清く強くあれ

池田蕉陽

第1話 守護霊はおっさん


ああ、最悪だ...


高校生の聖(きよし)は、ベッドに下半身丸出しでナニを握っている自分の死体を上から眺めていた。


まさか、オナニーをして死ぬとは思わなかった。


友達から1日に何回もやると死んでしまうと聞いたことがあった。体内の精子がなくなると死んでしまうらしい。

聖はハッタリだと思い、今日だけで17回もしてしまった。

そして、その17回目で聖はポッキリ逝ってしまったのだ。


聖は聖という名前が嘘のように、人並み以上性欲が強かったのだ。

毎日ようにAVを鑑賞し、本棚には数学の表紙を騙ったエロ本が何冊もある。

学校でも聖の目線は、常に女子の膨らんだ胸とプリティなお尻。しかし、美少女に限る。


やばい、どうしよう、ほんとに俺死んじまったのか?


死体の耳にはイヤホンがつけられ、そのコードの先のスマホの液晶画面には、エロ動画が流れている。


聖は試しに、ベッドの自分の死体を触れようとするが、手は死体を貫通し透き通るだけ。

今の聖の体は透けているのだ。


ああ、これは死んでるな。


「って何俺は呑気にしてられんだ!これってやばいことだぞ!まだ童貞なのに死んだんだぞ俺!明日の学校の宿題まだ終わってない!いや、そんなことはどうでもいい!母ちゃんたちにこのこと知られたら、もう俺は恥ずかしくて生きていけないじゃないか!」


いや、もう死んでいた。


そこで、母ちゃんと姉ちゃんが自分の死体を見た時の光景を想像する。

2人とも口をポカンと開けて気絶した。


さらに母ちゃんの立場になって考える。

自分の息子がオナニーのしすぎで死んだ...

恥しか残らない。


「ははははははは!!!おまえおもろいな!最高や!」


聖が頭を抱えていると、突如部屋の隅から声が聞こえ視線をそこにやった。


するとそこには、小太りで禿げかけの薄毛のおっさんが、横になりながらこっちを見て爆笑していた。


なんだよ、このおっさん...


「誰ですか!?」


一瞬不審者かと思ったが、このおっさんの体も同じように透けている。つまり、霊だ。


「あ?わしか?わしは西郷っちゅうもんや、ちなみにお前の守護霊や」


はっ?西郷?いや、誰?

守護霊ってこのおっさんがかよ、冗談じゃない。


「あっお前その顔信じてないやろ?ホンマにお前の守護霊やで、中一の時、お前車に轢かれかけたのを助けたのもわしやで?ずっとお前のこと見とったんや、、布団にこもってオナニーしてるところも、学校で女子の胸と尻ばっか見てるところもバレバレや、」


西郷はその光景を思い出したのか、またゲラゲラと大きく口を開けて笑い始めた。


間違いない、このおっさんは本物だ。


聖はたしかに車に轢かれかけて死にそうになったが、奇跡的に車が変に軌道を変えて助かったのを覚えている。


聖は西郷が自分の守護霊であることを確信して、泣きそうになった。


「でもなんであなたが俺の守護霊なんですか?普通守護霊って御先祖様とかだと思ってたんですけど」


よくテレビで、あなたの守護霊は御先祖様です、っと霊能力者が芸能人に言ってるのを思い出す。


「あーあんなん嘘嘘、実際はそんなんちゃう、御先祖様が守護霊なんてまぁないわ、大概が知らんやつが守護霊してるわ」


西郷が鼻くそをほじくりながら、そう言い、ほじり終えると大物が釣れたようで「おっ、鼻の主や」と呑気に呟き、聖の部屋にポイッと捨てた。


「なんでまた、知らない人が守護霊なんかに」


聖が地面についた大きな鼻くそを眺めながら訊いた。


「あの世の事情っちゅうもんや、お前も死んだんやからもうすぐ分かるやろ、てか遅いな!」


西郷は急に体を起こし、天井を見上げた。


「なにが遅いんですか?」


「お迎えや!死んだら天界から天使が迎えにくんねん!」


「えっ!?まじっすか!?」


驚愕した。とても信じられなかった。天使なんていたのか?いや、霊がいるならいてもおかしくないのか。


よくギャグ漫画で天使ではないが、数匹の妖精が舞い降りるシーンなんてのはありがちだ。

そんな感じなのかと、頭の中で妄想を膨らませる。


「あの〜西郷さんも死んだ時、天使が迎えに来たんですか?」


どんな風に天使がやってくるのかと気になった。果たして聖の妄想と一致するのか。


「当たり前やんけ、死んで数秒で舞い降りてきたわ、わしは海の中で死んだから深海までわざわざ可愛い天使が迎えに来たんや」


何故か西郷がドヤ顔で自慢げに告げた。

天使が迎えに来るのはいいが、今度は西郷の死因が気になった。


海?溺れたのか?


