7.イナヅマ

「利尻スバル、山田悠……いや、、両名の刑期を終了とする」

 卯木先生は重々しくそう言い放った。

 ……けいき?けいきってなんだ。ケーキ?景気?

「先生、今……」

「やったぁー!これでこの汚い牢獄ともおさらばだ。愛しの我がレビウル星に帰れる!」

 隣でシリスがガッツポーズを取る。

 ……牢獄って、なんだよその言い方。じゃあもしかしてさっきの、

「けいきって、『刑期』……?」

「……あはっ。もしかして言ってないのかシラガミ。おかしいな。彼女には情報の開示が許されてなかったっけ?」

「お、おい。どういうことだよシラガミ」

 問いかけても、シラガミは何も答えず、小さく苦悶の表情を見せるだけだった。

「よーし、じゃあ代わりに僕が教えてあげよう。イナヅマちゃん。刑期というのは聞き間違いじゃないよ。俺は悪いことをして、そのとしてこの星にされた。『他の星の生命体の進化の手助け』っていうのは

 刑罰とか、連行とか、物々しい言葉が並ぶ。

「け、刑務……?私はてっきり、アルバイトみたいなものだと……」

「はは。相当良い時給じゃないとやんないなぁー、こんなこと。考えてもみなよ。原始時代の環境に何ヶ月も居させられて、猿共に火を教える。苦痛でしょ?」

 原始時代に猿と、酷い言われようだが、レビウル星は地球とかけ離れた科学技術、政治体系、道徳理念を獲得しているらしいし、それは光線銃の出来からもうかがえる。そんな星から来れば、この地球がそんな風に劣って見えるのも普通のことかも知れない。

「誰もやりたがらなくて、誰にでもできることは奴隷にやらせる。この星でも大体そうでしょ?」

 だからこいつは無責任で投げやりな形でそれを行っていたのか。

 誰もやりたがらない……。いや、こいつが何と言おうと関係ない。シリス個人がどう思っていても、シラガミはきっと違う。私達のことを猿だなんて見下していないし、人助けにもやりがいを感じていたはずだ。

 今までやってきたのは『刑務』だった……。多少、ショッキングな事実ではあるが、大事なことは何も変わらない。

 ただ、一つ疑問が残る。

「シラガミ……とシリスは、何の罪でここに居るんだ?」

 そこで、シラガミの肩がぴくりと動いた。おそらく、これを私に聞かれるのが嫌で今までこのことを黙っていたのだろう。そして、そうまでして隠すということは軽い罪でもないのだろう。

 シラガミは良い奴だ。私はシラガミを信じている。それでも、少し、聞くのが怖くなる。

 けれど、私の不安は実に的外れだった。

「俺は軽い傷害罪……だけど、シラガミは何も悪い事してないよ」

「え……じゃあ、冤罪えんざいってことか?」

「冤罪っていうかなんていうか……なぁ?」

 シリスがもったいぶってシラガミに笑いかける。今まで何度か見てきた、あの嫌らしい笑みだ。

「……『』って、知ってる?」

 シリスは唐突にそう言った。

「……忌み子?よく知らないけど、昔、望まれないで生まれた子供とか呪われた子供は、そんな風に呼ばれてたって……」

 例えば双子などが『不吉な存在』として描かれ、迫害される。そんな内容のドラマを見たことがある。

 それがどうしたと私が言う前に、シリスは話を続けた。

「忌み子。凶兆きょうちょうとされる要因を持って生まれた子供はそう呼ばれ、忌み嫌われ、周りから迫害された。……その過去は、人権を無視した愚かしい風習だったというのが、この時代の……少なくとも日本という区画においては共通認識となっている。けれどね、より上の道徳理念を持つレビウル星人の認識は君達と異なる。……ねぇ、どうして争いが起きると思う?」

「な、なんだよ。何の話をしてるんだよ。話をころころ変えるな!」

 彼の語りはどこか不気味で、それを聞いていると不安になってくる。

「全部イナヅマちゃんが知りたいことに関係してるんだよ、だから聞いてて。争いを無くす。これはあらゆる知的生命体における最終目標だ。どうして争いが起きるのか?それは同じ力を持った敵が居るから。その敵と仲間になることは容易ではない……だが不可能ではない。その和解さえ達成できれば争いはなくなる。さて、手っ取り早く複数の人間に仲間意識を持たせるには、どうしたらいいと思う?……答えは、『共通の敵を作ること』」

「……おい、それは矛盾してるだろ。さっきお前が言ってたじゃないか、敵が居るから争いが起きるって。それじゃ結局争いはなくならないじゃないか」

「いいや?僕が言ったのは、『同じ力』を持った敵が居るから。だ。つまり同じ力でなければいい。敵が俺達よりも遥かに弱ければいい、少数であればいい……つまり、多人数で少数の人間を忌み嫌い、迫害すればいい……この構図はよく似てるでしょ?」

「それじゃあ……」

「そう。レビウル星は『忌み子』を肯定して、積極的に『制度』として行っている」

 だから、これもその一環。そう言って、シリスはシラガミを親指で指差した。

「適当な罪をふっかけて刑罰を執行する。定期的に行われる『迫害』の一つ」

 ……シラガミが、忌み子?

「……なんだよ、それ!じゃあシラガミは、何も悪いことしてないのに、罰を受けてるのか!?」

「うん。だからそう言ったじゃん。シラガミは何も悪い事してないよって」

「それに、一環。って。シラガミは他にもそんなことされてるってことか!?」

「うん。生かさず殺さずの範囲内でね。こっちで言うをイメージしてもらえたらいいよ」

 シラガミの表情を見る。シラガミはただただ暗くうつむくだけで、何の反応も示さない。

 それだけこの理不尽な扱い慣れてしまっていること、それにじっと無抵抗に耐えてきたことが窺えた。

「……っ何でシラガミが忌み子なんだ!」

「髪が白いから。レビウル星人はごくたまに髪が白い個体が産まれる。そういう子供を、忌み子として扱う」

「白いから、って、それだけか?そんな理由でか……!?」

「そういう理由の方が制度として都合がいい。先天的で、かつ個人の能力に関係がない要因で規定するなら、忌み子をやめたりなったりすることはない。社会的混乱を抑えられる」

