論文:エルフとドワーフが互いを嫌悪する理由

あがつま ゆい

エルフとドワーフが互いを嫌悪する理由

 地球のファンタジー小説でもそうであったように、この世界のエルフとドワーフも仲が悪い。

 地球の日本で言う「犬猿の仲」と同じ意味で「エルフとドワーフみたいな仲」という言い回しがあるくらいだ。


 両者が相容れない理由というのは「何となく」というわけではなく、研究により導き出された学術的な根拠がいくつかある。今回はそれを紹介したい。




 1.住んでる場所および環境の違い




 まず住んでる場所だ。ドワーフの多くは金属や石炭などが採掘できる山の中で暮らす一方でエルフは森の中で暮らす。この時点でお互いの生活環境が違い過ぎて共感を得にくい。


 エルフにとって森の無い場所で生活するというのは「いったいどうやって食べていくつもりなんだ!?」と大いに驚かれる、彼らの常識の範囲を大幅に逸脱するにわかには信じられない行為だし、ドワーフにとっても「森に住むなんて薪には困らないだろう」位はわかるが、せいぜいその程度だ。彼らにはいわゆる「森の恵み」というのは理解できるものではない。

 このためドワーフがいくら冬山の恐ろしさを語ってもエルフには理解できないし、逆にエルフが森の恵みの素晴らしさをいくらドワーフに説いたところでピンと来ないのだ。


 ドワーフにとって木の実や果実の美味さやみずみずしさというのはどうでもよく、またエルフからしても長年の間に培われた金属加工技術がいかに高度で素晴らしい物なのかというのは全くもってどうでもいい事なのだ。



 さらに言えばドワーフの街は鉱山で採掘をしたり、鍛冶師や細工職人などが金床をハンマーで叩く音など騒音が非常に多く、それがあっても聞き取れるよう必然的に住む者の声はでかくなる。ドワーフが普段から騒がしく、特に酒の席では人間から見ても声がでかいのはそう言った生活事情があるからだ。


 その一方でエルフが住む森の中というのは非常に静かであり声はよく通る。

 さらにエルフ自身が聴覚が良く発達しており小さい声でも聞き取ることが可能ではあるが大きな音や声は大変苦手で、怒鳴ったり叫んだりというのはエルフにとっては緊急事態の時にしかない。


 エルフにとってドワーフの街はもちろん、ドワーフ自体があまりにもうるさすぎる。エルフたちは常に怒鳴っているような声を出すドワーフは野蛮な種族だと思っているのだ。




2.食べ物、飲み物の違い




 住む場所だけでもこれだけ違う両者だが料理も2種族間では大きく違う。


 ドワーフ料理というのは人間から見ても味付けが濃い物が多い。これもドワーフの生活に深くかかわっており、ドワーフが住む山というのは鉱石以外何もない、特に新鮮な食料に極めて乏しい所がほとんどだ。


 そのため食料の多くは街の外からの輸入品に頼らざるを得ず、彼らの街で出回る食材は保存が効くようにきつく塩漬けしたものが多い。それが材料なため必然的に料理の塩気や味付けは強くなる。


 また鉱山で働く鉱夫や、年中熱いかまどの前にいる鍛冶師というのは大量に汗をかくため、塩分や糖分を意識して補給しないといかに他種族から「岩から産まれてきたのではないかという位頑丈である」と言われているドワーフですら熱中症でぶっ倒れる。

 実際にドワーフの街では特に夏場には倒れる者がいるそうだ。


 そのためドワーフの料理は熱中症予防という点からもどうしても糖分や塩分が多く、味付けがきつくなりがちだ。



 一方エルフが住む森の中というのは食料が豊富で、新鮮な野草やキノコが年間を通して簡単かつ大量に手に入るため基本的に保存食を作る必要が無い。

 エルフ料理は素材の味をそのまま楽しむために軽くゆでたり少し焼いただけのものを味付けもせずに出されるのが普通で、その微細な味を区別するため彼らの舌は人間からするとかなり繊細になっていることが多い。


