弐(2)

 わたしは肉体から浮遊したような精神と、窮屈に重く持て余す「女」の肉体を抱えて小学校へ上がりました。しばらくは退屈ではありながら、平穏に過ごしていたように思います。同じ学級になった悪童が、入学早々わたしのスカートをめくり上げた事も在りましたが、ひらひらと揺れるカーテンにじゃれる猫か何かのような心持ちであったのだろうと、今でも思うのです。――いえ。いいえ。


 しかして、の子は既に自らが「男」であると心から理解していたのでありましょうか。そうしてわたしを「女」であると認識した上で、あのようなたわむれをしたのでしょうか。


 当時のわたしは、自身を「女の子」だと思っていない事に、何の疑問も抱いてはいなかったのです。肉体は確かに「女」でしょう、けれど「女の子」の自覚は何処にも無く、其の状態を至極当然のものと受け留めて、……何者でもない虚ろな器、物語の中に入れば何にも染まれる透明な人形、其れが自分であると、当然に納得していたのです。


 背を向けるたび捲られるスカートが煩わしく、彼の子の行いを教師に訴えた事は朧気に記憶に在ります。彼の子が若し、真実「男の子」であったのならば、あれこそわたしが初めて遭った、「女」のわたしへの悪意、好色、欲望、其の類だったのやもしれません。


 望むと望むまいと関係無く、生物であるわたしの身体は、漠然とした年月の中で変化していきました。最初は乳頭にゅうとうがぽつりと目立つようになった、その程度ではありましたけれども。神の内と云われる歳を越えたばかりの頃だったように思います。成る程、真実現世のものとなったわたしの肉体は、現世の「女」と成るべく芽吹き始めていたのやもしれません。現世に在るべき「女」の肉体へと――嗚呼ああ。わたしのこころを、伴う事も無く。


 そのうちに下生したばえが黒い筋となって恥骨ちこつの上を覆い始めました。薄い胸の皮膚の裏に、何らか発達した組織が在ると感じるようになりました。腰骨が張り、臀部でんぶに厚い肉が付いたと自分の手にも判るようになりました。……生来、わたしは酷く肉付きの悪い体質でした。ふくよかな身体をしていた祖母の素質は、わたしには受け継がれる事は無く、祖父の家系の、所謂骨と皮と形容されるような肉体の、其の中でも一等遺伝子の凝縮されたような子供でした。あばらの筋が幾本もくっきりと浮かび、肩も薄く、長さばかりはある枯れ木の如き手足がゆらゆら揺れる、そんな肉体でもはっきりと判るほどの変容でありましたから、生物の成長とは、何とも凄まじく、何とも無慈悲なものだと思わざるを得ません。

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