 何故、こいつの言葉が不気味か分かった気がする。こいつの言葉には血が通っていないんだ。人を何とも思っていないし、大局的な意見ばかりでこいつの個人の感情が読めない。

 もしかしてこんな奴ばっかりなのか、レビウル星は。

「……間違ってる!間違ってるだろそんなこと!不幸になる人を、わざわざ作るなんて!」

「俺達に言わせれば間違っているのはイナヅマちゃん達の方だよ。闘争紛争戦争、この星は争いにまみれている。地球の争いによって生まれる不幸と、レビウル星の忌み子制度が作る不幸。多いのは地球の不幸だ。それを改善することなく今日も争いを続ける。これが間違いでないなら何だ?」

「っ……!シラガミ!そんな所に帰る必要なんてない!ずっとここに居ろ!」

 両手でシラガミのこめかみを掴み、私に顔を向かせて説得する。

「イナヅマ、先輩……」

「それはできないよ。シラガミは既に刑期が終了した。今日『船』に乗って帰らなきゃならない。そういう決まりだもの」

「……じゃあ、またすぐに何か適当に悪いことして、またこっちに連行されればいい!そうやって生きてけばいい!」

「それもできない」

「何でだよ!」

「忌み子制度の一部が変更されるんだ。さっきは反論したけど、イナヅマちゃんの『間違ってる』って指摘も、あながち間違いじゃない。今までのこの制度には一つ隠れた問題点があった。それは、忌み子に指定された人間にとって、この地球が逃げ場所になる……という点だ。今イナヅマちゃんが言ったような方法でね。だからそれを禁止とする」

「……そんな……」

 シリスがうなだれる私を横目に、シラガミに向き直る。

「……いや、本当に進んでこんな刑罰を受ける奴が居るのかって思ってたから、実際お前を見て驚いたよ、シラガミ。まさかこんな猿のおりで、猿といちゃつくような奴が居るとは、にわかに信じがたかった。嫌がらせにお気に入りを一匹奪ってやろうかとも思ったけど、やっぱり俺に猿回しの才能はなかったよ」

「……やめろ。先輩の前で、そんな言い方」

 シラガミがシリスをにらむ。

「ははっ、よっぽど気に入ったんだなー、イナヅマちゃんのこと。そう考えるとお前が一番不幸な忌み子かもね。二度と手に入らない幸せを知ってしまったんだから」

 また、シリスが嫌らしく笑う。あんな笑みが蔓延はびこる場所へ、シラガミは行ってしまう。

「シラガミ!」

「……イナヅマ先輩。僕は、大丈夫です。僕は忌み子でも一番幸せな忌み子だ。だって、先輩に出会えたから」

 シラガミが私の目を見て、いつものように優しく微笑ほほえむ。

「先輩との思い出があれば、僕はどこでも生きていけますから」

「シラガミ……!」

 私が言葉をつなげないでいる内にシリスがテーブルから立つ。

「……さて、と、ネタばらしも終わったし、そろそろ船に戻ろうか。シラガミ。今日を逃せば次に『船』が動くのは一週間後だ。こんな所に後一週間も居られないしね」

「……こっちだ」

 卯木先生が振り向き歩き出す。

 シラガミも無言で続いて立ち上がる。最後に、もう一度だけ私に微笑んだ。

 いや、違う。これで最後なんて嫌だ。最後にしてたまるか!

「行くな!」

 シラガミの手を握って引っ張る。

「……先輩……」

 シラガミは立ち止まって、私の手を名残なごりしそうに見つめた。

「……おい、シラガミ。まさか駆け落ちしようなんて考えてないだろうな」

 シリスが腰の光線銃を抜き、シラガミに向かって銃口を突きつける。

「ギミナさん。俺はもう刑期を終えた。囚人じゃないから、あいつをいじめても何も問題はない。そうですよね?」

 シリスが卯木先生に尋ねる。

「……ああ、法律上、問題はない」

「とのことだ。逃げるならこれで撃つ。言っておくけど、お前も光線銃で対抗しようとしても無駄だよ。忌み子のお前に光線銃の使用が認められているのは刑務中のみ。刑期が終わった今、お前の光線銃には自動でセーフティがかかってるはずだ。発砲はもちろん、それ以外の全ての機能すら封じる、通常のより強いロックがな」

