少女のランドセルは緑色だった

蝦蟇ヶ淵下戸

第1話

 気づけば会社に就職してからもう七年経ち、二十代も終わりに向かおうとしている。同期が昇格したり、友人が結婚したりと、そういったことももう珍しい出来事ではなくなってきている中、俺は未だに独身の平社員でいる。組織だとか、社会だとかに感じる窮屈さから抜け出す勇気もなくて、抽象的に飽和した脳みそで今日も生きている。

 昼休み、会社から少し離れた川沿いに向かい、煙草を吸う。白雲と煙が青空で溶け合って、なんだか自分も大きなものの一部になれた気がする。そして、そのまま無になってしまえればと思うのだけれど、思考を閉ざしても不意に記憶が蘇ることが時々ある。そのきっかけに匂いや色に景色や場所、音があるんだと思う。例えば、五月の草葉の香りを巻き込んだような緑色の風を感じると、俺はあの子を思い出す。

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