消えた宝石

 西を目指した果てにあるのか、東を目指した果てにあるのか。はたまた南かあるいは北か。何処を目指せば辿り着けるのであろうか、人の身で辿り着ける所だろうか。

 越えるは海か、はたまた空か。目線は下に、地の底深くにあるやも知れぬ。何処にあるかは誰も知らぬが、何処かにあることは知っている。それはイリシアという名の世界、剣と魔法の幻想世界である。


 イリシアの地の中心はパンネイル=フスという都市であった。またの名を<混迷の都>とも呼ばれるこの都市には実に多くの、雑多な人々が集っていた。富める者も貧しい者も、人間だけでなくエルフやドワーフにケンタウロスといった種族までもこの都市は受け入れる。

 多種の種族に階級が集まる都市であれば軋轢が生まれるのも当然のこと。成功者は失敗者を見下し蔑むし、貧者は富者を妬いて妬むものだ。


 ジャンバはパンネイル=フスの住民のほとんどがそうであるように、持たざる男である。何をやっても上手くいかず、ただ一人生活するのがやっとである彼は富を持つものが憎たらしかった。

 上手く行かないのは鈍臭い気質を持って生まれたせいなのだが、富への妬みは彼の眼を曇らせる。自分よりも裕福な人々を羨望の眼差しで眺め続けたこのジャンバが、妬みを憎しみへと変えて盗賊へと身を落としたのは当然のことだったのかもしれない。


 盗賊になったとはいえジャンバには野心があるわけではない。少しだけ良い暮らしをしたかったというだけのことで、都の暗部に巣食う盗賊ギルドに名を連ね上納金を払いはするが、彼らと仕事を共にすることはなかった。

 自覚するというほどではないが、ジャンバは盗賊ギルドの長<虚ろ手のカンニン>や世間を騒がす怪盗<足無しのチリトカ>のような大盗賊に至る道がないことに気づいている。富む者が妬ましいといえど、盗みの技に自信の無いジャンバがやることといえばもっぱらスリであった。


 道行く人々からすれ違いざまに財布を抜き取り、露天商が目を離した僅かな隙に売り上げを掠め取る。こうした盗賊というには小さな盗み、こそ泥家業がジャンバの仕事である。

 これにジャンバは満足していたのだが、不服なのは盗賊ギルドだった。ギルドは盗みのイロハを知らないジャンバに一通りの技を教えていた。そんなジャンバがやるのはこそ泥家業ばかりであることに苛立ちを感じていたのだ。


 幾ら下っ端といえど、世界の中心といっても過言ではないパンネイル=フスにその名を轟かす<煤煙の蛇>に名を連ねるのであれば大きなことに挑戦してみろとジャンバをそそのかす。無論、ジャンバは今のこそ泥に満足してしまっていたのでする気がない。

 そんなことはギルドも承知していた。なのでギルドはいつもジャンバから上納金を受け取っている盗賊を経由し、こう伝えたのである。


「お前も盗賊なら宝石商のカンテロというやつを知っているだろう。やつの所に遥か南の港町セント=ポルタから真珠がやってきたそうだ。カンテロは商人のくせに犬が嫌いなやつで、やつの家には一匹の犬はおろか猫もいない。せいぜいいるのは奴が大好きな卵を取るための鶏ぐらいだ、盗みに入るのはわけがないだろう?」

「情報を教えてくれるのは嬉しいけども、俺はしがないこそ泥ですぜ。忍び込むならもっと上手いやつにやらせた方が良いに決まってますぜ。そうすりゃお頭、カンニン様の元に真珠が届きまさぁ」


「わかっていないようだなジャンバ。お前が俺たち<煤煙の蛇>の仲間になって何年が経っていると思ってるんだ。<混迷の都>で名を轟かせ、泣く子も黙る<煤煙の蛇>にスリしか出来ないやつは要らんのだ。しかしお前は屋敷に盗みに入るのは初めてだろうから、ちょっとした手引きとして外観から想像した見取り図を用意してやった。お前も盗賊の技を習得しているのだ、見取り図さえあれば簡単だろう」


