第8話 満員電車

今日は入校日。いつもは遅刻ギリギリに起きる夫も、この時ばかりは少し早く起きて朝ご飯を用意してくれた。


「どうしたの?こんな早く起きて」と私が言うと「今日から、頑張りな」とだけ言った。夫なりに私を応援しようと思ってくれているようだった。


最初は「妊活の方が大事だし、そんな学校なんて行って勉強なんてしなくてもいいよ。というか、仕事なんてしなくてもいいじゃんか」と言っていた夫。


「でも、やっぱり家でずっと過ごしていたらこのまま日が過ぎていくのは嫌って思ったの。ちゃんと家を出て仕事したいって気持ちになってきたのよ」と私が言うと、夫は少し寂しそうな顔をして肩を落としていた。


きっと、夫はずっと私には二人だけの世界の中で生きていて欲しいと思っているのだろう。なにせ、かなりの寂しがり屋だ。学校に行く前からずっと「変な男が学校でいてもついていくなよ?」と毎日耳元で言ってきた程だった。学校に行く事を決めるまでは、正直夫にそこまで私への執着心を感じていなかったのだが私が新しい事を始めると思った途端に不安を感じるようになったのかもしれない。


久しぶりの家からの通勤。定期券を3ヶ月分購入し、OL時代に利用していたパスケースに定期券を久しぶりに入れる。いつも当たり前のように毎日使っていたパスケースも、すっかりクローゼットの肥やしになっていたせいか使う事すら懐かしかった。


満員電車も久しぶりだ。結婚してから住んでいる愛知県の電車は、とにかく混む事で有名だ。一番混雑が予想される地下鉄東山線や名古屋市内を避けて家を探して澄んだものの、結局愛知県の電車はどこも混むようだ。私が乗る名鉄線もかなり連日混雑しており、地下鉄乗り換え口の上小田井駅では一気に人が降りるため出口から押し倒されて足に擦り傷を作ってしまう事もしばしばあった。


中には、マナーの悪い乗客もいるせいか電車内の手すりを持ったら人間の唾液がこびりついていた事もあり「うわぁ」と悲鳴を上げそうになった事もある。


三重の田んぼの中の職場に自転車で通っていた頃は、あんなに都会に憧れていたのにいざ人口密度の高い都会に引っ越したら引っ越したでキラキラした事ばかりが待っている訳ではないのだ。もしかするとあの頃はあの頃で幸せだったのかもしれないと、擦り傷をぼんやり眺めながら思うのだ。


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