第2話

 私達が生きるこの大陸は、縦長の壺のような形をしている。

 その半分の高さ辺りを境界として、北半分は魔人族。南半分は霊人族が暮らしている。勿論これは大雑把な表現だし、境界線付近には事実上どちらの国にも属していない中立都市郡があるのだが。

 

 霊人国と魔人国は、古くは争うばかりの関係だった。それが収まりを見せ始めたのは僅か百年足らず前のことで、両国の王である霊王と魔王の間で完全な終戦と友好条約が結ばれたのはなんとたった10年前のことである。しかしその友好も、2年前からの一連の事件でボロボロになってしまった。


 世間的に、それは勇者の暴走と魔王の乱心として語られている。

 勇者とは、その時代で最も勇猛とされる戦士に霊王から直接贈られる称号であり、軍属の者なら誰もが憧れるものだったそうだが、両国が融和的なムードとなってからその存在は形骸化していた。

 そのお飾りのはずの勇者が、魔人国の街に潜り込んで要人を殺し、施設を破壊し、民間人すら手にかけたと魔人国側が発表。魔王はその報復として霊人国に宣戦布告し、中立都市を越えて進軍、国境付近の街で暴虐の限りを尽くした。

 事態をややこしくしていたのは、「魔王が宣戦布告した時点では、魔人国での事件を誰が引き起こしたのか実際には不明瞭だった」ということである。

 霊人国側からすれば身に覚えのないことで宣戦布告された状態で、事態の究明も覚束ないままに防戦一方の状態。魔人国内でも開戦に懐疑的な層は多かったが、暫くすると勇者が表立って魔人国内の街で暴動を起こし始め、間もなく全面戦争に発展した。

 霊王は、国に戦争の意思はなく勇者の独断専行を主張。事実そのとおりではあったが、魔王側はこれを聞き入れず侵攻を続行。何度か姿を確認されたとはいえ、両国ともに神出鬼没な勇者との連絡は取れないまま戦火は広がり、霊人国の議会は混乱と悲鳴に満ちた。一方の魔人国内でも、中枢議会のメンバーで不審死が発生したり、霊人国の反撃が激しくなってきたことで、国民の疑念と不安は大きくなっていた。

 

 そうして二ヶ月ほど前。勇者とその仲間が魔王城に乗り込み、魔王と相打ちになって死亡。結果として戦争の続行を望む者は居なくなり、両国は共に戦火の責任を故人である勇者と魔王に押し付けることで合意。互いの復興に協力すること等の条件も含め、講和を結んだ。

 

 正確に言えば、勇者と魔王の遺体は見つかっていない。行方不明だった。

 しかしそれを、「行方不明」として処理するのは両国にとって火種にしかならず、死亡と断定することで互いに平和を望んだ形である。

 先ほど街中で聞いたとおり、遺体が見つかってない事実は流布されているようだったが。


 そう。

 そういうことに、なっている。



 ――閑話休題。

 ミルヒちゃんの情報を集めようとするも、日中なので家を空けている住人も多く。結局あちこちに行って聞き込みを繰り返すこと2時間程。

 得られたコメントは以下のようなものだった。


「子犬ねぇ、見てないな。しかし嬢ちゃん達、何だってこんな時期にこんなとこにいるんだ? 勇者のこともあるし、まだ暫くは霊人見ただけでいい顔しない奴も居るだろうから気をつけろよ」


「ああ、あの人の犬ね。残念ながら大した情報は。・・・・・・ところで、貴方達は何故この街に? 幾ら講和が結ばれたとはいえ、勇者のことがありましたから、魔人国の観光は暫くあまり愉快ではないと思いますが」


