第43話 フェリク・ステラ④


 七月の夜。

 シェレンはモニタールームで能力者ブレストたちの様子を見ながら、食後のデザートをたしなんでいた。日本から取り寄せた和菓子の詰め合わせだ。


 口の中に広がる饅頭の甘さを楽しみながら、小さく分割されたモニターの画面をボーッと眺める。大半の能力者ブレストが何事もなく生活をしている中で、ちょうど二人の能力者ブレストが鉢合わせし、戦闘が始まろうとしていた。シェレンは手元の操作パネルで、その画面を拡大する。


「今日はどんな感じだ?」

 背後から突然聞こえた声に、シェレンはビクっと背中を震わせる。


 声の主は、現在シェレンが秘書として仕えている、天王レクスのディバルだった。気配を消し、音もなく入って来るのをやめて欲しいと、彼女は切実に思った。


「今残っている能力者ブレストは、百一ひゃくいち人です。半分以下にはなりましたが、さらに減るのが遅くなっているような気がします」

 シェレンは饅頭を飲み込んで答えた。


 最初の参加者は、全部で二百十一人。すでに半分以上の能力者ブレストが脱落していることになる。


「好戦的でない能力者ブレストも多いからな。当然だ」

 ディバルは言いながら、シェレンの和菓子に手を伸ばす。


「それでいいんですか?」

 その手を払い除けながら、シェレンは言う。


 好戦的でない能力者ブレストが残ってしまうと、戦いに決着がつかなくなってしまうのではないか。そんな懸念をシェレンは抱いていた。


「問題ない。ここからが楽しいんだ」

 ディバルが、ニヤリと口角を上げて笑った。

 その顔が、常人には予測不可能な奇抜なことを考えている顔であるということは、三年の付き合いがあるシェレンにはわかる。


「今度は、何を考えているんですか?」

 せめて、こうしてモニターで戦いを監視している自分にくらいは教えてくれてもいいのではないか。そんな文句が口から出そうになる。


「残りの能力者ブレストが百人になったら始めようと思う。今、戦闘が行われているみたいだね」

「はい。どちらかがブレッサーを破壊されれば、ちょうど残りが百人になります」


「ふふふ。いいね。盛り上がってきた」

 青い瞳の奥に隠された彼の感情は、今日も読めない。

 シェレンは置き去りにされたような寂しさを感じる。


「だから、何を始めるんですか? また私に何も言わずに変なことをする気ですか? ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃないですか!」

 シェレンが口をとがらせて抗議する。


「セカンドステージだよ」

 シェレンの不満に動じることなく、ディバルは楽しそうに答えた。


「セカンドステージ?」

「そう。セカンドステージだ」


「セカンドステージって何ですか?」

 セカンドステージがゲシュタルト崩壊しつつある中、シェレンが尋ねた。


「この戦いが終わったら発表する。三十分もかからないだろうから、見届けることにしよう。シェレン。せっかくだから、実況でもしてくれ」


「面倒な人ですね……」

「何か言ったか?」

「いえ、何も」

「そうか」


 シェレンはしぶしぶ、現在行われている戦いの実況を始めた。

「二年生の松戸まつどひろと、三年生の椎樫しいがし克巳かつみの戦いです。松戸の能力ブレスは【シャベルが喋る】で、椎樫の能力ブレスは【兜を被っとる】です」


神歌能力ゴッドブレスは?」

「両者とも、覚醒していません」

「ふむ」

 ディバルが少し残念そうに答える。


「松戸がシャベルを出して攻撃します。しかし、喋る以外は普通のシャベルと変わらないので、椎樫はさほど焦らず、距離を取ることで対応しています。シャベルが椎樫に向かって『なんやねんお前。男ならもっとガツっと攻めて来んかい! ビビっとんのかボケェ! あぁ⁉』と喋りました」


