第23話 ブレイドオペラ

 剪刀せんとう剣を構え、ハリオは本郷みかんを見た。

 右拳を前に出した半身はんみに構え、動かない。激情に駆られている筈であるのに。

 常人つねびととして、親しいが損なわれれば怒る。嘆く。それは正しい。常人型の「騙るもの」としても、無論むろんのことだ。剪刀せんとう騎士として恥ずべきだが、ハリオはその点いささかにぶい。対し本郷みかんは、見るからに激情家に違いない。

 それをんで、習い覚えたまま、己のを御している。


 ――好ましい人物だ。


 ハリオは掛け値なしにそう理解している。

 暴力で排さねばならないことは、敢えて言うなら不本意だった。

 だが彼女を処すのは、ハリオの決断だ。よって、ハリオが始めねばならない。

 最初の言葉に悩み、浮かんだのは結局、本院で繰り返した稽古の事だった。


「始めましょうか」


 言うなり、ハリオは若草の外套をひるがえして真後ろに跳んだ。


 異法で強化された脚力が地を蹴り、地から浮いた体を文字通りが姿勢制御する。自在滑空翼から切り出しサンプリングされた異法だ。拡張感覚と自律連動する動作単位プログラム。視界の端に高速で流れる天幕テントの群れ。ハリオは左手指を本郷みかんへ突きつけ照準、灼熱化の異法を起動トリガー

 本郷みかんは最速で対応した。黄金の光が瞬間展開、かたちなきが砲弾のように、小柄な身体を射出する。突き出す右拳が灼熱化の異法と、粉砕。常温定義変容そのものが消失した。見えている、とハリオは判断する。発動感知と定義変容型異法そのものへの打撃破壊。常時展開の防御力場と併用されれば、灼熱化だけで仕留めるのは不可能に近い。

 相対速度差。距離が食われ間合いが詰まる。砲弾の速度と質量で打ち込まれる鋼拳を剪刀せんとう剣で払う。り飛ばされた黄金光が減衰する。若草色の外套が翻り、本郷みかんの横面を。重金属なみの強度と重量を付与された外套が、の守りを削がれた上半身に直撃する。運動方向ベクトルの逸らされた突撃は、広間の石畳に本郷みかん自身を叩きつけた。


 石材が砕け、砂煙が上がる。


 肉体強化と平衡感覚拡張の動作単位プログラムが連動し、ハリオは猫のように着地した。そのまま左手指で、砂煙越しに範囲照準。

 起動トリガーするより早く、割り込みが入った。砕音。閃光。無数の石礫いしつぶて喇叭銃ブランダーバスのごとく、砂煙を突き破って飛来する。ハリオは外套をかざし、からだを守る。轟音と無数の飛来物に拡張感覚が混乱し、自動運動との動作単位プログラム連動が阻害される。ハリオは目を眇めた。まずい、と経験が告げていた。

 剪刀せんとう剣を構え直すよりわずかに速く、短外套ケープの陰で黄金光が爆発、外套の裾を掠めるようにして黄金てつの拳が来た。反射的に衣服へ装甲化を起動トリガー

 重い衝撃。身体が浮き上がる。目前、食いしばった歯の音が聞こえそうな少女の顔。勢いに逆らわず、ハリオは跳んだ。石畳を砕く勢いでの踏み込みが来る。長外套クロークなら裾を踏みつけられていた間合いだ。すり抜ける。


 姿勢制御。着地。距離が僅かに離れた。


 本郷みかんが踏み込んでくる。直拳。柄で外に弾く。流れるように肘。刀身で捌き切り返す。肩口から血がしぶく。止まらない。脇腹を狙う裏拳。ちからの放出はない。黄金てつの拳に膝で逆撃カウンター。黄金装甲のない下腹部に深々と突き刺さった。

 本郷みかんは止まらない。身体を折って脚を抱え込みに来る。膂力強化の強度比べ。原型異法そのものとつきあう気はない。ハリオは柄頭で、組んできた眉間を殴りつけた。血しぶきが散る。微かに緩んだ組み付きを腹ごと蹴り飛ばす。

 間合いが離れる。本郷みかんの動きより先、剪刀せんとう剣を撃ち込んだ。身体強化と反射防御の動作単位プログラム連鎖を、ハリオは乗りこなす。切下ろし。打上げ。薙払い。退けば突き、踏み込めば外套ケープと蹴りでの逆撃カウンターを入り混ぜて連続する。肩と肘から手首の捻りで、弾く動きの力を次の撃ち込みに繋ぐ。必殺の意図はなく、かたちなきの起こりをり取り、圧殺するための連撃だ。すきあらば防御をすり抜け、肌身を削り、えぐり取る。

