第4話 反省文

 休憩時間が終わり、俺たちは施設内の自由見学の時間となった。


「開放されてる施設内ならどこでも見てきていいわよー。あ、でも絶対に学園の外には出ようとしないでねー」

 だそうだ。


 「絶対に」という部分を強調していたのが少し気になったが、大方、学園の外で揉め事でも起こされると面倒だとかそんな理由だろう。

 まあ、問題児だらけだしな。


 さて、俺はどこを回るかな。

 興味があるのはこの3つってとこか。

1、植物栽培施設

2、部品製作所

3、食堂

 そうだな。昼飯を食ってないせいで腹もへってるし、食堂にでもいけば何か食い物にありつけるかもしれない。

 カレー食いてえな……。

 そう思い、食堂に行こうと教室を出ようとしたところで制服の袖を掴まれた。


「春樹くん、一緒に回らない?」


 柊冬美が、期待に満ちた目でこちらを見ていた。

 朱に染まった頬、照れたようなはにかむ笑顔。

 一見すると、気になる男子にちょっと勇気を出して声をかけてみた年頃の女の子だ。

 しかし否、その瞳の奥には断る事を許されない強制力のようなものを感じる。

 袖を掴む指の力も尋常ではない。


「ああ……いいぜ」


 先ほど「お前を避けたりはしない」と言ってしまった手前、断れなかった。

 ていうか断ると何をされるか分からない。こわい。


「やった!♡」

 喜んでいる。分かったから袖を離してくれ。


「俺は食堂に行こうと思っていたところだ。柊は?」

「私もそこでいいよ。じゃ、いこっか!」


 二人で教室を出ようとしたところで、今度は肩を掴まれる。


「大滝くんは待った」


 担任の森田だ。


「あん? なんだよ」

「反省文」

 そう言って森田は、腰に手を当てながら作文用紙を突き出してきた。


「なんのだ」

「もう忘れたの? さっき扉を壊したでしょ?」


 壊れて残骸となった扉に目をやる。

 確かにやったのは俺だった。

 反省文か……前の学校でも何十枚と書かされた記憶がある。

 めんどくせえ……。


「俺がやったって証拠でもあんのかよ?」

 言い逃れることにした。


「はあ? 嘘でしょこの子。まだ言い逃れる気だ。」

「濡れ衣だ」

 自信たっぷりに断言する。


「何でそんな自信満々で言い切れるの!証拠もなにも、クラス全員あなたがやったの見てたわよ! ねえ? 柊さん?」

「私は見ていません」

「え?」


 まさか否定されるとは思っていなかったのか、驚いた表情をしている。


「春樹くんは悪くありません」


 優等生の顔で言い放つ。どうやら俺の味方をしてくれるようだ。


「え? 嘘でしょ? 大滝くんがドガァッて扉を蹴って入ってきたの見たよね?」

「見ていません」

 柊も断言する。


「え……? はあ、なに、なんなのこの子達?」

 森田は呆れたように呟いた。


「な? わかったろ。俺は無実だ」

「もうなんでもいい!! とにかく書け!」

「ぐえ」


 ついに堪忍袋の緒が切れたようだ。

 森田は俺の胸倉を掴んできた。乱暴な教師もいたもんだ。


「…………」

 ん?


 俺の胸倉を掴む森田の腕を見て、柊冬美の目のハイライトが消え失せていく。

 ……やばいやばい。


「へいへい。わかったよ仕方ねえな。ったく」


 俺は舌打ちしながらこたえた。これ以上やると柊が何をしでかすか分からない。


「うっわ何その態度。本当なら修理代弁償してもらうとこなんだからね? 分かってるの?」


 教師の言葉を無視して作文用紙をぶんどる。


「というわけだ柊。俺は反省文を書かなきゃならん。悪いが一人で回ってくれ」


 と言うと柊は俯き、残念そうな顔をして


「……うん……わかった。食堂にいってるね?」


 そう言って静かな足取りで教室を出ていった。



「……なんなのあの女……許せない。どうして私と春樹くんの邪魔するの……?」ブツブツ


 去り際にぶつぶつと何か呟いていたようだが気のせいだろう……。だよな……?


「じゃあ書き終わったら教卓の上に置いておいて」

「へいへい」

「返事は1回でいいのよ。小学校で習わなかった?」

「へい」

「……はあ……」

 大きくため息をついた後、「ちゃんと書くのよ、いいわね?」と付け足して森田は教室から出ていった。



 俺は自分の席について作文用紙と向かい合った。


「…………」


 うむ、強敵だ。何を書けばいいかさっぱり分からん。

 過去何十枚と反省文を書かされ、その数は三桁に届きそうな俺だがどう書き出せばいいかすら分からなかった。

 どうやら俺の脳は必要の無い事はすぐに忘れるようにできているらしい。


「まずはタイトルだな」


 そうだ。作文ならまずタイトルだろ。タイトルを書かなきゃ始まらない。


『僕の反省文』

 これでよし。


 問題は次だ……。

 次に何を書けばいい……?


 現在、俺が持ちうる情報を最大限に活用しろ。

 俺は脳内の『反省文』フォルダへとアクセスする。

 そんなもの無かった。

 いや待て、その前に

「そうだ……まずはイメージするんだ……。」

 俺は新しい何かに挑戦するときはいつもこうしてきた。

 まず頭の中でそれを成功する自分をイメージする。

 あとは実際にそれをなぞるだけだ……。

 俺は自分の内に潜るような感覚で精神を研ぎ澄ませていく。

 ――――――――――――

 ―――――――

 ――――

 ――

 俺が何か失敗した時、いつもどうやって謝罪してきた……?

 そうだ……。いつも端的に男らしく。

 俺の世界で最も必要だったものは「仁義」だったはずだ。

 では何だ?指をつめるか?

 うむ。それが正解かもしれない。しかし……

 反省文。そう。反省しているという意思を文字に書き起こすだけだ。

 大切なのは誠意。

 俺が何か言い訳するような素振りを見せたとき、いつも親父に殺されかけたはずだ。

 そう。余計な言葉はいらない。

 集中しろ……。

 今なら書ける気がする……

 ………

 …。




 1時間後。

 俺は「すまん。」と一言書いた反省文を教卓に置き教室を出た。

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