第7話 猛獣

俺の名前はニコラス・ジェイソン。ではなく、本名は山本やまもと信雄のぶおという至って普通な日本名だ。日本人らしくない顔つき、焼けた肌、スキンヘッド、強靭な肉体から、「ハリウッドの黒人っぽい」ということで、組織からニコラス・ジェイソンというハンドルネームを与えられた。龍の刺青が唯一の日本人要素だ。

俺が産まれたのは約五十年前。そんな俺には常識のようなものだったが、世の中には『人間みたいな動物がいる』のだ。それらは千年ほど前から進化を初め、たった千年でそれほど人間に近い存在へと進化したようだ。座学は苦手なので、詳しいことはよくわからない。そいつらは『獣人』と呼ばれ、俺の所属する組織では獣人の研究を行っている。


俺は先日、獣人の生活実態を調査する任務を与えられた。調査箇所は新潟県の山奥。麓は獣人のせいもあってか、人がほとんど住んでいなかった。

俺は山道が続く限り歩いた。肉体のお陰で疲れはしなかったが、どこまでも続く木々にうんざりした。

「全く。山ってのは退屈だね。登山家の気が知れんよ」

『気をつけろよ。獣人は知性があるけど、ただの動物は、特に熊なんかは美味いもん持ってると襲ってくるかもしれねえから』

「大丈夫だって。千年前の偉人、武中壮にも劣らない俺の体なら熊の一匹二匹、どうってことないさ」

『それでも流石に、五十路にはキツいって』

俺は携帯電話を使って友人と話しながら登って行った。今の世の中、圏外なんてものが存在しなくて助かる。

しばらく友人と雑談をしていると、上から岩を打ち砕いたような音がした。

『なんだよ今の音!』

「電話越しでも聞こえたか? わからない。見に行くから、電話切る」

『気をつけろよ』

俺は携帯電話をウエストポーチにしまい、走って山を登った。

しばらく登ると、開けた空間に多くの獣人が集まっているのが見えた。俺は身を潜め、草木の影から様子を伺った。

見えるのは、獣人同士の争いだろうか。兎の獣人と鹿の獣人、それから何やら暴走しているらしい熊の獣人が見える。兎は雄で鹿と熊は雌だろう。

熊の暴走で混乱している獣人が周囲に。兎は戦闘態勢だが、何やら腹が苦しそうだ。鹿は暴走した熊に幾度か攻撃している。

あの熊の暴走は、おそらく『野生化ワイルダー』だろう。獣人が理性を失って暴れる、人間で言うなら一種の鬱らしい。野生化の獣人を捕獲すれば、きっと給料が上がるに違いない。俺はそう思い、その熊に少しずつ近づいていった。

「先生、……医務室に……」

鹿と熊が戦っている隙に、兎は近くにいた猪に、苦しそうに言った。

あの猪は先生と呼ばれていたから、きっと授業だったのだろう。戦闘訓練中に暴走し、それを授業の一環として戦闘に優れた生徒で沈めようとしている、といったところか。先生ではなく生徒がやるということは、野生化は獣人の間ではよくあるのだろうか。それとも、生徒が先生より強いのだろうか……。

なんにせよ、と、俺は監視を続けた。

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食物連鎖の頂点で 窓雨太郎(マドアメタロウ) @MadoAmetarou313

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