4.6

 まるで雷鳴のような爆発音が、ジャグラーズ・ネストの外から聞こえた。

 カトーは倒した二枚重ねのテーブルの裏に隠れて、ブラッドリー事務所が天高く吹き飛ぶ音を肴に、激戦繰り広げた『ダウン・ウォッシュ』で拾ってきた『ダック・ウィード』をストレートで呷った。

 アルコール度数五〇.五度の合成バーボンが、喉を焼きながら胃袋に落ちていく。久々の甘ったるくも香ばしい香り。最高だと思った。


 ――状況以外は。


「おい! カトー! そろそろ俺の弾は切れるぞ! 早く手を考えろ!」


 傍らのジャックが叫ぶ。同時、頭上を無数の弾丸が抜けていく。


「わぁってるっつの! そう急かすな!」

「急いでくれないと、アタシも困るんだけど?」


 ジェシカは血濡れの山刀を片手に、カトーにジト目を向けた。ほとんど仰向けに寝転がるような体勢で、左肩の出血を手で押さえていた。


「だぁら! わぁってるってんだ!」


 そう叫びつつ、カトーは自分が少し酔っ払い始めているのに気づいた。


 ――話は少し前にさかのぼる。


 イワンが『ボルガ・ボートマン』の前でキングスの連中と行進していくのを見送ったあと、準備を終えたカトー一行はホテル『ジャグラーズ・ネスト』に向かった。

 ホテルに入ると同時に、ロビーのギャングがカトーに気付いた。黙らせるために仕方なく、ジャックが発砲した。さすがに問答無用で殺すつもりはなく、肩を撃った。

 当然、銃声はホテルにパニックをもたらした。


 カトーたちは可能な限り速やかに『ダウン・ウォッシュ』へ向かう。

 そこでジェシカは念願の『山刀の柄尻でドアマンの頭をぶっ叩く』を完遂し、そのまま店内へと雪崩れ込んだ。と同時に、大銃撃戦がおっぱじまった。


 事前にジェシカからセキュリティがいるとは聞いていた。けれどブラッドリーの事務所に二十人近くの人員が割かれていたから、もっと手薄だと予想していたのだ。

 現実には、カトーの予想はあっさり外れ、むしろ普段は出てこないようなホンモノの連中が手ぐすね引いて待っていた。


 激戦のさなか、カトーのPG‐十三型レーザーピストルはすぐに電力を失い、その間にジェシカは左肩に被弾した。一発も当たらないPG‐十三型はカトーの逆鱗に触れ、重量投擲物として投げ捨てられ、ジェシカを撃った犯人の頭蓋骨を破砕するという大仕事を終えた。


 その後一行は、これだけの人員を用意しているなら絶対ミセス・ホールトンはペントハウスにいるはずと確信を強め、セキュリティも使用していた防弾テーブルを二枚重ねてエレベーターに押し込み、十一階までやってきたのであった。


 そこで待っていたのが、機械化しすぎて人成分が見当たらない賞金稼ぎ狩り(すでに死んだ)、三人組でむやみやたらに機関銃を乱射してくるバカ兄弟(二人死んで一人は瀕死で転がっている)、光学迷彩を駆使してジャックに手傷を負わせたニンジャ(ジェシカに首をすっ飛ばされた。頭はおそらくホテル横のカフェテリアに落ちている)だった。


 ようやく敵が途切れて前進しようかというとき、また厄介な連中がでてきた。得体のしれない蛇腹構造で展開する防弾繊維製の盾を構えた兵隊が二人いて、その背中に隠れるように、やたらと弾をバラまける銃をもった男が二人だ。


 男たちは、ミセス・ホールトンの護衛チーム『ファランクス』だった。

 展開したダイヤモンドパターンのパーティションのような盾は、折り紙研究の末に開発された、高強度ポリエチレン製の折り畳み式防弾シールドだ。


 彼らがとる戦術は単純である。盾役がシールドを展開、前進し、その背に隠れた槍役がアサルトライフルで掃射をかけるだけだ。しかし屋外ならともかく、狭い廊下で盾が展開されたのなら、それは突破に破城鎚を要する城壁に等しかった。

