親殺し

木下ふぐすけ

親殺し

クソ暑い真夏のある日、俺はタイムマシンを拾った。


 だんだんと治安の悪化していく黄昏の繁華街、懐中時計のカタチをしたソレは裏道の雑多なゴミにまぎれて落ちていた。

 薄汚れてはいたが時計に詳しくない俺でも一目で高級なものだとわかった。なんつーかアレ、オーラが違った。きれいにして質に流せば生活費の足しになるんじゃないか。そう考えた俺は人目がないことを確認してすばやく拾ってやった。

 泥棒って呼ばれたって関係ない。こんな高級そうな時計を買えるやつは少しくらいうちみたいな底辺貧乏家族にその金を回すべきなのさ。


「帰ったぞ」

ガラガラと古びたドアを開けて言えば、二つ年下の妹、三つ年下の弟から「おかえり、メシは?」とメシの催促が飛んでくる。

手に下げたコンビニの袋から、おにぎりを三つ取り出す。

「一人一つな」

母親は今、家にいない。彼女はこの時間夜の仕事の真っ最中だろう。いたとしてもあのクソ女は料理など作らない。よくて安いコンビニ弁当、悪けりゃおにぎりで済ますようなやつだ。

オヤジは弟がお腹の中にいる時に行方不明になったらしい。らしいというのは当時まだ俺は3歳で記憶がはっきりしないからだ。写真も残っていないから顔もぼんやりとしか覚えていない。

クソ女がオヤジに惚れた理由が笑えるね。不良少女だった当時高校一年のクソ女が繁華街をうろついてる時、刃物を持った暴漢に襲われた。すると近くにいたDQNがその暴漢を取り押さえた。そのDQNがオヤジで、クソ女は簡単に惚れて股を開き、その夜には俺が仕込まれたらしい。結果として、妊娠したクソ女は高校を退学してDQNと結婚したということだ。

 俺は両親を憎んでいる。ろくにメシも食わせられないのに考えなしに三人も産んで、オヤジは行方不明だ。正直クソ女もとい母親は殺してやりたいくらいだ。しかし母親を殺すと妹たちを食わせてやれないのも事実。そもそも生活リズムが真逆なので家にいてもめったに遭遇できないのだ。

 

 食べながらそんな事を考えているうちに、おにぎりは無くなっていた。貴重な食料を味わわずに食べてしまったことに後悔が残る。

 

 さて、時計である。時計は部屋に転がっていたティッシュで軽くふくだけでかなりきれいになった。拾ったときには汚れていて気づかなかったが、年月日まで表示できるらしい。それらの調節用だろうか、ツマミやボタンがたくさんついている。Tやら何やら書いてあるが、それが何を差しているのかさっぱりわからない。

 ツマミをひねると、年月日の表示がパタパタと切り替わる。年月日を今日に戻して、時刻を合わせようとした瞬間、弟がぶつかってきた。躓いたらしい。

 その拍子で、俺は時計のTと書かれたボタンを押した。


世界がグルンッ!と回転したような気がした。


 あたりを見れば相変わらずのボロ家だったが、二つ大きな違いがあった。

さっきまでは部屋にいたはずの妹たちが消えた。窓から見える外の明るさがどう見ても昼だ。

慌てて部屋の掛け時計を見る。二本の針は真上を向いて重なっていた。

「十二時!? さっきまでは七時をまわってたはず!」


外へ駆け出してみればまごうことなき昼である。太陽はちょうど真南、ほぼ真上にあった。この時間は仕事中のはずだ。仕事場へ行かなければならない。

急いで現場に行ってみれば、既にそこには俺がいた。意味がわからない。


近くの公園で時計を眺めながらバカなりに考えた。これはタイムマシンだ。

悪魔的な考えが俺の頭に浮かんだ。

このタイムマシンでオヤジと母親が出会う前の時代に行ってクソ女を殺せば、俺たちはそもそも生まれずに済む。こんな満足に飯も食えない底辺生活を送らなくても良くなるのだ。


そこからの行動は早かった。まず、百均に行って果物ナイフを買った。家では料理をしないから包丁のたぐいの刃物が無かったのだ。


そして俺が仕込まれる前――俺が17だから18年ほど前になる――にタイムマシンの年月日を合わせる。


意を決してTのボタンを押した。

さっきとは比べ物にならない回転を感じる。それもそうだ、さっきは数時間、今回は18年である。


回転が終わって目を開けば、あたりは変わらず昼だった。しかし、町並みがわずかに異なる。去年完成した商業ビルは当然なかった。

この近辺に18年前のクソ女がいるはずだ。


周辺をしばらく捜索する。時刻の針は変えていなかったから現在は真っ昼間だが、クソ女は不良少女だったので学校をサボっていても不思議ではない。


午後一時。18年前のクソ女は、奇しくも18年後に俺がタイムマシンを拾うことになる路地にいた。だいぶガキっぽい見た目をしているが自分の母親だ、見間違える訳がない。


多少人通りがあるが関係ない、刺殺した後は別の時間に逃げてしまえばいいのだ。それこそ18年後に!いつでも逃げられるように、タイムマシンの年月日を元いた日に合わせておいた。


俺は果物ナイフを構え、クソ女へ突進した。

「死ねクソアマァ!!!!」

その絶叫に、通行人が驚いてこちらに目を向けるのがわかる。

クソ女も驚いて振り向く。

全力を込めた初撃は間一髪のところで避けられた。喧嘩慣れしているのだろうか、意外にも軽やかな身のこなしだった。

「なにすんだよ!クソ野郎!」

クソ女からの罵声が飛んでくるが気にしない。いくら向こうが喧嘩慣れしているとはいえ身体的にはこっちは年上で男、日々のキツい肉体労働で鍛えられた身体能力は明らかにクソ女を上回っている。


ようやくこちらが刃物を持っていることを認識したのだろうか、クソ女の顔が恐怖に染まっていく。

「ちょっとなに!? 喧嘩に刃物は御法度だろうがよ!」

「うるさい黙れ! 俺はお前を殺すために来たんだ! 馴れ合いの喧嘩ごっこと一緒にすんな!」


狙いをつけて二度目の突進を構える。

「今度こそ死ねぇッ!!」

ボロボロのスニーカーでアスファルトを蹴り、クソ女との距離を詰める。あと10メートル、あと5メートル。クソ女まであと3メートルあまりに迫った時だった。

俺は左からの猛烈な衝撃でふっとばされた。

若い男が俺にタックルを食らわせたようだった。

「大丈夫ですか!」

男の言葉は明らかに俺ではなくクソ女に向けられていた。

彼はどこか見覚えのある顔をしていた。


俺はナイフを拾い上げ、男に切りかかる。男を巻き添えに殺してでもクソ女を必ず殺さなければならない。その意識だけが頭にあった。

俺が振り下ろした腕は、まっすぐに男の頭に向かっていく。がしかし、ナイフの切っ先が男に届くことはなかった。柔術系の護身術だろうか、彼は俺の腕を掴んでそのまま俺の方に向け直す。ナイフの切っ先はきれいに俺の胸へと突き刺さった。

殴られるような激痛が走る。心臓近くの血管が切られたのだろうか、脈打つたびにドクドクと鮮血が流れ出る。


もうどうしようもなかった。クソ女殺害計画は完全に失敗だ。

薄れていく意識の中で、見覚えのある男の正体に思い当たった。記憶にかすかにあるオヤジによくにている。まさにその人のようだった。

じゃあなにか、クソ女がオヤジに出会うきっかけになった暴漢って俺のことなのか。

そこまで考えたところで、俺は死んだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

親殺し 木下ふぐすけ @torafugu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