 これにはぎょっとしたジャンバである。盗賊ギルドに入ったのは裏社会の慣習を破らないためであり、宝石を盗むなどという大それたことをするわけではない。しかも盗んで来いといわれたのは真珠である。数万個の貝を開けても一個見つかるかどうかという宝石であり、海から遠いパンネイル=フスにおいては宝石の中でも殊更に希少価値の高いものだった。


 犬が嫌いで番犬を飼わないカンテロであっても、真珠が手許にあるとなれば相応の警備をしているに違いない。見取り図があるからといえど、忍び込めと言われてやれるジャンバではなかった。しかしギルドはこれを許さない。

 ジャンバの目の前にいる盗賊は懐に手を入れて何かを握り締めているようだった。断れば命が危ないことを察したジャンバは止む無く承諾するしかない。すると一転、この先輩盗賊はジャンバに応援の言葉を送っただけでなく食事までご馳走してくれた。


 彼は明言こそしなかったが、これは失敗を許さないという意味だとジャンバは理解し憂鬱な気分となった。しかし逃げるわけにも、今更盗みを止めることも出来ずにジャンバは誰もが寝静まる夜更けを待って宝石商カンテロの屋敷へと向かった。

 カンテロの屋敷はパンネイル=フスの北部、王侯貴族の住居に程近い一等地に存在している。さぞや高い塀で覆われているに違いないと思い込んでいたジャンバだったが、実際は想像とは違い塀の高さはジャンバの胸の辺りまでしかない。


 あえて塀を低く作ることで見通しを良くし、防犯性を高めているものだとジャンバはすぐに気づいた。これは難儀な事になったと怖気づいたが、後の無いジャンバはとりあえず屋敷をぐるりと一周することにした。

 塀と家屋の間には芝生一面の庭が広がり、隠れられそうな場所は家屋に隣接するように建てられた鶏小屋だけであった。犬の姿も気配すら感じられないことに胸を撫で下ろし、ジャンバは思い切って塀を乗り越えて屋敷へと向かう。


 スリばかりしていたジャンバだが、ギルドに叩き込まれた盗賊の技は身についていた。足音もなく、芝生の上に足跡も残さない。針金を使って扉の鍵を開けると音も無く開けた。屋敷の中には蝋燭の明かり一つすらなかったが、盗賊の技と頭に入れた見取り図のおかげで目が利かずとも動くことは容易である。

 幸いなことにギルドから渡された見取り図は、屋敷の外観から想像で記されたものとはいえかなり正確なものだった。寸分違わずとはさすがにいかなかったが、間取りは完璧。宝石商カンテロの寝室や、使用人の部屋等を避けるようにして真珠が保管されているだろう二階の部屋へ向かう。ギルドの予想ではその部屋に真珠があるだろうと見取り図に記されていたのだ。


 そこには鋼鉄で作られた頑丈な小箱があり、しかも複数の鍵が取り付けられていた。難敵の出現に唾を飲んだが、スリで鍛えられた指先はまたも針金を使ってそれら全てを外していく。そうして空けた箱の中には絹で出来た袋があり、開けてみると小指の先ほどの丸い塊があった。

 暗がりのせいで判別はつかないが、大きさといい形状といい質感といい、これが目的の真珠であることは間違いない。まだ屋敷から出ていないにも関わらず、ジャンバは仕事をやり終えた気分になってしまった。


 これがジャンバの良くない所であり、コソ泥から盗賊になれない所以である。盗みに入り、目的の物を手に入れた時に一息つくのは良くない事だ。油断を生む。盗みで難しいのは逃げること。


