第9問 辞めたいなら辞めた方がいい?


 部活辞めてぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!



     * * *



 中学2年、夏休み。

 学校のグラウンドにて。


 1個上の先輩たちが引退し、新チームになってから初の長期休暇の練習がスタートした。


 僕らの時代の夜明けぜよ~!


「集合!」


 顧問の松村先生の声が響くと、僕たちは練習を中断して「ぉおい!」と返事をしてから松村先生の元にわらわらと集まっていく。


 入部以来、見慣れた光景。もう条件反射みたいなもんだ。


 しかし――


「ストップ!」


 松村先生は駆け寄ってくる僕たちを大声で制した。

 走り出していた僕たちはその場でぴたりと止まる。


 なんですか~、だるまさんが転んだんですか~?


 いや、待て……え? なんか怒ってない、テルリン?


 僕は顔色を窺うように、テルリンこと松村先生を注視する。


「集合するときはダッシュしろと言っただろ! ちんたら走るな! やり直し!」

『お、ぉおい!』


 松村先生に怒鳴りつけられると、グラウンドが静寂に包まれた。


 マジで怒っていらっしゃる……。

 ま、まあ、そういう日もあるか。

 人間だもの。


「みんな声出せ~!」


 新チームのキャプテンである同い年のナオユキが、動揺する部員たちに真っ先に声を掛ける。


 流石キャプテン!

 僕たちにできないことを平気でやってのける!


 ナオユキの言葉を皮切りに、あちこちで「声出せよ!」と声が上がる。


 しかし――


「ストップ!」


 松村先生は元の場所に戻ろうとした僕たちを再び制す。


「戻るときもちんたら走るなよ! ダッシュで戻れよ! こっちに来い!」


 テルリンは近くにいたら唾を吹っ掛けられそうな勢いで怒鳴る。


 そ、そうきたか~!

 く~、これは一本取られた!


 テルリンの元までダッシュで戻り、またダッシュしてそれぞれの元いた場所に戻る。なんかシュールだ。


 でも、大丈夫。これでも僕はこの野球部で1年以上練習してるんだ。

 この程度じゃへこたれないさ……しかし、暑いな。まあ、もう夏だもんな。


「集合!」

『ぉおい!』


 再び召集がかかり、僕たちは50m走の計測をやる勢いでダッシュする……これなら文句ないやろ!


 松村先生が駆け寄ってきた僕たちを「ストップ!」させることなく、ようやくありがた~いお話が聞ける。


 やれやれ、話を聞くだけで一苦労だぜ。

 

 しかし――


「今、中島が声を出してなかった」


 ようやくなんか話が始まると思ったのに。

 松村先生は開口一番そう静かに言った。


 中島。1個下の野球経験者で、僕の近所に住んでいる。基本的に真面目だけど、たまにふざけてちょっかいを出すユーモアもある面白いやつだ。部員たちからも慕われていて、僕たちもナカジと愛称で呼ぶ。


 そのナカジが……。


 ざけんなよ、中島ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 とは思わなかった。むしろ皆の前で名指しされて、公開処刑されたナカジを不憫に思う。

 ナカジは申し訳なさそうに下を向いていた。可哀そうに……。


「〇ねよ、輝美てるみ……」

「それな」


 僕の近くにいる部員たちがそう呟くのが聞こえた。

 部員の怒りの矛先は先程から走らせまくっている松村に……失礼。松村先生に向いている。

 僕だってそうだ。


 さっきからなんなんだよ、あんた。

 誰が声出してないとか、そんなピンポイントで分かるってのか!?

 大体、あんた一人だけ木陰でくつろいで――


「何度も同じことを言わせるな! グラウンド3周!」

『お、ぉおい!』


 はぁああああああ!?

 意味分からん!

 輝美てるみ……テルミぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!


