そして、春になる



 冬を越え、暖かな気候となり空気も穏やかなそこはウィンドリー領――ではなく王都。


「中々仲睦まじい様子でなによりだよ」


 王城――王太子の私室。


「殿下、殿下、とてもお可愛らしい夫人ですわ」

「そうだね。ウィンドリー侯爵の奥方とは思えないくらいだ」

「あら殿下、とてもお似合いのお二人ですことよ」

「見た目はね」


 にこにことする王太子にリュークも負けじと笑顔だけは崩さない。


(その言葉、あんたに返す)


 腹黒王太子の隣に座するのは絶世の美女と言われる艶やかな黒髪の女性。王太子妃だ。


「私が橋渡ししたかいがあるというものだ」


 よく言う、よくないことを確信して話を進めていたくせに。


「――陛下並びに殿下には感謝しております」


 しかしながら、実際色々あったが結婚し今があるのは悔しいかなそのお陰なのである。

 リュークは抵抗せずに心もちょっとばかし込めて頭を下げ、礼を述べる。


「わ、わたし――わたくしも感謝しております。リューク様と一緒になれましたこと、とても幸運の限りでした」


 すると、王太子夫妻の向かいの三人掛けソファにリュークと並んで座っているディアナが一生懸命に頬を上気させながら言った。

 此度は春めいた色のドレスに、胸元には大粒のエメラルドの首飾りが輝いている。それよりも彼女の瞳の方がよほど綺麗だと思う。

 さっさと帰って二人きりになりたい。

 ディアナの様子を見守りながらのリュークの本音だ。

 王太子妃には悪いが時間の無駄。加えて今夜はパーティー、領地に戻りたいことこの上ない。

 馬車旅において馬車の中での二人きりというのはいいものだが、いかんせんディアナが疲れてしまうのだ。


「まあ、とてもウィンドリー侯爵をお好きでいらっしゃるのね」

「は、はい」

(やっばい、連れて帰りたい)


 赤面するのは王太子の視線をひしひしと感じる今許されない。我慢しろ自分! とリュークは表情筋の動きを瞬時に固めた。

 最近特に緩くなってばかりだから鍛えなければ弱味を握られるかもしれない。真面目に。


「はて侯爵はどんな口説き文句で奥方を落としたのか、とても気になるな」

「はは、――お気になさらず。お聞かせするほどのことではございませんゆえ」

「まあ、聞きたいですわ」

「はは、どうかご容赦ください」


 王太子妃は注意深く見た結果全く腹黒でなくむしろ純粋ピュア極まりないことが分かっているのだが、だからこそ困る。


「侯爵は照れているのだよ、シルヴィ」

「そうなのですか、それは無理を言いました……後日夫人の方にお聞きしましょうかしら」

「えっ」

「ふふ、わたくし夫人が好きになってしまいましたわ。ディアナ、とお呼びしてよろしいかしら」

「も、もちろんです!」

「殿下、お友達ができてしまいましたわ!」

「では私とリュークも友人だから、これから友人同士気兼ねなく集まることができるね」

「えっ」


 ディアナが戸惑ったようにこちらを見上げてきて安心させるべく、と堪らなくなって笑む。

 そうするとディアナも笑った。


「見たかいシルヴィ、私は侯爵のあのような顔を見たことがなくて戸惑っているよ」

「あら、そうなのですか? 互いに想い合う夫婦は見ていて幸せになりますわ」


 この王太子夫妻には本当に黙っていてもらいたい。特に王太子。退室を許してもらいたい。


「しかし今宵はパーティー。私の記憶が正しければきみたちが結婚して初めての社交界だね?」

「そうですが」

「さぞかし注目の的だろうね。特に夫人は多くの視線に晒されるだろう」

「……」


 ただでさえこの席に緊張し今夜のことにも緊張しているディアナが息をふっと吸い込んだことに気がつき、背を撫でた。


「そんな言い方、止めてくれますか。それに、誰が不特定多数の男に妻を見させるとお思いで?」

「いや私は男に限定して言ってはいないからね?」

「全て威嚇してみせますよ」


 王太子の言い分を鼻で笑い飛ばす。誰が見させるか。今夜はリュークにとっても勝負である。


「りゅ、リューク様」

「なんだ」


 彼女に呼ばれたのですぐに見ると、なぜか顔を赤らめてあわあわとしている。

 緊張がここにきてピークなのか。やはり色んな意味で早く退室させてもらう方向に持っていくべきか。


「本気だな、きみは」

「無論です」


 リュークは不敵に口角を上げる。

 全ての視線を蹴散らすべし。





 その後ろに控えている従者はここ半年ずっと急変した空気に当てられ慣れたもので、嬉しいやら恥ずかしいやら。始終生温かい目をしていたという。





 そして、宵の満ちるパーティーでは侯爵閣下は始終誰もが羨む優しげな眼差しと笑みを夫人に注いでいた。

 しかし宣言通り、着飾り妖精のごとき可愛らしさの夫人に見とれる若造問わず男に射殺しそうな目を向けていた、らしい。







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