 保存食やドワーフ料理のようなキツイ塩味や、臭みを消すために使われる彼らからすれば度を越した大量のハーブやコショウを使った料理というのは彼らにとって食べ慣れない「まずい」物である。


 さらに言えばエルフは肉、魚、卵、乳といった動物性の食物を非常に苦手としている。

 彼らが言うには「鼻が捻じ曲がるほど獣臭くて出来る事なら絶対に食べたくない」物らしく、飢えていてそれ以外に食べる物が無ければ最後の手段として食べることもあるそうだが、非常に獣臭くて「見るのも嫌、臭いを嗅ぐことすらしたくない」という程である。


 エルフがドワーフを(さらに言えば人間も)避ける理由にこの食性の違いというのもあり「獣臭い上に塩味がどぎつい、ハムとかベーコンなどという聞いただけで舌が狂いそうな不味い食いものを食べている野蛮な種族だから」という理由から嫌っていることが多い。


 ちなみにドワーフは先述した新鮮な食糧に乏しい事が理由により普段からハムやベーコン、チーズなどは日常的に食べており、ハムステーキなんかは「おふくろの味」として非常に親しまれている。


 そういうわけで家庭料理の味がこれだけ違ければ当然両者の壁というのも厚くなってしまい、お互いの理解を妨げる要因になってしまうのだ。



 また、アルコールの耐性度合いも2種族間では大きく違う。

 ドワーフと言えば大酒飲みというイメージが強い。それはその通りで彼らは日の出と共に飲んでいる、あるいは乳飲み子に母乳代わりに酒を飲ませているという噂さえあるほどだ。


 これも食糧事情が関係しており、鉱山近くにある彼らの街では飲料水に適した清潔な水源に乏しい場所が多く、また他所から持ってきた水というのは腐ってる可能性があり、飲み水としては使わずもっぱら洗い物や汚物処理などに使われることが多い。

 彼らにとって日常的に手に入る安全な飲み物と言えばアルコール飲料ぐらいしかなく、これが「ドワーフは大酒飲み」というイメージを作る材料となっている。


 そんな彼らの酒好き度合いからするとエルフはあまり酒に関しては乗り気ではなく、それが彼らからエルフを遠ざける要因となっている。



 また、調査の結果で分かってきた事だがエルフはアルコールに対する耐性は「人並み」という程度で、飲んでいるエルフもいるが数はそれほど多くないという。


 考えてみればごく自然な事で、エルフは森の中で暮らすため居住区近くには清潔な水が流れる川があることが多く、そこから生活用水を得ているためアルコールに対して特別高い耐性は要求されない。


 加えてエルフは種族全体がプライドが高いことも重なり、泥酔するまで飲むことはほぼないという。彼らにとって酒は出来る事なら避けたいものであり、だらしなく酔いつぶれるまで飲むドワーフというのは大変見苦しいというイメージが付きやすいのだ。




3.肉体の違い




 これまで述べたようにドワーフとエルフは住む場所や食べ物、飲み物といった身の回りの環境に大きな違いがあることは繰り返し述べたが、彼らの肉体そのものも大きく違っている。


 ドワーフは男女とも背が低くずんぐりとした体型である一方、エルフは男女とも背が高く細身でスラリとした者が多い。

 筋肉の量もかなり違っており、エルフは筋肉量が人間と比べても少なく肉体労働は苦手である。逆にドワーフは非常に筋肉質な肉体を持ち人間からすればかなり過酷な重労働でもこなすことが出来る。


 このためドワーフはその肉体上、あまり重労働に適していないエルフの事を「ひ弱な奴」と見下す一方で、重労働はゴーレムに任せているエルフは「肉体しか取り柄の無いゴーレム以下の体力バカ」とこちらも相手を格下に見ている。

 

 また美醜びしゅうの感覚も大きく異なり、ドワーフにとっての美人はエルフにとっては「太り過ぎてて肉の塊にしか見えない」という印象で、またエルフの美女はドワーフから見たら「でかすぎる上にガリガリに痩せすぎてて気持ち悪い」という扱いである。



