第二記

我が歌よ響け-前編

 誰かの夢だと誰かが言った、山を越え海を渡った先にあると誰かが言った。別の誰かは雲の上にあるといい、また別の誰かはさらに遠く星の海の中に言う。ありはすれどもどこにあるかは誰も知らぬ、剣と魔法の支配する大地。その名はイリシアといった。

 その大地、イリシアの中心にあるのは大都市パンネイル=フスである。この都市には様々な職の者はもちろんのこと、人種もまた様々であった。最も多いのは人族であるが、ドワーフがいるケンタウロスがいるエルフがいる。


 だが今から語る話の舞台はこのパンネイル=フスのものではない。巨大な都市を遥か南西に行ったところにある港湾都市ヘイルメズ=ポルスという街である。この街はイリシアにある港湾都市の中でも特に交易の盛んな都市であった。


 波止場はいつも船で溢れ、あまりの数の多さに舷がぶつかりそうになるのも珍しい話ではない。中心であるパンネイル=フスと比較すれば劣ってしまうが、ヘイルメズ=ポルスは特に商業が盛んであった。当然、商人の数は多い。

 イリシアの地にある都市はどこでも職業別の組合が存在していた。金細工師には金細工の組合があったし、大工には大工の組合がある。娼婦や盗賊ですら組合を作っていた。そしてこれら職別の組合はどんな都市だろうと基本的に一つである。


 けれどもヘイルメズ=ポルスの商人組合はこの原則に当てはまらない。海運の街であるためか街の規模に比して商人の数が多く、街の東と西で二つに分かれていた。そしてこの東西二つの職人組合、とてつもなく仲が悪い。

 どのぐらい悪いのかといえば、東と西の商人が顔を合わせれば口汚く罵り合うのは必然のこと。拳をぶつけ合う喧嘩も当たり前、そして乱闘へと発展するのも日常茶飯事となっており一種の名物と化していた。


 そして今日もまたヘイルメズの街の目抜き通りである<決別の路>で東西の商人が顔を合わせた。挨拶代わりに罵倒が飛び交い、どちらからともなく拳を振り上げ、これを相手の顔面へと振り下ろす。

 乱闘の狼煙である。<決別の路>は街の中心だ。東も西も関係なく商人が集まるところ、誰が呼んだか風が呼んだか。東と西の商人が集まり埃を巻き上げながらの大喧嘩が始まった。


「おっ、今日も始まったか。ここに来てまだ一月も経ってはおらんが、こいつを見ないとすっかり落ち着かない体になってしまった」


 こんなことを言いながら喧嘩を見ながら笑う大男が一人いた。彼の名はカブリ、<峻険なるダンロン山>に暮らす戦士一族の男である。だが今は一族の許を離れ、見聞を広めている最中であった。


「気持ちは分からないでもないですが、口に出して言うことじゃないでしょうに」

 楽しげに乱闘を眺めるカブリを嗜めたのはブレトという名のエルフ族であった。エルフは森を離れることを嫌う者が多いが、ブレトはカブリと同じく見聞を広めるために郷里を出て、目的を同じくするカブリと共に行動している。

「何を言うかブレトよ、お前とて頬が緩んでいるではないか。お前のことだ、これから起こる事を楽しみにしているのであろう?」


 ブレトは笑みを浮かべていることに気付いていなかった。カブリに指摘され慌てて頬を叩いて真面目な顔を作ってみせたが、その目は期待に輝いている。

 商人組合が乱闘騒ぎを起こすと必ずと言って良いほどに現れるものがあるのだ。ブレトはそれが楽しみで仕方が無く、乱闘を楽しんでいるように見えるカブリも実のところこちらの方を楽しみにしていた。


 そうして乱闘騒ぎが少しずつ大きくなり始めた頃、現場に一人の若い男が現れた。それなりに裕福な家の男らしく身なりは良く、長大な四本の弦を持つ楽器を肩に担いでいた。

 彼は四弦の楽器の尻を地に据えると、左手で楽器の首を握り罵声と拳を交し合う商人共を根目つけた。


「馬鹿らしいことは止めろ!」


 彼は叫ぶと分厚い皮をした右の指で太い弦を弾いた。水平線の彼方にまで届きそうな大きく低い音で楽を奏ではじめ、その音色に合わせ澄んだ歌声を響かせる。歌い上げている詩の内容は争いを諌めるものだった。

