一番:入学後

 入学式でのあいさつまどうことなく終えたことは、学園長の挨拶をだんじょうかられいただしいすわり方でながめていた。びた背筋から育ちの良さがうかがえ、教師たちは感心するほどだ。

 アミティエ学園の学園長であるリー・りょうおんとし五十はえると言われている。しかし明朗快活に話し続けるのは二十代にしか見えない青年だ。

 深いあいいろかみしんの目。白いはだはどこか不健康そうに見えるが、はつらつとしたがおおだやかな口調が若々しさをうったえる。


『という訳で、中等部から進学してきた君達には次のステップに上がる権利が得られる。その権利は手放すのさえ自由だ。よく考えるように』


 そう言って梁は手の中にICカードサイズの銀プレートを見せつけるようにかざす。あれが能力保有プレートかと、生徒達がざわめく。

 こともそのプレートには見覚えがあった。イケブクロシティに向かう道中で隊長格の男が持っていた物であり、学校案内のパンフレットにもっていた。

 とうばつたいでも使用する、おにたおすためにおうが作り上げた秘術。一つのプレートにつき、一つの能力がふうめられている、武器に等しい道具だ。


 入学式が終わりだい、一年の各クラスで配布予定と告げられる。真琴は期待に満ちたまなしで銀色のプレートを眺めた。




 三週間後。四月も半ばになり、大分クラスにもみ始めて友人達とご飯を食べるにはもってこいの昼休み。


 真琴はひと気のないほこりっぽい階段で一人だった。


 こうばいで売れ残っていたコッペパンをかじる。

 んでも味がにじまないことになみだしたくなり、粉っぽさがのどまらせる。横に置いていた水が入ったすいとうかたむけ、ステンレス製のコップに注ぐ。


 最初の一週間は順調だった。同じクラスで入学前に仲良くなったゆうひろと机の上にこしかけながらだんしょうする程度には。

 まだ本格的な授ごうが始まらず、座学中心だった一週間は真琴にとってはいっさい苦にならなかった。しかし二週目からはちがった。

 能力保有プレートを使用したじっせんてきな授業の数々。目に見えるのはあたえられたプレートによって能力に差が現れ、置いていかれるという事実。


 真琴のプレートは【はんげきせんしゅ】というものだった。

 

 相手のこうげきより早く確実にいちげきを入れることができる。

 因果律に関する能力と担任のぶきに説明された。だが真琴はその能力が使いこなせない。

 