 さらに言えば両者の身体に保有できる魔力の量も格段に違ってくる。

 エルフはその細身から想像できるように肉体的な力は人間より劣るが種族全体として魔力がずば抜けて高い。

 このため人間には扱えないような極めて高度な魔法を主軸とした文明を築いている。単純労働は主に人間が作った物に比べれば高度な判断力を持つゴーレムに任せており、人口が少ないにも関わらず高い工業力を持っている。


 一方ドワーフは魔力が人間よりも格段に低く、魔法は非常に苦手という種族である。

 事実、彼らは人間ならだれもが当たり前に使える簡易魔法(種火を灯す魔法や子供を寝かしつけるために少しの間涼しいそよ風を作る魔法など)すら使えず、もしそれが使えたら稀に見る逸材だと言われるほどである。彼らは今でも火を起こすには火打ち石を使っているのだ。

 このため優れた肉体を生かした戦士や、器用さを生かした物作りの職人としての技術を長年磨いてきた。


 こういう背景があるため、魔法に関してドワーフは非常に懐疑的であり、魔法を主軸とした文明であるエルフの生活はにわかには信じがたく、それが両者の関係を疎遠にさせている大きな要因の1つとなっている。

 もちろんエルフ側から見てもそうで彼らは魔法が使えないドワーフを愚かと思っている傾向が非常に強く、それがお互いの理解を妨げる壁となっている。




4.言葉の違い




 ドワーフとエルフ共に世界における共通言語である人間の言葉を操れるが彼ら独自の言語というのももちろん存在する。独自の言語が存在するという時点でも種族間の壁になるが、その言語の内容も大きく異なってくる。



 ドワーフ言語には金属にまつわる語彙ごい、要は単語の種類が非常に豊富で、例えば「鉄」にしたって基本的なものだけでも「常温の鉄」「低温の鉄」「適温の鉄」「高温の鉄」等とかなり細かい所まで専用の単語が存在する。


 しかも今挙げたのはほんの「基礎中の基礎」であり、全て挙げようと思ったらとてもじゃないが論文発表の時間がなくなるほどだ。

 それだけドワーフが鍛冶職人として長年携わっている事を表す証拠の一つと言えよう。



 一方エルフ言語は植物に対する言葉が非常に多い。こちらも「基礎中の基礎」だけを挙げたとしても全ての樹木に「幼木」「青木(直訳、人間で言う青年期に相当)」「成木」「老木」といった成長段階ごとに名前が違ってくる。


 さらに言えば「果実の鮮度の度合い」や「キノコの熟し具合」あるいは「樹木の種類ごとの樹皮」にも個別に単語があるほどで植物に関する知識は非常に深いものがある。

 この辺りはさすが森の民と呼ばれるだけのことはあるなと個人的には感心する。



 その一方でドワーフ言語の植物やエルフ言語の金属類の単語は語彙が非常に乏しい。

 ドワーフ言語に出てくる植物の種類は人間の言葉の半分以下と非常に少ない。主に薪に使うと火力にどれくらいの差が出るか、とか木材として使うとどうなるか。といった用途で区別しているため、人間の言語では別種とされる樹木も数種類まとめて1つの名称で呼んでいることが多い。


 エルフ言語に出てくる金属にまつわる言葉も非常に少なく、鉄鉱石と精製された鉄の区別すらない程と非常に言い回しが少ない。この差もドワーフとエルフの仲の悪さというか、相互理解を阻む壁になっていると思われる。




5.信念の違い




 人生において何が大切か。これも2種族間では大きく違ってくる。


 ドワーフは家族や親せき、友人の事を非常に大切にする文化を持ち、その付き合いに人間と比べてもかなり多くの時間とカネをかける。

 時には友人が抱えた借金を仲間同士で負担することすら決して珍しい事ではない。カネの切れ目が縁の切れ目という言葉は基本彼らには通用しないのだ。これもただ単に友情や家族愛に厚いというわけではなくきちんとした理由がある。