 僕は部員たちの間で呼ばれている松村先生の愛称? を心の中で叫びながら、スパイクを履いたままグラウンドを大周りで3周走る。

 1周400mは下らないからこれだけで1200m……テルミぃ。


 そしてその後も練習の途中で罰走を課され、


「お前たちはそんなに走るのが好きなのか!?」


 結局、罰走だけで9周3600m以上は走った。


 しかし、この悪夢のような練習にはその先が……。


「この代は、特に2年生は野球経験者が少ない。野球をやる体力そのものが備わってないんだ。だから、今日から練習の最後に新しいメニューをやってもらう」


 テルミの言う通り、僕たち2年生16人の中で経験者は部長のナオユキ、副部長のカズ、ヨッシー、セータの4人。


 その内ヨッシーとセータは、学外の硬式野球チームにも所属しているため、テルミが「試合では使わない」と宣言しているから、戦力としては実質ナオユキとカズの2人だけだ。


 でも、1年以上練習してるんだから、それなりに体力は付いてるはずだ。

 てか、野球をやる体力ってなんすか……。


 まあ、ここでゴネでもどうにもならないから、やるしかないけど。


 テルミが発案したメニューは、簡単に言えばベースランニングの一種だ。

 ただし、ちんたら走るものじゃない。


 ホームベース付近に集まった部員たちが走る順番で「偶数組」と「奇数組」に分かれ、それぞれ違った走り方をする。


「偶数組」はホームから二塁ベースまで走ってスライディング。

 そこで一旦待機して自分の後ろに2人来たら、二塁ベースからホームまで走ってスライディングする。

 これで1本。


 一方「奇数組」はホームから一塁ベースを駆け抜け、自分の後ろに2人来るまで待機。

 次は一塁から三塁ベースまで走ってスライディング、待機。

 最後に三塁ベースからホームまで走ってスライディング。

 これで1本。


 1本毎に走る順番を調整して、僕たち部員はこの「偶数組」と「奇数組」を各3本ずつやる。


 走る距離にしたら大したことはないが、練習で心身ともにヘトヘトになった状態でこの短距離走の連続はキツい。

 待機する時間はあるけど、これもキツい。速く走ったりゆっくり走ったりを交互に繰り返すインターバル走みたいで呼吸が荒れる荒れる。待機中はみんな、膝に手を付いて頭を下げていた。


 練習の最後にやるこの悪魔的なメニューは「偶数奇数」と呼称され、恐れられた。


 …………。

 大丈夫、僕は1年以上この野球部で……この野球部で……。


 し、死んじゃう、死んじゃうよ!


     * * *


 夏休み初日から絞りに絞られた練習後。

 僕たち野球部員は、グラウンド付近の校舎から武道場に繋がる渡り廊下でぶっ倒れていた。


 脚がピクピクしてる。立って歩くのも儘ならない。

 

「あ~、ひんやりする~」


 夏休みとあって人通りがほとんどないこの場所で、僕はうつ伏せで大の字になって思うままにくつろぐ。どこを歩いたかも知れない上履きで踏み慣らされてるから汚いけど、どうでもいいやそんなこと。


 渡り廊下の屋根や武道場で影になっているここのコンクリートは冷たくて心地いい。


 何も言えねぇ。チョー気持ちいい。

 

「水筒……水筒が、ない……もう空だ」


 あとは飲み物があれば言うことないんだけどなー。

 

「お疲れ~」


 そんなグラウンドで死に損なった僕の上から、声が降ってくる。


 見上げると武道場の入口に、白い天使がいた。


 そっか、僕……そっか……。

 なんかあの名作を思い出す光景だ。

 ここは教会じゃないけども。


 僕、もう眠いんだ。


「あはははははウケる! どんだけ疲れてるの」

「……なんだ、宮本か」


 白い天使の正体は、白い道着に身を包んだ武蔵だった。


 武蔵。本名、宮本彩。

 1年生に引き続き、今年度も同じクラスの剣道女子だ。

 あと、僕のテストを籠手を打ってでも見ようとしてくる超攻撃的なやつ。


 武蔵は武道場の入口から階段を下りて、やってくる。


「っ!?」


 む、武蔵!?

 目の前の女子の普段と違う姿に思わずガン見してしまう。


 剣道部の練習でたくさんを汗を掻いたのだろう。湿った髪が肌に張り付いて、な、なんか……エロい――いや待て待て! 

 武蔵だぞ、こいつは! 

 男子と混じってドッチボールとかやるようなやつで!

 シャーペンで他人様の手をばちばち打ってくるやつだ!


 そ、そうだ! 疲れてるんだ、僕は! うんうん!


「野球部声でかいね~。中までめちゃくちゃ聞こえてきたよ」

「いやー剣道部も相当でしょ」

「謙遜するなよ♪」

「ただ……ただ、もうこれ以上走りたくなかったんだよ……」

「どういうこと? あ、水筒空なんでしょ。ポカリ飲む?」

「ください!」


 武蔵が水筒をすっと差し出してくる。

 え、その水筒のコップで飲めと!? これって運が悪いと間接――


「はい、水筒出して」

「あ、はい……」


 ですよね。

 そそくさと自分の水筒の口を開ける僕。


「わたしもう飲んじゃってるけどいい?」


 な、なんだよ、どういう意味だよ、その質問!

 ペットボトルじゃないんだから。


「いや、宮本がいいならいいけど……」

「うん、いいよ。そういうの気にしないから」


 武蔵がとくとくと命の水を注いでくれる。

 僕は水筒を傾ける武蔵の様子をちらっと見て、すぐに視線を外した。


 なんか主導権握られてるみたいだ……。

 これが漫画とかゲームなら、僕、攻略されるんじゃないのか?

 って、ないない。

 僕は攻略対象外のクラスメイトCだから。それにあの武蔵だぞ?


「ひゅ~ひゅ~、お熱いね~」

「遂に菱沼に春が来たか!」

「テストでいい点取ったからって調子くれんなよ!」


 その後、他の部員たちから冷やかされてから、僕は下校した。


 武蔵が来たから緩い空気になったけど、あのやり取りは偶然だ。


 練習後はクタクタで、通学路の途中にある歩道橋の階段を上るだけでもしんどい。これがほぼ毎日続くのかと思うと気が遠のく。


 この後テントリで夏期講習が待ってるんだよなぁ。


 気合いだ……気合い、だ……。


 そうやって己を奮い立たせてみるけど。

 でも、身体は正直なわけで――




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