第4問 60点台の子が、すぐに90点台を取ることはできるか?



 

 迎えた社会のテスト返却の日。


「今回めちゃくちゃ勉強したでしょ」


 休み時間が終わる間際。

 教室に入ってきた担任の下田先生は、僕の席の横を通り抜けるときにそう言った……!?


 まさか……!


 間もなく授業が始まると、下田先生が黒板に今回のテストの平均点をクラスと学年別に書き込んでいく。

 そして、これまでの結果発表と同じように、平均点の次にこう続けた。


「クラス最高点は――」


 一瞬の間。

 先生と目が合った。


 まさか……!


「95点!」


 まさかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?


 いや待て落ち着くんだ落ち着いて冷静に状況を把握するんだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 無理無理無理!

 落ち着いてなんかいられるか!


 だって!

 もしかして!

 ぼ、ぼぼぼぼぼぼ僕が!


 心臓がありえないくらい跳ね回ってる。

 生きてる! 僕、生きてる! いや、それは知ってる!


「大丈夫?」

「だ、大丈夫……大丈夫です。ごめん、はい……」

「なにそれ、ウケる」


 興奮のあまり、息遣いが荒くなって机に突っ伏した僕に、隣の席の女の子がくすりと笑った。

 しまった、変な奴だってことがバレた!?


 少し前に席替えをしてから隣になった女の子――武蔵(むさし)とはこれまで普通に話してたけど……もうダメだ、今この瞬間から口利いてもらえなくなってしまう。こんな坊主頭でむさ苦しい僕にも話し掛けてくれる気さくな人だったのに! 

 苗字が宮本で、しかも剣道部だから、心の中であの伝説の剣豪の名で呼んでたからばちが当たったのか!?


 そんなふうに僕が勝手に苦しんでいる中。

 男子から出席番号順に次々とテストが返却されていく。


 そして遂に僕の番が回ってきた。


 僕の一つ前の番号である《五神》こと亮人師匠と入れ替わる形で、教壇に立つ下田先生の前へ。

 テストが返ってきた!


 裏っ返しにされたテスト用紙。

 受け取った瞬間、僕はすぐさま用紙を反転させた……!


 まさか!


 結果は――


 94点。


 おっしゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……あれ?


 94点? 95点じゃなくて?

 1位じゃない……だと!?


 あの前フリはなんだったんだと下田先生に目をやる。

 すると、


「予想通りの反応、ありがとう」


 とでも言うかのように、下田先生はにやりと笑った。


 俺を……俺を嵌めやがったな、下田ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 いや、でも、94点だ!

 やった、94点だぁああああああ! 


「何点だったの?」

「え?」


 興奮冷めやらぬまま座席に戻った僕に、武蔵はそう訊ねてきた。


「いや、ちょっと……」


 見せびらかしたい気持ちはある。

 けど、なんか自慢するみたいで恥ずかしいなぁ。


「教えてよ」

「無理無理」


 机の上に裏返されたテスト用紙をめくろうとしてくる武蔵。


 な、なんて馬鹿力だ! でも、野球部舐めるなよ!


 僕は決死の覚悟でテスト用紙を押さえ付ける。


「い、いいじゃん……!」

「い、いや、ほんと無理……!」

「点、悪かったの?」

「いや、その……悪くは……ない」

「じゃあいいじゃん」


 力勝負では分が悪いと判断したのか、武蔵はテスト用紙をめくるのを止める。

 そして、武蔵はおもむろに筆箱を漁り始めた。

 取り出したのはシャーペン……!? おい、まさか!

 どんだけテスト結果見たいんだよ!


 そして僕の脳裏に最悪の展開が過った次の瞬間――


 武蔵はテスト用紙を押さえ付ける僕の手の甲を、シャーペンで小気味良く連打してきた。


「痛い、痛いって!」

「籠手(こて)ぇ~!」


 籠手て! 


「そこ、籠手付いてないから! 剣道部がそこ打つの反則!」

「あはははははウケる!」

「ウケないよ!」


 結局観念して見せることになった。


「え!? すご!」

「ふひひひ」


 いや流石に人前でそんな笑い声は上げなかったけど、素直な称賛に天井を突き破る勢いで飛び跳ねたく――


「他の教科、全然ダメだったのに!」

「ごふっ」


 いや流石に人前でそんな――って、おい!

 今なんつった、武蔵!


「なんで社会だけできるの?」

「えっと、それは社会が好きで……」

「だって英語のテスト――」

「やめろぉおおおおおお!」


 そう、この武蔵はテスト返却の度に、僕の点数を半ば強引に覗いてくるデリカシーのない剣豪だ。

 剣道でなにを教わってるんだ、全く。

 

 勿論、テスト結果を見られそうになったら最初は断るけど、何やかんやで結局全部見られている。

 自分で言うのもなんだけど……押しに弱い。

 いや、武蔵が強過ぎるんだ!


 武蔵とは小学校から同じで、その頃から活発なやつだった。

 休み時間になれば男子と混じってドッチボールをやり、対等に渡り合う。

 そして短距離走もめちゃくちゃ速くて、四月に競争したとき僕は普通に負かされた。

 漫画に出てきそうなキャラ設定を地で行く剣道女子だ。

 そして勉強もできるらしい……って待て待て、盛り過ぎだろ、そのキャラ設定!?


「てかそっちもテスト見せろよ! 何点だったの?」

「嫌だ。負けたし。でも、合計点なら勝ってるから」


 なんか勝ったのに負けた気分!?

 いや実際、合計点じゃ敵わないけども。


 今回は五科目合計は287点。

 前回より70点くらい上がった。

 学年順位は123位! 

 恥ずかしながら自己最高位だ!

 

 そして社会は……学年5位!!

 この結果には自分自身、かなり驚いてる。

 テストを解いてるときは「結構できた……かも。多分」って感じだったから。


 でも、まあ、手応えは希薄でも94点だ! 学年5位だ!

 僕の時代来たぜ!


「へ~、すごいね」


 テストの結果が出てから、すぐに現実主義者こと章宏に自慢する。

 94点って点数を聞いた章宏は「え!?」って声を出して驚いていた。

 なんだか、一泡吹かせてやったみたいで気分がいい。


「それで――他の教科は?」

「…………」


 そう。

 武蔵からも指摘されたけど、社会以外の点数は依然としてぱっとしないものだった。


「勇気。お母さん、塾に電話するから」

「はい……」


 そして、僕はあの塾に出会うのだ――

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