 さらには向こうはまだまだ弾があり、こちらは――、


「あと何発ある?」

「これで残り五発だ!」


 ジャックはテーブルの横から顔を出して発砲、すぐに躰をひっこめた。すぐに銃弾が霧雨のごとく細かく飛来。延長線上の壁は一瞬にして穴だらけになった。

 壁の破片は粉となり、立ち込めるガンスモークと混ざって視界を奪う。

 向こうは適当に人影を見つけたら撃てばいいだけで、こちらはジェシカのバイオニック・アイでしか正確に見通せない。


「まいったね、これは」

「だからアタシは、銃を拾ってくべきだって言ったんだよ」

「俺は拾った銃なんて信用しない!」

「ジャックは尊敬してる。だけどどうでもいい拘りだけは捨てた方がいいと思う」

「どうでもいいわけじゃない! 俺はこいつを信頼してるんだ!」

「おおい、喧嘩はやめろーう」

「お前は酒を飲むのを止めろ!」


 叫んで立って、撃ってしゃがむ。これで残り四発。遅れて弾が飛んでくる。まるでモグラたたきのモグラ側のようだ。それもかなり分が悪い。エレベーターを緊急停止させておいたのは正解だった。下から追加オーダーがやってきてたら、どうにもならなかっただろう。


「早く手を考えろ! あいつら、近づいてきてる!」

「マジかよ」


 カトーは酔っぱらっているようだった。『ときたま』のグッドマンにはほど遠くみえる。

 ジャックはジェシカに尋ねた。


「ここで生き残ったらくだらない拘りは捨てる! だから何か考えてくれ!」

「アタシだって考えてる! 同じところに当てたら弾は抜けない!?」

「もうやってるが、ダメらしい!」


 ジェシカは頭をかきむしり、痛む左肩に顔をしかめた。

 最初は楽勝だと思っていたのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。

 やっぱり、もっとちゃんと準備をするべきだったのだろう。


 ジェシカはジャックの横顔越しにカトーを見た。

 カトーは、いつもの薄笑いの鉄仮面を張りつけ、虚空を睨んでいた。傍目には酔っ払っているようにしか見えないが、ちゃんと考えてもいるに違いない。

 こつん、と後頭をテーブルに当てたジェシカは、ジャックに訊ねた。


「盾は? 布っぽい素材なんだよね?」

「そうだ。おそらくなんとかエチレンってやつだろう」


 言いつつ、ジャックはカトーの躰を引っ張り寄せてまたぎ越し、顔を出した。

 煙だらけで判然としないが、敵は古代ギリシャの兵隊よろしく着実に接近してきていた。

 ジャックは煙の向こうで構えられた盾の上端を狙った。周囲に新たな甘い香りの煙が加わり、飛び出した弾丸は正確に的に当たった。


 が、一瞬だけ折れ曲ったシールドは、すぐに元の形に復元する。

 伏せた。残り三発。ジャックの頭の上を無数の風切り音が走り抜け、いくつかはテーブルにがつごつ当たった。そう遠くない内に防弾テーブルは弾丸に抜かれるだろう。

 ジェシカはカトーの躰越しに、ジャックに提案した。


「じゃあ、燃やしてみるってのは? 布ってことは、服とかと同じでしょ?」

「そうか! その手が――」


 一瞬だけ顔を明るくしたジャックだったが、すぐに顔をしかめた。

 

「どうやって? ライターでも投げつけるのか?」


 そのとき。

 冗談交じりのジャックの指摘を耳にし、ようやくカトーの中で考えがまとまった。

 手元の酒瓶。葉巻を吸うためだけに持ってきたライター。まったく、つくづくイワンの奴とは腐れた縁があると思う。

 カトーは胸ポケットに入れたハンカチを取り出し、酒瓶の口に押し込んだ。

 すぐ横でジャックが発砲した。


「おい! 何やってるグッドマン!」

「久しぶりにそう呼んだな! 同志イワンのご先祖様からお知恵を借りるんだよ!」

「なにする気なの?」

「料理だ! モロトフ・カクテルを作るのさ!」


 酒瓶片手に、カトーの目は嬉々として輝いていた。

 モロトフ・カクテル――いゆわる火炎瓶である。カトーは、せっかく下から持ってきた酒の瓶だし使わない手はないだろうと考えたのだ。

 酒瓶を一度さかさまにして、注ぎ口に突っ込んだハンカチに酒を染み込ませる。オイルライターを取りだし着火して――、


「おいバカ! グッドマン! なに考えてるんだ!?」

「だからモロトフ・カクテルだって、言ってんだろうが!」


 言いつつ、炎の舌をちらつかせる酒瓶を振りかぶる。


「違う! 火炎瓶はガソリンを――」


 ジャックの叫びは、ほんの少しだけ遅かった。

 カトーの手を離れたモロトフ・カクテルもどきが回転しながら宙を駆ける。

 ジャックは舌打ちしながら撃鉄を起こし、立ち上がった。

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