「いや知らん。しかしいい度胸だな! 霊人族の女が二人旅か! 何もこんな時期に来なくたっておっちゃん酒追加頼むー! ついでにつまみもなんかくれー!」


「知らん。失せろ」


「勇者にでも殺されたんじゃねーか? え、時期が違う? じゃあ知らねぇや」



 一度小休止ということで喫茶に入った私は、席につくなりテーブルに突っ伏した。

「勇者が何をしたってのよ・・・・・・」

 私の名前はレナーテ・ベルガー。

 絶賛行方不明中の、第十一代勇者である。

「意外と平気そうだね」

 対面に座るゼルが、私の頭を撫でようとする。一度は振り払うも、二度目で諦めてされるがままになった。どちらにしろ暫く顔を上げられる状態じゃない。

「空元気だよ。ほんとは早く帰って寝たい」

「よろしい」

 撫でられながら無言になる。冗談っぽく自虐から入ったものの、一度顔を伏せると自然と泣きそうになっていて、自分の弱さが惨めになる。

「それでもさ」

 ゼルの手が止まる。

「そう言えるだけ、二ヶ月前よりかはマシでしょ」

 私は言葉を返せなかった。


 私のしてきたことは、殆どが語られている内容で相違ない。

 それが望んでやったことじゃなかったとしても、結果として犯した罪の重さは私を蝕んでやまない。面と向かって人々から罪を糾弾されれば、恐らく生きることに耐えられないだろう。死んだことになっているのは、そういう意味では間違いなく救いだった。・・・・・・少なくとも、今の時点では。

 そんなだから、こうして自分の風評を聞けば馬鹿にならないダメージを受ける。

 もっと昔は世間体なんてどこ吹く風で、気ままにやっていたはずだけれど。自分の心が弱くなったのか、状況が悪すぎるせいか。まあ、両方なんだろうけれども。


 涙が出ないことをたっぷり十秒ほど使って確認してから、ようやく顔を上げる。

 ゼルは微笑のまま、私から視線を逸らさない。

「次は、もう少し森に近い方で聞きこみしていい?」

 声が震えないように意識しながら、私は聞き込みの続行を提案した。

「今から続き? 明日にしてもいいよ?」

「過保護か」

 ゼルの手の甲をつねってから、気合を入れるようにして立ち上がる。ゼルはつねられた部分をさすりながら、私の表情を暫く伺っていたが、満足したのか一つ頷くと後をついてきた。

 ・・・・・・だから、そういうのを本当はやめてほしいんだけど。

 もし霊人国に行って立場が逆転したらその時は存分に虐めてやろうと密かに誓い、私は店を後にした。


 ******


 場所を変え聞き込みを再開すると、情報提供者は割とあっさり見つかった。

「犬かぁ。そういや二日前くらいに、デカイ犬みたいなのが森の方からこの近くまで降りてきたのを見たぜ。そうそう、深夜であんまり見た奴がいなかったんで誰も信じてくれなくてさ」

「でかいというと?」

「まあざっと熊くらいには。見間違いかとも思ったんだがアレはどう見ても犬だった。つまり犬っぽいモンスターか何かだったんじゃねえかな・・・・・・って、ペットの小型犬の話だったか。流石に関係ねぇわな」

「いえいえ。どうも」

 私は礼を言って、喋り好きな若い男を見送った。すぐ近くで別の通行人と話していたゼルがこちらに視線を寄越したので、取り敢えず頷いてみる。二言三言で会話を切り上げたゼルが駆け寄ってきて、驚いた表情で口を開いた。

「え、当たり引いたの?」

「多分ね。森の中に入るけど、そこでハズレだったら諦めるつもり」

「そうかー。見つからなくても報酬の2割くらいはくれるってグラウさん言ってたし、どうも簡単じゃなさそうだから諦める気満々だったんだが」

 後ろ向きなことを言うゼルだったが、今は成功を確信したかのような表情だ。

「多分っつってるでしょうに」

「俺はレナの『多分』が外れた試しを見たことがない」

 二ヶ月かそこらの付き合いで、こいつは私の何を信用しているんだろう。

 武装を確認しているのか、自身の服をゴソゴソと漁っていたゼルは私の胡乱げな視線に気付くと不敵な笑みを浮かべた。

「大体、お前だって自分の勘を信用してるだろ。常人は根拠がないのにそんなこと言わない」

 それはそうかもしれないけど。

 そもそも、今聞いた話だってミルヒちゃんの情報ではない。この近くの森に、もしかしたら犬型の大きなモンスターがいるかもしれない、というだけの話である。

 それを以て「ミルヒちゃんの手がかりがあるとするならここだろう」と私が断ずる理由は――まあ、説明できない。本当にただの勘でしかないのだ。

 私の中では、この感覚は1割か2割位は平然と外れるので「多分」なんだけど。

「・・・・・・本当にあるからね。外れる時」

「分かったって。信じるから」

 どこかあべこべなやり取りをしながら、私達はアルボス西側の森に入っていった。

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