 黒い肌着が幾度も切り裂かれ、再生するよりはやく血がしぶく。るたび、無理やり動かす五体にはさらに、耐え難い苦痛が走っているはずだった。本郷みかんの顔がゆがむ。痛覚は殺していない。それをしてなお動く。


 その心根を、ハリオは本心から惜しんだ。

 長くは保たない。そのときはすぐ訪れる。


 げた瞬間、左上段からの強い薙ぎ払いを、かわすこともままならず、本郷みかんは手甲で受けた。最初、ハリオが深々と肉を抉り取った右腕で。声にならない悲鳴がもれた。身体が意志を裏切る。防御が崩れる。ハリオは即座に、本郷みかんの心臓へ突きを送ろうとした。


 まさにそのときだった。


 隧道広間の石畳が、ぐらりと揺らいだ。


 反射防御の異法が反応、ハリオは飛び退る。


 異様な光景だった。色調を揃えた灰色の石畳が、

 石の波はハリオの目前、本郷みかんとの間で最高潮に達し、する。


 肉色の蔦が、柱のように立ち上がった。

 人間の上半身ほどもある単眼が、ぎょろりとハリオを睨んだ。


「どうにか間に合ったな」


 文字通り広間を揺るがす声は、聞き覚えのあるものだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 その声に、みかんは尻もちをついたまま、目をぱちぱちさせた。

 状況を思えば気を抜きすぎだが、そういう性分なのだから仕方ない。


 それに少なくとも、こちらをようにつぎつぎと立ち上がる偽足触手の柱、いまや絡み合って壁のようになったそれは、みかんの知る限り相当に頑丈な代物のはずだった。それこそ、人類全軍が苦戦する程度には。


「エイジローさんッ?」

「おう。よく耐えたな本郷。さすがというか……」

「あの、どこに隠してたんですかこんなにいっぱい」


 強襲繁殖生物ハイドラは十分な熱量カロリーさえあれば、果てしなく、かつ迅速に巨大化する。みかん自身、都市一つに匹敵するほどの巨大上位個体ネクサスと戦ったことがあった。

 それにしたってこれはおかしい。エイジローは一抱えサイズだ。どれだけ補給したら、広間を埋め尽くすほど育てるのか。一体全体どこからそんな。


「運が良かったんだよ。その、あー、が山程あった」


 答えるのは小声だった。やや気まずげな響きがある。

 あ。間違いなくエイジローさんだ。みかんは得心した。大きくなってるけど。


「ありがとうございます」

「おう」

「でも。私、やっぱりだめみたいで……わッ!?」


 石畳の隙間を抜けて、みかんの目前に、肉色触手の柱が生えた。

 ごく細いもので、先端には握りこぶしほどの単眼が備わっている。


「あの剪刀せんとう騎士に何か言われたか。本郷」

「言われたか、っていうか、私、いったら犯罪者みたいなものですよね?」


 犯罪者というか、それこそ有害な外来種だ、とはさすがに言えない。

 エイジローの本体らしい柱は、頷くような動きをしてみせた。


「ああ。まえに言ったろ? 昔の俺とご同輩だ、ってな」

「じゃあ、やっぱり私」

「いいか。気にするな、本郷」


 単眼がみかんを見た。みかんは、軽くつばを飲んだ。


「この世界は、まあえげつないが、思ったより大雑把だ」


 俺も生きてられてるだろ。と、単眼だけでたぶん笑おうとした。

 みかんも、どうにか笑い返そうとした。


 遠く、爆音が轟く。触手柱が単眼しかめた。


「くそ。焼き払いに来た。……いいか。本郷、竪穴タテアナへ走れ。道は用意してやる」


 広間ホール全体を揺るがすような声で、エイジローは言った。

 みかんは少し息をためて、恐る恐る、ひとつだけ問う。


「そしたら、どうなるんです?」

「なんとかなる」


 今度こそ、みかんは吹き出した。

 どこかで聞いたような台詞だった。むかし何度も、似たような話をした。


 てのひらを見る。

 黄金てつの手のひらのまま、ばぁん、と自分の頬を張った。


「わかりましたッ、ありがとうございますッ」


 真っ赤になった傷だらけのほほには、確かな笑みの形がある。

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