 出来を言えば稚拙なものだが、気取った表現は無く彼が心の底から商人達の争いを嫌っていることが良く分かる。カブリとブレトは彼の音楽に耳を傾け、律動に合わせ首を振って堪能していた。


 しかし、商人達は違う。彼等は男の曲に耳を傾けず、より一層争いに力を入れ始めるのだ。商人達は男の意図とは裏腹に闘争心をさらに刺激されてしまっていたのである。

 男の使う四弦楽器は大きさに比して遠くまで音を響かせることが出来、屋外での演奏にはうってつけの代物だ。だが高い音は出せず、出てくるのは腹の内側にまで響いてくる低い音である。


 これがいけない。男の演奏技術は確かなもので、しかも小気味よいときた。意識して聞かずともただ耳にするだけで気分を高揚させてしまうのだ。音に乗せられている詞の中身など既に興奮している商人達の耳に入るはずが無い。


 結果、楽士は商人達をさらに興奮させてしまい喧嘩をより激しいものへと変えてしまっているのだ。だが楽士はそんな事になっているとは露知らず、自身の技術が未熟であったり歌に心を込めれていないのだと合点し、より熱を込めて歌い上げるのだ。

 もちろん争いは一層激しくなって怪我人まで出る始末となる。大怪我をすれば商いが出来はしない、争い憎みあっているとはいえやはりそこは商売人。少しでも怪我人が出れば喧嘩はお仕舞い、争いが始まった頃からの暗黙の了解であった。


 東西の商人は腹の内に火種を燻らせたまま睨み合いながら距離をとって散会する。見物していた人々も散り散りになって、後には楽士だけが残された。いつもならばこの楽士も肩を落としながら帰っていくのだが、今日は違う。

 彼は未熟な己に怒りを覚えて顔を真っ赤に歯を食いしばり肩を震わせ、衆目に晒されている中だというのに大粒の涙で路を濡らした。声は出すまいとして必死になっていたが、それでは怒りを散らせない。


 やり場の無い彼の怒りは愛用の四弦楽器へと向いてしまい、彼は足を振り上げる。


「そいつは駄目ですよ!」


 楽士の足が蹴りを入れるより早く、ブレトは飛び出して楽器を傷つけさせまいと楽士の足へと飛びついた。これに楽士は驚いて態勢を崩して倒れかける、倒れてしまえば楽器も倒れ傷ついてしまう。

 一度は蹴ろうとしたけれどもやはり大事な品物だ、何とか倒れずに必死に堪えた。


「えぇい何をするんだ! これは僕の楽器だ、どうしようと僕の自由じゃないか!」

「そうですその通り、ですが楽器を傷つけるのは駄目です。良くない、これが失われたら明日からあなたはどうやって楽を奏でるというのです?」


 ブレトの言葉に楽士は答えられず、悔しさから唇を噛んで新たな涙でさらに路を濡らす。とりあえずは楽器を傷つけることは無さそうだと、ブレトは楽士の足から離れ飛びついた事に関して慇懃に詫びた。


「私の名前はブレト、見ての通りのエルフ族の……まぁ旅人ですね。ここには大よそ一ヶ月ほど滞在していますが良い街です、上質な楽の音を聴けますからね」

「それは……僕の事を言っているのか?」

「もちろんですとも、楽しんでいるのは私だけではないですよ。あそこにいる柄の悪そうな大男がいるでしょう、あれは私の連れでしてね。乱暴者に見えますし事実そうなのですが、彼もあなたの音が好きなのですよ」


 そう言ってブレトはカブリを見た。乱暴者と言われたことに対し腹立たしさを感じたカブリではあったが、その自覚は無きにしも非ずなので苦笑いを浮かべるしかない。


「つまり、僕の贔屓ということかい?」

「そういうことですね、もっとも見ての通り金持ちではありませんので大した額は出せませんけれどね」

「金はどうでも良いよ。家は廻船問屋でね、金はあるんだ。贔屓にしてくれるのはありがたいけれども、今日で終わりさ。半年、半年も続けたんだ。東と西の商人組合が喧嘩してるのが馬鹿らしくって仕方なくって、音楽の力を信じて続けてたんだ。

