第10問 部活と勉強を両立する方法は?


 中学2年、夏休み。

 学校のグラウンドにて。


「今度から偶数奇数は練習の途中に早めにやろう」


 練習開始前のミーティングで、顧問のテルミは爽やかな表情でそう言った。


 練習の最後にやると抜いて走るやつがいるとか何とか……。

 そりゃ、体力的にキツいからね。気持ちはものすご~く分かる。


 てか、なんであんただけそんな元気なんだよ!

 ちょっと日向(こっち)来いや!


 でも、あの「偶数奇数」を途中でやったら、それ以降の練習に障るんじゃ……と、少し不安を覚えながらウォーミングアップのメニューをこなす。


 列をつくり、足並みを揃え、声を張り上げながらベースランニング。

 皆で円状に広がってストレッチ。

 サイドステップやスキップ等、軽く動く補強運動。

 そして最後にキャッチボール! 

 

 あ~、幸せだ~。

 キャッチボールはいつやっても楽しいな~。

 これが終わったら帰りたい。


「よし! じゃあ偶数奇数やろう!」


 帰りたいぃいいいいいい!


 練習の途中って! そう言ったじゃないですか!


 いや、確かに早めにやるとは言ってたけど……。

 まだウォーミングアップが終わったところだ。


「あの、松村先生。気持ち悪いんで少し休んでいいですか?」

「先生、ちょっと調子が悪くて……」

「先生、自分も……」


 こらこら君たち、なに言ってるのかね?

 今の今まで楽しそうにキャッチボールしてたじゃん!


 次々とリタイアしていく部員たちに唖然とする僕。


 …………。


 そ、そうだ、簡単なことじゃないか。

 僕も「休ませてください」って言えばいいんだ。最初から、そうすればよかったんだ! 天才ぃ~!


 ……って、言えるか!

 今、僕は体調不良じゃないんだ。ズル休みになる。

 嫌なんだよ、そういうの。

 なんかあとで後悔するから。


 人数が減って回転率が上がり、いつもなら少し休めるホームベース付近での待機時間が削られる。自分にどんどん順番が回ってくる。


 あぁ、休んどけばよかったのかもしれないなぁ。


 ちくしょぉおおおおおお!


「おぇええええええ」


 偶数奇数を完走した直後、神聖なグラウンドで僕は吐いた。



     * * *



 中学2年、夏休み。

 テントリにて。


 僕たち第2学年Bクラスの教室はとても静かだった。

 勉強する場所としてふさわしい環境だ。

 これでこそ学習塾!


 あまりにも静かなもんだから寝ることだってできる!


「こらー! お前ら起きろー!」


 しかし、残念ながら授業中だ。


「うおっ」

「やばい、今意識飛んでた」

「あれから何分経った!?」

「もう無理だよ……」

「あと五分でいいんで……」


 うとうとしていたBクラスの生徒たちが「ぬうっ!」と息を吐きながら背伸びをしたり、首を回したりする。


 講師の拓基(ひろき)先生もそのゴリラみたいな体格でばちんばちんとやかましい柏手を打ち、腕を組んで偉そうに寝ているカズの耳元で「起きろー!」と声を張り上げる。それはあかん。


