第三話 この身体で、命で、何をするか。結局は個人の問題です。


「にゃはは、当たり前にゃ! 冒険者にケガは付きものにゃ。あれは、そう! シナモン達を乗せた船がエステレラの港に着く直前、巨大なタコが船を襲ったのにゃ! シナモンは邪悪で強大なタコと三日三晩の死闘を繰り広げ、紙一重で勝利をこの手に収めたのにゃ! でも……シナモンは疲労困憊満身創痍出血大サービス状態。船から降りた後で力尽き、小雨の降る道端で倒れ、もはやこれまでかとニヒルに笑いながら目を閉じ掛けた時だったにゃ。突然眩しい光を背負ったユアが現れ、神代から受け継がれた秘宝、伝説の万能薬を――」

「この街に初めて来た時に、シナモンが派手に転んでドン引きするくらいに膝を擦りむいてな。たまたま立ち寄った店が、薬局カナリスだったんだ。傷薬一個で化膿しないどころか、一週間もしない内に痕すら残さずに綺麗に治ったんだぜ?」

「うにゃー! おいこらハルト! 余計なこと言うにゃ!! せっかくこれから盛り上がるところだったのにぃ!!」

「なるほど、傷薬は効いたのか」


 テーブルを挟んで言い争いを始めた二人をスルーしながら、アキマルは顎に手を当てて考える。カナリス薬局にある傷薬は、軟膏タイプのものだった筈。昨日、商品棚を掃除している時に見かけたのを覚えている。

 それに、あの薬だけは確か――


「シナモンだけじゃないにゃ! ハルトもユアの薬にはお世話になってるにゃ! ていうか、現在進行形で世話されてるじゃねーかにゃ! 偉そうにすんな!」

「偉そうになんかしてねえよ!」

「現在進行形で? ハルトは何か持病でもあるのか?」


 シナモンの喚き声に、思わずハルトの方を見る。こうして見る限りは顔色も良いし、特にそんな様子はないようだが。


「あー、えーっとだな……うーん……アキマルって、ハンディキャップがあるやつに偏見とか持ってる方?」

「え、全然」


 明丸は何の躊躇もなく、首を横に振った。職場はもちろん、学生時代からそういう人達との付き合いが当たり前だったし。何なら、彼等は明丸よりもアグレッシブに活動していたくらいだ。

 もちろん、個人によって事情は違うだろうが。『健常者』と呼ばれる人々の中でも、事情は当たり前に異なる。誰にでも出来ること、出来ないことがある。

 だからこそハンディキャップで偏見など持たない。意味がないから。


「ははっ。その反応は本当っぽいな。ま、どうせその内バレるだろうから先に見せるけど。おれの右足、こんな感じなんだよ」


 そう言って、ハルトが右足を上げてブーツを脱ぐ。そしてズボンの裾を軽くたくし上げ、明丸に見せる。彼の口調から察してはいたが。彼の右足は、膝から下が義足だったのだ。

 驚きはしたが、それだけだ。その驚きの内容も、明丸が知っている義足とハルトの右足が全くの別物だったからだ。足首の関節部分も、ふくらはぎや脛の形も本物そっくりで。詳しい構造は残念ながらわからないが、結構丈夫な代物であることが窺える。

 今までの彼のように、服や靴を履いたらわからないだろう。意外、と言ったら不躾だが。こちらの世界は義足の技術が高いようだ。


「さっき言った事情ってのは、この足のことさ。十五歳くらいの時だったかな、魔物に襲われてやらかしちまってな。義足のお陰で、日常生活くらいなら問題なく過ごせるんだが。流石に旅ともなると……体力的な問題もあるが、義足の耐久度にも関わってくるからな。あんまり無理なことが出来ねぇんだ」

「なるほど、言われなかったら気がつかなかった。サイズは合ってるみたいだけど、薬を使ってるってことは……やっぱり、痛むのか?」


 明丸にはわからない、想像も出来ないような痛みや苦労があるのだろうか。再びブーツを履いて紐をきつく結びながら、ハルトが唸る。


「うーん、なんていうか……確かに、切断した部分とか、腰とか足の付け根とか負担がかかってる部分が痛むことはあるんだが。それよりも、の方がキツイんだ」

「あり得ない、痛み?」

「ハルトはよく右足を痛がってるにゃ。それも爪先とか、足首とか。義足なのに、おかしいにゃ! 悪霊か何かに取り憑かれてるにゃ!」

「はは。悪霊云々は置いておいて……シナモンが言うように、もう存在しない筈の足が痛むんだよ。マッサージや湿布薬に頼ることも出来ねぇし、当たり前だけど痛み止めも効かねぇ。酷い時は動けなくなるし、本当に困ってるんだ。自分の気持ちっていうか、そういうメンタル的な問題なんだろうけど……でも、ユアに飲み薬貰ってからは結構調子が良いんだぜ?」

「コラー! 勝手に置くにゃ! ずっと持ってろ! そのゴツイ両手で大事に抱えてろにゃ!」


 右足を擦りながら苦笑するハルトに、シナモンが喚く。なるほど、そういうことか。

 ハルトが訴える症状を、明丸は知っている。


「それ、『幻肢痛』だと思う」

「え、げん……なんて?」

「幻肢痛。ハルトみたいに、腕や足を失った人の多くが体験する難治性の疼痛だよ」


 これも学生の頃に学んだことの一つだ。幻肢痛。前の世界でも詳しい発生原因は特定されていないが、脳が四肢の欠損を把握出来ていないからではないかと言われている。


「もしも可能だったら、今度は鏡を使ってみると良いかも」

「鏡?」

「生身の左足を鏡に映して、その鏡を見ながら左足をマッサージするんだ。そうすると、脳が鏡の中の足を右足と勘違いして症状が緩和するらしいよ。個人差があるから、絶対とは言えないけど」

「へー……!」


 仕事自体は嫌いだったが、医療という分野はとても面白くて興味深いものだった。仕事中に気になったことは積極的に調べたし、教科書や資料も繰り返し何度も読み込んだ。

 たまにテレビでやってる『医療の奇跡!』みたいなドキュメンタリー番組も好きだったし。医療ドラマは……色々過剰表現だけど、嫌いじゃない。


「アキマル……オマエ、天才かにゃ!?」

「は?」

「すっげーな、お前! 医者!? もしかして、医者なのか!?」


 先程よりもグイグイと身を乗り出してくる二人。いいえ、ただの医療事務員です。でも、この世界に医療事務員って職業は存在するのかな?


「ち、違う違う! たまたま知ってただけだって!」

「そうなのか? 随分マニアックな知識を持ってんだな」

「にゃーんだ。期待して損したにゃー」


 椅子に座り直して、シナモンがサンドイッチの残りを口に詰めた。良かった、何とかやり過ごせた。ハルトも特に問い詰めてくる様子がないことにほっとしつつ、アキマルは少しだけ冷めたハーブティーのカップを持ち上げた。

 甘酸っぱい香りが、鼻腔を擽る。


「医者とか薬師が居れば、ユアの薬が本当に効くってことを証明してくれるのににゃー」


 ぽつん、と呟かれた言葉が目の前に転がる。そんなことを言われてもな。明丸は心の中でだけそう返事をすると、何も言わないまま静かにハーブティーを飲んだ。


 

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