第6話 弁当時間+1➁

「お、女友達? む、無理無理!」

 

  と、俺のアドバイスを受けた優紀は何故か青ざめた。


「な、なんだ、いきなりどうした?」


 その怯えっぷりやただならない。思わず身構える。


「だ、だって、アイツら。ぼ、僕に化粧をつけたり、カツラ被せたり、スカート履かせたり…………あ、揚げ句の果てにはブラ付けさせたり、酷いいじめを……っ!」


 震える声で途切れ途切れに紡がれる言葉。

 完全にトラウマスイッチが入った優紀に、逆にすごく納得した。

 まあ、その見た目でしかも、男だって意地になってる子だもんな……女装させたくなるよな。


「わ、悪かったよ。うん、ごめんな?」


 曖昧な謝罪を一つ。

 いや、悪かったと思ってるよ。うん、辛い経験だよねー。ぶっちゃけ、全く想像できないけど。だから、同情も共感も出来ないけど。


「……き、気軽にその話題を出さないでおくれよ」


「おう……」


 俯く優紀に応えるも、やっぱり想像も同情も、共感も出来ないけど。


「あれ、珍しい」


 と、そこに響くは静かな声。

 自然な所作で俺の机の上に弁当を置き、近くから椅子を手繰り寄せる、自然に弁当を食べる輪、と言っても二人だけだけど――の中に入ってくるのは、黒髪の少女。


「先川さん?」


 あまりに自然に席に着いたのは今朝の文学少女、先川さんだった。


「宇民くん、ふふっ、今朝はどうも」


 笑って話しかけて来る先川さん。


「え、二人とも仲良かったの……?」


 そんな俺と先川さんを見て驚いたような声を上げる優紀。


「えっとまあ、今朝、ちょっとわちゃわちゃしたー関係?」


 答える俺は疑問形になってしまう。仲がいいって聞かれてうんって頷くような仲でもないしな。真面目に話したの今朝が初めてだし。


「もっと短くない? わちゃっ、くらいじゃない?」


 そう答えた俺に先川さんからの訂正。


「じゃあ、わちゃっ、とした関係?」


「というか、まごまごされた気がするんだけど」


「じゃあ、まごまごした関係?」


「それじゃあ、私もまごまごしてる感出てない? 私、まごまごしてた? どちら

かと言えば、わちゃっ、じゃない?」


「じゃあ、今朝、まごまごわちゃってした関係?」


「ちょっと、なんでそっちまごまごなのよ。ずるくない?」


「あー、それじゃあ、まごまごわちゃわちゃした関係?」


「長すぎない、それ?」


「じゃあ、まごわちゃっとした関係!」


「うん、それ」


「どういう関係なの!?」


 愕然とする優紀。

 だが、俺も分からない。何だ、まごわちゃっとした関係って。俺だって、先川さんに言われた通りにしただけだ。だいぶ序盤で思考は放棄してる。


「あっはっはっは。本当、意味わかんないー」


 と、そんな中声を上げて笑う先川さん。腹を抱えている。

 というか、先川さん、意外とコミュ力高くね? ガンガン来るんだけど、これ、普通レベルなの?


「そういえば珍しいって?」


 俺は先川さんが最初に言った言葉について尋ねる。


「というか、もしかしなくても優紀と先川は友達なのか?」


 さらに重ねて繰り出した質問。


「違う」


「うん」


 しかしその返答は、即座に真逆の内容で帰ってきた。


「えー、酷い。優紀とはあんなこともこんなこともしたじゃん。友達でしょ、あ、

もしかして友達以上ってこと? 親友ってこと?」


「男子を女装させて涙目の姿を写真に収めて、その写真を脅迫材料に更なる女装を

求めるのが親友のすることならそうなんだろうね」


 先川さんの言葉に皮肉で答える優紀。うわ、先川さん、えげつないな……。


「じゃあ親友だ、私達」


 しかしその優紀の反応を受けて、まさかの肯定。


「そんなわけないだろうっ!」


 声を荒げる優紀に、トラウマの原因が誰か判明した。


「まあ、二人が知り合いっていうのはよく分かった」


「親友だって」


「よく分かってるじゃないか、そうだ。知り合いだよ」


 今度は唇を尖らせる先川さんと清々しい笑顔の優紀。


「ふん、いいよ。じゃあ、私は知り合いの男の娘画像をネットの海に送り出すだけ

だから。あ、そうだ」


 拗ねたようにスマホを操作し始めた先川さんはスマホをこちらに向けてパシャ

リ。


「ん、撮ったのか?」


 そんな俺の問いを無視てして、教室内の他の男子たちの許可を取りパシャリ、パ

シャリ。そうして戻ってきた彼女は、


「クラスメイトを食い荒らすビッチ女装男子を爆誕させるんだから」


「心の友よ! 僕が悪かった、どうか許してください。翔太、彼女と僕は親友なん

だ」


 刹那、優紀が怒涛の勢いでそう言った。


「あ、ああ。分かった」


 必死の優紀の目に頷きつつ、内心で整理する。

 つまりは女装写真を握られた被害者と加害者の関係、と。


「……なんか喉乾いたな。そうだ、帰りにス〇バ寄ってかない? フラペチーノ飲みたくなっちゃった」


 それと、先川さんって全然、ボッチじゃないんじゃないかな? 普通にイケてる

子なんじゃないかな? 男子から写真のオッケー貰えるって相当だよ、きっと。

 もちろん提案は丁重にお断りした。

 なんか一人になってから己のボッチを痛感する日だった。まだ半日だけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る