第12話 霧出す森の国の王女様

目の前の少女は、王国の王女だと名乗った。

ここはそんな高貴な子供が気軽に来れるところにあるんだろうか?いや、そんなことを考えている場合じゃ無いか。


『ホラ、センパイもいつまでも固まってないで、自己紹介をした方がいいデスよ。普通に礼儀正しくすれば問題ありマセン。堂々といきまショウ』


言われてみればそうだ。慌てて片膝をついてお辞儀をする。


「ぼ、わ、私はカゲトと申す者です。おも、お見知りおきを」


噛んだ、超噛んだ。舌が重くて呂律ろれつがぜんぜん回らない。ヤバい超恥ずかしい。王女様もおかしそうに笑っている。


「ふふふ、魔術師さまはカゲトさまとおっしゃるんですね。珍しいお名前ですね。わたくしにそんな礼儀は不要ですわ。立ってくださいな」


王女様は僕の目の前までくると、僕の右手をとってにっこりと微笑んだ。天使か。


『天使は私デスよ』


そうだけどそうじゃない。


「そ、それでは失礼します」

「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。わたくし、やっと自由な時間になったので、探検に来たところなんですの。お茶の良い香りがするわ。わたくしにもくださる?」

「どうぞ、ぜひとも飲んでいってください」


王女様が座りやすいようにイスを引く。

座ったところで僕は反対側へ移動しようとしたら、お茶の入ったティーカップが音もなく並べられた。ピセルの仕業だ。ティーカップからはバニラのような甘い匂いが漂ってくる。


これ、僕らが飲んでたのと違うヤツじゃないか?


『舌の肥えた王族様相手に、味にこだわりのないセンパイと同じものを飲まセロとおっしゃるんデス?』


よくやった、グッジョブだ。


王女様は気品あふれる優雅な動作で、香りを堪能している。気に入ってくれたようでよかった。

高貴な人相手の礼儀作法なんてよく知らないし、ピセルがいてくれてよかった。できれば話し相手も代わって欲しいくらいだけど、ピセルだと失礼なことを言うだろうなとも思う。


『私の言葉はセンパイにしか聞こえまセンよ。彼女には、ふつうのハトの鳴き声に聞こえているはずデス』


そう言われて王女様を見ると、雑音など聞こえていないようにお茶をふーふーしている。熱すぎたのかもしれない。少しだけ飲んでから、にっこり微笑んで「美味しいお茶ですね」と言ってくれた。かわいい。


『信じていただけまシタか?私とセンパイの間には、契約したことにより経路パスが形成されているのデス。これのおかげデ、言葉を使わずとも話をすることができるのデスよ』


言われてみれば、声に出してない思いにもちょくちょく反応していたな。


『アゲチキくだサイ!』


コイツ、直接脳内に!?って、今やるべきコントじゃないだろ。

王女様を見ると、目が合って微笑まれた。


「魔術師さま……カゲトさまもお座りになってください。一緒にお話ししましょう」

「は、はい。では失礼します」


王女様の向かいに座ると、ピセルがテーブルの上に降り立った。


「かわいいハトさんですね。カゲトさまの使い魔ですか?」

「使い魔というか、ええと、相棒です。名前はピセル。とても役に立ってくれるんですよ」

「まあ、そうなんですか?よろしくね、ピセルさん」

『センパイがどうしてもと言うなら、仲良くしてあげてもいいですよ?』


お前は王族よりも偉いつもりなのか。


『当然デス。天使デスから』


そんなやりとりが聞こえない王女様は、ピセルの頭をなでている。見た目よりも力がはいっているのか、ピセルの首がガクガクしてる。今だけは耐えててほしい。


「カゲトさま、ピセルちゃんはとてもかわいらしいですね。どちらで見つけたのですか?」

「ピセルの方が、ぼ、私を見つけてくれたんですよ。とても賢いので、頭をなですぎると嫌がることもあるんです」

「まあ、かわいい上に賢いんですね。素晴らしいわ」


王女様はピセルをなでるのをやめるどころか、腕にしっかりと抱えてなではじめた。なでるというよりむしろ、こするという方が近いかもしれない。

止めた方が良いのかもしれないが、白いハトを慈しむ少女はとても絵になっていて、もうちょっとだけ見ていたい気もする。


『センパイ。ロリコンしていらっしゃるところ申し訳ありませんが、ちょっといいデスか』


ロリコンは動詞ではないし、僕はロリコンではないが、なんの用だ?