 ジャンバは逃走経路について何の考え事もしていなかったし、真珠を握りこんだ瞬間から周りの警戒を怠ってしまっていた。足音を消してはいたが、耳をそばだてていなかった。運が良ければそれでも大丈夫だったのだろう、しかし今日のジャンバは運が無い。

 この時、屋敷の主人である宝石商のカンテロは目を覚まし寝付けずにいたのだ。彼はジャンバの侵入に気づいている訳ではなかったのだが、虫の知らせを受け取りでもしたのだろう。何となく保管していた真珠のことが気になり、部屋の扉を無造作に開けた。


 ジャンバは突然に蝋燭の明かりを向けられたものだから仰天し、恐慌に陥った。カンテロも賊の侵入に慌てふためき、腹の底から大声を出して人を呼ぶ。顔を見られたからには生かしておけぬと、ジャンバは懐をまさぐったが武器はない。

 いつもスリばかりしているのだ、スリに武器は必要がないため持ち歩く習慣がなかった。ジャンバは部屋を見渡した、廊下に続く扉はカンテロによって塞がれている。逃げ道になるのは部屋にひとつだけある窓、ジャンバは迷うことなく板戸をぶち破って外へと飛び出した。


 彼の運のなさはここでも発揮された。ジャンバは下に柔らかな芝生があるものだろうと思って飛び出したのだが、そこにあったのは鶏小屋だったのである。盗人は小屋の屋根を突き破り、硬い地面の上へと落下して腰を強打した。


 突然の訪問者に鶏たちが騒ぎ出しけたたましい鳴き始める。ジャンバは逃げようにも腰を打ちつけたものだから動けず悶えるしかなかった。

 宝石商カンテロにとって幸運なことが起きていた。ちょうどカンテロの屋敷の傍を衛兵ラズノスが警邏のために歩いていたのだ。ラズノスは騒ぐ鶏に不審を覚えると槍を片手に颯爽と鶏小屋へと直進した、もちろんそこにいるのは腰を押さえ痛みに呻くジャンバがいる。


 こうしてジャンバは真珠を持ち出したはいいものの、あえなく御用となった。カンテロは捕縛されたジャンバを見て安堵し、衛兵ラズノスにこれでもかと感謝を伝える。ラズノスは鼻を高くすることなく謙遜するのだった。


「いえたまたま運が良かっただけです。この場で取り調べてやっても良いのですが、この賊は腰を痛めているようであります。こやつめが薄汚い賊であることに相違ないのですが、裁きの場に出すまで大事があってはなりません。ですので屯所に連れ帰り医者に診せてやらねばならんのですが、ご主人はそれでも構わぬでしょうか?」

「おぉもちろんであるとも。流石はパンネイル=フスを守護する衛兵だ、今まで何のために税を払っているのだろうかと疑問に思うこともあった。しかしその税は君のような高潔な男の元へ行く。であれば惜しくもない、ぜひともそやつを治療し正しい裁きの場に連れ出してやってはくれまいか」


「仰せのままに。ただご主人に一つ願いたいことがあります、おそらくこやつは何かを盗みに入ったものであると思われます。私どももこやつが何を盗んだのか洗いざらい白状させますが、ご主人のほうでも何を盗まれたのか調べて欲しいのです。私は屯所におりますので、わかり次第連絡を頂けると非常に助かるものであります」

「あぁそうだな。それは大事なことだ、こやつめが何を盗んだのか確かめねばならん。どれ、早速帳簿と照らし合わせを行うとしよう。判明しだい屯所へ使いを送ることにしよう、不届き者の裁きはよろしく頼んだよ」


 衛兵ラズノスはジャンバを引き連れ屯所に向かい、彼にそれなりの治療を施してやると尋問を開始した。そのころ宝石商カンテロは盗まれたものが何かを探し、それが真珠であることを突き止めていた。

