第10話 村田さんと紺野さん

「ここ、ハンバーグ美味しくて人気あるお店みたいです」と先生が説明するものの、お店の中は私達以外は誰もいなかったので思わず「貸し切り?」と錯覚した程だった。店内は木目調のオシャレな雰囲気だというのに、日中でここまで空いていると商売大丈夫なのかなと心配になった。


「実は僕、人に教えるの初めてなんですよね・・・。」突然、先生からのカミングアウトが始まった。何となくあのたどたどしい雰囲気から、恐らく人前に立つのは慣れていない人なのだろうとは察していたけど、まさか本人からカミングアウトしてくるとはと驚いた。


「あっ、先生そうなんですか?でも、人に教える機会があるって勉強になるますよね。」と爽やかな男性が話すと「あっ、そうですよね。紺野さん。」と先生が答えた。あの若くて爽やかな男性は、紺野さんという名前だったんだ。と、2人の会話のやり取りで初めて知った。


「みなさん、どういう理由で講座を受けようと思ったんですか?」と先生が尋ねると、紺野さんはアハハハハと笑って誤魔化し、村田さんは先生が何を話そうが無言でメニューを眺めていた。そんな訳で、「では私から」と自分の話をする事にした。


「あのう、今ってシステム化が進んでどんどん機械化が進んでいるじゃないですか。だから、私は今まで事務の仕事しかしてこなかったんですけどこのままじゃダメだなぁって・・・。手にスキルを身に着けないと、これから先は生き残っていけないと思ったんです。」と私が答えると、先生は目を丸くして「ああ、凄いですねぇ。色々考えてらっしゃるんですねぇ」と感心していた。


紺野さんはずっと「へぇ~」とニコニコしながら私の話を聞いてくれたものの、私の隣に座っている村田さんは完全に無視。誰の顔も見る事なく、俯いていた。


やがて、村田さんが思い出したように「そういえば先生、年収5000万円稼げるようになるにはどうすれば良いんですか?」と尋ねてきた。先生は「えっ?」とまた目を丸くして驚いた。私の話、村田さん全く聞いていないというか関心がなかったんだろうけど、それにしてもぶっ飛んだ事を突然言う空気の読めなさ加減にもビックリした。


「うーん。年収5000万は難しいですよね。」と先生が真面目に答えると、「でも、システムの開発とかできると海外なら凄い稼げるみたいなんですよ。年収5000万円って求人を海外のサイトで見つけたんですよ。」と自信満々に答える村田さんに対し、「何処かで経験積まないと厳しいですね」と冷静に先生は切り返していた。

紺野さんに至っては、ニコニコと笑いつつも顔が若干引いていた。


「何それ。そんなの日本である訳ないじゃないですかぁ。何処のサイト見てるんですか?」と私が笑いながら村田さんに言うと、「えっ、何で笑ってるの子の人?」と言わんばかりの不思議な目でこっちをジーッと見てきた。


村田さん、キャップと黒ぶち眼鏡で気がつかなかったけどよく見ると端正に整った顔。キリッとした眼差しに、スッとした鼻筋。キュッと締まった口元などイケメン要素がてんこ盛りのような顔の人だというのに、何だか勿体ない気がした。


「でも経験積むってことは、月20万とかですよね?それはきついなぁと思います・・・」「いや、大抵最初はそんなもんですよ・・・。」という村田さんと先生のやりとりが延々と続いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る