第二話 ラノベ! ちょっとラノベっぽい!


「あら、ハルトくんにシナモンちゃんじゃない? 二人とも久し振りね。元気そうで何よりだわ」

「やれやれ、またおまえ達か。こう店先で騒がれちゃたまんねぇよ。ほら、残った食材でテキトーに作ってやったから、これで満足しとけ」

「うにゃっほーい! サンドイッチにゃー! シナモン、サンドイッチ好きー!」

「あー、いつもすみません」


 どうやら、シナモンの叫びが聞こえていたのだろう。ウーヴェがサンドイッチを山程積んだ大皿をハルト達のテーブルに置いた。

 肉や魚、卵に野菜。ふかふかとした食パンに挟められたそれらは、ボリュームがあって美味しそうだ。


「アキマルくんも、お昼まだでしょう? 軽く摘まんで行くと良いわ。今、お茶を持ってくるわね」

「え、良いんですか?」

「おー、良いじゃん! そうしろそうしろ。色々と話を聞かせてくれよ、アキマル!」

「にゃにゃっ。いただきまーすにゃー! にゃー、おいしー!」


 手を合わせてから、シナモンが海老カツが入ったサンドイッチを手に取り齧り付いた。口いっぱいに頬張り、早速ソースとパン屑で口元をベタベタにしている。

 それにしても、腹立つくらいに美味そうに食うな、この娘。


「二人はもうアキマルくんのことを知ってたのね? ハルトくん、シナモンちゃん。アキマルくんはまだこの街に来たばかりだから、色々助けてあげてね。うちの頼れるバイトくんなんだから」

