第3話 柚ピールのマドレーヌ+ジュニパーの魔除け

 食後のオリオンブレンドは、酸味に彩られた料理に慣れた舌をさらりと元にもどしてくれた。

 それから、新たな酸味の柚ピールのマドレーヌをほおばる。


 ふわりと香るのは質のよいバターの香り、そしてその向こうから柚の砂糖漬けの芳しさ。


 小ぶりの貝殻型のマドレーヌは、焼き上がりならではのバターの贅沢な風味に和の柑橘の香りがアクセントになっている。



 何気なくテーブル席からカウンターを見ると、マスターのオリオンさんが濃い緑の葉のついた小枝を二本ずつ十字に組んで麻ひもで結わえていた。

 器用な手つきで小枝の十字架がどんどん組み上がっていく。

 それをカウンターテーブルの上に並べている。


「何を作ってるんですか」


 オリオンブレンドのはいったカップを置いてきいてみた。


「ジュニパー、西洋杜松ねずの魔除けです」


 オリオンさんは、小枝の十字架を手に一振りしてみせた。


「触ってもいいですか」

「どうぞ」


 私は席を立つとカウンターへ歩み寄り、小枝の十字架を手にとった。

 それを童話の魔法使いのイメージで空中に文字を描くように振ってみた。

 ヒノキ科の針葉樹のすっとした香りが宙に散った。


「ありがとうございました」


 私はお礼をして小枝の十字架をカウンターにもどした。


「私、柏木槙葉かしわぎまきはって言うんです。なので、気になって」


 オリオンさんは、小枝を組む手を一瞬止めて、私に微笑んだ。


「そうでしたか。杜松ねずさんなのですね」


 オリオンさんの言葉に、フェザリオンとティアリオンが反応した。


「柏葉槙葉さんは、どうしてジュニパーが気になるの」

「柏葉槙葉さんは、どうして西洋杜松が気になるの」


 カウンター越しに見上げる二人に向かって、オリオンさんが口を開いた。


「西洋杜松は、西洋柏槙といいます」


「なるほど」

「カシワとマキ」

「西洋のカシワとマキ」

「だからジュニパーなのですね」


 二人は楽し気に言い合いながら今度は私の顔を見上げた。

 私もつられて楽し気にうなづいた。


「ところで、ジュニパーの魔除けって何ですか? 」

「魔ものは、ジュニパーの葉を全部数えてからでないと中へは入れないという言い伝えがあるんです」

「たくさん葉がついてますよね、それ。数えてる間に疲れそう」

「そうですね、魔ものも、きっと、そうやって力を使い果たしてしまうのでしょう」


 ひときわ枝振りのよいので十字架を組み終わると、オリオンさんは満足そうに微笑みを浮かべた。


「実のところ、ここはなぜか場所がいいらしく、そうした魔ものたちが待ち合わせの場所にしたがりましてね。いたずらするくらいならいいのですが、中にはいたずらの域を超えたものもいるものですから、こうして少し力を弱らせてから中へ入ってもらうようにしているのですよ」


 大真面目のオリオンさん、こくこくとうなづいている子どもたち。


「それでもあまり効果のないお客さまには、こちらをサービスさせていただいております」


 カウンターに置かれたのは。アラベスク模様も繊細な切子細工のリキュールグラス。

 鼻先に近づけと、つんとした酒精アルコールの刺激。


「ジン、ですね」

「ご明察。ジュニパーの球果で香りづけしてるんですよ」


 ジュニパーのアルコールといえばジンだけれど、今嗅がせてもらったのは、ほんのり甘い匂いがした。

 ちょっと味わってみたい。


「いただいてみても、いいですか」

「どうぞ」


 リキュールグラスに注がれた無色透明の液体で、切子細工がひと際あざやかに浮かび上がる。


 ひとなめ、ふたなめしていくうちに、くせのない味がくせになっていく。


「グラニテか、クラッシュゼリーに合いそう」


 飲み干した口から、言葉がこぼれた。




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