その体型なら充分にありえるだろう。


死因を聞くか一瞬迷ったが、自分の過去最大の黒歴史を知られてしまったので、そんな気は遣わなくていいだろうと思い、きくことにした。


「海って、西郷さん溺死したんですか?」


「あほ、ちゃうわ、日本海に沈められたんや」


「へっ?」


沈められた?誰に?そんなやばいこと誰がするんだ、と思ったが、よくドラマでヤクザが日本海に沈めたるわ!と口ずさんでいたことを思い出した。


まさかヤクザなのか?


聖の顔が硬直していると、さらに西郷は口を開いた。


「わし、莫大な借金抱えっとってな、もう返されへんって言ったら、身体中にオモリ括りつけられて、そのままボートから落とされたわ、身体中縛られてるから泳ぐこともできんし死んでもうたわ」


西郷がまるで他人事のようにがっはっはと爆笑した。


そんな西郷を引きつった顔で見ていると、急にドアにノックがかかった。


「聖!入るわよ!」


まずい、母さんだ!


聖は慌てて自分の下半身丸出しの死体に抱きつき、隠そうとする。


「そんなことしても無駄や、霊は物体に触れることはできひん、諦め」


半泣きで西郷の顔を見ると、この状況を楽しんでるように見えた。


こいつほんとに俺の守護霊かよ!


扉がガチャっと開く。


終わった...


