第11話 彼女のトラウマ

僕たちは、カビ取り洗剤を買いにスーパーに行くことにした。

二人で外に出て歩いていると、先ほどよりも体感温度的に暑く感じる

彼女は、あれだけ掃除をしていたにも関わらず、上機嫌なようすだった。


(なぜだろう・・・普通、ここまでやらないんじゃ?)


僕は不思議な顔をした。


その顔を見て、彼女は少しの笑みを浮かべた


「なんか、不思議そうな顔してるね。」


僕はドキッとした。そして、顔を赤く染めた。


「だ、だって、普通あそこまでやる?」


僕は普通の返答をしたつもりだった。


「私さ、なんか、あの部屋見てすごく燃えたんだよね・・・私がやらなきゃ!ってね」


彼女の眼はギラギラと、しているように見えた。


「そ、そう・・・」僕は少し引き攣った顔をした


「でもさ、ライト」


彼女は唐突に質問を投げかけてきた。


「ライトの家を見て思ったんだけど、お母さん、そんなにお仕事忙しくて、家のこと何も出来ないの?」


それを聞いて僕はさらにドキッとさせられた。


まさに、図星だった。


僕は返答に困り、下を向く、それに対して彼女は何かを察したようだった。


「・・・そっか、聞いちゃいけないことだったか・・・」


「そんなことないよ・・・」


すると、彼女は何かを決意した表情を見せ、僕に言った。


「ライト・・・部屋見て思ったよ? 君、最近すごく辛い思いしていたんだなって」


その言葉に再び、ドキッとさせられて、僕は慌てた


「な、なんで?」


僕は問う。


「だって、机の上に破かれたテスト、あのテストってこの間返却されたテストじゃない。」


それを聞いてさらに僕は顔が赤く染まる


(薫ちゃんに見られた・・・12点のテスト)


しかし、彼女はそんな点数よりも『破れたテスト』方が気になっていた


「ライト・・・なんであんなことされたの?」


悲しい表情で、彼女は問うも

僕はそれを質問されても何も言えなかった。


スーパーに着くと、僕たちは早速カビ取り洗剤を手に取った。


そして、お昼ご飯を買おうとしていた。


(焼きそばでいいかな・・・)


僕は焼きそばに手を伸ばす、しかし、薫は


「待って、ライト」


と声をかけてきた。僕は焼きそばを手に取るのをやめ、薫を見た


「ライトのお昼ご飯、私と同じメニューね。」


そういうと、豆腐コーナーに連れてかれた。


(えっ、豆腐?)


「これからお昼ご飯は、豆腐が主食だよ?」

彼女は笑みを浮かべて、僕に言ってきた。


(い、いいけど、何故豆腐なんだろ?)


僕は疑問に思った。


そして、僕らは肉のコーナーに行くと薫は、豚肉の一番安いロース肉を手に取る、さらに野菜コーナーでネギ、もやし、キャベツと調味料のコーナーに向かいポン酢を手に取りカゴに入れた。


そして、莉乃のために1人前の焼きそばを手に取った。


「これでいいかな」彼女は言う


「う、うん」その買い物のリストに疑問を抱きながら、僕らはレジに並び、サイフを用意した。


しかし、薫は僕のサイフを取り上げ、僕のジーンズのポケットにしまった


(えっ、なんで?)


「ここは私が出すよ。」すると彼女は自分のサイフを取り出した。


「えっ、そ、そんなの悪いよ!」


彼女は笑みを浮かべて


「いいから、いいから」と言ってきた。


丁度、順番が来てピッピッと商品をレジに通す音がする。


僕はだんだん、申し訳なくなってきた。


僕は彼女に甘え、お金を支払ってもらうと

会計を済ませる。

彼女はまた上機嫌な顔を浮かべる。


僕はせめてもの思いで、買い物したビニール袋を持つ、そして彼女に問いかけた。


「ね、ねえ、薫ちゃん?」


「なーに?」


僕は、下を向くと申し訳なさそうに、彼女に言う


「あとで、お金返すよ・・・」


すると彼女は笑みを浮かべて僕にこう言った


「これは私がやりたかったことだから、ライトは気にすることないんだよ。それよりもね、私の料理、美味しく食べてくれるかな? その方が心配だよ。」


(えっ、料理まで作ってくれようとしてるの?)


僕は驚いた。


続けて彼女はこう言った。


「ライト、これからね?毎日、お昼ご飯は私と同じ食事のメニュー食べてもらうから、覚悟してね。」


ニコッと彼女は笑みを浮かべた


(覚悟?一体、何を覚悟しろと?)


僕は不思議に思いながら、難しい顔をした。


それを見て、彼女は再び笑う


「あははは!また、難しそうな顔した。大丈夫だよ。できるだけ美味しく作るつもりだからさ」


「う、うん・・・」


「それよりも、ライトさ・・・前から疑問に思ってたんだけど、聞いていいかな?」


次に彼女の発するその言葉は、僕のトラウマを呼び起こすことになった。


彼女は切なそうな顔を浮かべ、僕に問いただした。


「ライト・・・学校でイジメられているでしょ?」


そのセリフは昨日のこと、そして、その前のこと・・・いじめられる様になった日のことを


瞬間的に呼び起こした。


僕は、再び黙り込む、元気のないその姿を見て薫は突然、右手を握ってきた。


(えっ!!!)