 身体能力を向上させるものではなく、だからといって相手を一撃で仕留めるわけではない。


 現在の授業でははしみや身体能力あくの競技、担当教師による組手がほとんどである。組手の際にはプレートは使用禁止である。

 しかも真琴の能力からすれば、相手の一撃を受けること前提、がつきまとう。それはつまりせんとう以外では全く使えないと同義であった。

 これで友人の裕也や広谷がゆうしゅうな能力を手に入れていたら少しはしっしていたかもしれない。しかし世の中はそうくいかないようで、二人も自分の能力にをこぼしていた。


 広谷の能力は【せつりょう】という、しゅんに傷口をふさぐことができるものだ。ただし完治は不可能。もちろん強くなる能力でもない。

 裕也は【こうそくでんたつ】で、光の速さで音声を周囲の脳内に届ける。相手の選別もできる、ということできょうじんれんらくがかりけられていた。

 能力をかくにんした後、真琴もふくめて三人はせいだいなため息をついたものだ。最初はそれすらもおかしくて、最終的には笑い合っていたのもなつかしい。


 事のほったんは五日前。真琴は裕也と広谷から少しはなれていた時。ろうかたすみで変な集団を見つけたのだ。


 一人の少年を取り囲む同い年の少年達。片方はにやけた笑いをかべ、囲まれている少年はひたすら顔をうつむかせていた。

 それをあろうことか、楽しそう、と判断してしまった真琴が近づき、取り囲む集団の中でもよく目立つ優等生のような少年に声をかけた。

 整えられたきんぱつしゃくどうの目。赤いブレザーがよく似合うふうぼうだが、いた表情は明らかに真琴をおもしろくないという感情をしゅつさせていた。


「なにやってるの?」

「ああん? おれに説教か? お前……中等部にいなかったが、その赤い目は覚えてる。編入生か?」

しょうかいおくれたね。ぼくはスメラギ・真琴。君達は?」


 真面目に紹介を始めた真琴に対し少年達は大声を上げて笑った。その声のひびきが、学園へ向かう時に出会った鬼の笑い声と似ていた。

 疑問よりもけんまさるような笑い方。少しおかしいと思いつつも真琴は少年に名前をたずね、金髪の少年がマナベ・実流みのるだと知ることができた。


「んで? 真琴くんはイジメ現場になんの用だよ?」


 問いかけられた真琴が戸惑い、答えを出そうにも初めて聞く単語におどろく。イジメ、いじめ、いじめ、とひたすら自分の脳内にある単語をかえしていく。

 どれも良い印象のない単語ばかりなので、真琴は首をかしげる。どうして目の前にいる実流はそんな単語を使った現場を作成しているのか。

 アミティエ学園以外で学校に入ったことがない身であるため、この時初めて出会った学校内いじめ。それは真琴が想像できる物ではなかった。


「こいつ、C組のラクルイ・波戸なみと。プレート売っちまった大鹿で、俺達は親切に退学をすすめてんだよ」


 そう言って実流は真琴に見えやすいように囲んでいた少年達を動かし、縮こまっている少年をさらけ出す。

 髪の色は地味な茶色。分厚い眼鏡のおくからのぞひとみは黄土色。体が委縮しているせいでさらに小さく見えるが、勉学に支障があるふんではない。

 ただ休み時間も机の前に向かってペンを動かしていそうなイメージがい、どこかとっつきにくい印象の少年だ。


「なんでプレートを売ると退学なの?」

「授業を受けてればわかんだろうが! プレートもないやつがついていけるほど、学園はあまい場所じゃねぇよ!」


 いらったように答えた実流に対し、再度真琴は首を傾げた。確かにプレートを主体とした授業が多くなってきたが、退学するほどの物ではない。

 プレートの使い方や注意こうは座学であるし、プレートの能力次第では一切使わないことも。授業を受けるには不便だが、ないからと言って悲観するようなものではない。

 しかし真琴は売ったということが気になっていた。プレートは学園からの支給品だが、はんばいするという発想がなかった。


「俺はやさしいんだよ。こいつが泣く前に退学した方が幸せだと思ってる、情に厚い男なんだよ」

「それは情じゃなくて勝手だよ」


 真琴は当たり前を言うように平然と、実流がしているのは手前勝手、と言いのけた。これには実流だけではなく、波戸という少年も開いた口を閉じられなくなる。

 悪意があればまだマシだったが、真琴はかんぺきに本心を告げただけであって、じゃすいも悪気もない。下手な悪人より性質の悪いなおさがかがやいていた。

 明るい赤の目は煌家の血を強く引いていることを示している。その目でえられた波戸は、居たたまれないように身じろぐ。


「波戸くんはどうしたいの? 僕が協力できることなら力を貸すよ」


 笑顔で話しかける真琴に対し、波戸はくちびるを歯でめる。多くの人間は煌家の血を引き、その目に赤を宿すが、波戸の目に赤は宿らなかった。

 今も赤い目を強く残しているのは有力者やゆうそうだ。目の色が赤から遠ざかるほど貧しくなっていくことを、波戸はいやと言うほど知っている。