「ずいぶんガラの悪いシャベルだね」

「松戸はシャベルを大きく振って果敢に攻め込みますが、椎樫は持ち前の反射神経で全て避けます。松戸が自棄になったように、シャベルを頭の上で大きく振りかぶりました。剣道で言う面ですね」


「当たったら痛そうだな」

「椎樫は能力ブレスを発動しました。立派な兜が頭に出現します。松戸は驚きましたが、勢いはもう殺せません。金属音を響かせながらシャベルは大きくはじかれて、松戸の手から抜けると、遠くへ飛んでいってしまいました」


「椎樫くんが有利みたいだね。それと、少し眠くなってきた。実況にもう少し臨場感を出してもらえないか?」

 なら自分で見てください。シェレンはそう言いたいのをこらえて、実況を続ける。


「飛んでいったシャベルが『何しとんねんお前は。アホちゃうか⁉ ちゃんとワシのこと握っとけぇやボケが! そんなんだから、五回目の告白でやっと付き合えた彼女に二週間でフラれんねん!』と喋りました。松戸はシャベルの元まで走って行くと、シャベルを蹴って、さらに遠くへ飛ばしました。仲間割れです」


 ディバルが腹を抱えて笑っている。ツボに入ったようだ。

 シェレンは冷めた目でそれを見ている。


「その隙に、椎樫は被っていた兜を投げつけて反撃しました。松戸は間一髪でそれを避けます。しかし、避けられることは織り込み済みだったようで、椎樫は不敵な笑みを浮かべます」

「ほう……」


「椎樫が能力ブレスを発動しました。緋色の光と共に、兜が出現します」

「なるほど。椎樫くんの能力ブレスは、敵にも兜を被せられるのか」


「大きくて重そうな兜です。いきなり頭が重くなり、前も見えなくなった松戸は、バランスを崩して地面に手をつきます。彼が兜を脱ぎ捨てたときには、時すでに遅し、です。目の前には、ブレッサーを狙って蹴りを放つ椎樫がいました」


 いつの間にか、ディバルは立ち上がっている。モニター越しに、松戸のブレッサーが破壊されたのを見届けてから言った。

「さて。俺の出番だな」

 手元のタブレットを操作し、マイクのようなものを口に近づけた。


「あー、あー」と声を出し、ゴホンと咳払い。「……聞こえるか。能力者ブレストの諸君。そして天王レクス候補の諸君。私はフェリク・ステラの現天王レクス、ディバルだ」


 モニターに映る高校生たちが、一斉に反応を示した。周囲をキョロキョロ見回す者が多い。


「何ですか、それは……」

 シェレンは驚きで目を丸くする。


「きみたちのブレッサーを通して、脳に直接話しかけている。副作用などはないので安心してほしい」

 ブレッサーにそんな細工が施されていたことを、シェレンはまったく知らなかった。


「さて。まずはここまで勝ち残ったことを賞賛すべきだろう。おめでとう。二百名以上いた能力者ブレストも、ついさっき、残り百名となった。そして今から、セカンドステージを始めようと思う」


 シェレンが見る限り、大半の能力者ブレストは彼女と同じように驚きながらも、真剣にディバルの話を聞いているようだ。さすが、天王レクス候補のフェリク人にパートナーとして選ばれ、ここまで生き残ってきただけのことはある。


「セカンドステージだが」ここで再び咳払い。「基本的なルールは、これまでと同じだ。しかし新たに、フェリク・ステラから日本へと、刺客が送り込まれる。彼らは能力者ブレストを探し、ブレッサーを破壊しようとする」


 ディバルの説明を聞き、動揺して慌てる者、不安そうに考え込む者がほとんどの中、気味悪く笑い出す者や無表情でいる者も、何名か確認することができた。


 その中には、ディバルが注目する能力者ブレストとして名前を挙げた高校生――諸星亜蓮も含まれていた。




   第一部 完

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ゴッド・ブレス 蒼山皆水 @aoyama

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