けれども駄目だ、もう終わり。半年も続けたのに彼等を止められた例が無いんだ、それどころか激しくなるばかり。僕は音楽を信じたけれど、音楽に争いを止める力は無かったのさ。所詮は芸術、人を楽しませることは出来ても憎しみを消せやしないんだ」


 口にしたことで感じていたことをより一層、強く実感してしまったのだろう。楽士は己の無力さに苛まされ、打ちひしがれ、全身から力が抜けてしまって崩れ落ち両膝を地に着けてしまった。


 彼の楽曲に連日楽しませてもらっていたブレトは慰めの言葉を掛けてみたが、彼の耳には届かない。楽士は親に叱られた子供のように、蹲ると嗚咽を漏らし始めた。

 ブレトはどうして良いか分からなくなってしまいうろたえるばかりであったが、カブリは違った。ダンロンの山に育った男は大きな溜息を吐くと楽士に近づき、蹲る彼の頭に大きな手で平手打ちをかましたのである。


「貴様はそれでも楽士か、貴様の楽曲であの馬鹿騒ぎを止められないのは当然だろう。十二弦を操れるブレトはもちろんのこと、真似事で鼓を打つしか出来ん俺でも分かる事だ。貴様の曲では商人共の阿呆を焚きつける事は出来てもだ、沈める事など出来やせん」


 楽士にとって初対面の男に叩かれたのは衝撃的だったが、それ以上に争いを止められないとはっきり口にされた事の方が衝撃だった。

 殴られた頭の痛さなど、カブリの言葉に与えられた衝撃の前では蚊に刺されたようなもの。楽士は蹲るのを止めて立ち上がると殴ってきたばかりの大男に対して詰め寄った。


「それはどういうわけだ? 僕は彼等を止めるために研究をしてきたつもりだ、そりゃ歌の内容は一流の詩人に比べれば稚拙なのは分かってる。でも四弦の音は違う、争っている彼等の耳に届くように研鑽を積んできたんだ。馬鹿にするのは構わない、でもその訳を言ってからにしてくれ」


 カブリは彼が本気で言っているのだろうかと疑問に感じてしまい、しばらくの間楽士の顔を見つめていた。楽士はその間中、視線を逸らすことはなかったし瞬きすらせずに強面の大男を見返している。

 これはどうやら本気で言っているらしい、そう察したカブリはやや呆れたように溜息を吐いた。


「貴様も楽士なら鼓の音は耳にこびりついているはずだ。まずはそれを思い出せ」

「思い出すまでも無い、どんな楽器の音でも僕は頭の中で鳴らす事が出来る」

 ならば良し、とカブリは頷いた。


「ならばそれはどんな音だ?」

「質問の意図が分からないな、けれど答えるよ。鼓の音は風で波を起こし体を震わせる音だ、拍子良く叩かれたのなら血湧き肉踊る音になる」

「お前の四弦も同じ事を起こしておるのだ。あの大きな四弦から奏でられる音は低く、どこまで遠くの大気震わせ人心をも震わせる。人はそういった音を聞くと否応無しに火が点る、血を滾らせ体は闘争を求めだすものよ」

「つまり君は……僕が彼等の争いを激化させている、そう言いたいのか?」


 その通りだとカブリは首を縦に振り、楽士の背中を見ていたブレトも同じく頷いた。

 またも衝撃が楽士を襲う。東西の商人組合の喧嘩が激しくなっていることには気付いていた、けれどもその原因が自分にあるだなんて思いもしていなかった。言われて思い出してみれば、争いが一層の熱を持ち出したのは楽の音を奏で始めた半年前からではなかったか。


 楽士の頬に二筋の涙が伝う。嗚咽を漏らすことも無ければ喚く事も無い。その余裕すらない程に彼は打ちのめされていた、立っていられるのが不思議なぐらいだ。もし今ここにそよ風が吹けば、それだけで楽士は地に倒れ伏したことだろう。


「何てことだ……僕は、彼等を止めたかったのに……」


 楽士は両手で顔を覆うとそればかりを何度も繰り返した。

 カブリは彼に掛けられる言葉を持っていない。ダンロンに生まれた男は楽士越しにブレトを見やった、これはお前の役目だと目配せする。真似事で鼓を打てる程度のカブリに楽士の気持ちは分からない、けれどもブレトは違うはずだ。

