足りねえよ!」と言われたっけ。


 お婆ちゃん、いつも縫ってくれてありがとう!


 お婆ちゃん子として、心から感謝する。


 内側から別の生地を当てられて膝の部分がより頑丈になったユニフォームは、僕が野球部で練習してきた勲章だ。


 これも続けてきたおかげというか、何と言うか……。


 それはさておき。

 二者面談の話が始まった。


「ヒッシーのお母さんから聞いたけど、野球部辞めようと思ったんだって?」

「はい、まあ……」

「どうして?」


 真武先生がそのくりっとした瞳で僕を見詰める。


 先生、美人だな~。


 めっちゃ若く見えるけど、これで二児の母とは……。


 アンチエイジングとか詳しそう。


 てか、こんな美人なお母さんで、息子さんたちが羨ましい。


 ……さて。


 どう答えたものか。


 僕は目の前の美人教師から一旦目を離し、考えを巡らす。


 アツシが「お前のせいで負けた!」って顧問のテルミに言われて退部したことが発端だけど……。


 流石にそれをそのまま言うのはなぁ。


 ぶっちゃけ真武先生に全部ありのままに話して、テルミに一撃食らわしてやりたいけど、どう転ぶかは分からない。


 うちのお母さんがどこまで話したか分からない以上、僕も迂闊なことは言えないな。


 けど、真武先生、美人だし。これ大事。


 嘘をつくのも嫌だなぁ。


「夏休みの練習がキツくて……」


 これも辞めたいと思った原因の1つだ。


 毎朝6時に起きて30分以上歩いて学校に行って、炎天下の中短くても5時間以上練習。

 声が出てないだ、ちんたら走るなだと怒鳴られ、毎日のように罰走を課された。偶数奇数もイジメかと思った。吐いたし。


 そりゃいくら野球が好きでも憂欝になるわ!


「あ~、野球部の活動数すごいもんね。松村先生に聞いたけど、ヒッシーほとんど休まなかったんでしょ?」

「……はい」


 真武先生の言葉に、ちょっとがくっとなった。

 そりゃないぜ、テルミ。


 ほとんどっつーか、1日たりとも休んでないっすわ、テルミさぁあああああああああああん!


 僕の影が薄過ぎて、存在に気付いてもらえなかったのかな? ああん?

 目が悪いなら無理して練習見に来なくてもいいんですよ! もう1人、大天使マッチーという顧問がこの野球部にはいるんだから。


 皆勤で乗り切ったのは僕と軍曹だけなのに、なんか正当に評価されてない感じでショックだ。


 他の皆は高校見学で少なくとも1日以上休んでたのに。


 因みに、僕と軍曹は偶然同じ高校を見学することになり、なんとその日は野球部の休日だった。ツイてなさ過ぎるわ!


「いやー入部して1年乗り切って、体力も付いて、これであとは楽にできるようになるんだろうなぁ、って思ったんですけど……」

「うんうん」

「自分たちの代になってからの方がむしろきつくて、それで嫌になったというか……」

「そっかぁ。でもね、ヒッシー。それがちゃんとした部活だと思うよ?」


 僕の話を相槌を打ちながら最後まで真剣に聞いてくれた真武先生は、優しい声で言ってくれた。


 目が凄く優しい。


 うっ、うぅ……真武ママぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 

 愚痴を言うような感じになっちゃたけど、真武先生に野球部のことをよく言ってもらえて嬉しかった。


 それがちゃんとした部活、か……。


 陸上部やテニス部からは「野球部弱いくせにグラウンドの場所取り過ぎなんだよ!」と日頃から言われてるから、余計に心にしみる。


 テルミは恐いし、練習もキツいし、チームの成績も振るわないけど、でも野球部での活動が無駄なことだとは思わない。


 野球部に入ってから、僕はすごく体力が付いた。

 50m走は入学時より2秒近く速くなった。

 長距離走も1500mで2分以上速くなって部内では屈指の実力となった。

 

 あの夏の練習はもう二度と御免だけど、あれを乗り越えたことで僕はそれなりにはなれたと思う。


 途中でやめてたら、投げ出したこと逃げたことの後悔で、押し潰されていただろう。


「それに、テストの成績も伸びたね~。すごいよ!」

「あ、ありがとうございます」


 真武ママぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 失礼。


「1学期の中間テストのときはよかったんですけど、その後伸び悩んで……」

「あ~、そうだね~。この、30位台のときか」


 真武先生はテストの結果表を見ながら、僕と一緒に振り返る。


「でもこのときはヒッシーが極端に落ちたわけじゃないからね」

「自分はこのままズルズル落ちてくんじゃないかと思って、めっちゃ焦ったんですよ」

「そっかそっか~。それで10位以内に入る! って、この目標欄に書いてたんだね」


 1年生の頃も思ったけど、僕は担任の先生に恵まれてるなと思った。


 1年生のとき担任だった社会科担当の下田先生には社会のことで褒めてもらえたし、面談のときも先生らしからぬぶっちゃけトークで盛り上がった。菱沼くんが影からクラスを支配するんだ! とか。


 真武先生には生徒が毎日書く日記で悩みや不安を相談できて、ちょっとしたことでも気に掛けてもらえた。


 真武先生は姉のことを知ってる先生だったから、最初は不出来な弟として比べられたりしないかと思ってたけど、一生徒としてこれ以上ないくらい支えてもらえた。


 テントリの先生たちもすごい面倒見がいいけど、学校が居心地良かったのは真武先生たちのおかげだろう。


 感謝しても、し切れない。


 間もなく、この学年最後の二者面談は、終始和やかな雰囲気で幕を閉じた。



     * * *



 一方、新人戦での事件以降も野球部に残り続けていた僕、菱沼勇気は――

 期末テストが終わって間もなく、レギュラーメンバーを外されたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る