母ちゃんは一瞬、聖の下半身を一瞥すると、すぐに西郷の背後にいるクローゼットへ向かった。


やはり、母ちゃんからはこのおっさんは見えてないのか。そりゃそうか。


西郷は自分の体と母ちゃんが合体してるにも関わらず、腹を抱えて爆笑していた。


そして、母ちゃんはクローゼットから段ボールを取り出すと、無言のまま部屋を出た。


「がははははは!!最高やな!お前のオカン、お前が握るちんこみて黙り込んだぞ!それに死体ってことにも気づいてへん!よかったやんけ!」


西郷が笑いすぎて目に涙を浮かていた。


「なんもよくねーよ!!!」


人生で初めてこんなツッコミを入れた。


大声をあげてしまい、母ちゃんと姉ちゃんに聞こえるかもしれないと、思わず両手で口を塞ぐが、死んでるので声は聞こえないことに気づいた。


ガチャ


突然、また部屋の扉が開いた。

聖と西郷は声をとめ、反射的に扉の方に目をやる。

そこには姉ちゃんがいた。


「聖、入るよー」


「姉ちゃん!ノックくらいしてくれ!」


聖が姉ちゃんに声を荒らげるが、当然聞こえていない。


姉ちゃんはドアを半開きのまま、一瞬だけ聖の死体の下半身に目をやった。

2秒後、姉ちゃんは黙って扉を閉めた。


完全に見られた。


「今度は姉貴か!なんも言わんと出ていったぞ!がははははは!!」


相変わらず西郷が下品に笑っている。

もうツッコむのも面倒くさくなってきた。


「俺ちょっと下の様子みてきます」


聖はそう告げると部屋のドアをノブを握ろうとする。

しかし、手がノブを貫通して握れない。


そうだ、俺は死んでいたんだ。


こんな不思議な体験にまだ慣れることができず、不便だった。


聖がそのまま目の前にドアがあるにも関わらず前に進むと、あっさりとドアを貫通した。


そのまま浮遊感を味わいながら階段を降りると、母ちゃんと姉ちゃんが出かける支度をしていた。


「ねぇーままー、私のネックレス知らない?」


「知らないわよ、スーパーに行くだけなんだからそんなもんいらないでしょ、ほらさっさといくわよ」


母ちゃんと姉ちゃんが家をでると、家の車の音が遠ざかっていくのがわかった。


「おっ、オカンと姉貴は外出かいな」


いつの間にか、西郷もリビングに降りてきていた。


「チャンスだ、この間に俺の死因を事故に偽造しよう」


何としてでも、死因をテクノブレイクにする訳にはいかなかった。それはプライドでもあり、家族の為でもあった。


「んなこと言ったって、どうする気や」


「俺の死体を階段から落とせないか?」


「無理や、さっきも言うたけど霊は物体を触られへん」


なんて不便なんだ

よく心霊番組では、霊が自分の存在をアピールするために物を落としたり、ラップ音をたてたりしてたが、やっぱりあれはデマカセだったのか。


「ならどうすればいいんだよ」


希望の光がだんだん薄くなり、落胆する。


「諦めろ」


西郷が、まるで失恋した相手を慰めるように、聖の肩に手を置いた。


その時だった。


「ごめんごめんごめ〜ん!遅くなった!」


どこからともなく少女の声が聞こえてきた。


聖は一瞬キョロキョロした後、その声が上からだったことに気づく。


「おっ!やっと迎えきたで!」


家の天井を無視して貫通してきたのは、背中の可憐な翼が左右にパタつかせ、よく見る白い天使の服をきた少女だった。

地面に天使が着地すると、栗色の髪を整え、翼を閉じた。


聖と西郷とは違い、この天使は透き通っていなかった。


この時、本当に天使がいたんだと確信した。


「って、マロンちゃんやん!」


「え!?西郷のおっちゃん!?こんな所でなにしてるの!?」


え?顔見知り?


天使と西郷は知り合いのようで、感動の再開を果たしている。

もしかしたら、このおっさんを海の深海に迎えにきたのはこの天使なのかもしれない。


「わしこいつの守護霊しとったんよ、でもこいつオナニーしすぎて死によったんや、ほんまどうしようもないで」


西郷が、にやけながら目だけでこっちを見た。


借金抱えて日本海に沈められたやつには言われたくなかった。


「え、うそほんと!?」


天使が急にこっちを振り向いた。

声では驚いてるが、笑顔は隠しきれていない。

全く、天使もおっさんもひどいやつらばっかだ。


「ほ、ほんとです」


聖は弱々しく言った。


「まあ、外国では珍しくもないけどね、日本はあんまないかな」


なかなかどうでもいいウンチクを天使が語る


「てか、そんなことよりマロンちゃん、くんの遅ない?」


再びついていけない西郷とマロンという天使が会話を始める。


「ごめんごめん、ちょっと手紙の配達しててね」


「手紙?あの世にも郵便局あるんかいな」


西郷が不思議そうに首を傾げる。


「ううん、今回は特別、いろいろ...」


そこまで天使が言いかけると、聖は我慢の限界になった。


「悪いけど後にしてくれ!こっちは家族の人生かかってんだ!」


2人が目をパチパチさせながらこっちをみる。


「あーそうよね、ごめんね聖くんだっけ?死因はえーと...テクノブレイクね、はいじゃあ、天界に行きましょうか」


どんだけこの天使は適当なんだ。


聖とは1度も名乗っていないが、天使ならそれくらい知っているのだろう。


そう思っていると、天使は聖の透明な腕を掴んだ。


「えっ、ちょちょちょちょっとまってよ!」


「どんだけちょ言うねん」


西郷が冷静にツッコんだ。


「ん?なに?どうしたの?」


「いや、まだ連れていかないでくれ、まだやることがあるんだ」


既に若干天使のせいで、宙を浮いていたが、必死に天使を引き止めた。


「やること?なにそれ、時間もうあんまないんだけど」


「俺はあんな死に方を家族に知られたくない、天使の力で死因を偽造できないか?」


そこまで聖が言うと、天使は再び地面に着地した。


「無駄だよ、できないことはないけどそれは天使の禁止事項よ」


「なら、俺だけでなんとかできないか?」


「霊力駆使すれば、なんとかできるかもね」


「霊力!?」


そんなものがあったのか!