「あ、はは。褒め過ぎですよ、カルラさん。じゃあ、俺も頂きます」

「おれも腹ペコでさぁ? いやー、シナモンの我が儘には大体迷惑してるんだが、今回は珍しく感謝するぜ」


 シナモンの向かいにハルトが腰を下ろし、その脇に明丸が座る。カルラがハーブティーを三人分注いでくれた為に、すっかり遅めのランチタイムの装いになってしまった。

 観念して、卵サンドを手に取り一口かじる。卵の甘さに舌鼓を打たずにはいられない。


「うーん、美味しい。幸せ……このお店があるだけで、この世界に来られて良かったって思う」

「にゃふー。同感にゃ。この店の良さがわかるとは、アキマルはデキるやつにゃ」


 ほくほく顔で、明丸の呟きにシナモンが同意する。美味しい食事があるだけでも、生活は大分充実するということを初めて知った。

 何気に若干口を滑らせてしまったが、どうやら二人は気がつかなかったらしい。良かった。


「ていうか、アキマルっていくつ? おれと同い年くらいに見えるんだけど」

「えっと、二十九です」

「お、やっぱりタメだな! じゃあダチだな! 今夜飲みに行かねぇ?」

「えー? アキマルの方が落ち着いたオトナに見えるのにゃ」

「おいコラ、そりゃどういう意味だ?」

「ちなみにシナモンは花の十六歳だにゃ! だから、特別にタメ語で話すことを許可してやるにゃっ」

「何でおまえの許可がいるんだよ。ま、シナモンの言う通り、おれ達は自由気儘な放浪者だ。変にかしこまらなくて良いから、仲良くしてやってくれよ、アキマル」

「あはは、よろしく」


 何だか朗らかな会話に、無意識に抱いていた警戒心と緊張感が溶けていく。それに、知り合いが増えるっていうのは心強いし。

 何より、同い年で同性の友人って……! やばい、ちょっと泣きそう。ちょっとオラついたところがあるが、優しそうな緑色の双眸と頼りになりそうな風貌は好感が持てる。

 シナモンも年齢は離れているものの、無邪気が過ぎるだけで悪い子には見えない。ていうか、小学生くらいだと思った。オレンジ色の目が子供みたいにキラキラしてるんだもん。

 ごめんね、パリピ呼ばわりして。


「ところで、アキマルは何であんな場所で行き倒れてたんだ? それに、この店でバイトって。移住してきたのか?」

「あー、まあ……そんなところ」


 ハルトの問い掛けに、頷く。うん、あながち間違ってないよな。


「そうか。まあ、詳しい理由は聞かねぇけど。あの森は魔物が居るのに、大したケガも無くて良かったな」

「にゃはは。今度森に行くことがあったらシナモン達に声を掛けると良いにゃ。バッチリ護衛してやるにゃ!」

「えっと……じゃあ、機会があれば」


 苦笑しながら、適当に相槌を打つ。そんな魔物が居る場所になんか、早々足を運ぶ機会なんかないだろう。


「あの、二人は冒険者だってユアさんから聞いたんだけど。普段は何やってるんだ? やっぱり、ダンジョン攻略とか? エステレラの近くにも、そういう場所があるのか!?」


 初対面なのに、好奇心に任せて質問攻めにしてしまう。いや、だってさ! 初めて「これぞラノベ!」って人と知り合えたんだもの! 色々聞きたくなるじゃん!


「うーん、なんて言ったら良いか」

「世界征服にゃ!」

「えっ」

「いや、ちげーよ! 俺達はさ、ちょっと事情があって……冒険者って言っても、そんなに強くねぇんだわ。だから、冒険も自分の出来る範囲でって感じだな。だから、冒険よりは街の外に出る行商人の護衛とか、人里から近い森とかの魔物討伐とか、そんなんばっかりだ」

「出来る範囲で、か」

「そ。二人でのんびり旅をして、気儘に街に滞在してって感じさ。おれとシナモンは魔界で知り合ってから長くてな、人間界の街はエステレラが初めてだ。もう二か月くらいになるが、ここは本当に良いところだぜ? 今は宿屋で部屋を借りてるんだが、いっそ家でも買って永住しちまおうかと思ってんだ」

「へえ……」


 落胆しなかった、と言えば嘘だが。卵サンドを食べ終え、お茶を飲みながら思う。てっきり胸躍る冒険譚が聞けるのかと思っていたのだが。

 でも……期待外れとはいえ、それでも凄い。


「旅、か。凄いなぁ。俺、どうしようもない出不精で……家からちょっと出て買い物に行くだけでも憂鬱なのに」

「引きこもりにゃー! シナモン、初めて引きこもりに遭遇したにゃー!!」

「シナモンうるせえ! ま、人には向き不向きがあるってことだ。つか、アキマルはもう家を借りたのか? それとも、宿屋か?」

「違うよ。俺は……今、ユアさんのところでお世話になってるんだ」


 口に出してから、しまったと後悔した。二人が意味ありげに目配せするなり、アキマルの方に身を乗り出してニヤつき始める。


「ちょっとちょっと、聞きましたかにゃ。ハルトさん?」

「聞きましたよ、シナモンさん。アキマルさんってば、いきなりリア充爆弾を爆発させやがりましたよ。ひゅー!」

「何その奥様口調! 違うから! そういうんじゃないから!」

 

 前言撤回! やだ、こいつら性格悪い! そのノリは古傷を抉るからやめて!


「あっはは! 冗談だって。でも、何で薬局に?」

「そ、その。なんていうか……一緒に借金を返すことにして。本当はすぐにでも一人暮らしをしようと思ってたんだけど」

「おお! アキマルもユアの借金返済に協力するんだにゃ? シナモン達と同じにゃ!」


 尻尾をぴーん! と伸ばして、シナモンが満面の笑顔を向けてくる。うっ、不覚にも可愛い。撫で回したくなる。


「同じって……じゃあ、二人も?」

「おう。そうは言っても、おれ達に出来るのは店の薬を買ってやったり、薬草採取を手伝ったりするくらいだけどな。これでも、何かと結構忙しいし」

「ユアは優しいしー、可愛いから大好きにゃ! それにー、ユアの薬が無かったら、シナモン死んでたかもしれないからにゃ。ユアはシナモンの命の恩人にゃ!」

「へえー……え?」


 次のサンドイッチに伸ばそうとした手が止まった。今、何か重要なことが聞こえたような。

 いや、でも気のせいか。


「そうだな、おれもユアの薬には滅茶苦茶助けて貰ってるからな。どうにかして助けてやりてぇと思ってたんだ。だから、仲間が増えて心強いぜアキマル――」

「ちょ、ちょっと待って! 二人とも、ユアさんの薬を使ってるの!?」


 無意識に、声を荒げてしまう。間違いない、気のせいでも聞き間違いでも思い違いでもない。

 二人は確かに、ユアが作った薬の効果を実感しているのだ。街の人達が、あれだけ目を背けていたにも関わらず!


 

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