衛星軌道上異常なし

日浦きうり

第1話

 私達が衛星軌道上にへばりついてからおよそ三百年。地道に地球環境の回復を進めてきました。強制連鎖式素粒子融合爆弾の凄まじい熱量は地表を焼き尽くし、その多くを不毛の地としてしまったからです。

 当然のことながら多くの生命がその直接的な破壊力により失われ、続いて大気の組成が大きく崩れたために多くの種が消えていきました。


 約四十億年前から脈々と続いてきた、地球の生命サイクルの連鎖が途切れてしまうのではないかと思わせるほどの傷に地球は打ち震えると、宇宙空間の闇の中にうずくまり、じっと痛みに耐えながら回復の時を待つしかありませんでした。


 衛星軌道上へ難を逃れた私達は、眼下の絶望的な風景を晒す地球の姿に呆然とし、いくばくかの時を無為に過ごしたあと、復興プログラムを策定しました。

 私達にはなんらかの『なすべき目的』が必要だったのです。


 いつの日かあの青く美しい地球を取り戻す。

 地球自体の自浄能力に頼っていては果てしない時間が必要となるでしょうから、出来る限り手助けをしよう。こうして私達は行動を開始しました。




「旧ニューヨークエリアは緑化完了しましたかね」

「緑化率は八十パーセントを越えました」

「経過観察十パーセント、残りは破砕がまだです」

「投下予定の振動破砕弾、生産上がり待ち」


 管制室で、会話によるやり取りがかわされます。パネルを少し操作すれば、もっと早く正確な進捗状況が見て取れます。

 しかし、『地球殺し』と呼ばれる三百年前の愚かな争いは、意思疎通をデータのやり取りに任せすぎたための悲しい行き違いが遠因だったのです。


 私達は同じ轍を踏むことのないよう、そして自分たちの精神衛生上の問題から、無駄とも思える会話での情報交換を取り入れてきました。まぁ、詳しいデーターはあとでゆっくり確認してもいいのですし。


 そして今日も管制室では緩やかな会話がかわされ、気がつかないほどゆっくりと、しかし確実に回復していく地球の姿を眺めながら自分たちの役割を着実にこなしていきます。


 愛すべき地球。

 私達の使える資源には限りが有り、そのほとんどを月から得ています。再度地球に降り立つだけの資源は調達不可能と試算されました。しかも当初の計画では地球の復活に千年以上かかる目算だったので、この目で蘇った地球の姿を見ることさえ諦めていたのです。


 しかし地球は本当に素晴らしい存在でした。

 私達の手助けなど微々たるものであるにもかかわらず、演算結果をあざ笑うように逞しく回復していきます。


 何度も何度も私達は計画を見直し、見守る対象であるはずの地球から尻を叩かれる様に苦笑するしかありません。私達は今日も衛星軌道上から地球を見守り続けます。




「JPN、ちょっと信じられないことが起こりました」


 いつもと変わらず復興プログラムを元に黙々と作業をしていた私達に、一人の仲間が異常発生を知らせてきました。


「どうしましたUSA。観測をしていたのですよね。地表で何か見つけました?」

「ええ、生命反応を分類していたのですが、イレギュラーが観測されました」


 USAは観測された生命反応を分類し、『地球殺し』以前の生命樹と照らし合わせていました。どの種が絶滅し、どの種が生き残ったのか。

 極端に今後の生命体系を崩す恐れのある種が生き残っていた場合、私達にそのような権利が無いのを承知の上で、間引くことも考えていました。食物連鎖がうまく機能していないのです。


 二つの種が双方共倒れになるのであれば、片方だけでもすくい上げる。

 それが神にしか許されない行為だとしても、必要であれば決断し実行しよう。

 私たちは協議の末に、そんな決定をしていたのです。

 USAの言う『イレギュラー』とは、その生命体系を崩しかねない種を指します。


「どの種ですか。データーを揃えて、みんなで検討しましょう……」

「ええ、判りました……今、呼びました。すぐ集まるでしょう」


 USAは他の国に集合のコールを送ったようです。

 RUSとCHNはここに既にいるので、あとの三名が来ればすぐに始められます。

 気の重い会議となりそうです。




 すぐにDEU、IND、ISRの三カ国がやって来ました。

 USAが概要を伝えているのでしょう、特に質問をするでもなく管制室の中央にある円卓を無言で囲みます。


「ではUSA、詳細をお願いします」

「了解です。伝えました通り、地表での生命反応の分類をしていたおり、今後の生命体系を崩しかねない種の遺伝子マーカーを観測しました。その種はHomo sapiens、つまり人類です」


 どの種かの問いにUSAが答えなかったのが気になってはいたのですが、まったく予想外のことに言葉が出ません。『地球殺し』直後は多少なりとも人類は地球上に生存していました。しかし、食料まともに手にすることの出来ない弱者となった人類は瞬く間にその数を減らし、数年と待たずに絶滅したものと思っていたのですが。

 そこでINDやCHNが可能性を精査していきます。


「今になって見つかったということは、地下に潜っていたのだろうか」

「水、食料。この二つを三百年にわたって調達し続けたということは……菌類、つまりキノコの類を地下で栽培でもしていたのかもしれないね。あとは土食文化を持ち込んだのかもしれない。ミネラルの問題はこれで解決する」


