第5話

「長い付き合いなのに、オレはオマエのツラを拝んだことがねぇ。いっつも鏡越しの後ろ向きだしなぁ。そのくせ、こっちをジロジロ見てんのだけはハッキリ感じる。オレはなぁ、ぞわぞわ。いい加減、そのツラ張り倒してぇと思ってたんだよ!」

そう言うと男は一歩後ろに下がり、クルリとガラスのドアに背を向けた。

案の定、目の前には影を落とすようなモノはなにもなかったが、背筋の悪寒は続いている。

「今オマエはオレと背中合わせで、ドアの前に立っているってことだ。そしてそのドアに、オマエの顔はちゃーんと映し出されているはずだ。」

男はそっと、ポケットからコンパクトを取り出した。

「だからオレは、その映ったオマエの顔を拝んでやるよ!」

パチンと桜色の丸い蓋を跳ね上げ、男はその蓋の裏の鏡越しに背後を、ガラスのドアに映し出されたものを覗き込んだ。


「…オマエ、その、その眼…」

男は視界に捉えたものに驚き、腰を抜かしたように尻もちをついた。

その手から、カラカラとコンパクトが転がって落ちた。

茫然と見上げた視界の端で、黒い毛皮がユックリとこちらに向き直り、そして頭上から逆しまに男の顔を覗き込んできた。

そこに光る眼は二つの色を持ち、涙をたたえてユラユラと揺れていた。

漆黒の右眼に青味がかった茶色の左眼。

男はその眼をまともに覗き込みながら、掠れた声で呟いた。

「その、その眼を、オレは、知ってるぞ…」

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