第7話:欠落

―――何故だ。

「城の崩落を見た時は肝が冷えましたが・・・死んでいなくてよかったですヨ。もし我らだけ生き残って姫様がお亡くなりになられていたらそれはもう・・・殺されるどころではすみませんでした」

―――何故。

「真に運の良い姫よ。だが運もまた武人に必要なもの。これくらいの運がなければ零狂院の長は務まらん・・・しかし本当に一人でやってのけてしまうとは・・・身内と言えど少しばかり身震いしたわ」

なぜ私は生きている?

城の崩落、そこからの自由落下。

加えて鏃の雨だ。

生きられるはずもない。

だが今現在、私は確実に意識がある。

藤次郎におんぶされて城を後にしている。

「まさか百紅家の兵数名を引き入れるとは・・・軍備拡大を分かっていらっしゃるというわけですカ」

そんな事した覚えがない・・・。

落下し始めから今までの記憶が綺麗さっぱり飛んでいる。

「・・・記憶がない。」

「おぉ姫様お目覚めになられましたか。・・・しかして・・・記憶がないとは・・・?」

「大将との一騎打ちの果てに城が崩落し始めた瞬間から今の今までの記憶だ。それらが切り抜かれたように消えている。」

私の言葉に目代と藤次郎はポカーンと口を開いてから大笑いする。

「またまた姫様、先ほどの事ですからさすがに覚えているでしょう・・・冗談が過ぎますゾ」

「ほんとだぞ大将、いくらなんでもその若さで記憶が飛ぶなんて事はなかろうよ」

・・・冗談、か。

もしかするとそうかもしれない。

ムキになる事でもないし、そのうち思い出すだろう。

「たまに冗談も言わねばな。言葉選びの柔軟さも武人には必要だ」

「さすがは姫様。常日頃から武と人を究めていらっしゃる」

・・・そういえば敵大将の首は。

私がキョロキョロと手元などを見ていると藤次郎がそれに気づいた。

「捜し物はこれか?大将」

・・・まさしく敵大将、百紅藪雨山弓成の首。

「それと・・・やつの持っていた弓・・・神器は?」

「じ、神器ですと!?百紅家の大将は神器使いだったのですか!?」

何を驚く必要があるのだろうか。

「ああ。沈みゆく日の色をした弓矢だった。」

「それで姫様は!?骨喰ほねばみを使ったのですカ?」

首を横に振ると目代と藤次郎の足が止まる。

「嘘だろ大将・・・神器使い一人で一国を落とせる力があると言われているんだぞ?」

・・・へ?

「それだけではありません!神器使いの使用していた神器はより強い者の手に渡るとも言われていますヨ」

・・・え?

「そうだったのか。」

「嘘ですよネ!?」「知らなかったのか!?」

きょとんとしてしまった私に二人は口を揃えたかのように私に振り向き、驚愕した顔で迫る。

「知らなかった。ん?つまりは神器が伝説通りなら初代様と同じ名を持つ弓が私の中にあると?」

仮にそうでもどうやって出すのか。

あの男は何か文言を言っていたな。

「神器を出すのに文言はいるのか?」

「えぇ。確か”解言かいごん”と呼ばれる封印を解く言葉がいると聞きますネ」

解言・・・解言か。確か―――

「出でよ、我が神器・・・禍津日まがつひ・・・?」

何の気配もない。

出ないぞ?と目代に言うと彼は大きく首をかしげた。

「解言はもっと魂の叫びを溢れ出すかのようでいて、神秘的な文言と書物にあったのですがネェ・・・」

魂の叫び・・・神秘的な文言。

「なら聞ける人間に聞いてみよう。大翁の老いぼれや・・・そうだな・・・初代様とか」

「大翁様に聞くならともかく、初代様に聞けるわけないでしょう。死人に口なしということはいくら姫様でもお分かりでしょウ?」

ようやく船着き場に戻った。

船に下ろされ、藤次郎が櫂を持ち、目代が船首へ座る。

ゆったりと出港すると私は目を閉じる。

「実際は話せないさ。そんなの子どもの私でも分かっている。だがあの弓・・・禍津日は初代と同じ名前をしているのだから何かしらの縁があってもおかしくはない。ひとまず祭壇で報告はしてみよう」

・・・そういえばこの戦に行く前に祭壇を半壊させていったんだった。

頭には屋敷に戻ってからの面倒事しか思い浮かばない。

櫂が軋みと舟が水を切る音が響く。

辺り一面は霧に覆われているがひとまずは伊予ノ国を目指す。

進路も真っ直ぐのため迷うはずはない。

「なんだ…これは」

こんなもの往路では存在していなかった巨大な黒い壁。

舟を止めて様子を見ようとするが舵が効きにくく、船首が左へ流されるようだ。

観察を続けていると微かな水切り音がするのが聞こえた。

壁が浸かっている水面を見ると壁の正体にようやく確信が持てた。

「船だ」

「この壁が船だって?だとしたらどこの国のモンだって事になるんじゃねぇのかよ、大将」

確かに。霧が濃いとはいえ、見上げても頂が見えないほどの大きさ。

これほどの船を持つ国があるというのか。

「…この船の進路は恐らく北。内海に入っていくのだろうな…。…ひとまず息を潜めてやり過ごそう。舵を取られぬように気をつけろよ、藤次郎」

「応」

すんなりと帰って体を休めようと思っていたのだが間が悪かったのか、はたまた。












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厄鬼姫~天下無双の章~ そばえ @sobae_

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