緋瀬あかせの家の末娘が、七橋ななばしの嫡男に嫁いだのは、齢十五の初夏のことである。

 家付き娘と目せられども、乞われて他家へとお嫁入り。その胸中のいかばかりかを、彼女は記しも語りもせなんだ。

 しかれども今日こんにち乙浦おとうらの者は口を揃えるという。港も、街も、なにもかも――七橋ななばし家のみどりさまの、お力あっての復興でございました、と。

 いくらか時代もうつろってのちに、かような言葉がこの海原の、深い深い水底にまで、聞こえ来ることの喜ばしさよ。

 その頃、世間は焼け野原。

 我らは神代の名残でしかなく、もはや祈りに縋るだけでは、この地に未来は見えもせず……であれば絆も、もはや縁切り。

 金魚の身の上をかたどって、おかのお国のさいわいを、見つめ続けた我らであれば。愛し恋しと慕った伴侶の、脈々繋いだ緋瀬あかせの血筋が、守った土地と民の心を、どうして腐らせてしまえよう。

 人が神を手放して、我らが伴侶と永訣えいけつし、あなたがたが愛した土地に、ふたたび芽吹くものがあるのならば、それもまたきっと、さいわいと呼ぶ。

 なればこそ。まず今日こんにちは、これきり――

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華燭金魚 篠崎琴子 @lir

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