第4話

 この丘の上には不釣合いの一匹の神獣しんじゅうがいた。KYOの五倍はあろうかという巨大な魚。ほんのわずかだが、宙に浮いている。時折、風にでも揺れるかのように、体を揺らしていた。その上には人が立っている。その人物の名前はTAKAになっていた。これがタカだろうか。

「おうっ!やっと来たな」

 と、サンポウドーPSからタカの声がした。急にタカの声がしたので、思わずサンポウドーPSを落としそうになってしまった。そうだった。このゲームでもオンライン中は会話が可能なのだ。このままサンポウドーPSにしゃべりかければいいのだろうか――と、もたついている僕にまたタカが声を掛ける。

「レフトボタンを押すと、しゃべれるよ」

 僕はその指示に従い、返事を返す。

「おまたせ!」

「キョウ、また説明書読んでないだろ?いつものことだけど」

 タカとは長年の付き合いだ。すでにお見通しらしい。

「うん、いつものことだけど」

「しょうがない。説明してやるから、ちゃんと聞いとけよ」

 僕とは違って、タカはしっかりと説明書を読む。そして、人に説明して聞かせるのが好きだった。その点、僕たちはいいコンビだ。

 タカの説明を聞きながら、KYOは丘の端までやってきた。眼下には草原が広がる。空の青と草原の緑の中を飛ぶことができたら、どんなに気持ちがいいだろう。

 この丘から、地上まではかなりの距離がある。どうやって地上に降りるのだろうか。

 そうしている間もタカの説明は続いていた。

「――だから、あの川沿いにまっすぐ行くと街があって――おいっ!聞いてるか?」

「聞いてる、聞いてるよ。ただ、やっとこの世界に来れたんだと思ってさ。ちょっと感慨かんがいにひたっていたんだよ」

「ああ、そうだよな。おかげでだいぶ待たされたもんな」

「それは本当に悪かったと思ってるよ」

「気にしなくていいよ。実はまだあんまりやってないんだ。終わってなかった別のゲームをやってたからさ」

 嘘だ。タカはビースト・オブ・ザ・ゴッドの発売前に、やるゲームがなくなったとなげいていたのを覚えている。どうやら僕に気を使ってくれているようだ。僕はその気持ちをありがたく受け止め、そのことについてはもう触れないことにした。

「ところでさ。ずっと気になっていたけど、あえて触れないようにしていたんけど……もう限界だ。タカの神獣って何?魚なの?」

人面魚じんめんぎょ

「人面魚?」

 驚いた拍子に、サンポウドーPSが手から滑り落ちる。ベッドの上じゃなかったら、あやうくサンポウドーPSを壊してしまうところだった。

 TAKAの乗っている魚はこいのようだ。その鯉の頭を上から見ると、確かに人の顔のように見えなくもない。はっきりとした顔ではなく、ぼんやりとした顔。遠くにいる人の顔のように、目と鼻とが辛うじてわかるような感じだ。模様と言われればそうも見えるが、顔にも見える。そのあやふやさがかえって不気味だった。

「他にも神獣いたでしょ?なんで人面魚……」

「いなかった」

「えっ?」

「他の神獣はいなかったんだよ!キョウ、『試練の洞窟どうくつ』でどうやってに相棒になる神獣が決まるか知ってる?」

「いいや」

 タカの話はこうだった。つい最近、発売されたゲーム雑誌を読んで分かったことなのだが、試練の洞窟ではプレイヤーの行動、戦闘回数、戦闘で得た経験――これもゲームの中では経験地と呼ばれ、数値化されている――金、逃走回数、歩数、手に入れた道具、道具の使用回数などにより選択できる神獣が変わってくるらしい。

「ふんふん、そこまではわかった」

「で、俺は一回も戦わなかったんだよ」

「戦わなかった?ずっと逃げてたってこと?」

「そう、だからだと思うよ」

「ふーん、それで人面魚しか選べなかった――ちょっと待ってよ、あの一つ目の巨人は?あれは試練の洞窟のボスだろ。倒さないと最後の部屋に入れないんじゃ?」

「逃げた。別に一つ目の巨人を倒さなくても部屋に入れたよ」

 本当だろうか。僕はやっとのことであの巨人を倒した。KYOは回復薬を使い果たし、倒れる寸前だったのだ。逃げ切るのは至難の業だと思うが。

「お前、人面魚をバカにしてるだろ?」

「し、してないよ」

 人を疑っている時のタカの顔が、頭に浮かんだ。

「かなりレアな神獣なんだからな。今まで一ヶ月ぐらいゲームしているけど、俺以外で見たことないし」

 それはそうだろう。試練の洞窟で逃げ通さないと、相棒になれないのだ。それに、仮にもし選択肢に入っていたとしても、普通のセンスの持ち主ならば選ばないだろう。

「さて、とりあえず戦いながら最初の街まで行こうか?早くレベルを上げて、初心者マークを取らないとな」

「初心者?」

 確かにいつの間にやら、KYO文字の後ろにはある印が付いている。車の初心者が付ける若葉マークに似たマークだ。TAKAの後ろには付いていなかった。

「タカ、これどうしたら取れるの?」

「レベルが二十を超えたら、なくなるよ」

 レベルはゲーム内の強さを数値化したものだ。敵と戦い、経験を積むことによってレベルが上がるようになっている。

「よしっ、行こう!」

 僕はそう言ってから気付いた。ここは丘の上で、地上まではかなりの距離がある。神獣はあの距離を飛び越えられるというのだろうか。そもそもタカはどうやってここまでやってきたのだろう。

「タカ、ちょっと待った!どうやって?」

 それに対して、あきれたようなタカの声が返ってきた。

「お前、人の説明聞いてなかっただろ。ライトボタンを押すと飛べるんだよ、行くぞ!」

 そう言うと人面魚がするすると上空へ登っていった。まるで、見えない滝を登っているかのようだ。僕もタカの説明に従う。すると、グリフィンは翼を羽ばたかせて空へと舞い上がった。

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