第13話 王子様ご来場

王女様が帰ったあと、僕はイスに座ったまま頭を抱えていた。ピセルは羽繕いを終えて、テーブルの上に降りた。


『なんというか、大変なお子様デシタね』

「いろんな情報が増えて、頭が痛いよ」


王女様と話した時間は短いが、そこにはかなりの情報が詰め込まれていた。しかもそのうちのいくつかは、放っておけないものが含まれている。


『センパイの言ったとおり、王女様はすぐ近くから来ていたようデスね』

「ここは王宮にあるって言ってたな。ピセルは知っていたんじゃないのか?」

『私はそもそもお姉様から担当するダンジョンを指定されたわけデシて……』

「お姉様?ピセルに指示を出したのは神様じゃなかったの?」

『神様は多忙なので、私たち姉妹が手足となってお仕事をお手伝いしているのデス。今回のゲームもそのひとつで、たくさんいる上のお姉様からその下のお姉様へと順々に指令が降りて来るのデス。私はその実行部隊の一人という扱いデス』


ピセルから、ピラミッド型の階層構造のイメージが伝わってくる。どうやら姉妹というよりも、上司と部下のような関係の方が近そうだ。大元は神様なんだろうけど、具体的な方針は上のお姉様とやらが立てていて、ピセル達はそれに従って行動しているらしい。


「他にもダンジョンがあるなら、そっちを攻略するのはダメなの?」

『私のすぐ上のお姉様は、効率のいいダンジョンを選んでいるようなのデス。攻略難易度、魔力の回収率、そして維持管理のしやすさ等々ありまシテ、基準値以下は目もくれてないようデス』


つまりここは効率がよくて、他はそこまでよくないってことか。


『お姉様に現状をお伝えしてみますが、ダンジョン管理権限の一部を取得できているので、変更はまずないと思っていてくだサイ。私たちの目標は変わらず、このダンジョンの完全攻略デス』


「ここの魔力回収率が高いなら、管理権限をもっと広げられれば、それだけピセルが元の姿に戻るのも早くなるよね。なら頑張って攻略を進めよう」


『ハイ、そうデスね。デスが、センパイはだいぶ疲れが溜まっているようデス。今日のところは、お休みになってはいかがデショウか』


「そうかな?たしかに色々あったけど、まだまだ行けると思うよ」


『とりあえず、隣の部屋を寝れるように片付けてみるのはいかがデショウか。続けるかどうかは、それから考えまショウ』


ピセルの提案に従って、空き部屋を掃除する。部屋をきれいにし終えるころには、だいぶ疲れが自覚できるようになっていた。手足が重いし、頭もぼうっとしてきている。これは続けるのは無理だろう。