 シラガミがシリスのおどしを聞いて、私の手を離そうとする。私はその動きを捕まえるように、もう一度強く握りしめた。

「……先輩?」

 そしてもう片方の手で、を抜き、シリスに突き付けた。

「……悪いな。セーフティなんて機能は、再現できなかったよ!」

 そしてそのまま引き金を引く。

 私とシリスの間に小さな稲妻が走り、シリスの体を撃ち抜いた。

「なっ……!?」

 シリスがその場に倒れる。後十数秒は起き上がれないはずだ。

「今だ!逃げるぞ!シラガミ!」

 シラガミの手を引っ張って、走り出す。

「えぇっ!?」

 そのまま全速力で走る。駅前の喧騒が遠くなっていく。代わりに、白衣が風を受ける音がした。

 初めて二人で廃ビルに向かった時を思い出す。

「……あの時とは逆だな」

 そのつぶやきが聞こえなかったのか、それとも何も言うことがなかったのか、シラガミはただ黙って私に付いて来た。

 あの時のお前みたいに、笑えればよかったんだけど。



・・・・・・



「はぁー……っ、はぁー……っ」

 そして全速力のまま、廃ビルに到着した。

 時は夕暮れ、辺りは薄暗い橙色に染まり、太陽は今日の役目を終えようとしていた。

「……どういうつもりですか、先輩」

 シラガミは私よりも早く息を整え、顔を上げた。

「どういう、って、流れで分かるだろ。お前をかくまうんだよ。このビルに」

「無理ですよ。僕の体には発信機が埋め込まれてます。すぐに追手がやって来て……」

 シラガミが自分の手首をさする。おそらくそこに発信機があるのだろう。それが囚人、忌み子、どちらが理由でほどこされた物かは知らないが。

「……なんで、言わなかった」

「……だって、発信機が埋め込まれてるなんて、言う機会なかったですし」

「そっちじゃない……!忌み子がなんちゃらの方だよ。なんで、今まで何も言わなかった」

 言う機会はいくらでもあったはずだ。そもそも最初の方に言うべき事柄のはず。シリスも、私に対しての情報の開示は許されていると言っていた。

 それでも言わなかったのは、ひとえにシラガミがそれを隠したかったからなのだろう。

「それは……」

 シラガミは俯いて、ひとしきり黙った後、ぽつりと呟くように言った。

「……怖かったんです。僕が忌み子だって知ったら、先輩も、僕を嫌いになるんじゃないかって、いじめるんじゃないかって……皆みたいに、僕を……」

「……そんなわけないだろ!」

 シラガミを強く抱きしめる。

「先、輩……」

「私が、お前のこと!そんな理由で嫌ったりするわけっ、ないだろうが……!」

 声が震える。何故か不意に、目の前がにじんだ。

「……なんで先輩が泣くんですか」

「なんでお前は泣かないんだよぉ……」

 シラガミにとっては、嫌われ、さげすまれるのが普通だったのだろう。そんな理不尽にずっと耐えてきたんだ。涙も出ないくらい、それが当り前になるまで。今までずっと。

 悔しい。何でシラガミが、そんな思いをしなくちゃならないんだ。

「……帰らせないぞ。ジラガミをいじめるような、そんなひどい所になんか、絶対に帰らせない」

「……気持ちだけで十分ですよ。先輩にそれだけ想ってもらえるだけで」

 シラガミが切なそうに、困ったように笑う。

 違う。私が見たいのは、そんな笑顔じゃない。

「嫌だ!帰らせないったら帰らせない!……そのためなら、私は手段を選ばないからな!お前も協力するんだぞ!?シラ……」

 と、そこで、ぐぅ~。という音がした。言わずもがな空腹の音である。

 視線を下げるも、音の出所であるお腹は抱き合って密着している状況なので、どちらのお腹が鳴ったのか分からなかった。

「こうやって密着してるとどっちのお腹が鳴ったのか分かんないですね」

「そうだな。こうやって密着してるとふおおおっ!?」

 そこでようやく頭が冷え、自分が何をしたか悟った。わ、私は白昼堂々はくちゅうどうどうなんて恥ずかしいことを!

 私が顔に手を当て恥ずかしがっていると、シラガミがこちらをじっと見つめていた。

「……?なんだよ」

「いえ、何も」

「な、なんなんだよ。まだ隠してることがあるんじゃないだろうな。知ってることは全部言えよ。じゃないと作戦に支障が出るからな」

「……本当に、関係のないことですから」

 シラガミはこの地球に残るのは無理だと考えているらしいが、とはいえわざわざ私の作戦を邪魔するつもりもないはずだ。それでもなお関係ないと言うのなら、本当に関係のない事柄なのだろう。私はそれ以上の詮索せんさくをやめにした。

「……まぁ、いい。腹が減っては戦はできぬ。クレープも結局あのテーブルに置いて来ちゃったしな、ラーメン食べるぞラーメン!」

 そう言いながらビルの敷地内を回り込み、廃ビルに侵入すべくフェンスとフェンスの間に体を滑り込ませる。シラガミが後に続きながら、私に質問する。

「ラーメンって……もしかしてカップラーメンでも持ち込んであるんですか?」

「ははは!ご名答。ここは私の秘密基地みたいなもんだからな。えーと、こっちの部屋に……」

 その部屋を開けると、幼女が私のカップラーメンを開封していた。

「あっ、お姉ちゃん」

「……みぃちゃん!?」

 その幼女は、前にこのビルで私達と稲妻ノート争奪鬼ごっこを繰り広げたあの幼女、みぃちゃんであった。

「ど、どうしてここに!?」

「だってみぃも『でんかけんぶいん』だもん。あの時のいなづまをするために、ちょうさを続けてるの」

「みぃちゃん……!」

 あの時の私の思い付きの言葉を覚えていてくれたのか……。

 みぃちゃんの言葉と行動は、小さい頃の私と一緒だ。何だか後継こうけいが育っているようで、感動する。

「よーしよしよし!それじゃあ一緒にカップラーメン食べような!」

「うん!」

 みぃちゃんが満面の笑みで頷いた。私は棚に手を伸ばし、新たなラーメンを取り出そうとした。

 しかし棚は空であった。

「……みぃちゃん、ここにもう二つくらいラーメンなかった?」

「食べちゃった……あ、一日に何個もじゃないよ。おやつは一日一個までだから、一日に一個ずつ食べたの」

「偉いですね」

「……そうだな」

 空になった棚を見つめる。ここに非常食を隠した時のわくわくを思い出す。それが後継の血肉となるのならそれも悪くないだろう。

「大丈夫!お姉ちゃん達にも分けてあげるから」

 そう言ってみぃちゃんは開封したばかりのカップラーメンを私達に差し出した。

「わぁー。ありがとう!」

 容器からは乾燥した麺と具が覗いていた。

 そこで私はお湯も箸も何にも用意していないことに気が付いた。

「……あっ……」

「?食べないの?」

 みぃちゃんが首をかしげる。

「えっ……みぃちゃん食べれるの?」

 私がそう聞くと、みぃちゃんは指で麺を砕きその欠片を口に投げ入れ、それを答えとした。

 脇からシラガミが手を伸ばし、同じ方法で食した。

「案外いけますよ」

 私も真似してみる。塩辛かった。

「いや塩辛いってこれ。よく食べれるな二人共」

「みぃは好ききらいしないもん!好ききらいしたら大きくなれないんだよ?」

「偉いですね」

「こんなもん食べる方が成長に悪いと思うけど……」

「……なんか、楽しいですね。こういうの」

 シラガミはおもむろにそう呟いた。そう言う表情すら、まだ少し寂しげで、まるでこんなに楽しいのは、これで最後だと確信しているようだ。

「……最後になんか、しないからな」

 決意を新たに麺をつまんで食べる。塩辛かった。

「そういえば、みぃちゃんはここに来るの何回目なの?」

 とりあえず、ラーメンの消費数から逆算して、三回目以上であることは間違いないが。

「うーん……いっぱい来て、ちょうさしてるんだけど……中々せいかが出ないの」

 みぃちゃんはそう言って少ししょぼんとした後、がばっと私に振り返った。

「そうだ!お姉ちゃんは!?お姉ちゃんもいなづまをちょうさしてるんでしょ!?あれから何か分かった!?」

 みぃちゃんが目を輝かせて私に詰め寄る。

 私はシラガミに小声で相談する。

(えっと……どこまで言っていいの、これ)

(僕の光線銃で撃ったってのは秘密で……あぁ、でも先輩が再現した部分は……)