聖は興奮して目が大きくなる。

隣の西郷をみると、知っていたかのようにそんな驚いていない。


「波動飛ばしたり、人に取り憑いたりはできるよ、霊はね」


「そんなことできたのかよ!」


聖は西郷をもう一度みると、やっぱり知っていたようで目をそらした。


「いや、わしもしってたで?でもそんなん出来たからって偽造なんか無理やて、波動飛ばしても物落としたりできるだけで、人間くらいの重さは無理や、人に取り憑く言うても、お前の行動範囲はこの家までで外には1歩も出られへんねん」


西郷な流暢な関西弁でベラベラと説明した。


たしかに西郷の言う通りならば、偽造なんかできない。波動なんか使い道はないし、取り憑く相手なんかお姉ちゃんとお母ちゃんしかいない。もしどっちかに取り憑いて、俺の死体を落としたとしても、警察沙汰になって逮捕されるかもしれない。


やはり偽造なんて無理なのだろうか。

諦めるしかないのか。

俺の死因はこのままテクノブレイクなのかよ!


「諦めよ」


天使がさっきの西郷と同じように肩に手を置いた。


その時だった。


ガチャ


玄関のドアが開く音がした。


え?もう帰ってきた?


まだ母ちゃんと姉ちゃんが出かけてから10分も経ってない、いくらなんでも早すぎだ。


ならいったいだれだ。


聖ら3人は音がした方、玄関先に繋がる扉に注目した。

やかで、その扉が開かれると正体を現した。


マスクにサングラス、泥棒だった。


思わず息を飲んだ。


「なんで今泥棒がくるんだよ!」


聖は叫んだ。この声はもちろん西郷と天使にか聞こえない。


「まじでか、タイミング最悪やな」


「聖くんの家、運がないね」


2人が他人事のように軽々しく言う。いや、他人だった。


泥棒はすぐ横にあの世の者が3人いるとも知らずに、次々とリビングのタンスを荒らしたり物色している。


「やばい!このままじゃ俺の家が破産してしまう!」


聖は頭を抱え、汗は出ないが出た感覚に陥った。


「いけるて、だいたい泥棒入っても通帳なんか見つけ出されへんて、うまいこと隠してるやろ?」


「俺の母ちゃんバカだから、冷蔵庫のちくわの中に印鑑、押入れに通帳隠してるんだよ!」


「典型的すぎるやろ!」


ネットで、隠し場所を見つけたのか、当時母ちゃんが隠した時は、絶対に見つからないと断言していたが、聖は全くそうとはおもっていなかった。

ネットで書いてあるなら泥棒もそれを調べて尽くしてあるからだ。

それでも、泥棒が入ってくるわけないかと思っていたのであえて何も言わなかった。

それが今猛烈に後悔している。


「どうするのよ聖くん!もうこのまま天界行く!?」


天使もつられて何故か慌てふためく。


「あーどうしよどうしよ、なんとかして泥棒を捕まえないと」


3人が現状に慌ててる間に、なんと泥棒はさっそく冷蔵庫のちくわの中から印鑑を見つけ出した。


「あかん!見つけられてもうた!一瞬やんけ!」


「どうしたらいい!西郷さん!」


どっちも興奮して声を荒らげている。


「波動や!波動を送れ!」


聖と西郷は念を込めて、両手を前に突き出し、波動を飛ばした。


方法は分からなかったが、こんなもんだろうと適当にやっているだけだ。


2人が馬鹿みたいなポーズをしていると、机のティッシュの箱が落ちた。


泥棒は一瞬気を散らし、落ちたティッシュ箱に目をやるも、再び家を荒らし始めた。


「アホか!こんなことしてもなんもならんわ!」


西郷が自分で言い始めたことなのに自分で突っ込んだ。


「ならどうすればいいんですか!」


その時、聖は閃いた。

泥棒を止める方法、さらに自分の死体をテクノブレイクから死因を偽造させる方法。


「そうだ!」


間違いなく、これがアニメなら聖の頭の上には豆電球が現れているだろう。


「聖くん、どうしたの?」


「死体を偽造させる方法を思いついた!」


「なんやて?」


西郷が驚く表情をみせる。


「あの泥棒に取り憑いて、ナイフで俺の死体を刺したら、殺人事件にできるんじゃね?」


一瞬3人の空気が固まり、泥棒が物色する物音だけが響いた。