後は寝るだけということにして、余っている魔力をショップ用の通貨Mに変換する。

できればフカフカのベッドが欲しかったが、普通のベッドがギリギリ買える程度の持ち合わせしかなかった。

この世界でいい寝具をそろえるには、かなりお金がかかるらしい。


「じゃあお休み、ピセル」

『お休みなさい、センパイ』


うずくまるピセルを見ながら目を閉じる。思った以上に疲れていたのか、ストンと落ちるように眠っていた。


◇◇◇


目を開けると、石組みの天井が見えた。昨日から見ている、知ってる天井だ。

何時間経ったのか分からないが、かなりよく寝た気がする。人間状態のピセルが夢に出ていた気がするが、よく思い出せない。

そのピセルはといえば、両手(羽?)両足を投げ出した、鳥にあるまじき格好で寝ていた。


「ピセル、大丈夫か?悪い夢とか見てないよな?」

『ん、んえ?あ、センパイおはようゴザイマス。よく眠れましたか?昨夜はお楽しみでしたね』

「何を楽しむんだよ。テンプレだとしても、テキトーすぎるだろ」

『そんな、夢の中で、あんなに激しく求めてきたのに、忘れたのデスか?』

「オマエの夢だろが。僕の夢は別にそんな……」


夢の中に人間のピセルがいた。それで、何をどうしていたっけ?そういえばピセルと僕は、契約とやらのおかげで精神的に繋がっているのだとか。


「僕、変なことしてないよね?」

『はて、変なコトとはいったいどういうコトでしょうカ?具体的に言ってもらわないと分かりマセン』


このドSハトめ。なんてイキイキとした目をしているんだ。

どうすればピセルを黙らせられるか考えていたら、急に真面目な顔になって飛んできた。


『非情に残念ですが、緊急事態のようデス。急いで部屋の外へ出てくだサイ』

「何があったんだ?」

『外へ出ればわかりマス』


もともと着の身着のまま寝ていたので、準備するものはそんなにない。置いてあった杖をひろって、服のシワを伸ばすくらいだ。

セーブポイントがあればセーブしてるだろうけど、今はそれはない。


ピセルに急かされるまま廊下へ出ると、人の気配が近づいてくるのがわかった。

ダンジョンの入り口が音を立てて開けられ、そこから松明を掲げた集団が入ってくる。

松明の明かりでも上等なものだとわかる服を着た青年が、鎧を着込んだ兵士達を率いていた。


一団は離れた所で止まると、青年の横から二人の兵士が出てきて僕に槍を向けた。


「ファントマ王子の御前である、頭が高いぞ」

ひざまづけ」


昨日の王女様に続いて、今度は王子様の登場かよ。

不穏な気配を感じながらも、言われるままに片膝をついて頭を下げる。

槍が遠ざけられ、青年が前に出てきた。


「貴様が神に選ばれ、このダンジョンを攻略にきた魔術師か?」


見た目よりも高圧的な、力強い声だ。命令することに慣れているのだろう、逆らわない方がいいと思ってしまう。


「はい、私が、このダンジョンを攻略に来ました。カゲトと申します」

「名前などどうでもよい。貴様は、勝手に我が妹にモンスターを献上よこしたようだな」

「はい、王女様は動物がお好きなようでしたので……」


カツン、と王子が足をならして言葉を遮った。


「貴様の意見は聞いていない。なにせ、貴様は我が国の王城に勝手に侵入したどころか、厳重に封印していたはずのダンジョンを目覚めさせ、我が国に危険をもたらした大罪人であるぞ。その首をもってしても償いきれないことをしでかしたのだ」


僕が死刑になるだって!?冗談じゃない。

驚いて顔をあげると、王女様とどこか似た整った顔が、酷薄にゆがんで笑った。


「本来なら今この場で首を切ってもよいのだが、神に選ばれた者を罰するワケにもいくまい。特別に温情をもって、見逃してやろうではないか」


つまり死刑はなくなった?

良かったとも思うが、それだけでは終わらない気配をひしひしと感じる。この王子、何をするつもりだ。


「貴様の神に伝えるといい。このダンジョンは、この地を治める王の息子である、第一王子のファントマ・フォーレンが攻略する、とな。貴様はこの場を今すぐ去り、適当なダンジョンを攻略するがいい。国の外の野良ダンジョンなら、許可証をくれてやってもよいぞ」


楽しそうに王子が笑う。

この国の王子とはいえ、なんて勝手なことを言うんだ。ピセルと僕でせっかく目覚めさせたこのダンジョンを、横取りしようだなんて許せない。


『その通りデス。このダンジョンはセンパイのもの。センパイのものは私のもの。わざわざ他人にくれてやる必要はありマセン』


意見が一致したなジャイアン。ならここからすぐに離れて、ダンジョン攻略の続きをしよう。

「王子様、せっかくのご提案ですが、今回はご遠慮させていただきます。私にも使命というものがございますので」


王子の両脇の兵士が、ふたたび槍を構える。


「この場は失礼させていただきます。またお会いできる日を楽しみにしていますよ。それまで王子様もご健勝であらせられませ」


ピセルがウィンドウを展開すると、足下に魔方陣が浮き上がる。後ろに控えていた兵士達が前に出てきて、王子を守るように立ちふさがる。

王子が何かを言っているが、もう聞こえない。

魔方陣が強い光を放ち、僕らはダンジョンの奥へと転移した。

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