 輝かんばかりの赤目は毒のように波戸の神経をむしばみ、引き出したくないれっとうかんげきする。いじめも赤い目の意味も知らない、な真琴にいかりすらいてくるほどだ。


「……っさい」

「へ?」


 最初は小さい声でなにを言われたのか聞こえなかった真琴がもう一度聞き返す。すると今度は耳をつんざくほどの声が廊下にひびわたった。


「うっさい! スメラギ家のおぼっちゃんに心配されたくなんかないんだよ!! めぐまれた君に、僕の気持ちなんかわかるもんか!! ぜんしゃ!!」


 言いながら真琴をばして走り去る波戸に、だれも声をかけられなかった。ゆかの上に倒れかけた真琴は小さくなっていく背中をただ眺めていた。

 今のけんそうで人が集まってしまい、真琴に視線が集まる。誰もが最初は実流が仲間を引き連れて弱者をいじめていたと判断していたが、波戸のさけびであらぬ疑いが広がる。

 品行方正に見えていた真琴が実はイジメの主犯だったのではないかと。うわさヒレをつけ、友人である裕也と広谷に辿たどくのに時間はかからなかった。




 その日から真琴の生活は激変した。前は気さくに声をかけてきた裕也と広谷はかれけ、クラスの同級生すら視線を合わせなくなった。

 所持品をかくされることも多くなり、かばんが中庭の池に放り投げられていた時は驚いた。鞄の中に入れていた友人を作るための参考書はみずびたしで使えなくなっていた。

 逆に近寄ってくるのが実流や彼に似た悪意のある少年達で、真琴を取り囲んでは言葉で攻撃し、守ってくれるお友達もいないお坊ちゃんと馬鹿にしてくる。


 五日ってようやくそれがイジメだと気付いたのは、心配した矢吹が職員室に真琴を呼び出し、ちゃを勧めながら話しかけてきた時だった。

 真琴がイジメについて一切知らなかったため、矢吹はたんそくしつつも学校内という思春期特有の密室空間で起こりやすい現象で、何百年も解決できない難題としょうした。


「正直解決方法が、本人による、というやっかい案件だ。教頭先生が禿げているのも長年その問題に頭をなやませたからだ」


 思わず真琴が職員室にいた教頭の役職についている男性の頭部を注視する。彼は視線に気づき、盛大なせきす。


「俺も相談に乗るしかなくてな。だからといって校内で非公式のなぐいは止めろよ。誰も得しない結果だけが学園内全てに降りかかる」

「な、殴り合いって、そんな……いやでも武術は習ってきたし、あとは相手の実力次第か?」

「今初めてお前がスメラギ隊長のむすって確信できたわ。なんだかんだといって武力解決しそうな辺りが」


 茶をすすりながらも顔を青ざめていく矢吹を見て、この手段を口にするのは止めた方が良いと真琴は判断する。

 矢吹から差し出されたクッキーをほおりつつ、イジメの対象として校内に広まっているから気を付けるようにと忠告される。

 しかしそれ以上の方法を矢吹は持っていないらしい。そのことに対して矢吹自身も不満そうな表情を浮かべ、溜息をついている。


「裕也と広谷も対象になるのをおそれて離れちまった。悪いな、俺の紹介で仲良くさせたのに」

「先生のせいじゃないです。僕が無知なのがいけなかったんだと思います」


 あやまる矢吹に対して真琴は勢いよく首をる。一番仲が良かった友人達はすっかりえんとなり、話し相手がいなくなってしまった。

 授業中に二人一組を作る時も外れてしまうことが多くなり、余った生徒として担任と組むのが増えた。それがからいとは口に出さなかった。

 あの時こうしんだけで関わってしまった自分が悪いのだと真琴は反省しつつ、どこかなっとくできない感情を理性でおさむ。


「じゃあ本当は秘密にするようたのまれたが、教えとくわ。先に言っておくが、お前のせいじゃない。気にむなよ」


 そう言って矢吹は、ラクルイ・波戸が自主退学した、ということを真琴へ簡潔に伝えた。




 埃っぽい階段の上で真琴は思考を働かせようとして、結局まとまらない事実にじんさを感じながら息をく。

 アミティエ学園は討伐鬼隊を目指す者達があこがれる学校であり、就職や進学先も全てが討伐鬼隊にかんしている制度をほこっている。

 しかしそれは卒業まで在学できたらの話だ。退学をしてしまえば、生徒達は自分の生まれた故郷に強制そうかんされると矢吹は語った。


 波戸が住んでいたのはC4保護区。重要度も低い、低所得者達が自然と集まるような労働区でもある。彼は貧しい上に、大家族をかかえていた。

 アミティエ学園に入学し、高等部まで在学すれば能力保有プレートが与えられる。これはあんもくりょうかいで、販売が可能な高額商品、であることを真琴は矢吹から教えられた。

 波戸は最初からそれがねらいでしょうがくきんあわせて入学し、高等部進学直後にプレートを販売している。保有能力もらしかったらしく、オークションで値段がてんじょうらずにがったという。