「それや!それなら泥棒も止めれて死因を偽造できる!お前天才かっ!」


「さすが聖くんね、テクノブレイクしただけあるよ!」


西郷はいいとして、天使はまた余計なことを言いやがった。


「よし、さっそく取り憑いてくる!」


聖は迷わず、泥棒に向かって突進した。しかし、透き通るだけで、泥棒は相変わらずタンスの中を漁っている。


今度は体を重ねてみる。


しかし、なにもおきない


「...取り憑くってどうやんの?」


聖はアホな顔で訊いた。


「アホか!そのまま取り憑けるわけないやろ!お前心霊番組とかみーひんのか!?」


心霊番組はよくみる。取り憑かれた芸能人たちが有名な霊媒師に、お祓いをしてもらうシーンなんてのもよく見た。

今思えば、あの霊たちはどうやって取り憑いたというのだ。


「そんなこと言われたって分からないですよ!どーすればいいんですか!」


「テレビでも言うとったやろ!霊は人の弱い心につけこんで取り憑くねん!」


「え?そうなの?」


天使が初めて聞いたような顔をし始めた。


「なんでマロンちゃんが知らんねん!」


まるで漫才を見せられているかのようだった。


いや、でもおっさんの言う通りだ。

確かテレビでもそんなことを言っていたのを、今になって思い出す。

人の弱いところ、それは恐怖、この泥棒にここに幽霊がいるという恐怖を味わせ、その隙をついて取り憑く。よし、これだ。


「西郷さん、手伝ってください、こいつにここに霊がいるってのをアピールし怖がらせて、その隙に取り憑きます!」


「えー...」


なんと西郷は鼻くそをほじくってめんどくさいという態度を見せていた。


おっさん、ほんとに俺の守護霊?


「西郷のおっちゃん、やってあげなよ、このままじゃほんとに聖くんの家族さんが可哀想になっちゃうよ」



天使の援護にうんうん、と聖が激しく頷く。


「しゃーないなー、まぁ一応守護霊でもあるからな」


西郷は腕の関節を鳴らし始め、まるで今から喧嘩でもおっぱじめるかのようだ。


「わしが波動で怪奇現象を起こす、お前は隙ができたら入れ、わかったな?」


既に西郷は瞼を閉じ、さっきの例の波動のポーズをしていて、それをみて思った。


ダサすぎだろ。


相変わらず物色を続ける泥棒の上あたりで「カン」とラップ音がなる。


一瞬、泥棒が上を見るが、気にしないとまた作業に戻る。


さらに西郷はレベルをあげ、机から鞄を落とす、さらにテレビの電源が勝手につく、さらに台所の蛇口から水が流れ始める。


「おっ、コツ掴んできたわ、案外簡単やな」


さすがに、この現象に異常を感じたのか、泥棒の動きに変化が見られた。

なにか、異様な空気を感じ取り、恐怖を覚えているのがわかった。


今だ!


聖は渾身の勢いで、泥棒の体に突撃するように接触した。


気づくと、目線は急に代わり、部屋の内装を見渡している。

自分の手のひらをみてみる。

大きな手のひらに軍手をしてあり、視界はサングラスで暗い。


成功だ!


「よし!きた!」


聖が久しぶりの生身の体でガッツポーズをとる。


「すごい!聖くん!」


「ようやったで!」


2人の声が聞こえる。

どこにいるのか部屋を見渡し探すが、リビングが散らかっているだけで、2人の姿が見当たらない。


「2人ともどこにいるんだ!姿が見えない!」


「なんやて?」


この声は西郷、右あたりで聞こえるが、そこには食卓があるだけだ。


「人に取り憑くと、霊の姿は見えなくなるの」


この声は天使のマロン。


「それを先に言ってくれ」


全くこの天使は...


「今、お前の顔面に股間なすりつけてんで」


西郷がそういった瞬間、俺は目の前の空気を連続パンチした。


「何考えてんだあんたは!」


「がははははは!!!冗談やて!」


こんな時にクソしょうもないことを言いやがって...


「時間がない、母ちゃんとお姉ちゃんが帰ってくる、さっさと俺を刺してくる」


聖は慣れない自分の野太い声を発しながら、2階へと続く階段へと向かった。


ガチャ


玄関から聞こえた。


まさか...帰ってきた!?