 それというのもこのエルフ族の男はひょんなことから十二弦を奏法を習得しており、パンネイル=フスに居る時はその腕前で金子を稼ぐことも出来た。なのでカブリは、ブレトならこの楽士の気持ちを分かってやれるだろうと考えたのである。


 しかしブレトも言葉を持っていない。けれど語るものがないわけではない、それを伝える手段として言葉は似合わなかったのである。絶望の闇に落ちた男は楽士である、楽士には言葉では伝わらない。

 楽士にとって何よりも響くのは、楽の音であった。だが都合の悪い事に、ブレトは十二弦を持っていない。旅は身軽な方が良く、使う楽器に愛着を持つことが無かったので売ってしまった後だった。


 どうしようか、ブレトは頭をかきながら悩んだ。


「多分ですけどあなた四弦以外もありますよね、十二弦をお借りしたいのですが」

「あ、あぁ。十二弦は家に置いてある、ここからそう遠くないところだから案内しよう」


 こうして楽士に案内されてカブリとブレトは海に面した集合住宅へと案内された。これに二人は小さな驚きを覚えながらも顔に出すことはせず、楽士の後へと続いて三階にある一室へと通された。


 けれども二人は入らない。というのもこの楽士、家は廻船問屋をやっていると言っていた。ヘイルメズの街で廻船問屋をやっているならば金を持っているはず、ならこんな借家に住んでいる筈がないだろう。

 もしや裏があって自分達は謀られているのではないだろうか、そんな疑念に駆られていたのである。


「どうしたんだいお二人さん、早く入りなよ」


 ところが楽士、自分が疑われているだなんて思っていないし隠し事も全く無かった。当然それらは顔に出る。一向に部屋に入ろうとしないどころか、カブリなんかは何時でも引き抜けるように剣の柄を緩く握っていた。


「えぇとそのですね……そういえば、あなた名前は?」


 自分達の考えているような裏は無さそうだと感じたブレトが、何故部屋に入らなかったのか理由を告げようとした。ところで名前を聞いていなかったことをようやく気付く。

 問われて楽士も名乗っていないことに気付かされ、申し訳なさと恥ずかしさを笑って誤魔化すと改めて背筋を伸ばし軽く頭を下げた。


「これは失礼致しました、僕の名はハウリク。先にも言ったけれど家は廻船問屋です、けど僕は船乗りの技術を持ってはいるけれど楽士が本業さ。聞かれそうだから先に答えておくけど、家は兄貴が継ぐと決まってる。だから僕はこうして好きな音楽をやれてる」


 楽士ハウリクは四弦を床に据えると楽の音を奏ではじめる。四弦特有の重く低く響いてくる音だが調子は軽やか、何も気負ってはいない彼の心を表しているようだった。

 ブレトは肩を揺らして音の波に乗っていたが、壁に立てかけられている十二弦を見つけると手に握る。ハウリクに目配せすると彼が頷いてくれたので、ブレトは彼が奏でる四弦に合わせて十二弦を爪弾いた。


 四弦の音に十二弦が加わることで音の世界は広がりを見せる。遠くにまで響き渡るハウリクの四弦に、ブレトの十二弦が色を加えた。決まった曲を弾いているわけではない、今日初めて出会ったばかりの二人による即興である。

 けれども息はピタリと合っていた、ハウリクが音を外しかければブレトが直す。ブレトが走りそうになるとハウリクが引き止める。初めて組んだとは思えぬ調和の取れた演奏だった。


 心の往くまま風の向くままに二人は弦を爪弾いて、演奏が終わるとカブリは無言のままつい拍手を送っていた。演奏に感動させられていたのである。心を揺さぶられたのはカブリだけではない、奏者であるハウリクの胸にも響くものがあり肩をわなわなと震わせた。

 ハウリクは己に何が足りなかったのか、それをたった今知ったのである。彼は興奮に震える体を落ち着かせ、言葉にする余裕を持たせるために何度も深く呼吸した。ブレトはその彼の様子に音で表した意見が伝わっていることを確信して胸を撫で下ろす。


 カブリとブレトは楽士ハウリクが話し始めるのを待っていたのだが、刺激が強かったのかハウリクは中々話し始めない。カブリは生来の短気さもあって待っていることが出来ず、つい疑問に感じていたことを口にする。


