第24話 チーム梨園出陣

 通勤の人達でごったがえす、朝の新宿駅構内。

 先週までは俺もこの大勢の人達同様、普通に会社勤めをしていたのに、ふと気付けば、訳の分からぬ世界に迷い込んで休職を言い渡され、何度も死にかけた挙句に反社団体に乗り込まされるという、一寸先は闇な人生を送っている。

 一体何の因果でこんなハメに……。若干アンニュイな気持ちで待ち合わせ場所の改札へ出たところ、ジャンプしながら猛烈な勢いで手を振っている不審者を発見。若干の恐怖を感じたので距離を取ったら、グラさんだった……。

 あんなテンション、ちびっ子でもそう見ないんですけど……。


 グラさんは会うたびに違うサングラスをかけていて、今日は細長くて淡い緑のレンズが入ったお洒落なサングラス。大量のサングラスを持っているらしく、初めて会った時の馬鹿みたいに巨大なサングラスが一番のお気に入りなのだそうだ。最も破壊力がある見た目の時に、俺は遭遇してしまったらしい。


 その後30分の遅刻で杵丸が到着。グラさんと共に「おせぇよ!」と罵声を浴びせたら、お詫びとしてスタバでコーヒーを奢ってくれた。何て出来た奴なのだろう。即、罵声の件を謝罪及び撤回して、平伏する勢いで俺とグラさんはコーヒーを恭しく受け取り、出発となった。


「それにしても、まさか本当にそんな団体が存在するなんて、思いもしませんでしたよ。チーム梨園デビュー戦ですからね。ぶちかましてやりましょう」

 フラペチーノを飲みながら、杵丸は興奮気味で鼻息が荒い。遅刻した理由も、今日が楽しみ過ぎて、なかなか寝付けなかった事が原因らしい。

「一体、どんな事が起きるんだろうな。想像もつかねぇよ!」

 グラさんもこんな調子でずっとウキウキしてる。二人ともスポーツ観戦かライブ鑑賞のテンションで、不安しかない俺とは大違い。反社組織へちょっかいを出しに行くってのに、ホントどんな精神構造をしているんだ。


「梨園さんは色々と気にし過ぎなんですよ。もっとリラックスした方がいいですって。やるしかないんですから、楽しくいきましょう」

「そうだぞ、結局ゴリラの追戻しだって上手くいったじゃねぇか」

 申し訳ないけど、お前達レベルの図太さを得るには、あと2回ぐらい生まれ変わる必要があると思う……。不毛な言い争いをしても仕方ないので、話題を変えようと、昨日ふと疑問に思った事をグラさんに尋ねてみた。


「追戻しって言えば、グラさんは追戻しされるとどうなっちゃうんですか?」

 一緒にいると忘れそうになるけど、グラさんはゴリラと同じで半分側の存在である向ウだ。向ウにも俺達と同じく、戻る世界があるのだろうか。


「向ウは追戻しの期間、存在を消される感じだな。人間は期間終了後にそのまま半分側に帰ってくるだろ。でも俺達の場合は消えた存在を再構築するから、外観とか性格は若干引き継ぐ可能性はあるけど、ほぼ別物になっちまう。人で言ったら、ある意味死刑だな。お前達より全然俺の方がリスキーだ」

「えっ!? 死刑になるかもしれないのに、さっきスタバで『シナモンかけちゃおうかな』とか言ってたんですか!? どんなメンタルしてんですか!?」

「人と向ウじゃ、感覚が全然違うだろうが。まぁ、向ウにもよるけど、俺は別に気にならないな」

 向ウにとって死は、そういうモノなのか……。グラさんが色々と自由なのは、それが理由なのかもしれない。

「梨園さん! グラさんの考えが珍しいだけですよ。ゴリラだって猛烈に抵抗したじゃないですか。向ウは普通、追戻しされるってなったらみんな激しく拒絶します!」

 向ウ関係なかった……。ただ普通にグラさんが、変わってるだけだった……。


グラさんの異端っぷりを再確認したところで目的地に到着。繁華街の裏路地にある、闇金か裏カジノでも入っていそうな露骨に怪し気なおんぼろビルだ。濱さんから聞いた住所では、2階が向ウ受け渡し会場なのだけれど、看板の類は一切出ておらず、狭い階段を上って行った先に古びたドアがあるだけ。

 開けたくない……。

 何やら猛烈に禍々しいオーラを放っている……


「ここが会場なんだろ。開けてみるしかねぇんじゃねぇか?」

 グラさんに促され、俺が(グラさん&杵丸に頼んでみたら0.1秒で拒否)恐る恐るノブを回して扉を引き開けると、扉の裏側に付いていた鐘がカランと小さな音を立てた。

 室内は薄暗くて何やらムーディーな雰囲気が漂っており、正面にカウンター、その奥の棚には酒瓶やグラスが綺麗に並べられている。

そこは建物の外観とは全く趣の異なる、高級感溢れるバーだった。

カウンターでグラスを磨いていたバーテンダーと目が合い、絶対ここは違うと思って扉を閉めようとした矢先、

「梨園様、グラさん様、杵丸様。お待ちしておりました」

 渋い声で俺達を呼び止め、カウンターの奥からフロアに出てくるバーテンダー。

 