「お母さんとお姉さんが帰ってきたよ!」


天使が先に飛んで状況を確認していたらしい。


「なんやて!ちと間に合わんかったな!」


お前がしょーもないことをしてるからだろ!と声に出そうとしたが、今は生身の人間なのでバレてしまうことに気づき、心の中でつっこんだ。


「聖くん!はやく隠れて!」


天使がどこにいるか分からないが、とにかく聖は頷いた。


聖はとにかく玄関から離れた、リビングからは見えない洗面所へと駆けつけた。


2人は帰ってきたら、洗面所で手を洗うのではなく台所で洗う習慣がある。なのでここにはこないはずだ。


やがて、リビングに続くドアを開かれると と、スーパーの袋が地面に落ちる音が聞こえた。


「なにこれ...」


声を震わせながら言ったのは、母ちゃんだった。


「どうしたの!?」


姉ちゃんもすぐに駆けつけたらしく、「なに...」と呟いた。


「まさか泥棒!?」


「いや、まさか...聖がいるでしょ?聖!聖いる!?」


母ちゃんが、2階にいると思っている聖の死体に呼びかける。

当然反応はない。


「聖いないの?」


「わからない、ちょっとみてくるわ」


うそだろ?


なんと母ちゃんが、洗面所の裏にある2階へと続く階段を登り始めた。

その足音が、すぐ壁の奥から聞こえてくる。


「おい!どうすんねん!オカン上あがっていったぞ!」


すぐ目の前で西郷の声がした。

そこにいるらしい。


「頼む、母ちゃんに取り憑いて止めてくれ」


聖は声を押し殺して西郷に伝えた。

今の母ちゃんは、泥棒が入ったという恐怖があるはずだから侵入できるはずだ。


「わかった、ちょっといってくらぁ」


気のせいか、目の前ですこし涼しい風を感じた。

いや、気のせいじゃない、西郷が上目掛けて飛んでいったのだろう。


それから、リビングに残った姉ちゃんが、散らかる光景をどうやら見渡しているようだ。


いつここにきてもおかしくない。


この体の心臓がバクバク動いているのが感じた。


「マロン、姉ちゃんに取り憑くことはできないか?」


そこにいると思い、聖は再び声を殺して伝えた。


「無理よ、天使の禁止事項を犯すことになるわ」


ちっ


心の中で舌打ちをする。


やがて、下から母ちゃんが降りてくるのがわかった。


上手くいったか?


「ママ、聖いた?」


姉ちゃんが不安げに、母ちゃんか西郷かわからない人に訊いた。


「おったで、ここ荒らしたん聖やったわ、ほんまあいつ吃驚させよるわ、後でお尻ペンペンやな」


西郷だ。


演技下手すぎだろ!せめて関西弁やめろ!


隣にいるであろう天使が、くすくすと笑っているのが聞こえた。


「そ、そうなの?よかった、でもママ、なんで急に関西弁なの?」


ほらほら!めっちゃ怪しんでるじゃん!どうすんだよ!


「そう?まあ、そんなことどうでもいいわよ、娘、ちょっとポストに新聞届いてないか見てきてくれない?」


関西弁はやめたものの、実の娘に娘って言う親がどこにいるんだよ!?あのおっさんは阿呆なのか!?