 と、こそこそ話をしている内にみぃちゃんが私の腰の光線銃に目を付けた。

「?これなぁに?」

「あっ!?」

 そしてそのまま手に取り、みぃちゃんはたわむれに引き金を引いてしまう。

 流れ弾に当たってはたまらない。私はその場から大きくのけぞった。が、稲妻は発生しなかった。

「ひぃいい!……あれ?」

 その後、みぃちゃんが何度もカチカチと引き金を引く。しかし銃口の方はうんともすんとも言わない。

「ただのおもちゃかー」

 みぃちゃんは落胆した様子で、光線銃を私の腰元に戻した。

「……充電切れ?接触不良?オーバーヒート?あれおかしいな、理論上、後三回まで発砲できるはずなんだけどな……?」

 不具合の理由すら分からない。私の技術もまだまだということか。

 とにかく、もうこれ以上光線銃に頼ることはできない。光線銃抜きで追手から逃げる作戦を立てなければならないということだ。

「……光線銃も使えないんじゃ、やっぱり無理ですよ。そもそも今日逃げ切れたって、それでずっとこっちに居られるわけじゃないですし……」

「ええい!いちいち弱気なこと言うな!お前達が帰る手段の『船』とやらが、今日の次に動くのは一週間後なんだろう!?だったら今日さえ逃げ切れば一週間の時間は稼げる。そんだけあれば、また、なんだ。その……何かできるだろ!とりあえず今日は時間稼ぎだ!作戦は絶対に成功させる!」

「さくせん!?」

 またもやみぃちゃんが目を輝かせて私に詰め寄る。どうやら『作戦』というワードに好奇心をくすぐられたらしい。うんうん分かるぞ。

「入れて!みぃもさくせんに入れて!」

「よーしいいだろう。今回の作戦はズバリこのシラガミお兄ちゃんを追いかけてくる宇宙人から逃げるための作戦で……」

「……またそんなくだらない、子供騙しのごっこ遊びをしてるのね。稲穂」

「なっ、そりゃ改めて口にすると何か嘘みたいな話だけど実はこれ全部本当で……ん?今言ったの誰?」

「僕じゃないですよ」

「みぃじゃないよ」

 それはそうだ。二人共、私を『稲穂』だなんて下の名前で呼び捨てにしたりしない。

「……げぇっ」

 振り返ると、母が居た。

 廃ビル。私とシラガミとみぃちゃんと母。まるであの日が再現されて行くようだ。

「さぁ、帰るわよ。稲穂」

 何もこんな所まで再現しなくても!

「逃げっ……」

 いや……だが改めて考えれば悪くない展開か?私の『作戦』では、人手は多い方がいいし……。

 などと考えていると、更なる侵入者が現れた。

「……迎えに来たよ。シラガミ」

「シリス……」

「次から次へと……追手ってお前なのかよ」

「はは。こっちも中々人手不足でね。でもまぁこいつがあれば、十分でしょ?」

 シリスが追い詰めたぞと言わんばかりに、私達へ光線銃を突きつける。

「お姉ちゃん、あのお兄ちゃん誰?」

「稲穂、あの子は何?」

 みぃちゃんと母が私に尋ねる。

「さっき言ってた宇宙人」

「なるほど!」

「……真面目に答える気がないようね」

 みぃちゃんは納得し、母はまだ信じるつもりはないようだ。

 だがそれでいい。今は宇宙人を信じない人間の協力が必要だ。

「おーい!稲穂!」

 更にまたもう一人、私の兄がこの廃ビルに現れる。こっちは予定通りの、嬉しい『次から次へと』だ。

「……なんであなたまでここに居るの」

「あれ?母さんも稲穂に呼ばれたの?」

 二人が不可解な顔をしあう。

「更にもう二人!」

「お、電科研」

「何やのイナヅマちゃん。先帰ったと思たらこんなけったいな場所に呼び出して」

 鉄也君と茜が現れる。

「更にもう二人!」

「あ、新妻さん達だ」

「おい電科研。早く用を言え俺達は忙しいんだ」

 八木さんと月島君も現れる。

「更におまけでもう一人!」

「おまけとはなんだおまけとは」

 おっさんも現れる。今までの電科研の人助け活動で知り合った人達オールスターで廊下が埋まる。

「……こんなに人を集めて、何のつもりだイナヅマちゃん」

「ふっふっふ。私は忘れてないぞ。お前らには、地球人にレビウル星の技術を漏洩ろうえいしてはならないという規則がある!つきし……一人の男子生徒に光線銃の存在をばらしただけでめちゃくちゃ怒られてたよなぁ!?こんなに大勢の地球人が居る場では、お前はその光線銃を使えない!どうだ!」

 ビシッとシリスの光線銃を指差して決める。しかし私が呼んだオールスター達は、月島君以外首を傾げていた。

「なるほど……考えたね、イナヅマちゃん」

 シリスが使えなくなった光線銃を足元へ投げ捨てる。私の作戦通りだ。

「そしてその銃さえなければ多勢に無勢!お兄ちゃん!おっさん!あいつをひっ捕らえろ!」

 オールスター達の中でも、比較的雑に扱える二人をけしかける。

「お、おう!」

「よく分からんがやってやるぜ!」

 二人が同時に襲い掛かる。これで勝負は決した……かのように思われたが。

 シリスはまず兄の突撃をかわしつつ、その胴体へ華麗に右ストレートでカウンターを決めた。そのまま流麗りゅうれいな動きで回し蹴りを、沈んでゆく兄の体の上へ通過させておっさんの顎に入れる。

