シェルミ555647。その成り立ち

シェルミ555647は、機械生命体である。


金属ともプラスチックともつかないそのボディーは見る角度によって色が変わり、触れると僅かにひんやりとしていて不思議な弾力があった。その為、関節部にもロボットのような可動部は見当たらない。人間の皮膚と同じで伸び縮みするからだ。


プロポーションは、モデルの女性のような完璧なバランスを持ち、豊かだが大きすぎないバストサイズはEカップと言ったところだろうか。しかし機械生命体である彼女のそのバストがどのような役目を持つものかを知る者はいなかった。


頭髪はなく、また、鼻を思わせる突起はあるものの鼻孔もなく、口もない。さらに、地球人と同じ位置に二つの目はあるものの瞳も瞼もなく、活動時は淡い水色の光を放つ。感情によって色が変わるらしいが、平静時の水色以外の光を見た者は殆どいない。話によると怒っている時には赤くなるらしいのだが。


そして、機械生命体と言われて地球人がすぐに思い浮かべるであろう、いかにもメカニカルな機構が体内にあるわけでもなかった。厳密にはマイクロマシンとナノマシンの集合体である為、地球人の肉体の臓器に相当する器官が体内に複数あり、それぞれが役割を分担してるのだそうだ。


電気をエネルギーとして生命活動を行い、充電のように電気を体外から取り入れて貯える以外にも、負極活物質として金属を取り入れ、酸素を正極活物質として発電するという形でもエネルギーを得ることができる。いわゆる空気電池と同じ原理だ。故に、金属を摂取することもある。だがそれは、地球人のように口から食べるのではなく、摂取する金属に触れることで体表面にあるナノマシンが金属を分解、体内に取り込んで発電を行うのだった。


有機生命体のような代謝は行われず、自身の体を構成するマイクロマシンやナノマシンの機能が失われると寿命を迎えることになる。一般的な寿命は地球時間で三百年ほど。


代謝が行われないということは、体が成長することもないということである。つまり、最初からこの姿で生まれるということだ。マザーと呼ばれる個体だけが新しいマイクロマシンやナノマシンを生み出し、それによって人間型の個体や次のマザーを生み出していく形で種族が維持されている。


彼女達は今から一億年ほど前に存在した種族によって生み出されたらしいが、その種族そのものはすでに滅んでいるそうだ。と言うか、その種族そのものが自らの体を機械生命体へと作り変えたと言った方がいいのかもしれない。


そんなシェルミがここに来る前に何をしていたかと言うと、それが実に意外なものなのであった。




「シェルミさんがここに来る前は何をしてたのか、聞いてもいいですか?」


このところ仕事が忙しかったらしく家に帰っていなかったシェルミが、自室を改装した店で久しぶりにゆっくりしていたので、ユウカは他愛ない世間話の一つとして何気なくそう訊いてみた。するとシェルミからは、あまりに意外な答えが返ってきたのだった。


「海賊です」


「…はい…?」


ユウカは、自分が聞き間違えたのかと思ってついそう訊き返してしまっていた。そんなユウカに、シェルミは穏やかに語り掛けた。


「私は、ここに来る前は海賊をしていたんです。厳密には、海賊のパートナーと言った方がいいでしょうか」


「か、海賊ぅ? 海賊って、あの、船に乗って他の船から荷物奪ったりっていうあれ?」


それにはさすがのガゼも驚いてそう訊いた。普段のシェルミの穏やかな雰囲気からはまったくイメージできなかったからである。


「海賊と言っても、宇宙海賊ですね。もっとも、相手はもっぱら、同じ宇宙海賊や犯罪者達でしたが。


私のパートナーは、ヴァイパーと呼ばれる、ちょっとした有名人でした」


シェルミがそこまで話した時、ユウカの頭にハッと蘇るものがあった。


「そう言えば、<宇宙海賊ヴァイパー>ってアニメがあった筈…」


<宇宙海賊ヴァイパー>とは、左腕にリベリオン・ガンと呼ばれる、精神力をエネルギーに変える銃を仕込んだタフガイ、ヴァイパーが、悪逆非道な宇宙海賊や犯罪組織を相手に単身戦いを挑むという、ダークヒーローもののアニメであった。


呟くようにそれを口にしたユウカに、シェルミが頷きながら応える。


「はい、それです。<宇宙海賊ヴァイパー>は、私のパートナーだったヴァイパーと私をモデルに作られたアニメなんです」


「え? じゃ、じゃあ、ヴァイパーのパートナーのアンドロイド、レディ・シェリーって…?」


「恥ずかしながら、私のことですね」


「ええ~っ!?」


ユウカとガゼが、揃って驚きの声を上げる。ただし、モデルと言っても、アニメの中のレディ・シェリーは、いかにも分かりやすい女性型アンドロイド、しかも<萌え>を意識したメイド服を模したボディーを持つ少女っぽいアンドロイドとして描かれていたのだが。


「でも、レディ・シェリーは、最終話でヴァイパーを庇って撃たれて、恒星セドラに落ちていったんじゃなかったっけ?」


「そうですね。実際には恒星ニヒガ36624ですが」


「ということは、シェルミさんがここに来たのも…」


「はい、その時に命を落としたからです。私たちは、体を破壊されない限りは寿命以外で死ぬことはありませんから」


「……」


シェルミの言葉に、ユウカもガゼもそれ以上何も言えなくなってしまう。


「大まかな概要以外はほぼ創作ですが、面白く描かれていたと思いましたよ」


<宇宙海賊ヴァイパー>について、シェルミはそう評した。細かい表情が分かりにくいものの、何故かちょっと照れてるように見えたのは、眼の光が若干いつも以上に明るくなってたからだろうか。