 カンテロは早速屯所へ使いを送ってラズノスに真珠が盗まれていることを伝える。これを受け取ったラズノスは尋問で得た情報と違いがない事を知って、一先ず安心した。ジャンバは嘘を言ったわけではない、なら後は真珠の隠し場所を吐かせるだけである。


「だから俺ぁ真珠を持ってねぇ。落としちまったんだ、服を全部ひん剥いて裸にしてくれても構わんぜ。なんなら尻の穴までおっ広げてやらぁよ、もう捕まったのに悪あがきしてもしかたねぇからな」


 隠し場所を尋ねてもジャンバはずっとこういう始末である。試しに彼を全裸にしてみたが隠し持ってはいなかった、腹の中に隠しているのではないかと下剤を飲ませてみたがそれも違う。

 これはどうしたことかと怪訝に思ったラズノスだったが、心配にはなっていなかった。ジャンバは二階から飛び降りて鶏小屋の屋根を突き破ったのである、ならその際に落としたものであろう。明るくなってから探しにいけば良いと気楽に構えていた。


 日が高く上るのを待ってからラズノスはジャンバを連れ、宝石商カンテロの屋敷へと戻ってきた。ラズノスはカンテロの承諾を得て、ジャンバを屋敷の中へと入れて当日の彼の動きを追跡した。そうすれば消えた宝石もすぐに見つけられるだろうと考えたのである。

 けれども宝石は見つからない。屋敷の中でなければ鶏小屋だろうと探す、鶏の羽毛に紛れているかもしれないと五羽いた鶏全てを検分してみたが見つからない。


 真珠はどこに行ってしまったのか。そう大きなものでない上に丸いものだ、どこかへコロコロと転がってしまったのか。ラズノスは屯所から仲間を呼んで芝生も捜索することにした、しかし見つからぬ。こうなるとジャンバに疑いの目が向けられるのは当然のこと。


「貴様、俺たちを騙しているのではないだろうな? 都の治安を守る我等に嘘を吐くのは決して賢い方法でないことは知っているはずだ。どうせお前も盗賊ギルドの一員なのだろう、だったら我らの行う拷問がどれだけ恐ろしいかは聞き及んでいるな?」


 鬼の形相を見せるラズノスにジャンバは背筋を凍らせた。口を割らない下手人に対して衛兵が拷問を行うのは有名な話で、あまりの過酷さ恐ろしさに正気を失ったものすらいるという。

 彼らの拷問と比べれば地獄の責め苦すら生ぬるいという者までいる始末だ。


「馬鹿言わないでくだせぇ! あんたらの拷問なんざ受けたら命が幾つあっても足りやしねぇ! 俺ぁ捕まった時から拷問されたく無い一心で本当のことばっか喋ってんだ、洗いざらいな!」

「だったらどうして真珠が見つからないのだ!? お前が真珠を見つけたという部屋も探した、鶏小屋も探し、鶏も一羽一羽くまなく検分したぞ? なのにどうして見つからない? それはお前が嘘を吐いているからに違いないからだ」


「そりゃお前、嘘吐いてんのが俺じゃなくってあの商売人が嘘吐いてるんじゃないのかよ。商人ってやつは強欲で当たり前、そういう人種だってのは木っ端役人のお前も知ってるだろうよ。何でも大事な商品に万が一のことがあった時に金をもらえる、保険ってのがあるらしいじゃねぇか。あのカンテロってやつ、ほんとは俺が盗みかけたものを見つけてるのによ、欲に駆られて黙ってやがるんじゃないのかい!?」


 拷問されたくない一心でジャンバはまくし立て、二人のやり取りを見ていたカンテロを指差した。突然に話の矛先を向けられたカンテロは驚きにビクりと肩を震わせる。

 カンテロが体を震わせたのは指を指されただけでなくジャンバが大声を出したせいなのだが、衛兵ラズノスにはこの動作が酷く怪しいものに見えてしまった。


「ちょっと待って欲しいですな、都の平和を守る番人のあなたがそんな薄汚い盗人の言うことに耳を貸すっていうんですか? その鼠が言うように保険ってのは確かにありますよ。けどそれは通商ギルドが運送中に万が一にも品を傷つけてしまったときにあるもんで、保管してる物には関係がない。もし保険金が下りるとしてもです、それは信用と引き換えだ。自分の商品を管理できない商人だって喧伝することになってしまいますよ、そんなことするわけがないでしょうよ」