 もちろんばいきゃくふんしつした場合厳重注意されるが、退学にはならない。それらも生徒のしゅわんを見る一つの手であり、学校側が提示した権利でもある。

 持つの定義として所有者であること。持ち主であればある程度きょが離れていても能力は使える。しかし長期間身に着けていないと、プレート自体が所有者権限を消失させ、次に手にした者を所有者と判断する。

 プレートには定期的に所有者報告データを討伐鬼隊に送っており、売却したのを手に入れてもすぐにばれてしまう。


 だが高等部からは討伐鬼隊に所属するために必要なたたきこむ。そして鬼と戦うために必要な武器が能力保有プレートだ。

 それを失った学生の多くは自主退学するしかない。販売されたプレートは討伐鬼隊によって法の名の下で回収され、次の進学者にわたされる仕組みだ。

 つまり波戸は学ぶ目的で入学したわけではない。実流もそれをわかったからこそ、やる気のない相手に非情をくしてんだ。半分はらしだったかもしれないが。


 結局真琴が波戸を助けようとしたのは意味のない行動だった。あの時すでに波戸は目的を達し、えるだけの身であったからだ。

 いまごろは生まれ故郷のC4保護区でばくだいな金を使って家族を養っているのかもしれない。それだけの価値がある物なのか、と真琴はポケットからプレートを取り出す。

 銀色に輝くそれは加工が可能で、かして他の金属と混じらせてもいいという。手の平に収まってしまうほど小さい、煌家の技術がめられた物。


「父さん……命をけるに値する友情って、なんですか……」


 裕也と広谷と仲良くなった時は心底うれしかった。彼らといっしょに笑い続ければ、いつかは父親の望みに応えられる友情が手に入ると思っていた。

 波戸や実流も話し合えばわかりあえるものだと当たり前のように考えていた。同じ人間で同一の言語を有しているならば、理解できるはずだと。

 真琴は一度も赤い目をまんだと思ったことがない。スメラギ家に生まれたのは誇りだが、人を不快にさせないマナーも身に着けたはずだ。


 それなのに今も廊下から聞こえる笑い声の中に自分の名前が混じる。スメラギ家の息子が裏口で入学し、がいしゃぶっていると馬鹿にする声だ。

 顔も知らない、話したこともない声だった。彼らは横で歩いている友人達とうわさばなしを楽しんでいるだけなのだ。真琴をおとしめることで笑っているだけだ。

 その笑い声と初めて見た火鬼の姿が重なっていく。鬼はどこから来たのかわからない。しかし人間社会にもまぎんでいるのではないかと思ってしまう。


 鬼のように笑う彼らにすら友人はいる。友情を持っている。それが命を賭けるに値するのか真琴にはわからなかった。

 はや友情がどういう形なのかすらもつかめない。裕也と広谷に感じていた友情も、全く違う物だったのかとしおからくなったパンを噛んでいく。

 もうにも重すぎる。胃の底でねんちゃくしつで重量のある液体がまっていくような感覚が気持ち悪くて、真琴はかたを落とす。


 本人にしかイジメは解決できないと言われても、まず真琴はイジメすら知らなかった学生初心者である。事態を把握するだけでせいいっぱいだ。

 五月に入ってゴールデンウィークが来れば少し治まるものだといいと願いながら、結局パンは食べ切れずに残してしまう。かみぶくろに包み、鞄にむ。

 一度池に落とされて以来、鞄などは持ち歩くようにした。学生証や能力保有プレートははだはなさず持つのはむしろ常識だった。


 しかしパンを詰め込む際に手にしていたプレートを体の横に置いていた。それを瞬時に階段をがってきた少年にうばわれる。

 真琴はその顔に見覚えがあった。実流と一緒に真琴を馬鹿にする仲間であり友人。イジメ集団にも友情があることに真琴は頭が痛くなりそうだった。

 鞄を片手にあわてて追いかける。階段や廊下を使してげていく相手に対し、真琴は見失わないように追従していく。


 ちゅうで実流と合流した少年はなみだだった。体力には自信があったのに、真琴をることもできず、途中追いつかれそうになったからだ。

 しかし真琴はそれどころではない。プレートの紛失は厳重注意であり、授業に強いえいきょうを残す。波戸の顔が頭に浮かび、再び気持ち悪くなっていく。


「よっ。ちょっくら俺の能力の実験用に使わせてもらうぜ」


 そう言って実流はブレザーの胸ポケットに入っている自分のプレートを指差し、長い廊下の奥を見据える。途中曲がり角もあるが、一番奥は窓である。

 窓の下にはせつがらという理由で使われていないプールがある。落ち葉が積もりくさった水の中に小さなプレートが落ちてしまえば、探すのは難しい。その上、はいすいで流れて消える可能性がある。