気づくと、聖の顔に脂汗が流れていた。


「娘て...てかうちのとこ新聞とってないでしょ?」


そう言えば、俺のとこは新聞をとってない。またまたやらかしだ。


「今日から取り始めたの!さあ!取ってきてちょうだい!」


「う、うん」


姉ちゃんが明らかに怪しみながらも、玄関から外に出た。


「今や!聖!こっちこい!」


洗面所に母ちゃんの姿をした西郷が現れ、こっちに手招きをした。


聖は洗面所を出ると、台所に行き包丁を持つと、3人で2階へ向かった。


聖の部屋に行くと、相変わらずベッドで下半身を握る自分の死体があった。

無様にも幸せそうな顔をしている。


「ほんまに刺すんか?」


母ちゃんの声で、西郷はいった。


「うん、このために頑張ったんだろ?」


「でも、自分を刺すなんてね...なんだかひどい話だね」


見えない天使が、哀れみがこもったような口調で述べた。


「それより、自分の死因がテクノブレイクになる方がダメなんだよ!」


聖は包丁を大きく振りかぶった。

隣の西郷は目を強く瞑っている。

天使がどうしているかは見えない。


意を決した。


額に包丁を突き刺すと、大量の血が噴き出た。

泥棒の黒服が、聖の血で染まった


包丁の柄から手を離すと、聖は死体のズボンをあげ、スマホの電源を消すと、見事殺人現場は完成した。


自分の死体なのに、本当に罪を犯してしまった感覚に陥った。


「これでええんか?」


西郷が母ちゃんの声で呟く。


「うん」


その時、階段を勢いよく駆け上る音が聞こえた。

思わず振り返った時はもう遅く、姉ちゃんが部屋の扉を開けていた。


「ママ!なにして...」


姉ちゃんの目がボールくらいの大きさに見開いた。


「ひっ...」


そのまま尻餅をつき、後退りをしている。


「た、た、たすけてぇぇぇ!」


西郷もマヌケな声を出し、下手な演技で尻餅をついた。


姉ちゃんの恐怖に満ちた顔を見た瞬間、聖はいつの間にかまた霊体化していた。


さっきまで見えなかった天使が隣にいて、泥棒が挙動不審になってるのがみえる。


「な、な、なんなんだよこれ!」


泥棒が恐怖に満ちた声をあげる。


なぜ聖が体から離れてしまったのかはわからない。


「ひぇぇぇ!おたすけぇぇ!」


西郷は相変わらず、下手な演技に夢中だ。

西郷はまだあの泥棒の中に、聖がいると思い込んでいるだろう。


「こんなとこもうごめんだ!」


そう言って泥棒はすぐさま、部屋を飛び出し、姉ちゃんの前を通り過ぎ、階段を降りては家から出ていった。


「き、き、きよし...」


姉ちゃんが震えた声で、自分の名前を呼ぶ。


「西郷さん、もう俺は泥棒から離脱してるよ、西郷さんも離れて」


「おっ、おお」


西郷は最後まで墓穴を掘りながら、母さんの体と離脱した。


「あれ...ここは?」


母ちゃんが周りをキョロキョロとする。

当然、聖の死体を見つける。


「あっ...あっ...あ...」


母ちゃんが、まだ言葉を覚えていない赤ん坊のような声を出す。


「き、きよし...?なにそれ...?ドッキリなの...?ねぇ...きよし!返事しなさい!」


母ちゃんが、泣きながら聖の死体を揺すぶった。

額に刺さる包丁も脳みその中で、グラグラと揺れた。


「聖...死んでるの...?あの泥棒が殺したの...?でもさっきママは聖が散らかしたって...」


姉ちゃんの頭が混乱している。


「なにをいってるの...?泥棒?そんなのいたの?泥棒が聖を殺したっていうの...?」


母ちゃんが泣きじゃくりながら、姉ちゃんに訊いた。


そんな光景を、聖と西郷とマロンはただ呆然と眺める。


誰もが最悪な気分だっただろう。

あの西郷でさえも、なにも言葉を発しない。


気づいたら、聖の頬には涙が流れていた。


あれ...霊でも泣くのかよ...


すると、母ちゃんと姉ちゃんの目線が急にこっちを向いた。


え?


間違いなく聖は2人と目が合っている。


俺の姿が見えている?


「き、聖!!!」


母ちゃんが勢いよく抱きしめてきた。


あれ?触れる?


聖はもそのまま手を後に回し、抱きしめる。


「聖なの...?ならそこのベッドの死体は...?」


姉ちゃんがまだ腰を抜かしながら、聖の血だらけの死体に指を向ける。


真実を伝えなければならない。


そんな気がしてならなかった。


母ちゃんが聖から離れると、聖は左右にいる西郷とマロンがいることを確認する。


右には西郷、左にはマロン、2人は聖に向かって頷いた。


自分が透明ではなくなった理由は、ちゃんとわからない。


でも、この真実を伝えるためなのだと思った。


「なあ、母ちゃん、姉ちゃん」


まだ2人は混乱しながらも泣いている。

姉ちゃんはようやく立ち上がり、こっちに歩み寄る。

母ちゃんと姉ちゃんが2人横に並ぶと、聖は大きく深呼吸した。


どんな反応するだろうな...


笑うのかな、それとも、また泣くのかな。


「実は俺...」


母ちゃんと姉ちゃんが息を呑むのがわかった。


「テクノブレイクしたんだ」


空気が死んだのがわかった。


ここにいる誰一人として、顔色一つ変えない。

しかし、母ちゃんと姉ちゃんの涙が止まっていたのは確かだ。


聖は微笑んだ。


両肩に手を置かれたのがわかった。


「行くか」


聖はそのまま天界へと連れていかれた。


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