第26話 キャンペーン開催

 部屋に数人のスタッフが手押しワゴンと共に入ってきたのだけれど、何かの悪い冗談だと思った。

 滑らかにカーペットの上を移動して来るワゴンの棚、そこにお婆さんが正座でちょこんと乗っており、その背中に取り付けられているのは、巨大な液晶を4枚横に連ねた、やたらゴツイ謎の機材。

配線、ケーブル、測定器らしき物が各所に付属して、お婆さんとサイバー機器のミスマッチが凄い。

SF映画みたいな光景に言葉を失っていると、手押しワゴンがテーブルの前に到着、台が舞台の特殊装置みたいに上昇して、俺達と同じ目線までおばあさんがゆっくりとせり上がってきた。

 

「では……。は……まし……ね……」

 お婆さんが何事か呟いたが、全然聞こえない。

蚊の鳴くような声を何度か聞き返して「では、始めましょうかね……」という言葉をギリギリ聞き取る事が出来た。


 液晶から伸びた太いケーブルを手に取り、その先端にお婆さんが指を差し込んだとたん、目まぐるしく変化する4つの巨大デジタル数字が液晶画面に出現。続けてお婆さんは俺の人差し指に筒状のコネクタ的機材を被せると、反対側から自分の人差し指を差し込んだ。

 俺、お婆さん、液晶画面がコネクタとケーブルで一つに繋がった状態だ。

一体これから何が始まるのだろうか……。不安になっていたら“カッ”と異常なほどお婆さんが大きく目を見開いた。

 発作!? 何かのどに詰まった!?

 びっくりして俺が咄嗟にテーブルを乗り越え、お婆さんの体に触れようとした矢先、

「ンッ!! コォォオオオ!! ンネェクトゥゥゥゥーー!!」

 お婆さんは今までの声量からは想像もつかない、馬鹿みたいな大声で叫んだのである。


 完全に意表を突かれ、その声量と気迫に圧倒された俺はテーブルの上より落下、激痛の走る頭をさすりながら、お婆さんを心配して立ち上がると、

「測定が完了しました。この液晶画面にお渡し可能な4桁の金額が表示されます。単位は万です」

 営業スマイルの阪豪さんがにこやかに解説してきて、一方のお婆さんは、さっきの絶叫が嘘のようなすまし顔。


 いちいち演出がトリッキーすぎる……。

普通に事を運べないものなのかと呆れていたら、一番右側の液晶へ『0』が表示された。

 4桁の受け取る金額のうち、下一桁が0って事だろう。最低金額は10万円らしいから、問題はこの後の数字だ。

続いてまたもや『0』の表示。

あれ……?

さらに続けて『0』。

目の前に並んだ、三つの丸。

ちょっと……これって……まさか……。


頭の回転が追い着く前に最後の液晶、そこに表示されたのは……。

『1』


 一旦目を閉じ深呼吸をして、もう一度4枚の液晶を見てみる。

『1』『0』『0』『0』

 そう……。

あろう事か測定結果は、最高金額の1,000万円だったのである……。


「うおぉおおおおおおお!!」

「きたぁァァァァァァァァ!!」

 椅子から飛び上がって喜び始めるグラさんと杵丸。しかし、こんなのどう考えたって仕組まれた事に決まっている。

 キャンペーンを申し込んだ奴には、もれなく全員に1,000万円を当選させ、途方も無い量の向ウを「おめでとうございます!」などと無理やり押し付けるのだろう。

通常の上限が10万円なのに、1,000万円分の向ウなんて全部受け取れる訳が無いから、限界が来たとたん、「はい残念! 1,000万円は無効ですが、すでに渡した分の向ウは持って帰って下さい!」と理不尽な事を言い出すに違いない。

 絶対、当選商法だろうがコレ!!

 そう思って阪豪さんに非難の目を向けたら……。


「あわわ……、あわわ……」

 液晶へ表示された1,000の数字を食い入るように見つめたまま、阪豪さんは震えながら呟いており、大変分かりやすい驚愕の反応を示していた。

 

 嘘……!? 本当の本当に、1,000万円が出ちゃった感じなの……!?


 はしゃいでいたグラさんと杵丸も、阪豪さんの異常な動揺っぷりを見て冷静さを取り戻した。

「あの……。1,000万円って、滅多に出ないんですか……?」

未だ呆然自失の阪豪さんに尋ねてみたら、

「ええ……。今までの最高額は30万ですよ……。大概の人は受け取れる向ウのキャパが10万以下なんです。だから15万円を当選させて、その分の向ウを無理やり詰め込むのが定石……って、ハッ!! いえいえいえいえッ!! う、受け取れる向ウのキャパに応じて、金額は変わりますからッ!! ひ、人それぞれですからッ!! もも、もちろん1,000万円だって、過去に出た事はありますぅッ!!」

 動揺のあまり、裏事情を全部暴露してしまう始末……。


 その失態で阪豪さんは我に返ったらしい。ポケットからスマホを取り出すと、真剣な表情でどこかに連絡を取り始めた。


「阪豪です。特別対応案件発生です。支配人を……。えっ……!? 不在……? じゃあ副支配人を呼んでください! 緊急事態です! 特別対応案件ですッ!!」

声を荒げつつ部屋の隅に移動した為、以降の会話は良く聞き取れなかったが、「呪い」「一刻を争う」「消し飛ぶ」などの物騒極まりないパワーワードがチラホラ聞こえてきて、俺の不安を煽りまくった。

 

電話が終わったのとほぼ同時、作業着姿のスタッフが部屋へ雪崩込むように入って来て、各自手慣れた動作でお婆さんと背負っている機材を確認。

「誤作動ではありません……。表示通り、1,000万円です……」

神妙な面持ちで阪豪さんに告げると、お婆さんの乗った台車と共に部屋から撤収したのだけれど、それを境に部屋の外の様子が一変した。


大勢の人々が騒がしく廊下を右往左往し始め、「通路確保!!」「サポート並べッ!!」「1148だァ! 1148号室だァッ!!」「止まるんじゃないッ!! 進めッ!! 進めッ!!」怒号に近い叫び声が飛び交い始めた。

 まるで戦場のような緊迫感で、断片的に聞こえてくる情報を集めると、どうやら何かとんでもない物をこの部屋に運び込もうとしているらしい。


 極度の不安に晒されたまま事の成り行きを見守っていたら、ややあってドアがゆっくりと開き、その騒ぎの元凶となる代物が部屋の中へと運び込まれてきたのである。

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