 四月とはいえまだはださむい日が続く。水もかずに調べるのは至難の業であり、明らかに嫌がらせとしか思えない行動だ。


 実流は能力である【ばんぶつげき】を使用して、真琴のプレートを廊下奥へ投げる。慌てて走り出すが、だんがんの速度に人間の足が追い付けるわけがない。

 だと思った矢先、曲がり角からなにも知らない生徒が歩いて姿を現し、飛んできたプレートに頭をかれて倒れた。しかしプレートはそのおかげで生徒のそばに落ちた。

 しかし廊下に飛び散った血を見て安心と思えるはずがなく、真琴は慌てて倒れた少年に声をかける。それをさえぎるようにし始めた実流が仲間と共に真琴をとうする。


「お前のせいだ! お前のプレートが人を殺した! ざまぁみろ!」

「うーわー、かわいそっ! 退学けってーい☆」


 浴びせられる言葉の数々に頭の中が白と黒でめ尽くされていく。混じることなく、明暗はっきりとこうわる。

 真琴のプレートの能力で人間の頭を撃ち抜けるものではない。しかし少年の頭を撃ち抜いたのは確かに真琴の所持しているプレートだ。

 証言してもどう転がるかわからない。むしろわかりたくないと頭が理解をきょする。唇すらもふるえるようなきょうの最中、頭を撃ち抜かれたはずの少年が起き上がる。


「いってぇ。死んだかと思った」


 冷静にしゃべり始めた少年に真琴は目を丸くする。りゅうちょうに言葉を吐き出す口が付属する頭部は、一切の外傷が消え去っていた。

 しかし廊下には血が残っている。よく見れば赤いまえがみ以外金髪の毛先にわずかに血がこびり付いている。だがあおむらさきいろの目はたんたんとしている。

 少年を一言で表すならば、静か、だった。声もそれほど大きいわけではないが、耳に届きやすい。雰囲気もれているわけではなく、穏やかな物だ。


「あれが噂の馬鹿集団か。弾丸速度で物を投げるなら周囲の確認をしとけばいいものを。校内にあるかんカメラにも映像が残っているはずだ」

「……その、助かって嬉しいけど、なんで生きてるの? 頭がはじんだよね?」

「能力がそういった物でな。で、お前が噂のお坊ちゃんか。確かに詰めが甘そうな顔をしている」


 言いながら首を左右に動かして調子を確かめる少年。あまりにも冷静なので、真琴があせり始めるほどだ。


「ほ、保健室! もしくは先生に健康しんだんを、あ、が、学生証でれんらくアプリを起動して」

「必要ない。むしろ廊下のせいそうを馬鹿集団に押し付けるぞ。血を落とすのがどれだけ大変か体で理解させる」


 そう言って音もなくズボンのポケットから自分の電子学生証を出す少年。画面に浮かんでいる名前を読めば、アイゼン・しゃおんだと判明する。

 遮音は手慣れた動作で通話アプリを起動し、事務作業のようにれんらくさきに簡単な説明をし、何度かうなずいた後に真琴の顔を眺め、追加をつけていく。

 聞こえてくる相手の声をどこかで聞いた覚えがある真琴だったが、思い出せないまま遮音の通話はしゅうりょうする。同時に真琴へ声をかける。


「後は教師陣が奴らをつかまえて説教し、かわいたころに清掃することになる。夜までかかるな、ごうとくだ」

「それより痛くない? 本当に治ったのかわからないし、やっぱり専門的な検査を」

「いらん。大体人の心配をする前に自分の身を案じろ。あいつらはお前に殺人の罪をけようとしたんだぞ? 俺だったから良かったが」

「良くない!! 君でも誰でも、した事実を無視しちゃ駄目だよ! 誰のせいじゃなくて、君のためだ!」


 せまる勢いで真琴はおこる。自分の体を大事にしない遮音のことのほうが、自分よりも優先度が高いと無意識で判断した故の言動だ。

 しかし遮音は顔が近いと不満そうにつぶやき、溜息をつく。明らかにあきれたような態度に心配した側の真琴が思わず申し訳ない気持ちをいてしまう。