 尤もな言い分である。けれどもラズノスの興味は真珠がどこに行ったかである、それを知るためにカンテロを問い詰めるのだが、この商人は嘘を吐いていないと言い張るばかり。

 ジャンバもカンテロも騒ぎ出し、これは何事かと野次馬たちが集まった。しかもこの野次馬たち、三人のやり取りを耳にするとあぁだこうだと、好き勝手なことを大声で言い合って酷い騒ぎになってしまう。


 このままでは事態は一向に進展しない、衛兵ラズノスは槍を振り回し彼らを脅して追い払ったのだが去ろうとしない者が二人いる。

 どちらも身長一九〇を越している大男。一人は都で見かけるのは珍しいエルフで、もう一人はどこかの部族の出身らしい腰に大剣を佩いた大男である。この二人はラズノスが「捕まえるぞ!」と声高に言ってもどこ吹く風で去ろうとしない。


「おいお前ら、俺は大事な仕事の最中なんだ。そこにいられると邪魔になる、あんまり言う事を聞かないようだったら牢屋に放り込むぞ!」


 本気であることを示すためにラズノスは槍の穂先を二人に向けた。


「ほらカブリさん、邪魔になってるんですから帰りましょうよ。こんな所で油を売ったところで、肉も酒も、女だってやって来やしないんですから」


 エルフはカブリと呼んだ大男の肩を掴んで揺すったのだが、カブリは動かずに喧しく言い合っているジャンバとカンテロから目を離さない。


「ブレトの言うことは尤もだが、この兵士は困っているようではないか。困っている者を目にしておきながら、見て見ぬ振りをするようでは偉大な男になれん。俺が目指しているのはモウランの如き偉大な男だ、そのためにも助けの手を差し伸べるべきであろう」

「この方が困っているのは私たちがこの場にいるからであって、仕事に詰まっているからではないんですって。そうですよね?」


 愛想笑いを浮かべるエルフに尋ねられ、ラズノスは頷いた。カブリと呼ばれた大男は人の話を聞かないきらいあるようだが、このブレトと呼ばれたエルフは常識人のようである。放っておいたらこのエルフが何とかしてくれるだろう、そう考えて踵を返しかけたのだがラズノスはふと思うのだ。

 今、自分は悩んでいる。こういうときは外からの視点というのも大事ではなかろうか、この偉大な男になりたいとのたまっている大男は完全な部外者である。この部外者の意見を聞いてみれば、答えは得られずとも現状を打破する一助となるのではないか。


「エルフの君が言うとおり、じろじろと見られては仕事にならんので困っている。ただそれはそれとして、探し物が見つからずに悩んでいるのもまた事実。渦中にいては見えないが、外からなら見えるというものもあるだろう。そこでどうだ、ここは一つお前たちの推理というやつを聞かせては貰えないだろうか?」

「はぁ……それは構いませんけれども、探しているのは盗まれた宝石なんですよね? 賊は盗んだはいいけどすぐに捕まって、隠す間もないのに何故だか盗品が見つからない。何処に行ったのだろうか、と?」


 エルフの言葉に大声で話しすぎたかとラズノスは反省を覚えたが、説明する手間が省けたので良しとする事にした。


「既に知っているのであれば話が早い。邸宅の中に盗まれた真珠はみつからず、あの賊が落ちた鶏小屋を探しても無かったのだ。鶏の羽に紛れているかと思ったがそれもなかった。盗人が小屋に落ちてすぐこの手でとっ捕まえているから、どこかに隠せるわけがないのだ。さてお前たちはどこに真珠があると思う?」