『この娘、どうやって処分するおつもりデス?私としましては、ちょっと勿体ないデスが、さくっとヤッて魔力に変換するのが一番かと思いマスが』


いきなり何を言ってるんデスかこのドバトは。

そもそも王女様がなんでこんなところに一人でいるのか、本人の話から察すると、ここは休憩時間だからというだけで気軽に来れる位置にあるということだ。

王女様がいきなりいなくなったら、一番怪しまれるのはこのもと・・廃ダンジョンだろう。そうなったら兵隊がなだれ込んできて、僕らもさっくり殺されてしまうだろう。だから王女様には傷一つないままお帰りしていただかないといけない。


『なら、早くなんとかしてくだサイ。私の理性が残っているウチに』


ピセルがもみくちゃにされながらも、マジな目つきで訴えてくる。

さてそれじゃあどうしようか。


モンスターショップを開き、リストをスクロールさせて検討を始める。王女様はカワイイもの好きなようだし、見た目重視で選んだ方がいいだろう。後は言うことを聞きやすい、大人しい性格のものがいいんだけれど。


『でしたら、オプションで【従属契約】をつける事のはどうでショウ。契約できる数は限られますが、絶対服従な上に能力値の強化などの特典がありマスよ』


それはいい。【従属契約】があれば、人間を傷つけるかもという一番の心配がなくなる。


目的のモンスターを選び、従属契約のオプションをつける。少しだけ必要魔力が上がったが、許容範囲内だ。

購入を決定すると、すぐに呼び出すかを聞かれた。召還を選ぶと、テーブルの上に小さな魔方陣が浮かび上がる。

王女様は目をまるくして魔方陣を見つめている。その中に、光と共に一匹の魔物が姿を現した。


【ファンシーキャット:

 その名のとおり、ファンシーな見た目をしたネコの魔物。主に夢の大陸に生息している。

 人がいる場所ならどこでも住むことができるが、あまり活動的ではなく戦闘能力は低い。

 ただし、身の危険を感じると想像を超える動きで反撃してくるので油断は禁物】


「まあ、カワイイ猫さん!これ、魔術師さまが召還したのですか!?」

「はい、王女様へのお近づきの印にと、特別に大人しいものをご用意しました。お気に入りいただけましたでしょうか」


王女様はピセルから手を放すと、慎重にファンシーキャットへと手をのばす。

ファンシーキャットへ向けて、絶対に王女様を傷つけないよう念を送ると、こちらをチラ見してニャアと鳴いた。


ピセルは僕の頭へ飛び乗ると、羽繕いを始めた。


『やれやれ、大変な目に遭いましたデスよ。もう子供の相手はこりごりデス』


ピセルも王女様も無事でよかった。


王女様はすでにファンシーキャットを抱きしめて、ほおずりしながらモフっている。

ファンシーキャットから不満そうな感情が伝わってきたが、王女様に気に入られれば美味しいご飯が食べられて将来安泰だぞと伝えると、任せろというような心強い返事が返ってきた。

これで向こうは問題ないだろう。


「こんなにたくさんの魔物を従えているなんて、カゲトさまはすごい魔術師さまなんですね。わたくし、感動しましたわ」

「それほどでもありません。まだまだ駆け出しですよ」

「ご謙遜することないですわ。だって、神様に選ばれたのでしょう?それってとってもスゴイことですわ」

「まあそうなんですけど……え、なんでそれを?」


王女様は目を輝かせている。本気で言ってるようだ。

でもなんで、僕が神の使いであるピセルに選ばれたことを知っているんだ?


『それはデスね』

「そんなの、すぐにわかりますわ。いま世界中で神々に選ばれた方々がダンジョンに挑戦していますもの。わたくしも王宮にあるこのダンジョンに、神に選ばれた方が訪れる日を心待ちにしていましたわ。そしてようやくカゲトさまにお会いすることができて、わたくしとても感激しております」


なんだろう、王女様の言葉に違和感を感じる。いや、これは情報が食い違っているのか?もうちょっと詳しい話を聞きたい。


「あっ、そろそろ休憩時間の終わりですわ。申し訳ありません。美味しいお茶をごちそうさまでした。この子も大切にいたしますわ。カゲトさま、ダンジョンへの挑戦、頑張ってください。また今度、お話を聞かせてくださいね」


王女様はファンシーキャットを抱えたままお辞儀をして、部屋から出て行ってしまった。

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