 すみやかに真琴から離れようと立ち上がった遮音だが、その体がふらついてかべにぶつかる。よく見れば顔は血の気がせたように青白くなっている。


だいじょう? やっぱりどこか怪我が残ってるんじゃ……」

「違う。急激に体力を失った副作用だ。いい加減にしてくれ。俺はこれ以上誰かに助けてもらうわけにはいかない」


 ごうじょうに真琴のづかいをはらいのける遮音だが、その場から動く様子はない。どうすればいいかわからない真琴は思わず横でくしてしまう。

 そこへ教師が数人、そう用具を持ちつつ、電子職員証のカメラアプリを起動しながらやってくる。血が飛び散ったさんじょうしょうとして残すためと、原因に掃除させるためだ。

 保健室の主と呼ばれる数少ない女教師ハジマ・万桜まおが動かない二人を見る。特に顔色が悪い遮音にさるような視線を向けている。


「ジョー。お前んとこの生徒とマッスルの生徒がいるぞ」

「万桜先生。そのあだ名やめません? おかげで俺は真っ白な灰になったごっこを生徒からやってほしいとからかわれるんですから」


 少女のように体が小さい万桜を見下ろしながら矢吹が何度目かもわからない進言をかえす。万桜は顔半分を隠すはんのマスクを外し、ももいろの唇で罵倒を続けた。

 うるわしい容姿だが仕草や言動はぼう。服装もきょだいな白衣を腰に結んでスカートマントのようにり、上は黒のタンクトップ。下はホットパンツという、春には見ていて寒い格好だ。

 青い目は吊り上がっているが大きく、あでやかなくろかみをポニーテールにしているせいで印象がきつさを乗算している。しかもそのポニーテールをまわして矢吹に攻撃していた。


「いたっ、痛いっ! ああ、もう、ジョーでいいですよ。とりあえずその二人を保健室で落ち着かせてください。午後の授業は学園長から公欠あつかいでいいと連絡受けてますから」

「ふっ、じゃくはいものめ。安全なせんたくをしおってざかしい。吾輩のポニーテール武術のしんずいはこれからだというのに」

「だから女教師の割に男子校で人気少ないんですって。同い年のきりゅ先生の方が人気高いのも頷けますよ?」

「思春期さかり男子共に非情な現実を教えることこそ教師の役目。というか桐生は反則だ、横暴だ、あざとわいいとは何事だ!」


 矢吹と万桜がたわむれている間に逃げようとした遮音だが、背後から筋肉質のきょたいめにしてきたことにより失敗する。


「遮音殿でん!! ああ、遮音殿どの! 殿でんの能力で校内殺人をまぬがれたとはいえ、なんという悲劇! このマツ・ゆうづるは涙が止まりませぬ!!」

「ぐ、ぅ、う……や、やめてくれ」


 ほおってくる金色のしんひげに遮音はさきほどより顔色を悪くしていく。まるぼうの頭すら筋肉でれいな形を保つ夕鶴に真琴はあっにとられた。

 しかし万桜が軽くちょうやくして夕鶴の背中にりをき入れる。筋肉の壁によって倒れることはなかったが、痛いと夕鶴が涙を流しまくっている顔で訴える。

 涙だけではなく鼻水でれまくった顔だが、不思議と嫌悪を感じさせない夕鶴の顔。だが抱きつかれたままの遮音は口からたましいが飛び出るのではないかと思うほど力が抜けてすがままだ。


「マッスル。吾輩が連行する故に放すがよい。どうせ吾輩のクラスでは次のけっとうによる賭けで盛り上がるために強制自習となる」

「万桜殿は一応二年生のクラス担当ということを忘れないでください。それでは私の生徒を頼みました」


 そう言って夕鶴から万桜が遮音を受け取るが、かつぎ方が完璧に米俵と同じである。真琴は教師達の会話にはいめずぼうぜんとしていた。

 しかし万桜が言っていた決闘による賭けという言葉に引っかかる物があった。何故なぜ学校内でそういった話題があるのか不思議だったが、万桜にうでを掴まれて強制的に保健室へ向かうことになる。