 僕の所属するBクラスは、部長のナオユキや副部長のカズを初め野球部仲間が多い。てか、僕が2年生に進級してから一気に増えた。


「これも勇気効果だな……ぐへへ、いい広告塔だぁ」

「きしししし、お主も悪よのぉ」

「いえいえ~、栗原先生ほどではありません」

「狐塚塾長!? 栗原先生!? 僕は客寄せパンダになったつもりはないですよ!」

「まあまあ、細かいことは気にするな」

「ゆ、勇気先生……?」

「勇気は成績が上がる。テントリの評判もよくなる。うぃんうぃんだろ?」

「なっ!? ぼ、僕は……僕はそんなことのために頑張ってたんじゃない!」

「今度パステルのプリン買って来てやるから」

「抹茶味がいいです!」


 中学2年の最初のテスト以来、テントリ生が日に日に増えていく中。

 僕とテントリ講師陣と間ではそんな一幕があったほどだ(脚色あり)。


 塾生の増えた要因にはあの「100点以上上がったやつがテントリとかいう塾に通っているらしい」という噂も一役買っているだろう。

 当事者である僕の口からあまり言いたくないけど、それなりに影響を与えていると思う。


 そう言えば、1年生の頃僕と同じで30点台を連発してたライバルのカズも僕の後に入塾した。

「あの菱沼が改造された塾に入れば自分も!」という思いがあるのではないかと勝手に想像している。

 本人は「別にそれは関係ないけどね」って言ってるけど、ライバルとしてのプライドってやつなのかな。そう言えば、最近カズはテストの点数教えてくれないなぁ……。


「お前ら毎日目ぇ真っ赤にしてるな~」


「めっちゃきついんすよ部活!」

「マジでテルミうぜぇ!」

「あいつだけ木陰にいてずるいよな!」

「言ってることコロコロ変わるし!」

「それな!」

「勝てばいいってもんじゃないとか言ってたくせに、此間(こないだ)勝たなきゃ意味ないって言ってたよな!」


 拓基先生が空気を入れ替えるために話をふると、野球部メンバーが素早く食い付く。もっと言ったれ! 僕の分も頼む!


「でも、お前らのチーム、別に強くないんでしょ? 毎日目ぇ真っ赤にしてるのに」

『…………』


 たった一言で沈黙する野球部メンバーたち。


 的確過ぎる指摘で、みんな言葉にならない笑い声を漏らしている。

 ほんと笑っちまいますよ、毎日のようにキツい練習してるのに。毎日目ぇ真っ赤にしてるのによお!


 開幕11連敗。

 僕たちの代になってからの対外試合の戦績だ。

 市内の覇者相手に五回コールドの参考記録ながら、ノーヒットノーランを食らいかけたこともあった。


 初めて勝ったのは先日行われた僕たちの中学の名を冠した大会で、ホストチームとして1グループ4チームの中グループ2位と健闘した……その後の各グループ2位同士での順位決定戦では全敗したのは秘密。


 自分たちの代が強かったら練習もモチベーション高くできるんだろうな~。


「俺の方が上手いな」


「拓基、野球やってたの?」

「その身体で?」

「ポジションどこだったんすか?」

「ベンチだろ」

「間違いない」


「ベンチじゃねえよ、4番でエースだから。てか今拓基っつたやつ。おい、アツシ! 俺とお前、友達?」


 拓基先生はタメ口をきいた生徒に軽くプロレス技をかけてから袖をまくり、その場でピッチングフォームを披露してみせる。

 そのゴリラみたいな巨体からは想像もできない、鞭のようにしなる腕!

 こ、これは……!?


 よく分からん。てか、授業中。


「でも、拓基先生のチームだって強くなかったんじゃないの?」

「弱小チームなら、そりゃエースで4番もできるわな」

「俺がそのチーム入ればアイドルだわ」

「それはない」


「市内ベスト4だから」

『マジかよ!?』


 一斉に驚嘆の声が上がる。こ、これは驚いた。

 なるほど、それなら僕たちのことも雑魚呼ばわりできるわけだ。

 この世界は実力が全て。下手くそだと後輩からもタメ口で侮られる。


 非常につらいが、ここは引こう。


「うちの市の中学、4校だけだよ」


 とそこで。


 僕たちの教室の近くを通りかかったモデル体型の勇気先生が、顔だけ出してぼそっと言う。

 兄と弟の共演!


 そう、驚くことなかれ、実は勇気先生と拓基先生は兄弟なのだ。


 勇気先生はすらっとしてるけど、拓基先生はラグビーとかアメフトの選手みたいにがたいがいい。兄弟でこんなに違うものなんだなー……って、ちょっと待って!


 市内に4校でベスト4だぁ!?


「初戦負けじゃねえか!」

「なんかおかしいと思ったんだよ!」

「くそ~騙された~!」

「動物園に叩きこむぞ!」

「ゴリラ!」


「はい! 授業再開するぞ~!」


 ぱんと柏手を打った拓基先生が、笑顔で英語の授業を始める。

 なんすか、そのスルースキルは!


 みんなゲラゲラと笑い出す。


 いや~大人はずるいな~。


 でも今の会話で教室の雰囲気がすごくよくなった。

 さっきは寝てたり、うとうとしてたからしんとしてたけど、今は静かでも活気がある。


 夏休みの練習はたいへんだけど、この時間だけはその辛さを忘れることができるくらい、テントリでの授業は楽しい。


 勿論勉強しに来てるわけだからたいへんなことはあるけど、勇気先生、狐塚塾長、栗原先生、拓基先生たちが本当にいい人たちで、面白くて元気もやる気も出てくる。


 だからこそ思うのだ。


 部活を辞めれば、もっと勉強に集中できて。

 もっと成績も上がるんじゃないかって。


 その後、夏休みが終わり。


 地獄のようだった練習をどうにか乗り切った僕は、しかし心のどこかで部を辞めたいと思っていた。


 そして夏休み明けに起きたあの事件をきっかけに、遂に僕は退部を決意するのだ――



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