「ふげっ」

「ほへんっ」

 二人はほんの数瞬の間で地に伏し、起き上がらなくなった。

「拳法……既にこの星にある技術なら、使っても何も問題はないよね」

「……後は任せたっ!」

 シラガミとみぃちゃんの手を引き、そこから一目散に逃げる。

「お、おおう!何かよう分からんけどあの後輩君をぶちのめせばいいんやな!ウチは最初から怪しい奴やと思とったんや!行くぞテツ!ど頭かち割ったろうやないかい!」

「バット持ってくりゃ良かったな……」

「帰るぞ、八木」

「いやこの流れでそれはないでしょ月島君」

「ま、任せたったら任せたからなー!」

 廃ビルの奥へ逃げながら、後ろの四人にそう叫んだ。



・・・・・・



「シラガミ……あの四人の足止め、いつまで持つと思う」

 ビルの廊下を走りながらシラガミに尋ねる。しかし、何故か答えたのは母だった。

「晴と、その横の人が特別身体能力が低かったことを差し引いても……きっと、一人辺り一分ぐらいでしょうね」

「お母さんには聞いてない……っていうか何でお母さんも付いて来てるんだよ。皆と一緒にあいつを足止めしてきてよ」

 まぁ、こんなお願いをした所で素直に聞いてくれるとは思えないが。まだ、私を捕まえて連れ帰るつもりでいるのだろう。

 ……ん?やっぱり母がここに居るのはまずいのでは?ここで母とわちゃわちゃすることになれば、折角皆が稼いでくれた時間も無駄になって、逃げ切りは絶望的になる。

 やられる前にこっちから取っ組み合って、シラガミだけでも逃がすかと考えていると、母が意外なことを口にした。

「……驚いたわ」

「……何が?」

「晴から聞いてはいたけど……あなた、本当に友達ができたのね」

「あ、ああ……うん。それが?」

 母は少し黙り込んで何か考えた後、おもむろに足を止めた。

「……さっきの、あなた達と同じ光線銃を持った子を足止めすればいいのね?」

「えぇっ!?う、うん……そうだけど……」

「……いいわ。今日は、あなたを手伝ってあげる。だから、今日のこれが終わったら、また説教させなさい」

 そう言って母は、来た道を戻って行った。……意外だ。あの母が私の邪魔をしないどころか従ってさえくれるなんて。

 その後ろ姿は、今までの厳しさをたたえながら、どこか柔らかくて……丁度、卯木先生に似ていた。

「あ、ありがとー!」

 そう大声で叫びながら、母に感謝するなんていつぶりかなぁなんて考えた。

 これで猶予ゆうよが一分追加された……とはいえ、それが有効な数字かどうかは疑わしい。

 窓の外を見る。空は暗く、時刻は夜と言って差し支えない。しかし、時計が頂上を回るにはあと数時間は必要だろう。

「シラガミ、その『船』っていうのが地球を出るのは今日の何時だ」

「零時丁度……です」

 つまり後数時間逃げ続けねばならないわけだが……。それは不可能だろう。奴の身体能力を見た限り、おそらく体力も私達とは桁違いだ。

 シラガミには発信機が埋め込まれていて、どこかに隠れることも不可能。このままではジリ貧。

 逃げ切るのが無理なら……こっちからあいつを捕まえるしかないだろう。

 とはいえ、あれほどの戦闘力を有する人間を捕まえるのは難しい。

「なぁ。レビウル星には地球人を傷つけちゃダメとか、そんな感じの法律はないのか」

「……正直、そこら辺の法整備はまだ追いついていないというのが現状です」

「くそっ……何であいつあんなに強いんだよ!レビウル星ではあれが当り前なのか?」

「そうですね……レビウル星では武術なども地球より発展していますから。あれくらいの護身術は学校で習います」

「あれが護身術って……あ、じゃあシラガミ。お前もシリスみたいに拳法使えるのか?」

 それならこっちにも勝ち目がある。

「……すいません。僕と彼は受けている教育が違うので……無理です」

「そ、そうか……」

 受けている教育が違う……おそらくそれはシラガミの意思ではなく、シリスの言う『忌み子制度』が理由なのだろう。

 ……気まずい。こんな時なのに、私の配慮不足でシラガミに嫌なことを思い出させてしまった。

 そこで心配になって、シラガミと出会ってから今までの会話を思い出してみる。もしかしてさっきのように、何も知らないまま傷つけていたことがあったんじゃないか。いや、そもそも最初の……。

「……なぁ、お前のあだ名だけどさ」

 少し走るスピードをゆるめて、シラガミに話しかける。

「なんですか?」

「……もしかして、嫌だったか?」

 私はこいつに『シラガミ』というあだ名を付けた。理由は、白い髪が綺麗だったから。

 けれど、レビウル星人にとっては白い髪とは『忌み子』の象徴なのだ。レビウル星人である彼にとって『シラガミ』とは、最も侮蔑ぶべつ的な名ではないのか。

 そう思うと、気が重い。私は、二人で付け合ったあだ名を、二人だけの絆のように感じていた。そしてそのあだ名を二人で呼び合う度に、絆を実感していた。『イナヅマ』と呼んでもらう度に、『シラガミ』と呼ぶ度に。

 でも、そう感じていることのが私だけだったら。本当は、彼は私が付けた名前に縛られ、呼ばれる度に傷ついていたんだとしたら……。

「そんなことないです!」

 シラガミが声を出してその場に立ち止まり、私の手を取った。彼の大声を聞くのも、久し振りだった気がする。

 そのままぐいと私の手を引っ張って詰め寄った。

「僕は確かに、この髪が嫌いでした……けど、先輩はこの髪を綺麗だ、かっこいい。って言ってくれました……」

 シラガミが、取った私の手を自分の白い髪へ動かす。私の手がその髪に触れると、あの日と変わらず、淡い光が流れた。

「僕はその時、初めて誰かに認めてもらえた気がしました。先輩に『シラガミ』って呼んでもらう度、僕は、イナヅマ先輩のことを……」

「わ、私のことを……?」

 そこでシラガミはハッとして、私の手を離した。

「……少なくとも『R53』なんて記号より、僕は『シラガミ』って名前の方が好きです。僕は、間違いなくイナヅマ先輩に救われました。それは忘れないでください」

 そう口にする顔は、また諦観が募った寂しげな物だった。

 だからその顔をやめろと言おうとしたら、今度はみぃちゃんに手を引っ張られた。

「どうしたの?はやくにげないと」

「あぁ……うん……」

 確かに立ち止まって関係のない話をしている場合ではない。とはいえ、がむしゃらに走っていても問題は解決しない。

「あいつを倒す方法を考えなければ……」

 兄とおっさんが一瞬で気絶させられてしまった事実を鑑みるに、今居る三人で襲い掛かっても同じ結果になるだろう。

 他の皆と一緒に襲い掛かればどうにかなっただろうか。いや、でもあの戦い慣れた感じを見ると、多対一における戦い方。みたいなのも修めてそうだよなぁあいつ。それにこっちは全体的に身体能力に縁がないメンバーだったし、唯一の運動部である鉄也君だって拳法の心得などないだろう。