「そんなの――」


 話しかけたエルフをカブリが遮った。

「決まっておる、手引きした者がおるに違いない。このカブリが考えるに屋敷の中に内通した者がいるのであろう、そうでなければすぐ捕まるような盗人が鍵を開けて忍び込めるわけなかろう。大方、逃げ出す前に内通者に盗品を預けたに違いない」


 この大男のカブリは自分の推理が間違って無いと信じきっているのか、腕を組んでしたり顔を浮かべていたが残念ながらそれは有り得ないのである。


「カブリといったな。残念ながらその推理は間違いだ、内通者はいない。そもそもあの賊は宝石を盗んですぐ家主に見つかっていてな。そこに他の者はいなかった、家主の証言だから間違いがあるはずもない。そして見つかってすぐ、窓から飛び降りてそこの鶏小屋の上に落ちて動けなくなったところをお縄になったというわけなのだ」

「何だと!? ならば魔法だ! その賊は魔法使いに違いあるまい、きっと魔法で盗品を見えなくしたに違いない!」


「考えてもらってすまないが、魔法を使ったわけでもない。魔法を使えるほど落ち着いた時間はやつにはなかったのだ」

「馬鹿な! では盗品が消えるはずがあるまい! お前、賊を捕まえたといったな? ちゃんとやつの体を調べたのか? 腹の中に隠したのかもしれんぞ、ちゃんと確かめてないのではないか?」


 そんなことラズノスは最初にやっている、それを伝えてやるとカブリはあれやこれやと、思いついたことをまくし立てるのだがどれも有り得ない事ばかりで聞く耳を持つ必要性は薄そうだ。

 カブリがこんな調子では、連れのブレトも大したことを言わないのではないか。そう思いながらエルフへと視線を向けると、彼は澄ました表情で鶏小屋を、どうも鶏を見ているようだった。


「そのエルフの君はどうかね? 何か思いついたことはあるか?」

「思いつくといいますか……そこにあるとしか思えない場所がありまして」

「なんだと!?」


 ラズノスそしてカブリは全く同時に同じ言葉を口にした。ブレトは息を吐き出し、勿体つけるようにして小屋の中で忙しなく動き回っている鶏を指差す。


「あれ、捌いたら出てきますよ。鳥の腹の中にあるはずです」


 もっとまともなことを言うとばかり思っていたのに、このエルフもまた突拍子もないことを言うものだとラズノスは失笑を隠せない。


「いやいや何を言うのかと思えば、鶏が真珠を食べるはずないだろう。鳥が食べるのはミミズとか虫とか、とかくそういうものだ。いくら家畜だといっても真珠と食べ物を見分けるぐらいの頭はもっているよ」

「この兵士の言うとおりだぞブレト。お前だって宝石なんぞ食わんだろう、そんなものを食う生き物がおるはずがないではないか」


 ラズノスとカブリは二人してブレトの意見を否定した。しかしブレトはどこ吹く風で、自分の推理を正しいと主張することはないが、かといって間違いだったと訂正する気もない。

 どんな根拠、どんな論理でそこに辿り着いたのかを問いただそうとしていると、宝石商のカンテロが鼻息を荒く大股にやってきた。


「衛兵の君が油を売ってどうするのだね、野次馬を追っ払うのも職務のうちだと知っているよ。けどその前に、あの盗人をどうにかしてくれたまえ。心の底まで汚れてしまっているのか、あれはこの宝石商カンテロを嘘吐きだと罵ってばかりだ。一発叱り付けてやる必要があると思うのだけどね」