 ドワーフというのは職人になる者が非常に多い。が、職人として食べていくには当然作った製品を誰かが買ってくれない限りは生活が成り立たない。

 そのため自分が作った商品を買ってくれる商人や冒険者、王侯貴族を常に探しておりそれを紹介してくれる友人知人というコネを大切にする傾向が強いのだ。


 日本には「情けは人のためならず」という言葉がある。他人への情けは巡り巡って自分の元へと戻ってくるという意味だが、ドワーフにはそれと同じ意味を持つことわざの一種が確認できるだけでも5種類もあり、彼らもそれを良く知っていることを証明できうる証拠と言えるだろう。



 一方、エルフは森に住んでいれば基本衣食住は事足りる。このため森さえあれば一人でも十分生きていけるため、特別友情に厚いというわけではない。友人に関しては基本人間と同じくらいの友情で結ばれていると考えていいだろう。

 彼らは数こそ少ないものの非常に高度な文明を保持しており、そこから来る一種威圧的とも言えるプライドの高さ、あるいはエリート思考こそ大事なものだという傾向が強い。


 無論、絶対数が少ないため同種族に対しては極めて友好的に接してくれ、家族愛と言うのはドワーフをも凌ぐほどだと言われているが、そこにドワーフに見える打算的な物は無く、いわゆるエリート主義からくる仲間意識、帰属意識の強さから親切に接しているのだ。


 この違いがあるせいなのか、エルフたちの言葉には「あの肉塊共が欲しいのは友人ではなく友人のカネだ」という言葉があり、友情の裏にある悪く言えば打算的な部分を肌感覚で見抜いており、そこを嫌っている傾向が強い事が聞き取り調査で分かってきた。


 彼らは純粋に相手を思う気持ちが無ければ友情とは言えず、ドワーフ達の打算的な部分を「お前は友情をカネに変えるつもりか!?」と非常に不満に思っているのだ。




6.寿命の違い




 さて、エルフとドワーフの様々な違いを述べてきたがその中でも最も大きい物が「寿命」だ。


 ドワーフの寿命は80年生きれば上出来な方、100年生きれば驚異的な長生きと言える程度で人間とかなり近い。

 一方エルフは1000年の寿命を持つゆえ他種族と時間の感覚が共有しにくく、それが彼らからドワーフを遠ざける非常に大きな要因にもなっている。


 このためエルフの時間間隔は他種族とは大きく異なっており、たとえば「少し待って」の「少し」がどれくらいの期間か答えてほしいという調査を行ったのだが大抵が1年とか2年などという年単位で、人間からすればかなり長期間であることが判明した。


 また、エルフの言葉に「木のように忙しく働く」というものがある。

 彼らが言うには「木は春には花を咲かせ、夏には葉を茂らせ、秋には実をつけると非常にめまぐるしく生きている」らしい。こんな言葉があるようにエルフというのは時間間隔が非常に長い種族である。

 これはエルフ自身寿命が長いことに加え、森さえあれば一人でも生きていけるため特に他種族との関わりが希薄でも生活にあまり影響は出ず、そんな時間間隔でも大丈夫というのがある。



 一方ドワーフは人間から見ても時間に関してはかなりうるさい方に入る。せっかちな者になると「待ち合わせに5秒遅れただけで激怒する」と言われるほどだ。

 これはドワーフという種族は大抵が職人になるため、信用を得るためにも「納期」を常に意識しており、それを守る生活を送っていると自然と時間にはうるさくなる、という事情がある。


 このためエルフにとってはドワーフと言うのは「時間にうるさい肉塊」でしかなく、エルフとドワーフが仕事をしようものならエルフ側が「何でたった1ヵ月も待てないんだ?」などと言いだしてケンカになってしまうのだ。




7.終わりに


 以上、今回の調査で分かってきたエルフとドワーフの違いについて6つのポイントに分けて解説してきた。

 両者は生活するうえでさまざまな点において大きな違いがあり、それがお互いの相互理解を妨げる要因になっていることが判明した。


 最後に、私の様な人間としてはドワーフもエルフも一方的な思いかもしれないが大切な友人だと思う。

 その友人同士が言い争いを起こしているのは正直気分がいい物ではない。


 願わくば今回のレポートがお互いの溝を少しでも埋めてくれれば幸いであると思いつつ発表を終えさせてもらいたい。

 ご清聴ありがとうございました。

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