「そうだハウリクよ、東と西の商人組合はどうして殴り合っているのだ? 商人とて喧嘩はするだろうが、商人の喧嘩は拳で行うものではないだろう。金にもならんのにあそこまで激しく戦うのだ、よっぽどの理由があるに違いない」

「あぁそうですね、それは私も気になるところです」


 二人の視線がハウリクへと注がれる。音楽から意識を外してくる問いかけだったが、それが功を奏してハウリクは落ち着きを取り戻し始めた。


「それはですね……誰も知らないのですよ」


 大層な理由があるに違いないと踏んでいたカブリとブレトは体から力が抜けてしまってついよろめく。ハウリクの言うことが信じられなかったカブリは怒り気味に彼に詰め寄った。


「そんな馬鹿な話があるか、商人が殴りあうなんてのは相当だぞ? 理由も無いのに血を見るほどに争う阿呆がどこにおるというのだ」

「その阿呆が彼等なんですよ。僕は生まれた時からこの街に住んでる、でも組合の喧嘩を見なかった日なんて無かった。船が流されそうな嵐が来てたってあの調子だ。だから東と西、両方の組合に聴いたことがあるんですよ。どうして喧嘩するんだって、ね」

「誰も知らなかったというのか?」


 そんな事はにわかに信じられず、カブリは首を左右に振った。


「そうですよ、理由らしい理由なんて聞けやしませんでしたよ。誰も彼もあいつらが悪いと口にする、けれど何故悪いかなんて誰も分かってなんていなかった。じゃあ止めれば良いじゃないか得なんてしない、とも言いました。けど彼等は相手が悪いの一点張りで、馬鹿げた争いを止める気なんて無い。そこで僕は音楽の力を頼ることにした、というわけです。口で言って駄目、暴力はもっと駄目。なら音楽だ、自然でしょ?」


 尋ねられたところで音の世界を知らぬカブリだ、答えられるはずも無くその答えをブレトに求めた。


「当然の帰結ですね、なんていう同意はしかねますね。とはいえ言葉が通じず腕っ節も使えない、となれば芸術の持つ力に頼りたくなるのは分かりますよ」


 ハウリクがその結論へと至る経緯は理解できると、何度も首を縦に振った。

 そしてハウリクは理解者が現れてくれたことに喪いつつあった自信を取り戻し、降って湧いた来た思い付きを口にする。


「ものは相談なのですがお二人に頼みがあります。というのはお二人から意見を頂いたことで私のこの四弦だけでは至らない、という結論に至りました。しかし私は諦めない、一人で駄目なら二人という言葉を聞いたがあります。

楽器は一つでも様々なものを伝えることが出来ますが、数が増えれば表現はそれこそ星の数すら及ばぬほどになるというもの。報酬は支払います、あの馬鹿げた争いを止めるために私と楽団を組んでいただきたい」


 言葉だけでなく足と胴が直角になる程に頭を下げたハウリクの姿には面食らったが、ブレトは特に悩むことは無い。パンネイル=フスでは吟遊詩人として活動することもある、これは面白そうだと二つ返事で引き受けた。


 しかしカブリは腕を組みながら唇を固く結んでいる。生まれ故郷のダンロン山では祭事の度に鼓を打ってはいたが、得意でないという自覚があった。素人よりかは叩けるが、玄人であるハウリクやブレトと並び立てるような腕前ではないのである。

 幼い頃から戦士として育てられてきたカブリには芸術に対する審美眼は無い、だがハウリクの奏でる音が本物であるということは分かっていた。そこに加われるとなれば誇らしいことではあるが、同時に彼の音を贋物にしてしまうのではという懸念を抱いている。


 ハウリクもブレトも、特にブレトはカブリも参加するものだと決め付けていたため返事を口にしないカブリが不思議だった。しばらく無言を続けていたカブリだが、たっぷりと考えてから首を横に振る。


「俺は辞めておこう、鼓を打てはするが子供よりかはマシという程度だからな。本物には遠く及ばん」


 告げてカブリはハウリクの居室から出て行った。ブレトは静止の言葉を投げかけたのだが、カブリの足は普段以上に早い。ブレトの口から言葉が発せられた時、カブリは既に階段を降り始めており友の声は耳に届いていなかった。

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