本当にこんな場所が会場なのか、なぜ俺達の名を知っているのか、グラさん様って敬称ダブってない? 様々な疑問が流星群のように脳内へ降り注いだけれど、 

「どうぞ、こちらへ」

 案内を受け、状況を全く理解できぬまま入店。

近寄ってきたバーテンダーがフロアにあった壁掛けの全身鏡を軽く手で押すと、忍者屋敷よろしく鏡がぐるりと回転して部屋が現れ、俺達はその隠し部屋へ問答無用で通された。

 奥にドアがあって、向かい合わせに長椅子が置いてある、電車のボックス席みたいな狭い小部屋。バーテンダーが外から回転鏡を閉じたら、入り口はただの壁となってしまい、押してみたけどびくともしない。


 説明も一切無いし、余りの急な展開に顔を見合わせる俺達。

 ちょっと待ってよ……。トントン拍子にもほどがあるんですけど……。 

 今すぐ帰りたいと、弱気になり始めた俺をよそに、

「何だか怪し気な匂いがプンプンしますね……。さすが謎の組織っすね!」

「おう、洒落た趣向じゃねぇか。次は合言葉って感じか?」

 逆にテンションの上がっている様子の杵丸とグラさん。


 入り口が無くなってしまったのだから、不安だろうが恐かろうが先に進むしかない。むしろこんな場所に閉じ込められている事に恐怖を感じたので、俺は(グラさん&杵丸に頼んだら食い気味に拒絶)怯えながら奥のドアを押し開けた。


 鋭い目つきをした、いかにもな雰囲気の方々が複数名いらっしゃって「何の用だヨ」などと開口一番威圧される。そんな状況を想定していたのだけれど……。

 そこにあったのは、開放感極まりない高い天井、見渡す限り茶褐色で統一された落ち着いた雰囲気、一流ホテルのラウンジみたいなだだっ広い空間だった。

 驚いて小部屋から飛び出したら、床には毛足の長いカーペットが敷き詰めてあって、距離を取って立派なソファーとテーブルが各所に設置、優雅なBGMまで流れている。

広さ的にここがあのボロいビルの中だとは到底思えない。入り口のバーからどこか別の場所へワープでもしたのだろうか?

 突然の状況変化についていけず、俺達が三人して棒立ちのまま目をパチパチさせていると、スーツ姿の女性が「いらっしゃいませ」恭しいお辞儀と丁寧な仕草で金属製の小洒落た細長い板を俺に手渡してきた。

「その板に記載された3ケタの番号が、奥の液晶画面に表示されましたら受付までお越し下さい」

 説明と共に俺達をソファーまで案内し、再び丁寧に頭を下げて去っていく。

 どうやら銀行などで見かける、順番待ちのシステムらしいが……。


「お……俺の想像とだいぶ雰囲気が違うんだけど、ホントにここで合ってるのかよ……?」

 動揺を隠しきれず、挙動不審になって周囲を見回す俺に、

「ほら! あれ見て下さいよ!」

 杵丸が指し示したのは、天井付近に掲げられた『k times k Plannig』という銀色の立派なロゴ。

「あれって、枷閣企画の英訳っぽくないですか?」

 確かに……。枷閣でKが二つ、Plannigは企画って事か……。

 やっぱり、ここが悪しき向ウを配る会場なのか……。

 それにしても、ラグジュアリー過ぎませんか……?

 

 すでにグラさんはフロアに置いてあった新聞を手に取り、足を投げ出して豪快にソファーで寛いでいる。俺と杵丸もソファーに腰かけてみたら、全身がグモッと包み込まれ、思わず声を上げそうになるほどの快適な座り心地だった。

 

 何はともあれ、とりあえず一息付く事ができたので、若干のリラックスと共に周囲を見回してみたところ、俺達以外にも順番待ちの人は結構いて新規の客もちらほらドアを開けて入って来る。

 気になったのは、揃いも揃ってそいつらの表情や気配がやたら陰気な事だ。全員この世の終わりみたいな顔をしていて、人の事が言えないのは承知の上だけれど、高級感溢れるフロアで浮きまくっている。

 その事を杵丸に小声で伝えたら、

「そりゃそうっすよ。悪しき向ウで不幸になってまで、お手軽に金を貰おうっていう駄目な人達なんですから。やる気があるならもっと前向きな事してお金を稼ぎますよ」

 なかなか辛辣な言葉が返ってきた。

 ラグジュアリーな雰囲気とは裏腹に、ここは濱さんが言っていた通り、切羽詰まった奴らの終着点って事らしい……。

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