第3話 2

 私がゾンビパウダーについて知ったのは2ヶ月前のことだ。

 コタール症候群の患者の多くはゾンビ映画を見ると気持ちが落ち着くらしい。本格的に私も患者なんじゃないかと思う。

 ブードゥー教にはゾンビを作ることができる粉の伝承がある。

 フグ毒を原料とするテトロドトキシン、チョウセンアサガオやハシリドコロに多く含まれる神経毒、アトロピンとスコポラミン、それら猛毒の致死量ギリギリを傷口から全身に浸み渡らせることで、仮死状態を作り出すことができるらしい。

 しかし当然、それは現代医学をある程度知っていれば不可能であることがわかる。

 テトロドトキシンが体内に残留することはまずあり得ない。よって継続的に体内のナトリウムチャネルを阻害することはできないし、仮死状態は作れない。

 アトロピンやスコポラミンも同様で、残留性がない。

 私は本を読み漁り、考察に考察を重ねた。

 私が魔女になるためのヒントは、薬学全書ではなく絵本にあった。

『ロミオとジュリエット』。絵本でしか読んだことはないが、仮死状態を作り出す薬が出てきたのを思い出した。

 14世紀にそんな薬があったのか。あったと仮定してその成分は何か。

 第一に考えられるのはやはりテトロドトキシンだろう。

 残留性がなく、呼吸器系が通常通り機能していれば死ぬことはない(真っ先に呼吸器系が麻痺するのだが)。気道確保さえしっかりすれば仮死状態を作り出すことは可能だ。実際、江戸時代の日本ではてっちりを食べて死んだと思われた男が葬儀の時に急に息を吹き返したという事例もあるらしい。

 14世紀だということを考えればマンドラゴラかもしれない。この魔術的な植物は毒性が強く、鎮痛剤として使われていたことがある。

 逆に、現代の技術で仮死状態を作るにはどうすればいいだろう。

 コールドスリープのように気化させた亜酸化窒素を使って冷凍状態に持っていくのか。

 そんなのは現代でも難しい。

 もっと単純なのは低血圧状態を維持させることか。

 そこで、私は思いついた。

 低血圧状態で神経チャネルを阻害し続ければゾンビ状態を作り出せるかもしれない。

 降圧剤…… カルシウム拮抗剤か、はたまた手に入れやすい精神薬あたりか。

 神経毒も、後遺症が起きやすく、ネクローシス(細胞破壊)が起きやすいソラニンなんかを加えればいい。

 

 方法がわかれば、あとは、材料入手だけ。

 最初に手に入れたのはテトロドトキシンだった。両親は総合医院を経営しているため、鎮痛剤の主成分となる神経毒なんてものはいくらでも手に入った。

 私は実家に帰った際、3歳の頃に触ってものすごく怒られてからは初めて、病院の保管庫の中の棚を漁った。やはり猛毒とだけあって厳重に管理されていて、子供の頃とはわけが違った。子供の時、開けっ放しの棚の中で、手を伸ばしていたのもテトロドトキシンだったっけ。そう考えると運命的なものを感じる。

 アトロピンとスコポラミンは病院には低濃度のものしかないので、チョウセンアサガオを刻んで煎じた。ここからは少し北に、紅葉が美しい森まで登山客に紛れ、取りに行ったソレは、白くて綺麗だった。花弁はその名の通りアサガオに似て、形は少し縦長。エンジェルズ・トランペットの別名も持っている。花言葉は『偽りの魅力』、『変装』、そして『愛嬌』。

 成分を集めることができた私は、それらを白色ワセリンに含め、ゾンビパウダーならぬゾンビクリームを作りだした。

 完成後、通販で、クローズドコロニーの実験用ウサギを二匹購入し、実証を行った。

 麻酔薬と降圧剤を注射し、ウサギの白い毛皮を剥いで、そこにクリームを塗っていく。

 効果は2時間で現れた。血管を露出させたウサギは、バタバタと暴れた後に、動かなくなった。死んでしまったわけではない。時々耳を動かすし、眼球は絶えず動いている。

 餌を置いても反応はない。嗅覚、視覚共に錯乱。音が鳴るたび耳を動かしているので、聴覚だけは残っているのだろう。

 脳の機能、並びに触覚に異常をきたしているのは明らかで、針でつついても反応しない。

 私は身が震えた。実験は成功だ。まさに半死半生。映画で見たゾンビそのものだった。

 今思えば、ここで止めておけば、私はただのちょっとオカルティックな女子高生でいられたのかもしれない。

 そして、私を魔女へと変えてしまう、猟奇的な計画を思いついたのも、この時だった。

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