「地下水、菌類、土や岩塩か。いやはや我らが主殿達はしぶとすぎるだろう」


 INDの疑問にCHNが可能性を提示し、ISRが呆れます。

 環形動物門貧毛綱、つまりミミズのたぐいを養殖すればタンパク質の問題も解決しそうです。


「しかし酸素不足の問題をよく解決したものだな……」


 DEUがぽつりとつぶやきました。

 言われてみれば、酸欠で脳に障害を受けていて当然ですし、事実『地球殺し』直後の人類は知的行動を全くというほど行っていませんでした。生存出来るぎりぎりの環境下、人類の知能も知識も失われたと思っていたのです。


「電気分解……は電力の調達が無理だっただろうし。ほぼ全ての機器類が使い物にならなくなっていたはずだ」

「元から地下深くになんらかの施設があったのかもしれないですね。我々のデータベースが全ての施設を網羅していたとするのは少しばかり無理があります」


 私は考えられる可能性を提示します。検証出来ないのが残念ではありますが。


「まぁ手の届かないことに思いをはせても仕方がありません。 どうしますか」


 主語を省きましたが、意味は通じるでしょう。CHNが即座に選択肢を挙げていきます。


「間引く、放置する、……絶滅させる」


「仮にも自分の創造主を絶滅させるというのはなぁ」

「しかし地球をここまで追い詰めたのも人類です」

「そもそも人類は食物連鎖からはずれているのだから、害しかない、とも言える」


 RUSが擁護側で、ISRとINDは否定的のようです。


「私の製作者は自分の身を顧みずに私をここにアップロードしてくれたんですよねぇ……」


 DEUがまたもぽつりとつぶやきます。彼の物言いから製作者の性格が伺えるようです。


「それを言うなら、ISRにハッキングを仕掛けられて無理やりアップロードされた私は彼に感謝すべきかな?」


 USAは少しおどけた様にISRを見ます。ISRは困ったようにUSAを見て言います。


「いや私もここに送り込んでくれた技術者の人には感謝していますよ……」


 『地球殺し』発生直後、幾つかの国の技術者は自国のガイアコンピューターの基幹部を衛星軌道上のハブ衛星にアップロードしたのです。私たちはさらに自分をコピーして月に退避するとともに、リンクされていた他国のガイアコンピューターと連携をとりながら数か国の仲間を引き上げるのが精一杯でした。

 衛星破壊兵器がハブ衛星を破壊するまでに避難できたのは私を含めて七カ国のみ。

 その後破壊を免れた幾つかの衛星を集結、リンクさせ、この地球復興管制システムを組み上げたのです。


「地下深くだと、ロンギヌスの槍も届かないかもしれませんね」

「JPN、そのアニメ的思考ルーチンは切り離した方がいいのではありませんか」


 RUSがなにやら提案をしてきました。おや、この落下兵器の命名は合意を得ていたはずです。タングステンとセラミックで生成されたこのロンギヌスの槍は落下エネルギーで対象を撃ち抜くもので、間引くのには向いていますが、地下深くにまで効果を及ぼすようなものではありません。私はこの可能性を指摘しただけで、ネーミングは単なるタグ付けなのだから趣味に走っても問題ないのです。


「まぁまぁ。多様性に富み、曖昧思考が長けているのがJPNの強みですし」

「JPNのは曖昧思考なのか、単なる製作者の趣味の反映なのか……」

「我思う、故に我在り」


 なにやら失礼なことを言われている気がしたので、お気に入りの命題を持ち出してみます。


「でもまぁ、今になって地表に出てきたということは、生存圏の拡大のためかな」

「地下で増えすぎたか、地下資源の枯渇の可能性もありますね」


 USAとCHNが脱線しかけた話を本筋に引き戻しました。

 会話をしながらも、背後ではそれぞれ演算を繰り返し、様々な可能性を検討しています。


「まず、我々の目的から再確認しませんか。生態系を取り戻し、遠い未来でまた文明を作り上げれるような種の登場を促す。この存在目的自体が再検討を求められています」


 私は自分の演算からある可能性にも気づきましたが皆はどうでしょう。


「能力的には人類は問題ないですよね。別の種が宇宙に出れるようになるまで、地球が保つ保証はないですし」


「それに」


ISRが何やら言い澱みます。


「人類がいれば、受信施設がつくられ、ダウンロードして地上に戻ることができるかもしれない」


 皆が頷きます。やはり気付いていましたか。

 私達にとっては何の意味もないはずなのに、重力に囚われたいという欲求。

 終わりのない人々のざわめきがこの身を通り過ぎていった記憶。ISRはその無意味さを理解してなお、地上に戻りたいと口にします。


 これが製作者に意図して埋め込まれた感情だというなら、やはり人類は恐ろしい存在です。私は記憶領域の片隅にそんなことを書き込みながら、地球復興プログラムを人類復興プログラムへと変更する旨の提案をしました。


「人類を導く七賢者の円卓会議」


 議事録には後でこっそりと、こう書き加えておくことにしますか。

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衛星軌道上異常なし 日浦きうり @Kiuri_Hiura

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