びっくりした僕は彼女の方を見る


彼女の左手は僕の被害妄想から、現実に引き戻した。


そして、彼女はゆっくりと口を開いた


「ライトは一人じゃないよ。」


「えっ・・・」


「ライトには、私が付いている。」


握られたその手は、徐々に強くなり、僕はその手に導かれるような感じがした。


彼女は


「やっぱり、手を握るのって、勇気がいるよね。」と恥ずかしながら笑みを浮かべる


僕の心は、彼女に救われると共に再び、赤面症を呼び起こした。


でも、顔が赤くなっているのは、僕だけじゃなく、薫もまた頬が赤く染まっていた。





そして、手を握ったまま、僕らは団地の公園までたどり着く

彼女は「少し、話そうか」と言うと


ブランコの周りを囲む柵に腰を掛けた。


僕も隣に座る。薫は表情を暗くして


「ライトに話しておきたいことがあってね。」


その言葉は、彼女もまた、トラウマを抱えている一人だという事を知る一人だったことに気が付かされる


「私が、あれだけ好きだった。サッカーを辞めた理由、教えてなかったよね?」


「う、うん・・・気になってはいたけど・・・」


「前に、ライト助けてくれたでしょ?男子にいじめられているところ」


話は小学校5年生の『あの日』に遡った。


薫の話は続いていく


「あのグループのリーダーね・・・同じサッカークラブの、私の憧れの人だったの・・・足も早くて、上手くて、かっこよくて・・・」


「そ、そうだったんだ・・・」


すると、彼女の目を見ると、涙が浮かんでいた。


「私は、バカだった・・・あの子を信用して、呼ばれた公園に行ったとき、罠にはめられたの・・・」


僕は、その話に耳を傾けると、『罠』というキーワードに引っかかった。


「罠?」


彼女は頷く、そして、薫は話を続けてきた。


「あの日、私、悪戯されそうだったの・・・」


「悪戯?」


「あのね・・・」


薫はそういうと、耳元で3文字の言葉を発した。


僕はその単語を初めて耳にした。再び不思議そうな顔をしていると、薫は察したようで


「うん…っていうか、そんな言葉、知らないか・・・簡単に言うと無理矢理エッチなことされそうになったってことだよ。」


僕はその意味を知ると憤りを感じた。

そして、あの日、相手が馬乗りになって、薫の服が破かれていたことを思い出した。


そして、つい大声で


「なんで、そんなことを!」


僕は叫んだ。


赤面症などと言っている場合じゃない、強く思った。


僕は両手で握り拳を作り、彼女の言う言葉に耳を傾けた。


「あはは・・・笑っちゃうよね。いたずらでやろうと思ったらしい小学校5年生でそんなことされるなんて、思ってもいなかったよ。」


無理矢理笑顔を作る彼女を見て、笑えるはずがなかった。


彼女は下を向くと続けて、話してくれた。


「だからね・・・あの時、相手が3人にも関わらず、一人で逃げずに助けてくれたライトのこと、『すごいな』って思えたんだよ。普通ならば、多分、大人だって戸惑うところ、小さい男の子が立ち向かっていくんだもの・・・私には『勇者』のように見えたよ」


「でも、僕は喧嘩に負けた・・・」


「そんなの、関係ないよ。あの時の勇気、すごくかっこよかった!それにあれがあったから、私は悪戯されずに済んだんだ・・・」


彼女は生唾を飲み込むと覚悟を決めた顔でこちらを見た。


「だから、あの頃からだよ。」


(あの頃?)


彼女は我慢して浮かべていた涙が頬を伝わった


「ライトのこと、気になるようになったのは、あの頃からだよ」


明らかにそのセリフは震えた声で、発していた。


薫は空を見上げた。彼女の涙は止まらなかった。


僕はつられて、空を見上げた。


空は青く雲一つない、快晴だった。


「雨・・・すごいね・・・」


「・・・うん」


空を見て、僕は考えていた。


(こんな時、普通は抱きしめてあげるべきなんだろうな・・・彼氏としては・・・僕には出来ないけど・・・)


しばらく、同じ格好で、同じ心境に浸ってあげることしか、僕にはできなかった






彼女は涙を拭き、立ち上がった。


「ごめんね。暗い話しちゃって・・・でも、安心してね。その人、他の犯罪で捕まって、今、少年院にいるって聞いたから」


「・・・うん。」


「莉乃ちゃんが待ってる、お腹も空いてると思うから、戻ろう」


僕は彼女の思いの丈を聞いて、悲しい気持ちになったのと同時に彼女もトラウマを抱える一人なのだと知った。


そして、彼女のそのトラウマの告白が僕の心の何かを突き動かした。

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