シェルミがそんな感じで明るく振る舞ってくれたことで、ユウカとガゼも少し落ち着いた。パートナーを庇って命を落とすというという最後は、やはり悲しかったからだ。命を落としたこともそうだが、そうまでして守ったパートナーともう会えないということに、胸が締め付けられた。


「シェルミさん、辛いですか…?」


ユウカが敢えて問う。それに対し、シェルミが静かに答えた。


「そうですね。でももう大丈夫です」


ここでは、辛い過去を持っていない人間はいないため、過去を問うことは失礼には当たらない。その代わり、自分の過去も明かすのが礼儀という慣習がある。ユウカの過去についてはこれまでにもことあるごとに触れてきていたので、シェルミの過去を問うても何も問題がなかった。


逆に、シェルミの過去に触れてこなかったことの方が珍しいとも言える、ただ、何となく聞きそびれてきていたのだ。その辺りは、シェルミが機械生命体であることで、無意識にどこか壁を作ってしまっていたのかもしれない。ようやくそれが溶けてきたのだろう。


シェルミは優しくて丁寧なのですごく頼りにはしてきたのだが、それがかえって遠慮になっていた可能性もある。


それにしても、


『まさか宇宙海賊だったなんて……』


シェルミの思わぬ過去に言葉を失ったユウカとは対照的に、気を取り直したガゼは興味津々な様子だった。


「ねえねえ、ヴァイパーの宇宙船って、アニメのドラグーン号と同じだったの?」


身を乗り出してそう尋ねる。


<ドラグーン号>とは、<宇宙海賊ヴァイパー>内でヴァイパーとレディ・シェリーが乗っていた龍型の宇宙船のことである。その必殺技と言うか最強武器が<ドラゴン・バイト>と呼ばれる、ドラグーン号そのものが龍の口に変形して相手を噛み砕くというあまりに豪快かつ荒唐無稽な攻撃方法だった。しかし。


「名前は同じドラグーン号でしたが、さすがにアニメの方は絵的な面白さや迫力を加える為に、デザインも武装も大幅に脚色されています。当時の最高技術でチューンナップはされていたものの、見た目には一般的な宇宙船とそれほど変わりませんでしたね」


「え~? じゃあ、ドラゴン・バイトは装備されてなかったってこと?」


「はい。残念ながら」


「ガ~ン! ショック! ドラゴン・バイトでボスの宇宙船を真っ二つに噛み砕くところとかスゲー燃えたのに~!」


クライマックスシーンが脚色だと知ったガゼの落ち込み様に、シェルミは、


「うふふ、ごめんなさい」


と柔らかく応えた。


それは、ユウカもガゼも初めて見るシェルミの姿だった。


しかしその時、


「あ、ごめんなさい。呼び出しがかかってしまいました。それではまた今度、こうやってお話しできたらいいですね」


携帯に着信があり、シェルミはそう言って店じまいして、アパートを出て行った。


「シェルミさんって、本当にあったかい人だな」


後姿を見送りながら、ユウカはそう呟いていた。


『あのシェルミさんがどうして宇宙海賊なんかになったんだろう……』


それは気になるところだったが、


『私の方から訊くことじゃないよね……』


と、いずれシェルミの方から話してもらえたらでいいかと思った。


その時、二号室のドアが開いて、マニが姿を現した。にこやかな笑顔で挨拶してくる。


「あらユウカちゃん、ガゼちゃん、こんにちは」


相変わらずすごいボリュームの筋肉に圧倒されつつ、ユウカとガゼも「こんにちは」と返した。するとマニがさらに、


「あ、そうだ。今からアイアンブルーム亭にお昼食べに行こうと思ってたんだけど、もしよかったら一緒に行かない? 奢るわよ」


と誘ってきた。


「はい、ご一緒します」


二つ返事でユウカとガゼもアイアンブルーム亭へと向かった。


ちなみにこのマニにも、辛い過去がある。と言っても、もしかすると地球人には理解しにくい辛さかもしれない。


マニ達の種族は、基本的にこういう外見が通常であり、マニ自身はその中ではむしろ<貧弱>な方である。彼女はそれで特に気にしていなかったのだが、彼女の両親が我が子の貧弱さを酷く心配し、更に体を大きくしようとあれこれ干渉してきたのだ。


まあそこまではよくある親心だったのかもしれないものの、両親はマニをスパルタで有名な施設に預けてしまい、彼女は過酷なトレーニングの果てに体を壊し、施設に入る以前よりもむしろ体が小さくなってしまったのだった。


こうなると、<普通の見た目じゃない>ということで彼女は嘲笑や憐憫の対象となり、それに耐えられなくなって施設を脱走。それがまた家庭の恥だということで両親から勘当され、しかも両親に勘当されるような人間は信頼もされない為に社会的に孤立。まともな職にもありつけず、体調を崩しても医者にも掛かれず、やがて彼女は人知れず安アパートの一室で短い生涯を閉じたという訳だ。


マニがリリとの関係を上手く築けないのも、両親との関係が良好でなかったことが影響しているかもしれない。しかし彼女は、それを承知した上で努力していた。


ここでは外見でとやかく言われることもないのだ。ただ穏やかに生きることが望まれるのだから。


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