 地球より発展した星の拳法と比べると、やはり勝ち目は薄そうだ。そもそも今更実行できる手段でもないが。

「正攻法じゃダメだ……何か策を練らないと」

「またあのいなづまさんが助けてくれればいいのにね」

 みぃちゃんがぼやく。

 確かに、後一回だけでも光線銃が使えれば、もう一度シリスを痺れさせて、奴が動けない数十秒を作り出せる。その間に縄でぐるぐる巻きにできたりするだろう。

 しかし、シラガミの光線銃には取り除けないセーフティロックがかかっており、私の光線銃は原因不明の故障中だ。

 残念ながら光線銃を使うことは……。

「……あ、でももしかしたら、上手く行けば……」

 一つ、策が思い浮かぶ。不確定要素が多くて、博打ばくちに等しいが、もう別の作戦を考えている暇もない。

「行くぞシラガミ!みぃちゃん!」

 そろそろ皆の足止めもなくなる頃だろう。もう一度三人で走り出す。

「何か、新しい作戦を思い付いたんですか?」

「ああ。とりあえず、このまま廃ビルをぐるっと回って、最初の場所に戻る!」

 相手はシラガミの発信機を頼りに追いかけて来る。だからこそ、こちらが来た道を戻らない限り鉢合わせることはない。

 そして最初の場所に戻る。

 そこでは、兄とおっさんを始めとした、私の助っ人オールスター達が皆倒れていた。まさしく死屍しし累々るいるい

「これ、本当に死んでたりしないよな?」

「殺人は、明らかに『可能性の発達』を阻害する行為なので、さすがにやってないと思います。同じ理由で、後遺症が残るような怪我もさせてないでしょう」

 それなら良かった。いやまぁ気絶させられてるし、良くはないんだけども。

 尊い犠牲に感謝の念を込めて手を合わせたい所だが、今はそんな時間すら惜しい。

「それで、なんでわざわざここまで……?ビルから出たって、何も解決は……」

「これのためだよ!」

 戦士達のがらから、光線銃を拾い上げる。シリスが使えないと判断し、足元に捨てた物だ。

「よし!これがあれば……」

「……駄目ですよ先輩。おそらくシリスは、捨てる時に光線銃にロックをかけてるはずです。そのロックは基本、登録された持ち主以外には解除できなくて……」

「ああ、そんな機能もあるって言ってたな。『お前の光線銃には自動でセーフティがかかってるはずだ。発砲はもちろん、それ以外の全ての機能すら封じる、通常のより強いロックがな』……だっけ?でもこれは、裏を返せば通常のロックで封じられるのは発砲のみ。ってことだろ?他の機能は変わらず使える……違うか?」

「……確かに、その通りですけど……?」

「ねー、なに言ってるの?」

 シラガミとみぃちゃんが二人揃って怪訝な顔をする。

 さぁ、とりあえず最初の博打。私は光線銃のダイヤルを回した。



・・・・・・



 準備を整え、その場から動かずシリスを待つ。

 こちらの動きは、シラガミに埋め込まれた発信機によりシリスに筒抜けだ。本来追われる身であるシラガミがこうして一点の場から動かないでいるのはとても不自然に見えるはず。罠か何かを警戒してくれれば、多少の時間稼ぎができると思ったのだが。

「やぁ。シラガミ、イナヅマちゃん。また会ったね」

 シリスは、特に何かを警戒した様子もなく、すぐに姿を現した。そこらに立てかけられた資材に身を隠すこともなく、堂々と。それだけの自信があるということだろう。

 月明かりに照らされた彼の瞳が、不気味に光る。

「俺の姿を見ても動かないってことは、諦めてくれたってことでいいのかな?」

「逆だよ。絶対にお前に負けない策があるからこそ、ここでお前を待ってたんだ」

 そう言い放ち、光線銃をシリスに向ける。

「これはお前の光線銃だ!使えないからといって、その場に捨てたのは悪手だったな!これで形勢逆転!痺れさせて、縄でぐるぐる巻きにしてやる!」

 引き金を引く。けれど、稲妻が発生することはなく、痛々しい沈黙が広がる。

「な、なんで……!?」

 何度もカチカチと引き金を引く。しかし銃口の方はうんともすんとも言わない。

「あっはっは!ロックくらいかけてるよ、当たり前でしょ?……そんなことも想像つかないなんて、やっぱり猿だね、君は。そして、俺の光線銃に頼るってことは……やっぱりイナヅマちゃんお手製の方は一発が限度だったのかな?」

「う……!」

「ははっ、まぁ偽物を作れるだけでも大した物だと思うけどね……もちろん、お猿さんにしては、だけど」

 シリスがじりじりと私達に迫る。

 ……いいぞ。完全に油断してるな。もうあいつが後ろに隠れたみぃちゃんに気付くことはないだろう。

 ここまでが私の作戦の前半。そしてここからが後半。

 今、みぃちゃんは私が作った光線銃を持って脇の空き部屋に隠れている。シリスに気付かれることなく、稲妻で狙い撃てるはずだ。

 だが無論、それは私の光線銃が機能すればの話だ。ご存知の通り私の光線銃は一発撃っただけで原因不明のエラーを起こし、現在使用不可能となっている。とはいえ、私とて何の修理もほどこさないまま光線銃をみぃちゃんに渡したわけではない。

 私が光線銃に施した行為、それがシリスの光線銃を使った『充電』だ。この前、月島君が照明装置に使っていた機能。私の読み通り、通常のロックではその機能までは封印されていなかった。

 そしてここからが最後の博打!私の光線銃の故障の原因は一体何だったのか?充電切れ?接触不良?オーバーヒート?思いつくトラブルは山ほどある。けど!もしそれが『充電切れ』一点のみであるならば、さっきの充電により、私の光線銃はもう一発だけ発砲できるはず!

 シリスが更に歩みを進める。みぃちゃんの射線に入るまであと一歩……という所で、その瞬間、倒れていた八木さんがシリスの足にタックルを決めた。

「ふんっ!」

「……なっ!?」

「や、八木さん!?」

 シリスに気絶させられていたんじゃあ……もしかして気絶したフリだったのか?さすが演劇部。

 でも、その位置で転倒させるのはまずい。

 シリスは体勢を崩し、横の資材に体をぶつけた。その衝撃で資材がぐらりと揺れ、二人におおかぶさるように倒れようとした、その時だった。

 真横にほとばしる稲妻が、倒れる資材を打ち抜いた。

「……!?」

 シリスが冷や汗をかきながら後ろに振り返る。そこには銃口から煙を立ち上らせる光線銃を構えた、みぃちゃんが居た。

 光線銃は無事に機能した。博打には勝った。だけど。

 みぃちゃんがそのまま、シリス自身に照準を合わせ直して、何度もカチカチと引き金を引く。しかし銃口の方はうんともすんとも言わない。やはり、逃亡時と同様、一発で残電量を全て使ってしまったようだ。