 担がれた遮音は降ろせと暴れるが、万桜は気にせずに、むしろだまれと言わんばかりに顔の横にある遮音の腰に対して噛みついた。そこまでされると思わなかった遮音もさすがに大人しくなる。


 午後の授業が始まるれいが校舎内にひびくのを感じ、そういえば昼休みだったと真琴は改めて現在の時間を思い出す。

 鞄を片手に万桜についていく真琴だが、何度も視線で遮音のじょうきょうを心配する。無言のままだつりょくしているが、暴れると万桜になにされるかわからないからだ。

 しかしそれを具合が悪いと受け取った真琴が声をかけようとした矢先、保健室のとびらを開いて廊下を見回す桃色の髪をした女性が叫ぶ。


「うら若き少年のあまっぱいにおいと気配!! むっはぁ、しかも中等部ではなく高等部のいい具合に筋肉ついている系!!」

「紹介しよう。我が学園には変態が数多く存在するが、その代表とも言えるべき養護きょうのマチ・もりだ。じきになった者は数知れない肉食系熟女だ」

ひどいわ、万桜先生! アタシはまだ二十代なのに!! 万桜先生より若くてぴっちぴちしんせんきょにゅう美女なのに!!」

「貴様も吾輩のポニーテール武術を受けたいか? ひんにゅうはステータスとなり、巨乳相手にこうげきりょく倍増スキルが身につくのだ」


 話しながら遮音を廊下の床へと叩き降ろし、胸をらす未森に向かって走り出す万桜。顔を打ち付けた遮音は盛大に舌打ちした。

 攻撃しようと髪をみだす万桜を真正面からめた未森は二つの山となった胸の中にかのじょを埋める。多少暴れた万桜だったが、次第に大人しくなっていく。

 ちっそく寸前で万桜から手を放した未森は、倒れた遮音と大丈夫かと声をかける真琴に目を向ける。うすい赤の目がらんらんと輝き、鼻息をあらくして頬を赤くしていく。


「う、ふ、うふふふふ。金髪くんも良い体してるけど、となりの真っ赤な目の子はせするタイプね? でもアタシにはわかる! その下にねむる筋肉せんうなりが!!」


 舌なめずりしてヒールの音を響かせながら近づく未森に対し、真琴は野生のけものが近づく感覚に似ているとけいかいしんを最大にして身構える。

 しかし相手は養護教諭であり、か弱き女性であると思われる。しかも学園内では非公式の暴力や戦闘は禁止されているため、逃げるか待ち構えるかの二つしかない。

 遮音が立ち上がらないため、逃げるというせんたくができない真琴は、眼前にせまった未森を見上げる。美しい女性なのに、じゅうと同じ気配を感じるじゅん


 白衣の前ボタンは第二まで閉められているのに、胸の大きさやしりの豊かさではち切れそうになっている。わずかに見えるレースタンクトップが女性らしさを演出している。

 フェアリーボブというかみがたはどこか幼さを感じさせるが、これもまた女性らしい髪型であり、真琴は二つの意味でどうが高鳴っていくのを感じる。

 そして真琴へ顔を近づけてきた未森がようえんな笑顔で赤い唇から白い歯を覗かせる。清潔さといろが混じりあって、真琴の女性に対する処理能力が超えた。


「でもぉアタシって仕事は完璧にするわよ。というわけで金髪くんはベットで少し体を休めましょう。万桜先生がいれば不足栄養素もわかるしね」

「え、あ、はい……えっと、僕は?」

「赤目くんはカウンセリング。目の下にろうの色が濃いあとができているわ。ストレスの原因をじっくり先生に相談してちょうだいね」


 そう言って未森は打って変わって快活なみを真琴に見せる。その表情が一番彼女を輝かせると、真琴は思わず顔を赤らめる。

 しかし言いながら未森の手というか指が小刻みにやわらかく動いている。まるで指一本がうなぎぴきのような、どこかさぐるような気持ち悪い動きだ。

 不安に感じながらも真琴は遮音を軽々と背負う。未森は万桜の体を揺さぶり起こしてから保健室へと入り、養護教諭らしい働きを始めるのであった。

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