「これは失礼しましたカンテロさん。私の頭が凝り固まっているようでしたので、完全な部外者の意見を聞いていたのです。光明が指すかもしれないと思ったものでして」

「それは実に結構なことだ。しかしだ、この二人……体躯は立派だが、頭のほうはどうなのかね。面白いことは聞けたのかな?」


 カンテロは野次馬二人を頭の先から爪先まで、眺め回すと馬鹿にして鼻で笑った。短気なカブリは苛立ちを覚えたのだが、これという答えを出せてないので唇を尖らせ不服を露にするだけに留まった。

 そしてブレトは屋敷の主人が来たことを好機と捉え、目を輝かせると衛兵ラズノスの許可も得ずに話しかける。


「あなたが宝石を捜しているご主人ですね? あの小屋の鶏を飼っているのはあなたで間違いないんですよね、真珠を見つけたいのなら今すぐ鶏を捌きましょう。見たところ全部雌鳥のようですから、卵のために飼っているんでしょうけど……真珠との価値は比べようもないと思います」

「うむあれは私の鶏だがあれを全部捌けというのか? 貴様の言うとおり、卵のために飼っているものだ私は卵が好きで暇があれば私が世話を……なるほど、そういうことか!」


 ブレトの言う事を理解したカンテロは拍手を打って大きな音を鳴らし、ブレトは満足げに頷いた。意味がわかっていないラズノスとカブリは視線を交わしたが、ブレトもカンテロも解説してはくれない。

 カンテロに説明を求めようとしたラズノス。しかし宝石商は早くも屋敷へと足を進めていた、慌てて着いていこうとしたがすぐに足止めて振り向く。カブリはともかくとして、ブレトというエルフは手掛かりを与えてくれたに違いない。


 なので彼らも連れて行くべきかと悩んだのだがそれにはカンテロの許可が要る。そしてそのカンテロはもう屋敷の中へ入ろうとしているところ、仕方なく二人を放ってラズノスは宝石商の後を追った。

 カンテロが向かった先は台所だった。宝石商は奴隷に鶏を全て連れて来て捌くように命じる。教育の行き届いた奴隷の仕事は速かった、ラズノスとカンテロが世間話に興じる前に鶏を持ってくるとその全てを裁いた。


 するとどうだろう、一羽の臓腑の中から失われた真珠がコロリと転がり出てきたのである。

 ブレトの言ったとおりだった。これに思わず驚いたラズノスはあっと声を漏らし、宝石商は大きな安堵の息を吐きながら胸を撫で下ろし。


「これは一体どういうことですか?」

 目を丸くしながら問うラズノスに、宝石商カンテロは頷いて答える。


「知っての通り鶏というやつは歯を持たんのです。ですので腹の中に石を飲み込み、その石を使って食べた虫を磨り潰すという生き物なんですな。この鶏の習性を知ってながらつい失念しておりました。流石は自然と共に生きるエルフだ、名前も知らない彼だが礼を言いたい。どうせならこの捌いた鶏を彼に贈りたいので、呼んできてもらえませんか?」


 断る理由はどこにもない。ラズノスは早速ブレトを呼ぶため屋敷の外へと飛び出した、しかしブレトだけでなくカブリの姿も消えている。突然に現れ助けてくれた彼は<大いなるイーザヴアリ>の遣わした助けだったのかもしれない。

 彼らの姿が見えないことを伝えるとカンテロはひどく落胆を示した。ラズノスはいずれどこかで会うだろう、その時に今回の礼を言おうと心に決めた。

 


 こうして真珠も見つかり、盗人のジャンバの裁きは速やかに進められ彼は投獄されることになった。日がほとんど差さない牢は湿っぽくそして冷たかったが、一日に二度の食事が必ず与えられることにジャンバは安堵し、日々の稼ぎのことで悩む必要が無くなった事に落ち着くところもあった。

 慣れてしまえば悪くない生活で、ジャンバは穏やかな日々を過ごしていたのだが長くは続かない。<煤煙の蛇>は捕まる者を許さない、彼らは掟に従うと誰にも知られぬままにジャンバの息の根を止めたのであった。

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