 みぃちゃんが顔を引きつらせる。

「……ご、ごめんなさい。でも、だけど。あの大きなのがぐらってなるの見たら、見たら、助けなくちゃ。って、思って」

「……っく、はは、ははは!」

 冷や汗をぬぐいながら、シリスは笑った。

「いや、そっか。なるほど、俺の光線銃で充電して……猿知恵も中々あなどれないな。けれど、やはり所詮は猿知恵だ。肝心の詰めが甘い。最後の最後でその銃の使い方を間違えた。滑稽こっけいだな。その銃は誰かを助けるための物なんかじゃない。何かを支配するためにあるというのに」

 シリスに冷たく睨まれ、みぃちゃんが涙ぐむ。

「……いいや、みぃちゃんは間違ってなんかない!その銃は、その稲妻は!私を助けてくれた物だ!みぃちゃんを助けてくれた物だ!私とシラガミを、出会わせてくれた物だ!だから、みぃちゃんは間違ってない!」

「……お姉ちゃん……」

 八木さんが顔を上げる。

「新妻さん、私……」

「八木さんも、謝らなくていい。シラガミを助けようとしてくれたんだろ?」

「そうだね。俺はむしろお礼が言いたいぐらいだ。君のおかげでイナヅマちゃんの作戦が狂ったんだから……ね」

 シリスが八木さんのうなじに手刀を入れる。八木さんは今度こそ声もなく気絶させられてしまった。

「次は君の番だ、イナヅマちゃん」

「先輩!」

 シラガミが私をかばうような素振りを見せる。

「私のことはいい!お前だけでも逃げろ……っ!」

 私の台詞が終わらない内に、シリスが私の手の光線銃を蹴り上げ、そのままキャッチする。

「折角だ。イナヅマちゃんに、正しい光線銃の使い方を教えてあげるよ」

 ロックの外れた光線銃が、シラガミに突き付けられる。

「やめっ……」

 銃口をらすため、シリスの腕に飛びつく。しかし、私が飛びつくまでもなく、シリスは照準をシラガミから逸らした。

 私へ。

 目の前が真っ白になった後、遅れて体に痛みが走る。体中に画鋲が刺さったみたいな痛みだ。

「ぐぅっ……!」

 全身が痺れて動かない。息をする度に体がジンジンと痛み、瞳の裏が焼けるようにちかちか光る。重力がどこにあるのか分からない。気付けばその場に倒れ込んでいた。

「夕方のお返しだよ。言ったよね。次は君の番だって」

「……先輩っ!」

 シラガミが倒れた私を慌てて抱える。

「に、げ……」

「逃げるなよ」

 かろうじて口を動かすも、シリスがそれを遮る。

「逃げたらもう一発撃つ。お前にじゃなくてイナヅマちゃんに。二発目は、痺れる程度で済む保証はないよ」

 そう言った後、シリスは私を見つめて『こう使うんだよ』と、唇を動かした。

 シラガミは数秒黙って私の顔を見つめた。その後、私の体を壁にかけた。最後に、私の頬を撫でて、寂しそうに笑い、ゆっくりと立ち上がった。

「……賢明な判断だね。さぁ、もう『船』は窓の外まで来てる。行くよシラガミ。お前がもらったその素敵な名前を、レビウル星の皆にも教えてやろう」

 シラガミは、シリスに黙って付いて行く。

「シラ……ガミ……」

 シラガミの背中が、遠ざかっていく。止めようとしても、体の痺れはまだ抜け切れておらず、鈍重な動きしかできない。

「待って、シラ、ガミ……」

 嘘だろ。こんな所で、こんな風にお別れなのか。

 嫌だ。嫌だよ。もっとお前と一緒に居たい。離れたくない。そばに居たい。死ぬまで一緒がいい。

 お前と話したいことがいっぱいあるんだ。見たい景色もいっぱいある。すぐには思いつかないけど、これからずっと増えていくんだ。その度にお前と話せなきゃ、見れなきゃ、私はどうしたらいいんだよ。

「シラガミ……」

 お前にまだ、言ってないことがあるんだ。

 さっきの光線銃のショックで判断力がにぶったか、それとももう会えなくなるからか。私の今まで言えないでいた、葛藤かっとう煩悶はんもんをあざ笑うように、その言葉は驚くほどあっさり口に出た。

「好きだ……!シラガミ……!」

 私がシラガミに恋をしてから、ずっと言えないでいた想い。

「好きだ。シラガミ、お前のことが大好きだ。大好き……だから、行かないでくれよ……だから離れないでそばに居てくれよぉ……!好きだ、シラガミ……!」

 声が震える。痺れのせいだけじゃない。涙腺が焼き切れてしまったかのように、涙と鼻水が止まらない。思うように喋れたかどうか、自信がない。でもシラガミ、お前なら私の言いたいことが分かるだろ?ずっと一緒に居たんだから。

 シラガミが私に振り返る。

「……何で、言っちゃうんですか」

 そのまま私の所まで戻ってくる。

「もうこれから二度と会えないのに。お互いの気持ちを知っても悲しいだけなのに。だから僕も、言わないようにしてたのに。ここが二人にとって『良い思い出』で終われる、最後のラインだったのに」

 シラガミも、声が震えていた。瞳もうるんで、月の光を艶やかに反射している。彼の泣きそうな表情を見るのは初めてだった。

「違うだろ……!何言ってんだよ、シラガミ。二度と会えないなんて、言うな!これからも一緒に居るんだ。『良い思い出』をもっと作るんだよ、二人で、なぁ、シラガミ!」

 シラガミは、何も答えないまま、私の正面にしゃがみ直して、私の体を精一杯抱きしめた。

 そして、私にキスした。

 歯と歯がぶつかって、唇に鼻水がつたう。それは酷く不格好なキスだった。

 唇を離して、シラガミは笑った。

「……大好きです。イナヅマ先輩!」

 ……ああ、それだよ。それが私の見たかった笑顔だ。

 シラガミが、さっきと同じように立ち上がる。

「待て、待って、行くな……」

 折角、もう一度お前の笑顔が見れたのに。

 窓の外には、小さな黒い雲が浮かんでいた。あれが『船』?

 そこに向かって、シラガミが暗い廊下を歩いていく。また、私から遠ざかっていく。

「シラガミ……」

 私が何を言おうと、シラガミが振り返ることは二度となかった。私は手も伸ばせないで、その遠ざかっていく背中を見送ることしかできなかった。

 黒い雲はシラガミを乗せた後、真っ白く光って、一瞬で空を抜けた。

 まるで地面から空へ昇る稲妻のようだった。



・・・・・・



「分からなくなったの」

 とある平日の朝、母は学校に向かおうとする私へそう言った。

 玄関窓から差し込む朝日は、靴を履き終えた私にのみ当たり、家の奥、リビングの扉にもたれる母の所までは照らさなかった。

「今まではずっと、私が正しいと思ってた。あなた達に言ってきたように、結局、普通に生きることが一番幸せになれると思ってた。だって私自身がそうだったから。夢を捨てて、普通に生きる。そうすることでいい会社に就けたし、あなた達のお父さんにも出会えて、あなた達を産むこともできた……私は幸せになれた。だから私は間違ってないと思ってた……けど、あなた達を見て、それが分からなくなった」

 母が私の腰に差してある光線銃に視線をやった。

「あなたに友達ができたのは……先生に褒められるようになったのは、素敵な人に出会えたのは、きっとあなたがを諦めなかったからなのよね……あなたは夢を追ったまま、幸せを手に入れようとしている……ねぇ、やっぱり、私が間違っていたのかしら……」

 母の瞳が、虚ろに揺らぐ。

「……私は、私が間違ってるなんて思ったことは一度もない。……けど、お母さんが間違ってるって思ったことも、一度もないよ。多分、お兄ちゃんも同じだと思う」

「……そう」

 母はそう、短く返した。

 おそらく、結局は何も変わらないのだろう。母は私達が夢に固執こしつするのを嫌ったままだろうし、私達がそれに反発し続けるのも、きっと変わらない。

 ……でも、以前と比べると、ほんの少しだけ、お互いに歩み寄れた気がする。

 こんな風に思えるようになったのも、シラガミのおかげだろうか。

「……いってきます」

「いってらっしゃい」

 扉を開く。大きく開いた玄関は、私の姿も母の姿も、充分に照らした。



・・・・・・



 部室に入ると、卯木先生が大量の書類と格闘していた。

「……何してるんですか?」

「報告書を作ってるんだ。この学校の教員としてじゃない、この星の看守としてのな。今回はイレギュラーな事態が多く起こったからな。制度の変遷へんせんということもあって、処理しなければいけない書類が多い。これを何も知らない地球人に見せるわけにはいかないからな。この部室を借りている」

「……はぁ、そうですか」

 先生の隣に座り、書類の内容を覗いてみる。先生が今処理しているのは『情報信託申請書』というらしい。欄を見ていくと、どうやらレビウル星の情報を、地球人の誰にどれくらい公開したかを記し、報告する物のようだ。……あれ?これもしかして私と月島君のか。

「……私を恨んでいるか」

 先生は書類から目を離さないまま、おもむろに口を開き、そう言った。

「……恨むって、私が先生の何を恨むんですか」

「シラガミのことだ。私は看守という立場にありながら、あいつをここに引き留めようとしなかった……私も奴を『忌み子』として扱い、見過ごしたんだ。あいつはここに居た方が幸せだと、知りながら……そんな私を、恨んでいるか」

 先生ははまだ書類から目を離さない。しかしペンを持つ手は震えて止まっている。まるで私と目を合わせることを怖がっているようだった。

「別に、何も恨んでませんよ。だって、先生はシラガミに優しくしてくれましたから……シラガミの仕事を手伝ってくれたり、ミスを責めずにかばってくれたり……シラガミに優しくしてくれるような、『そういう人』って向こうじゃ珍しいんですよね?」

 いつかシリスが言っていた『そういう人』とは、おそらく『忌み子制度に反対的な人間』を指していたのだろう。

「むしろ、ありがとうございます。シラガミの味方になってくれて」

「……私も、感謝するよ。ありがとう。あの子の生きる理由になってくれて」

 先生が私と目を合わせる。その表情に険しさはなく、柔らかくて、母性のような物があった。

「……先生。感謝するというなら、一つお願いを聞いてくれませんか」

「うん?何だ」

「あの『船』の作り方を教えてください」

 先生は目を丸くした後、こめかみに手を当て、溜息を吐いた。

「……お前も知っているだろう。地球人にレビウル星の技術を教えるのは禁じられている。例えレビウル星の存在を知っている人間だとしてもだ」

「じゃあ破ってくださいよそんなルール!」

「そもそも『船』を作ってどうするつもりだ」

「シラガミを奪還しに行きます!だからお願いします!」

「奪還なんて無理に決まっているだろう。レビウル星の科学力はこの星より遥かに発達している。もし仮に君がレビウル星に行けたとしてもシラガミに会う前に帰らせられるか殺される」

「じゃあ向こうの武器とか兵器とかの作り方も教えてください!それ積んで行きますから!」

「私はただのしがない看守だぞ?そんな物知るわけがないだろう……私が兵器の設計図の入手に成功したとしてもこの星で再現できるとは限らない。再現できても君個人とレビウル星では生産力が違う。数の差で負けるだけだ」

「じゃあ……越えます!この光線銃をもっともっと強くして、レビウル星の科学力も越えて強くして、レビウル星を征服します!」

 先生が私に気圧けおされて、少し椅子の上を後ずさる、が、すぐに私に向き直った。

「お前……自分が何言ってるか分かってるのか」

「う……分かってますよ。とんでもなく難しいってことぐらい……でも、私、諦められません」

 私は、諦められない。シラガミが居る世界を諦められない。

 シラガミがそばに居ないなんて耐えられない。胸に大きな穴が開いたみたいだ。シラガミが私の知らない所で傷付いているなんて許せない。胸がかきむしられるみたいだ。

 またシラガミと話がしたい。シラガミと手を繋ぎたい。シラガミに抱きしめられてみたい。あの声が聞きたい。頭を撫でて欲しい。あの笑顔が見たい。キスして欲しい。

 シラガミが居なくなっても、あいつのことを考える時間は増えるばかりだ。

「だから絶対!シラガミの所に行きます!何年、何十年かかっても!……うおおおお!!」

 決意し、急に叫び出した私に先生がぎょっと驚く。そんな先生を横目に私は部室の窓から身を乗り出し、抜けるような青空に向かって叫んだ。

「待ってろシラガミいいいい!今度は私がお前を助ける番だ!絶対!お前を迎えに行くからなああああ!この地球から、あの空を抜けて!」

 地面から空へ昇る稲妻のように。

 お前がくれた名前のように。

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